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XCII.昨日の敵は何とやら。

「鍵を握っているのは、エリザベス女王です。彼女を仲間に入れる事こそが最善策です」


「説明してくれるか?」


「ええ勿論。でも、その前に…プラトークとフォーアツァイトで密約を結んだでしょう?どうでしたか?すんなりいきましたか?」


「フォーアツァイトで、か?まあ予想以上にすんなりいったな…もっと渋られるかと思っていたのにヴィルヘルム陛下が面白がってくれてな、案外簡単に話が纏まった。それがどうかしたか?」


 一体何の関係が?


「そう、それです。簡単に話が進んだでしょう?それは何故だと思います?」


「さあ…?」


「それは、決定権を持つのが兄一人だったからです。兄が一人で考えて、兄が一人で了承した。それ故に簡単に事が進んだのです。言いたい事が分かりますか?」


「分かったぞ…つまり政治形態について言いたいのだな?」


「そういう事です。プラトークにもフォーアツァイトにも議会というもの自体は存在しますが、殆ど力を持たないお飾りです。政治的実権は全て皇帝が握り、ややこしい案件も鶴の一声で簡単に決めてしまいます。出来る限り少ない人間で、出来る限り短い時間で物事を決める事が出来る…それこそが君主制の最大の長所であると言えるでしょう」


「だがメーヴェは違う、と?」


「そう。メーヴェはエリザベス女王というお方を君主として認めてはおりますが、彼女は政治的実権を有していない()()()()()()()()()()()。代わりに議会が政治を執り行っていて、こういった決め事も議会で話し合うか或いは議会の選んだ内閣が決める事になります。故に我々はメーヴェを味方に引き込もうと企むなら、内閣に掛け合わねばなりません。しかし内閣相手では一人の君主を相手にするのと訳が違う。遥かに多くの人間が関わる事になるし、遥かに長い時間がかかってしまいます。民主主義の長所は広く皆で話し合える点にあるのですが、それは逆に何事に於いても決定に時間がかかり過ぎるという欠点となってしまうのです。もしメーヴェの政治中枢にフォーアツァイトかプラトークを憎む者がいたり、連邦やその他の国々のスパイが混じっていたらそこから情報が漏れて終了。情報漏洩のリスクも高いでしょう」


 難儀なものだ…

 一応、外交関係の情報というものは議会政治だろうがなんだろうがトップシークレットとされるものだが…それでも漏れる時は漏れる。


「メーヴェの政府に掛け合うのは危険過ぎる、と言いたいのだな?それで代わりに女王か」


「はい。女王は名目上は実権を持っておりませんが、それはあくまで()()()であり事実は異なります。島国である関係上、メーヴェで最も強力な軍事力を有するのは海軍。そしてその海軍を統帥するのは女王です。つまりメーヴェでの軍事的なトップは未だに女王なのです。更に政治面でも彼女は絶大な権力を未だに持っています。それは──」


「──民の支持だな」


「そうです、民衆の絶大な支持です。女王は普段政治に関わってはおりませんが、民の支持を得ている以上は関わろうと思えばいつでも関われるはずです。だってメーヴェは民主主義国家ですから」


 彼女が言っているのはつまり「政府と交渉せずとも女王と密約を結びさえすれば欲しいものは全て手に入る」という事である。

 結局我々は“メーヴェを味方にしたい”のではなく“メーヴェの海軍を味方にしたい”だけであり、その目的を果たすには王立海軍のトップたる女王に協力してもらうだけで済む。

 例えメーヴェ政府が難色を示しても、国民の支持を背景に押し切る事が可能。

 女王を味方にする事が最終的にはメーヴェ一国そのものを味方にする事に繋がるのである。


「私には何故だかさっぱり分からんが…あのクソババア、国民からの人気だけはあるからな。嫁ぐ度に追い出される様な女なのにメーヴェの国民はどんな感性をしているのだか…」


 世界七不思議の一つである。


「まあ、腰が低いですからね、彼女。フレンドリーで美貌も備えている、とくれば人気も出るでしょう。性格はちょっとアクが強いですが悪い人ではありませんし」


 そんなものかなぁ…


 まあ、よくよく考えれば私も似た様なものか。

 私も父親を殺す様な碌でもない人間だが、何故か民からの人気はそれなりにあるらしい。

 民意というものはよく分からぬものだ。


「ふむ…あの女をオトすとなると骨が折れるぞ…何か策はあるのか?」


「ありません。もしメーヴェと手を組むという私の提案にご賛同頂けるならば今から一緒に考えようかと思いますが。どうします?」


「ナーシャ、どう思う?」


「メーヴェを消耗させる、という私の案とは真逆の発想ですが…悪くはないかと。女王の攻略だけに絞るなら情報漏洩のリスクもかなり低くなりますし、リターンは非常に大きい。やらない手はないでしょうね」


「ソフィア先生は?」


「え、私ですか?えっと…良いんじゃないでしょうか?多分」


 この人、やっぱり政治的な話になるとダメダメだな…


「そうか。まあルイーゼとナーシャがOKサインを出している時点で最善だろうな。…よし、やろう。メーヴェを味方に引き入れるぞ。そのためにも女王を説得せねばな」


「決定ですね。良かった…あとは女王を籠絡する手段を考えるだけです。何か案はありますか?」


 女王個人を口説くための甘い言葉と、メーヴェという国に対する利益の両方を用意せねばならない。

 前者は兎も角、後者は連邦を裏切るに足るものを提示せねばならないから大変だ。


「あのババア本人を説得するだけなら簡単だ。手土産に婿でも持って行ってやれば良い。若い男…そうだな…フランツとかどうだ?」


「断固拒否します。フランツは渡しませんよ」


 うん、知ってた。


「まあそちらについてはどうにかなるでしょう。いくらでもやり様はあります。何なら()()()身体を張って頂くとしましょう。問題はメーヴェという一つの国家にとってどんな利益があるか、という事。それがはっきりしなければいくらあの人でも簡単には乗ってはこないでしょう」


 何やら不吉な事を言われた気がしたが、気のせいだろう。

 まさかナーシャが私に“身体を使って契約をもぎ取ってこい”とか何処ぞのブラック企業みたいな事を言うはずない。うん、きっとそうだ。


「よくよく考えてみたら、問題はまだいくつかあるぞ…どうやって話を持ち掛けるか、という問題が…まさかヴィクトリア女王の目の前でこの様な物騒な話をする訳にもいくまい。どうにかしてヴィクトリア女王抜きでじっくり話を出来る環境を作らねば」


 “今から大事な話をするから、君はちょっと席を外しておいてくれる?”なんて言おうものなら如何にも悪い事を企んでいます、と白状する様なものだ。

 自然な形で、彼女抜きの会談をせねばならない。


「それに関しては問題無いのでは?兄上が登場し、エリザベス女王と長々と雑談を繰り広げ、その後に“そうだ、忘れていたよ…今思い出した。エリザベス女王に大事な話があるんだった!失礼、少しみんなには席を外して頂いても構わないかね?”とか言えば誰も疑いませんよ。兄上と女王がイチャラブトークでもするのだろう、と皆進んで退場する事でしょう」


 いや、それは良いんだけどね…

 それだと私とあの女の二人っきりになってしまうではないか…

 嫌だよ…辛いよ…


「兄上、()()()()()()()()?」


「う…うむ…も、勿論だとも…」


「それは良かった。演技とは言え、兄上が他の女と仲良くするというのは気に食わないものです…私としても出来れば避けたいところですが今回ばかりは致し方ありません。例えそれが他の女の元へであったとしても、私は笑顔で我が愛しの兄上を送り出してみせましょう…っ!」


 あ、うん…それはどうも。


「メーヴェに対する利益だが…フォーアツァイトにも手伝ってもらう事は出来そうか?この件の成否は我々だけの問題ではないだろう?」


「そうですね…私から、フランツに相談してみましょうか?」


「ああ、そうしてくれると助かる。戦後の土地の分配にしろ何にせよ、出来ればフォーアツァイトにも多少は譲ってもらいたい。先ずはフランツにも話を通すのが筋だろうな」


 プラトークだけでは提示出来るものにも限りがある。

 もしメーヴェが仲間入りを果たせばフォーアツァイトとっても利益となるのだから協力してもらいたい。

 これに関してはルイーゼに任せておけば良いだろう。

 彼女なら悪い様にはするまい。


「ところで、もう一度女王と会談出来るのはいつになる?」


 あちらの火事とやらがどの程度のものなのかにもよるのだろうが、それ次第で我々としても準備の質が変わってくる。


「恐らくまだ未定だったかと。大したものではなく小火(ぼや)で済んだ様ですが」


「そうか…案外直ぐにもう一度、となりかねんな。決めるべき事は急いで決めた方が良さそうだ」


「そうですね。なら、フォーアツァイトとの件は明日の朝にでも直ぐにフランツに掛け合って来ます。フランツ相手ならばそれなりに譲歩してもらえるでしょう」


 身内の利点だな。


「よし、ではこちらはこちらである程度考えておいて、その後フォーアツァイトと擦り合わせだな。明日は忙しくなるぞ」


「それは残念です、今夜は余り激しくは出来ませんね」


 ()()を激しくするつもりだったのやら…

 勿論激しかろうと激しくなかろうとナーシャのやろうとしている事など認めんがな。

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