XC.あ、あの…作戦概要を…
「“作戦は単純で解りやすく、士官から一兵卒に至るまで理解可能である事が望ましい”。これはウチの陸軍学校の教本に書いてある事なのだがな、今回の作戦もまさにこの原則に則ったものだ。作戦を一言で説明するなら“敵を本土に誘き寄せて、船舶からの対空砲火と空軍の航空戦力でこれを叩くべし”…となる」
「メーヴェ防衛空軍との合同作戦ですか。海上戦力だけではやはり不安が残る、という判断ですか?」
「そうだ。作戦立案者曰く、な。まあどんな作戦案が上がっても、私は判子を押す他ないのだがね…お飾りの女王は辛いねえ…あ、それと、空軍だけでなく陸軍も参加だ。作戦案には“出来る限り本土近くまで誘き寄せる”と書いてあるのだが、この出来る限りというのが本当にそのままの意味らしい。可能ならば本土沿岸部にまで引っ張ってくるつもりの様でな。おかげさまで陸軍も総動員だ」
「成る程…沿岸部に設置してある対空防御網も活用する、と…」
「沿岸部には陸軍・海軍・空軍それぞれが好き勝手に対艦用の砲やら高射砲やらを濫造してドカスカ置いているからな、それを有効活用すれば更に作戦成功率アップ!…という魂胆だろうな。全く…我が国の沿岸部ときたら…南帝国=連邦間軍事境界線よりも鉄分が多いのだから正直呆れる。そなた等もメーヴェに来た折には是非ともじっくり観光していってくれ給え。我が国のシーサイドには素敵な砲塁がゴロゴロそこら中に転がっておるぞ。空軍が対艦用に沿岸に巨大な要塞を建てて、大口径の要塞砲で海を睨んでいるくらいだ。空軍が!空軍が、だぞ!?おまけに陸軍ときたら独自の兵員輸送用潜水艦を単独開発しようとして案の定不良品を大量生産する羽目になったし…すまん、少し愚痴になってしまった」
「見事にバラバラですね…それでよくもまあ今までやってこれたものです」
「島国様様だな。他国と地続きでないというだけでこうも平和を謳歌していられる。おかげさまで平和ボケした馬鹿共がビーチに砂のお城を建てて遊んでいられるくらいの余裕はあるのだ。どうだ羨ましいだろう?」
「ええ、まあ…しかしその様な状況でよく共同作戦など企画出来ましたね…王立海軍からプランを提案したのでしょう?」
「そうだ、王立海軍から提案した。外部出身の人間を交渉役に据えてみたら案外簡単に事が運んだそうだ。今後も内輪揉めの仲裁役として外の人間を引っ張ってくるのは悪くないかもしれんな…」
少し考える素振りの後、彼女はフフンッと何やら怪しげな笑みを浮かべる。
「特に、ルイーゼ皇女とかナーシャとかヴィッキーとかが良いかもな。頭の固い爺を説得するには華があった方が良い…そうだろう?」
「あ、いやぁ…遠慮しておきます…」
「私も。えっと…政を疎かには出来ませんので…」
「ご遠慮させて頂きます。私の在るべき場所は兄上のお側以外にありませぬ故」
皆一斉に辞退し、フランツの方を見る。
「えっ…?」
“何故僕の方を見るの?”と顔に書いてある。
「ああ、フランツを忘れておった、すまんすまん。そうだな君は…女ではないからなぁ…私の婿として来るなら大歓迎だがね?いや、冗談ではなく割と本気で言っているのだぞ?どうだ、私の婿にならんか?」
「いえ…結構です…」
「まあ、そう固い事言うな。メーヴェに婿入りしてくれるなら毎日甘えさせてやるぞ?夜の私は凄いのだぞ…?」
上目遣いで画面越しにフランツを誘惑。
さっきまでニコライさんを狙っていた、とか言っていたくせに…中々に必死である。
「え、その…僕一人で決められる事でもないので…」
「あ、そうか。親の許しが必要だな。そういう事ならヴィルヘルムには私から話をつけておこう。ふふふ…この件が片付いたらゆっくりお茶でもしようではないか、なあ?」
ひっひぃぃぃぃ…と可哀想なフランツは声にならない悲鳴を上げ、私の方を懇願の眼差しで見つめてくる。
助けてやらないと…
「失礼、えーっと確か…こう見えてフランツにはもうお相手がいるんですよ。んーっと…相思相愛の相手が!可愛いらしいお嬢さんが!ね、フランツ?」
勿論嘘である。
しかしこうでも言わないと甥っ子が不憫だ。
「は、はい!そうです。ですから、残念ですが僕の事は諦め──」
「──ほう…どんなお嬢さんだ?」
え…そんな事訊いちゃいます…?
「えっと…綺麗な方です…凄く可愛いです」
フランツ…どうせならもっとマシな事言いなよ…
どうやら彼は嘘が下手な様だ。
私ならもっとそれらしい事を言うけどな…
「綺麗、ねえ…私とその娘どっちが綺麗?」
いやいやいや!だから、そういう事訊いちゃう?!
「えっ、どっちが、ですか…?えっ…ええ…」
ほら、可哀想なフランツ…
こんなに戸惑って…
フランツは男相手だと堂々とした態度で臨めるのだが、こう女相手だとどうも弱い。
普段から私や侍女以外の女性と殆ど接する事が無かったから、女性相手だと弱気になってしまうらしい。
特にエリザベス女王の様なタイプの女性と話すのは初めてだろうから、戸惑うのも当然である。
こんな事ならもっと昔から彼のために女友達の一人や二人、用意してやれば良かった。
「いや、すまんすまん。困らせるつもりはなかったのだ。ただ、その…若い男の好みというものを理解しておいても損は無いと思ってな。そのお嬢さんの特徴を参考程度に訊こうかと、な。その娘の容姿や性格等について良ければ教えて欲しいのだが?」
「容姿…?性格…?」
彼は窺う様に私の方をちらっと見る。
何か助言を求めているのだろう。
「フランツ、えーっと…リアちゃんの事をちょっとだけ教えて差し上げて。彼女、本当に可愛い娘なんですよ。あまり有名な家の出身ではないけどフランツが惚れるくらいに、ね?」
「あ、はい!リアは…その…本当に見惚れてしまう程綺麗で…可愛いと言うよりかはどちらかと言うと綺麗系でしょうか」
「髪型はどの様な感じだ?」
「髪型…?えっと、長くて…何だかフワフワしてますね。後ろはいつも編み込んでいて…あと、よくリボンを結んでいらっしゃいます」
ん…?
何だか不思議な…
やけに具体的…?ってアレ…?
「ほうほう、で?その娘に関する何か特徴的なエピソードは?性格が分かる様な」
いやホント、この女王も無茶振りするなぁ…
新婚夫婦でもいきなりそんな事思い浮かばないぞ…?
「エピソード、ですか?んー…あ、あります!一年程前の話になりますが、彼女に一つ質問をした事がありました。彼女はいつもお洒落に気を遣っていらしたのですが、何故かイヤリングだけは付けているところを見た事が無かったのです。それで、“何故イヤリングを付けないのですか?”と僕は彼女に尋ねました」
「で、彼女は何と答えたのだ?」
「“イヤリングは付けない主義なの、そんなもの無くても十分可愛いから。ね、そうでしょ?”…と仰ったはずです。そして僕を小突いた後、颯爽と去って行きました」
待て待て待て待て待て待て待て!!!!
それ私!!
それ私が昔言ったセリフっ!!
やけにデジャヴな感じがすると思ったら…それ、私じゃない!
いくら何も思いつかないからって隣にいる私の特徴を述べるは如何なものでしょう!?
てか、そのセリフも冗談で言った事だし!
よくもそんな事覚えてたね?!
「胸はどれくらい?」
「胸…?えーっと…」
そして私の方を横目に見るフランツ。
って…おいっ!
本人の前で胸のサイズを確認するんじゃない!!
「そうですね…中くらい…?いや、そこそこ…ある…?いや、どうなんでしょう…?でもそれ以上に大きいのを見た事がありませんね…という事はかなり大きい…?」
…だ、そうです。
ちなみにフランツよ、私の胸は平均からするとかなり大きい部類だぞ…覚えておきなさい…
「ふーん…私と比べてどうだ?私も結構大きいぞ?挟めるぞ?」
「そうですね…」
再度チラリ。
だから露骨に見るなって。
「彼女も“挟める”と思います!同じくらいかと!」
フランツめ…後でニコライさんより先にフランツにお説教だ…
純粋無垢なセクハラ甥っ子め。
「ところで…その娘はルイーゼに似ているのだな。髪型も同じではないか?」
「いや、これは!彼女と私、同じ髪型にしているんですよ〜ほら、仲が良いから!ね、フランツ?」
「そうです、仲が良いから!」
ナンジャコリャ…
「あの、そろそろ元の話に戻りませんか?」
窮地を察したナーシャちゃんが割って入ってくれる。
「おう、そうだったそうだった。失礼…どこまで話したかな?…あ、出来るだけ誘い込む、という話までか!そうだなぁ…あと言わなければならんのは…その際のそなた等の船の役割だな」
「そうですね。作戦時に我々はどの様な役割を求められているのか、という事です」
「結論から言えば出来る限り多くの船が欲しい、ただそれだけだな。我々と一緒にクルージングして、ついでにお空に花火でも打ち上げてくれればそれで良い」
「どういう事でしょう…?」
「そのままの意味だ。それだけ、だよ。何故我々がこれ程までにそなた等に協力を要請する事に固執するか分かるか?出来るだけ多くの船を参加させ、敵の攻撃を分散させるためだ。そのために参加して欲しいのだよ。我々はもう既に民間の商船を接収して今回の作戦のために改造しているくらいだ。そうでもしないといけないくらいに船が足りん」
「つまり囮という事では?」
「そうだ、囮だ。しかし勘違いしないで欲しい、それは何も他国に押し付けているのではなく我等も同じ事。軍艦だろうが民間船だろうが航空機だろうが参加する船舶は全て囮兼攻撃役だ。皆等しく囮、という事だ。皆で囮になり、皆で敵を引き付ける。そのために数がいる、だから参加して欲しいのだ。ご理解頂けたかな?」
成る程…そういう事か…
プラトークにまで声を掛けてきたのが不思議だったが、そういう事なら納得だ。
メーヴェは「海軍を貸せ」と言っているのではなく「船を貸せ」と言っているのである。
勿論、その船が軍艦で、上に水兵が乗っかっているなら尚の事良しなのだろうが。
「それは…参加するにしても兵達にどう説明すれば良いのやら…ですね」
「まあその辺はそちらの問題だな。こちらは全く問題無いがね。あと──」
「──陛下!!」
画面の向こうで、バーン!と扉を勢い良く開け、男が一人入って来るのが見えた。
格好から察するに、使用人であろう。
「どうした?後にせよ」
「それどころではありません!陛下のお部屋から火が出て…!火事でございます、一旦屋外に──」
「──私の部屋?!私の部屋と言ったか?!」
「ええ…」
「不味いっ!アレから火が出たのかクソッ…!大事なものが大量に置いてあるのにぃ…ぬかった!!行くぞ、私は部屋に戻るっ!」
「へ、陛下!?危険です!お待ち下さい、陛下ァァ──!」
…
「これは…どうするべきなのでしょう?」
「火事ですからねえ…悠長にお喋りなんて向こうが落ち着くまで暫くは無理でしょうね」
「じゃあ一旦お開き、という事で?」
「そうなるでしょうね」
…
「「「「はあ…」」」」
残された四人は揃って溜め息を吐いた。