LXXXIX.作戦概要を。
「──少し無駄話が過ぎたな。では早速だが…そろそろ作戦概要を説明しよう」
あれから数十分。
意味不明な会話を耐えに耐え、やっとこさここまで漕ぎ着けた。
全く“早速”でも何でもないのだが、やっと本題に入れる事は良しとしよう。
もう精神的にヘトヘトである。さっさと終わらせたい。
「あの、まだ参加すると決めた訳ではないのに作戦を聞いても構わないのですか?」
ヴィクトリア女王が尤もな疑問を口にする。
「問題無い。作戦などと大層な呼び方をしておるが、そう大したものではない。単純明快な──それこそ子供でも分かる様な──シンプルな作戦だ。そなた等に教えたところで何かが変わる訳でもあるまい。それに私は軍人ではないのだからな、私だって完全に全てを理解している訳ではないのだよ。これから説明するのはあくまで私が把握しておる範囲でのプランだ。細かい事は知らん。その程度の事で大局が変わるはずもなかろう?」
「はあ、左様で」
「それに、ここにいる四人は皆信用出来る面子だろう?フランツとルイーゼはヴィルヘルムの身内だから心配無いし、ヴィッキーは言わずもがな。ナーシャも問題無い。…な?大丈夫だろう?」
一応そこにニコライさんも加わるのだが、まあ良いや。
しかし少し気になるのは、彼女と兄の関係である。
先程から“ヴィルヘルム”という名を口に出している。
メーヴェはどちらかと言うとフォーアツァイトにとっては敵側に含まれるから、兄と彼女に特別な親交も無いはずなのだが…
「何故兄上の身内である事がその様な判断の基準になるのです?兄上の身内であれば信用出来る、というのは何故ですか?」
「ああ、別に特段深い理由がある訳でもないぞ。何となくだ、何となく」
上手く躱された。怪しいな…
本当かなぁ…?
「失礼、ならば良いんです。お邪魔してすいません、どうぞ続けて」
「では、いくぞ。…先ず、作戦の目的を明確にしておこう。我々の最大の目標は敵の排除及び捕獲だ」
「捕獲…」
誰かの溜め息にも似た呟きが漏れる。
「はは、まるで動物みたいな言い方になってしまうな。しかし敵はもう殆ど野生の獣みたいなものだ。いや…それよりも遥かに厄介かつ興味深い存在だがね。無論、最優先は敵の排除だが…出来れば生きた状態で捕まえたいというだけの事だ」
「そうですね、あの敵に関しては不明な事が多過ぎます。空を飛び、とんでもない威力の光学兵器を扱う…裏にいる勢力を特定するためにも捕虜にして尋問したいものです。可能ならば技術を奪い、こちらで軍事用に使うのもアリでしょう。生け捕りにするメリットは大きい。死体からでも分かる事は多いし、殺すにしても死体は回収出来れば良いですね。技術を抱えたままで木っ端微塵にならない事を願うばかりです」
ニタリと笑ってそう反応したのはナーシャちゃん。
また何やら良からぬ事を企んでいそう…
「生け捕りねえ…その事なのだが、実は面白い話があってな。我が臣下の者共の報告によれば…あの敵、人間ではない可能性が高い。もっと言うと、だ…生物かどうかも分からん」
「はい?」
「そのままの意味だ。実はツァーレには至る所にレーダーやらソナーやらその他様々な観測装置が仕掛けてあってな、ほぼ全域を監視出来るのだ。その観測データによるとだな、アイツはここ数日ずっと海中に沈んでいるらしい。どういう仕組みか分からんが、人間ならとっくに死んでいるだろうな」
今サラッと重要機密喋っちゃったんですけど、この人!?
ツァーレのほぼ全域を監視出来る装置がそこら中にばら撒いてある?!言っちゃいけない系のやつですよね!?
他の面々も同じ事を思った様で、何だか複雑な表情である。
「酸素ボンベとか…特殊な装備があるのでは?それで海中でも息が出来る、とか」
「七十二時間以上も使える酸素ボンベなんてあれば良いがな。あったとしてもとんでもない大きさだぞ?圧縮空気を馬鹿にしてはいかん」
「それで、陛下は敵が“人間でない”可能性を疑っておられるんですね?」
「そうだ。わざわざ言いはしないが他にも色々証拠はあるぞ。ヤツは少なくとも人間ではない、というのが我々の至った結論だ」
彼女は腕を組むと、首を傾げる。
「…で、問題はここからだ。もし仮にその通り人間でないなら、じゃあ一体全体アレは何なのかという事だ。目撃者の証言から、手が二本に脚が二本、胴体に頭がくっ付いてる事は分かっている。二足歩行するかどうかまでは分からんが、完全に人間と同じフォルムだ。おまけに銃を撃つし、片手で光る剣を振り回すそうだ。やる事まで人間そのもの。一体アレは何者だ…?そもそもどうやって飛んでる?」
「まあ飛行に関しては魔法とか…その辺りで説明がつくのでは?」
「魔導師が空を飛んでレーザーをぶっ放すって?そりゃ傑作だな。知り合いの魔導師にそういう事が出来るのか訊いてみたがね、レーザーをぶっ放す魔術も蠅みたいにブンブン飛び回る魔術も知らん、と言いおったぞ。勿論空を飛ぶ魔術自体は存在するが、あれ程自由自在に飛び回れる様な代物ではないらしい。そして光学兵器の方だが、あれも今のところ実用化したという話は聞いた事がない。光学兵器の実用化のための研究自体は世界各国で行われているが、未だに技術的課題が多過ぎて実用化なんて遥か先の話らしい」
「ふむ…余計に謎は募るばかりですね…」
「そうだ、正直お手上げだ。でも一つだけ解決策があるだろう?」
彼女はにこり、とわざとらしい作り笑いを浮かべる。
「要は、捕獲するなり何なりして調べればその謎が解ける、と仰りたいのですね?」
「そういう事。それが分からないままだと根本的な解決には繋がらん。アイツを倒してもその次がまた現れるのでは意味が無いからな。原因究明のためにもしっかり調べないとな。で、その研究は全討伐作戦参加国での合同研究とするつもりだ。言ってる事の意味は分かるな?ふふふ…よ〜く考えてみろ、あの様な化け物を自国で生み出す事が出来るとしたら。何せ、一人で大艦隊相手に勝てる様な歩兵だからな。それを大量生産でもしてみろ?下手すれば世界がひっくり返るぞ。手に入れた技術をもっと上手い具合に応用させられれば、軍事面以外でも役に立つだろう。もうこれは参加するしかあるまい」
成る程…メーヴェの切り札はコレか。
確かに、例の敵と同じものを自国でも生み出せる様になるのだとしたらちょっとばかし軍艦を貸してやるぐらい何て事ない。
非常に強力な交渉カードであると言える。
…しかし一方で、話がうま過ぎる気がしないでもない。
もし本当にその様な大きなリターンが見込めるとして…それをわざわざ他国にもばら撒く必要性があるだろうか?
どう考えたって自国だけでその技術なり何なりを独占した方が良いに決まっている。
例えどうしても他国の協力が必要なのだとしても、出来る限りその情報を共有する相手は少ない方が良いだろう。
それがどうだ、今のメーヴェときたら、それを平気で共有しようと申し出てきた。
これではメーヴェにとって大損以外の何でもない。
おかしい。何か裏があるはずだ。
「それは確かに魅力的ですね。確かに、魅力的ではあります。しかし、もしも何も有用なものが手に入らなかったら?その場合はどうするんです?」
「それはどうしようもないさ。それも含めてのこの条件なのだから」
うーん…考えられる可能性としては…もしかしてメーヴェは有用なものが得られない前提で動いている、とか…?
何も、知っている事全てを私達に話さなければならない訳ではない。
そんな義務はエリザベス女王には無い。
もしかしたらそう判断出来るだけの何らかの情報をメーヴェは握っていて、だからこそこんな話を振ってくるのだろうか?
これは仮説に過ぎないが、もし当たっていた場合、我々はタダ働きになってしまう。
その一方で、メーヴェにとってはタダで働いてもらえるのだから得でしかない。
あり得そうだなぁ…
それがまた質が悪いのだ。
…兎も角、安易に乗っかるのは危険だ。
「それだと、もし何も得られなかった場合に大損です。せめて何も得られなかった場合の補償と言うか…代わりの報酬を提示して下さらないとプラトークとしては参加しかねます」
「ほう…中々慎重だな。で、他の二人は?」
「僕としても叔母上と同意見です。ただでさえボロボロの艦隊をこれから何とか建て直していくところだと言うのに、それをまた危険な戦闘に参加させるのですからきちんとそれに見合った利益が確約されないと…いくら上手くいった場合の利益が絶大なものだとしても、博打の様なものでは困ります。それで収穫無しだった場合には我が帝国の艦隊は最早建て直し様が無くなる。海軍が無くなれば植民地も維持出来なくなり、手放す必要性に駆られます。それを避けるためにも我々フォーアツァイトも慎重にならざるを得ません。出来れば失敗した場合にも報酬を貰えれば嬉しいのですが」
「はは。案外グイグイくるねぇ、フランツ君。こう見えて優秀なのだな、憎いねえ。…が、残念ながら流石に失敗時の報酬は用意出来んな。でもそうだな…成功時に何も得られなかった場合の補償というのは…うーん…考慮せんでもないな。ま、部下が決める事だから私からは何とも言えんがね」
おお…それならば参加を考えても良いかもしれない。
「で、ヴィッキーは?」
「えーと…まだ…」
「ああ、別に良いぞ。もっとゆっくり考えてくれても。まだ話は終わっていないのだしな。そもそも、もし参加する場合にどの様な事をしてもらうかすら言っていないのだからな。逆にこの段階で即決されてもこちらとしても心配になるというものだ」
「有り難うございます。ヴァルトもかなりの損害を受けたばかりですので…参加したいのは山々なのですが…それに、兵士の命にも関わる事ですから」
「そうだな。うん」
「では、“もしも参加する場合の話”をお聞かせ願えますか?」
「勿論だ」