LXXXVIII.ルイーゼさんはスケープゴート。
※ここまでのあらすじ
対米開戦から僅か一年足らずにして、戦局は大きく変化していた。
緒戦に於いては米軍に対して優位を確保していた日本軍だったが、ハワイ攻略作戦──後に言うミッドウェー海戦──での敗北で第一航空戦隊の赤城・加賀、第二航空戦隊の飛龍・蒼龍の四隻の航空母艦を喪失。
その後ミッドウェー海戦に参加しなかった第五航空戦隊の翔鶴・瑞鶴を第三艦隊として新編し、日本空母機動部隊の中心として奮戦する事となるが敗北の運命に抗う事は出来ず、ここから大きく潮目が変わり、既に勝利はほぼ期待出来ぬものとなっていた。
貴重な空母を失い、開戦前に目論んでいた早期講和も露と消え、ガダルカナル島上空での制空権争いで貴重なパイロットも消耗していき、最早米軍に対して唯一明らかに優っていたと言えた要素である“練度”や“経験値”も消え去っていた。
日本側の熟練パイロット達は次々と戦死する一方で米側の新米パイロット達は度重なる実戦で消耗するどころか逆にめきめきと力をつけていったのである。
また、国力の差による力量の差も顕在化してきていた。
この時点で日本側の状況は悪くなる一方であり、時が経つにつれ更に悪くなっていく事となる。
だが、日本とて指を咥えてそれに甘んじていた訳ではない。
建造中だった大和型三番艦と四番艦を改造して生まれた最新鋭空母であるネオ赤城・ネオ加賀の二隻から成る、オガナ中将率いる新編第一航空戦隊は状況打開のために反撃に転ずる。
彼の秘策とは、新編一航戦のために特別に用意した、「零戦」の後継戦闘機である「烈風」に更なる追加装備と高品質の発動機を積んだ、エリートモデルである「量産先行型竜巻烈風」(米軍でのコードネームは「RYU」)と一撃必沈の新型スーパーキャビテーション魚雷「一式高速酸素魚雷」であった。
竜巻烈風はこの新型魚雷を抱えたままでも米軍戦闘機相手に優位で戦闘が可能であり、爆戦…否、雷戦としての運用が可能であった。
零戦譲りの高い格闘性能に加え、米軍機にも引けを取らない高馬力の発動機によって実現可能となった高い防御力、速力、上昇性能。
また、ロール性能や舵の効きも大幅に改善された。
竜巻烈風はこの様に本来相反する要素を併せ持つ最強の機体となっていた。
しかしこの竜巻烈風は量産に向かないという難点があったため、ほぼ新編一航戦のみでしか運用されなかった。
また、新編一航戦内でも度々不足が生じ、代用として「紫電改四」(所謂、「紫電七二型」である)が使われた。
米機動部隊が壊滅せしめ、再び太平洋の制空権を取り戻すべくオガナ中将が今立ち上がる!
今回はルイーゼ視点で。
さっさと戦争させたいなぁ…
予定よりも前置きが長くなってしまっているので…
ちゃちゃっと戦わせて、ちゃちゃっとツァーレ海編なんて終わらせちゃいましょう!
ツァーレ海編が終わった後は、またストックがあるのでドバッと一気に投稿する事になりそうです。宜しくお願いします。
「あー…これ、もう聞こえてるんですよね?おほんっ…お初お目にかかります。私、フォーアツァイト皇女のルイーゼと申します。ご機嫌麗しゅうございます」
「ルイーゼ皇女か。そうか、これが初めてだったか。宜しく」
モニター越しに会話を交わす…何とも不思議な感覚だ…
画面上に映る女性こそがメーヴェ女王たるエリザベス女王。
ニコライさん曰く、バツサン凶悪ババアとの事だが…
こうやって見る分には全くそんな風には見えない。
黄金に輝く美しい髪が絹布の様にさらりと伸びていて、キリッとした眉、整った顔立ち。
身体も(上半身しか映っていないが)引っ込む所は引っ込んで、出るべき所は出ているボンキュッボン。男女問わず垂涎の的であろう。
また、洗練された細々な一挙手一投足からも高貴な女性特有の気品あるオーラが滲み出ており、溢れ出る才気を感じさせる。
それでいて鼻にかける様な感じも無く…
まさに、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、である。
もっとシンプルに言い表わすなら“笑顔が素敵な綺麗なお姉さん”だ。
「それと…ヴィクトリア女王と…ん?そこの二人は?」
「陛下、恐らくこれが初めてではないかと思いますが…アナスタシアです」
ナーシャちゃんが丁寧に頭を下げた。
続いて、フランツ。
「僕はこれが初めてですが…フォーアツァイトからの大使として参りました、フランツです」
それを聞いて女王は途端に笑顔になる。
「ああそうか…!ナーシャか…!前見た時よりもずっと可愛くなっていたから気付かなんだ!そうか…大きくなったなぁ。で、そっちはヴィルヘルムの息子だな?確か、長男は養子だと聞いたが君がそれか?」
「ええ、僕の事です。どうぞ宜しくお願いします」
そうかそうか、と彼女は頷く。
一国の女王としてはかなり気さくな感じ。
個人的には好感が持てるのだが…
「と、いうことは…ヴァルトの代表はヴィッキーだろう?プラトークの代表はナーシャだろう?で、フォーアツァイトの代表はどちらかな?」
つまり、私かフランツのどちらがフォーアツァイトを代表しているのか、という事らしい。
「その事ですが、フォーアツァイトの代表はフランツです」
「おおそうか、それなら──」
「──いえ、それでここからが重要なのですが、プラトークの代表は私が務めさせて頂きます」
「へっ…?」
彼女はあからさまに驚き、はてな、と首を傾げる。
「この度は諸用で参加出来ないニコライ皇太子殿下より、アナスタシア皇女殿下と共にフォーアツァイトの代表として陛下に拝謁し、お話を聞いてくるようにと命じられております。それに必要に応じてある程度の決定をしても良いと許可を頂いております。どうぞ私の事はプラトークの代表として扱って下さい」
「ちょっと待て…ルイーゼ皇女、そなたはフォーアツァイトの人間だろう?何故そなたがニコライ皇太子にその様な事を頼まれる?さっぱり分からん…」
もしかして…彼女は(本来なら私とエーバーハルトとの結婚式なるはずだった)あの時の出来事を知らないのだろうか…?
きっと私とエーバーハルトが結婚したのだと思っているのではなかろうか?
だとしたら合点が行く。
あの一件が無ければそもそも私とニコライさんに接点などこれっぽっちも無かったのである。
何故ニコライさんが他国の皇族たる私にこんな大任を任せるのか、と彼女が不思議に思ったとて不思議ではあるまい。
そもそも私ですらこの様に大事な決定事項を一任されてしまった事に戸惑っているのだ、「え?そんな簡単に信用しちゃって良いの?」と半ば呆れた程。
私ですらそうなのだから事情を知らない人間からすれば尚更である。
仮にも一国を左右する様な事なのに警戒心が無さ過ぎると言うか何と言うか…
信用されている、と取れぬ事もないが…どちらかと言うとただ単にお気楽なだけな様な気もしないでもない…
勿論、後ろに本人が隠れて見張っているのでそう露骨に利敵行為を働けないし問題無いのかもしれないが。
それでもこれはちょっとこれは不味い。
(最初に断っておくと、私はそんな事する気はさらさら無いが)もし悪意ある人物にこの様な事を今後もすれば、最悪政治の実権を握られて国を乗っ取られたりしかねない。
歴史上、宰相だとか何だとかに政治を任せっきりにして乗っ取られた例は数えるべくもない。勿論妃が乗っ取った例とてある。
夫の不注意を窘めてこその良き妻。
後で叱っておいた方が良いだろう。
これぞまさに…内助の功!
「陛下はご存知ありませんでしたか?実はこの度、正式にニコライ皇太子殿下と婚約しまして──」
「──婚約?!」
「ええ」
「あれれ?確か別の誰かと婚約していたのでは??この前もそなたの結婚式がどうこうとか言ってメーヴェからも数人送り出したばかりだぞ?!」
まあ、驚くよね…
これが世間のまともな反応であろう。
「その通りです。じきに噂話も拡がるでしょうから…私の口から先に申し上げておくとしましょう。元の婚約者の方とニコライ皇太子殿下がその…決闘といいますか…そういった感じのですね…えーっと…私をめぐって争う事になりまして…その結果、前の方との婚約を解消して皇太子殿下と婚約する事になったのです。この後、プラトークにて結婚式を挙げる予定です」
私も!…とかナーシャちゃんが言い出しそうな雰囲気だったので、一応ちらりと目配せして制止しておく。
話をややこしくしたくはない。
「決闘…?ヴィルヘルムがそんな事よくも許してくれたものだな…そうか、成る程…それで最早妃同然、とそこにプラトークの代表者として立っているという訳だな…まだ少し混乱しているが、大まかな事情は分かった…」
「混乱されるのもご尤もでしょう。私だって、ほんの少し前までならこの様な事になるとは考えもつかなかったでしょうから」
「しかしコーリャのヤツめ…あいつも遂に浮ついた話の聞ける様な歳になりおったか…感慨深いなぁ…もしいつまでも独身でおる様なら私が婿にもらってやろうと思っておったのに」
「ははは…」
…って、本当に狙ってたんかいっ!
ニコライさんが言っていた事はあながち間違いでもなさそうだ。
今のも冗談めかしてはいたがちょっと本気っぽかった。
「まあ、あいつは昔っから頼りにならない腑抜けだったが…今はそうでもないのかな?父親を殺したかと思えば直ぐに嫁を他の男から奪ってくるのだからな。昔は私のお古のドレスを着せて遊んだものだが、今じゃ立派な男に育った訳だ。うーん、ルイーゼ皇女が羨ましいな…こんな事ならもっと早めにコーリャを手篭めにしておくんだった。あ、そう言えば…愛人を囲っているとも聞いたぞ?あと、幼女と婚約したとかも。いやしかし…まさか幼女はないよな…ルイーゼ皇女というお人がおりながらまさか幼女に手を出すはずがない。単なるデマだろう」
弟あるあるの一つ、お姉さんに女装させられるですか…そりゃあれだけ嫌われる訳だ…
そもそもエリザベス女王とニコライさんは姉弟の関係ですらないのだが…
ちなみに幼女の件はデマではないが…黙っておこう。
「それは幸いでした、陛下と争ったのでは勝てそうにありませんでしたから。何と言っても陛下と皇太子殿下は旧知の仲であると聞き及んでおります。それに加えて陛下のその美貌では、私に勝ち目など無かったでしょう」
「いやいや、その様な事もないぞ。コーリャはああ見えてお堅くてな、私が色目を使っても効かなんだ。そのコーリャが婚約者から結婚目前だというのに奪おうと思う程なんて、そなたも中々やるのう…どんな手を使ったのか是非とも参考にお聞かせ願いたいぐらいだ」
いえいえ、別に大した事は…ちょっと自室でお喋りしたりだとかその程度ですよ〜…全裸だったけど。
うわぁ…思い返せば、ちょっとやそっとの色目なんかよりもよっぽど大胆な事を仕出かしてるぞ…
一応あの時はエーバーハルトと婚約してたんだから完全なる浮気だし、結局そこにエーバーハルトがやって来て…嗚呼…思い出す程に不味い…
「いやぁ…特に何もありませんでしたよ?ちょっとだけお話ししたくらいです」
冷や汗ダラダラ…
「本当に話しただけ?」
「え、ええ…まあ…」
まじまじと見つめられて、思わず目を逸らす。
それを見て女王はにやりと笑った。
「ふふ…まあ良いだろう。揶揄うのはこれくらいにしておこう。ふぅ…どうせならコーリャの顔も見たかったな。数年前まではまだ若造だったが今はさぞかし男前になっておろうな。折角婚約なんてホットな話題もあるのだしついでに揶揄ってやりたかったが…いないのではそれも叶わぬ。残念だ」
本当はいるんだけどなぁ…後ろに。
「まあ何れ何処でまた顔を合わせる機会もございましょう。プラトークとメーヴェは目と鼻の先です」
「そうだな、気が向いたら会いに行けば良いというだけの話か!そうだ、そうだ…考えてみれば確かにその通り。こんな薄っぺらい画面越しに会話のドッヂボールだけではつまらんしな。どうせ会うならボールをぶつけるだけでなく“ゲンコ”で語り合ってこその漢というものよ!」
いやいや…それを言うなら“会話のキャッチボール”でしょうよ…
ドッヂボールじゃ、語彙的には「言葉の交わし合い」になるし、実質的には「言葉のぶつけ合い」ですよソレ。
…などというツッコミが口から漏れ出そうになるが…堪える。
「でも陛下は漢ではないですよね〜…?」
「勿論だとも。しかし暴力に性別の違いなぞあるものか。男と同じ様に拳を振るったならば、それが例え女の拳であったとしてもそれは漢の拳であるとみなせるのだ。暴力に国境は無い。暴力に雌雄は無い。暴力に善悪は無い。暴力に拙劣は無い。私が言いたい事が分かるか?」
「解りません」
いや、全く解らないです…
何言ってるんでしょうこの人…
「つまりだ…暴力こそがこの世で最も平等であり、全ての者に無慈悲に降り注ぐという事だ。そう、まるで神の愛の様にっ…!暴力は素晴らしい!偉大だ!人は暴力によって真の博愛に目覚めるのだっ!」
目覚めるとしてもそれは博愛じゃなくてマゾフィストとしての何かだろう…
何処ぞのカルト宗教のでも引っ掛かったのかな…?
「だから私は嫁ぎ先だろうが何処だろうが気に入らん奴を見つけたら手当たり次第グーパンを食らわせた!真の愛を知ってもらうために!」
そんな事してるから嫁ぎ先から追い出されるんですよ…
「だがそうはいかなかった…本来なら拳で熱く語り合い、その後互いにボロボロになって河原で大の字になって寝転び、夕陽を眺めて笑い合うはずだったのに、だ!」
一人でやってて下さい…
「何故私が叱られなければならんのだ!?未だに納得いかん!」
…もう途中から愚痴になってるし…
結局何言ってるのか意味不明だし…
エリザベス女王という人物の性格がもうここまでの短い会話だけでも分かってきたぞ…
兎に角一つ言える事は──この人ちょっと変わってる!!
元々ツッコミが大好きな、生粋のツッコミ役である私とは最高に相性が悪い。
右と左をチラチラと盗み見れば、フランツにナーシャちゃん、それにヴィクトリア女王が無表情で突っ立っている。
会話に入れずに…見てるだけ。
私は一人スケープゴートという訳だ。
「あー…ちょっとすいま──」
「──まだ話は終わっておらんぞ!実はな、四年程前の事になるのだがな…」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜…………
疲れる…