LXXXVII.空母なんて無いよ。
※注釈
・勝利のポーズ、キメッ☆
戦闘勝利後にみんなでポーズを決めて写真を撮る際の合言葉。
・エースなコンバット
現代戦闘機でドッグファイトが出来る素敵なゲーム。
〜七月某日 メーヴェのとある会議室にて〜
「先ず結論から申し上げますと──」
巨大な会議室。
私はメーヴェ王立海軍のお偉方約五十名の前で仁王立ちをしていた。
メーヴェの軍艦を一通り見て回り、私はその結果を報告していたのである。
私のしかめっ面と、お偉方の皆々様の不安そうな顔つきからしてこの報告が望ましいものでないのは一目瞭然であろう。
そう、これから私は心を鬼にして現状を批判し、このお偉いさん達を嘆きの底へと叩き落とさねばならないのだ。
悲しい哉、これが現実である。
「──このままでは勝てません」
「勝てない…のか…?」
「ええ、勝てません。勝利のポーズ、キメッ☆なんて夢のまた夢でしょう。残念ながら現状の戦力では不可能です」
「でも、女王陛下は近隣諸国にも討伐参加を要請する心積もりでおられる。他国も加わるならばあるいは…」
「それでも無理でしょう。有象無象が加わったところで大した変化を生みはしません。近隣諸国…などと言っても参加国は海軍を持つ国に限られるのですからそもそも然程期待出来るものではありませんし、肝心のヴァルトもご存知の通り酷いザマです。その他で唯一まだまともな戦力たり得たフォーアツァイトも同様にコテンパンに伸されていますし」
「では何がいかんのだ?火力か?火力が足りんのか?」
「火力は…勿論そうなのですが…もっと根本的に足りないものがあるのです」
「何だ?」
「機動力、です。機動力が足りません。敵はメーヴェのどの艦艇よりも高速で飛行する事が可能であり、メーヴェのどの砲よりも遠くからこちらを攻撃出来ます。今挙げた二つの要素のうちどちらか一方でも崩さない限りは我々に勝ち目は無いのです…私の言いたい事がご理解頂けるでしょうか?」
そう、今の我々に足りないのは機動力。
火力が足りないのではなく、その火力を敵に指向するために必要な機動力が足りないのである。
海上で船以外の高速の移動手段を欲するとなると必然的に航空機を使用する事になる。
空母が存在しない以上空母機動部隊なんて真似は出来ないが、敵を上手くメーヴェ本土からでも足の届く範囲にまで誘き寄せる事に成功したなら空軍の掩護が受けられる。
空軍の力を借りる他無い。
「それはつまり、航空機が必要だと言いたいのだな…?」
「そうです、航空機です。残念ながら水上艦ではスピードで負けてしまう以上、航空機に頼る他ありません。空軍と王立海軍では立場が違い、互いに確執があるのも理解しておりますが今回ばかりは協力して頂かないと困ります。今回航空機を使用する事にはその他にも大きな意義がありまして、航空機に敵の攻撃を向けさせる事によって艦隊への攻撃を出来る限り減らす目的もあるのです。戦闘機一機を失うのと軍艦一隻失うのでは重みが違い過ぎます。少しでも相手の注意をそちらに向けられるのなら万々歳であろうかと。全体としての損害を減らすためにも無くてはならない存在であると言えます」
そう、純粋な戦力としての有用性の他にも航空機には囮としての利点があるのだ。
船が一隻沈めば何人も死ぬ事になるが、航空機ならせいぜい一人二人。
どちらにせよ被害を受ける事は避けられないなら、航空機に囮になってもらった方が良いに決まっている。
メーヴェでは古今東西の近代軍の例に漏れず陸・海・空軍間での対立が存在する。
それも、メーヴェの場合は一筋縄ではいかない根本的な立場の違いによる対立であるから質が悪い。
女王が統帥権を持つ海軍と政府が管理している陸軍・空軍ではまるっきり立場が異なるのだ。
これを日本史で例えるならば、「明治時代の新政府軍と徳川軍」とでもなるのだろうか…?
いや、少し大袈裟かな?
兎も角、それくらい海軍は他と仲が悪い。
旧日本軍の陸海での諍いなどとは訳が違うのだ。
だからこそ海軍の高官たる目の前の彼等は今、一斉に眉を顰める。
ある者は自嘲げに小さな笑い声を上げ、またある者は苦虫を噛み潰した様な顔で首を振る。
何れにせよ肯定ではない事だけは確かである。
「成る程ね、空軍の蚊蜻蛉共を囮にしてやる、と。成る程成る程、そりゃあ滑稽だ」
「同感ですな、あの連中が我々の代わりに火を噴いてぼとぼと墜ちてくれるだなんて何とまあ素敵な事だろうか」
「君が言っているのはアレだろう?“空軍の掩護が受けられる所まで敵を誘き寄せ、その後共同で事に当たる”という事だろう?」
「ええ」
「それはねぇ、君、いかんよ。実際には誘き寄せたのだとしても、他から見ればそれは逃げてきた事になるのさ。それでもし仮に成功したとしても、空軍の連中に“海軍には手の余る敵だったから、アイツらぴーぴーションベン漏らしながら泣きついてきやがった。だから仕方なく俺達空軍が手伝ってやったんだ”なんて言い出したらどうするんだい?そうなったら誰も海軍の言い分なんて聞いちゃくれない。みーんな揃って海軍を馬鹿にして、代わりに空軍に拍手喝采だ。君は外から来た人間だから分からないのかもしれんが、メーヴェってのはそういう所なんだよ。だからもし空軍との協同作戦の方が勝算があるのだとしても我々としては断じて認められない。もしどうしても空軍にせよ陸軍にせよ他に協力を仰ぐならば、あちらから“国防のために是非とも協力させて下さい”と申し出てくる形でなければいかん。分かってくれたかね?」
「はあ…」
私はもう開いた口が塞がらなかった。
そんなつまらぬプライドのために最善策を投げ棄てよと言うのか…
前の職場では比較的みんな仲良しだったから、この様な目に遭う事も無かったのだが…
ううむ…やはりヴァルトの方が良かったなぁ…
「他に代案は?」
それでいて、代案を寄越せと仰るのだからもう辛抱堪らん。
「航空機が必要なのは確実です。航空機無しの代案もある事にはありますが、それだと作戦成功率がグンと下がる事になりますよ?」
「ならば君は航空機無しで確実に勝てる案を考えてくれ給え」
ンな無茶な…
外野手無しで野球の試合に勝てと言うのに等しいぞ…
「それなら空母でも造れば如何?五隻もあれば空軍に頼らずに済みますよ」
「何だ君は航空主兵論者か?やめてくれ、ウチではあんな平たいまな板みたいな船は取り扱ってないのだ。ヴァルトから変な思想を持ち込まんでくれよ」
ついでに空母の有用性でも説いてやろうかと思ったが長くなりそうなのでやめておくとしよう。
旧日本海軍ですら完全に空母色に染まり切らなかったのだ、この更に旧態然とした古めかしい組織が大艦巨砲主義の淡く儚い夢から無事に抜け出せる可能性はかなり低い。
山本長官を連れてきて丸一ヶ月議論でもせん限り。
しかし彼の言い様を聞く限り、一応この世界にも航空主兵論者は存在している様である。
案外数十年もしないうちに空母機動部隊がツァーレを跳梁跋扈する時代がやって来たりして…?
元の世界でも空母推進派が火力馬鹿共を(ある程度)説得出来たのは航空機の性能向上によるものが大きい。
急降下爆撃の有用性が認識され、航空雷撃の有用性も認識され、航空機の諸々の性能が上がって…そうやってどんどん空母は認められていったのだ。
現在のこの世界に於ける航空機がどの段階にまで達しているのかは知らないが、少なからず発展していっているだろう。
元の世界の航空機と同じ道を辿るにせよそうでないにせよ、航空機がより重要な位置に上り詰めるのはそう遠くない未来であろう。
「失礼、冗談ですよ。ところで…結局私はどうすれば良いのですか?航空機無しでの成功確実のプランを考えれば良いのか、空軍に“べっ、別に参加してくれなくても良いんだからねっ!”とかツンデレな提案をすれば良いのか」
「後者だな。あちらから参加したくて頭を下げてくる様な何かを提示出来るならその方が良い。我々とて死にたがりではないのだ、空軍が参加した方が良いに決まっている。ただ、我々から頭を下げるのは気に食わんというだけの事なのだ。だからあちらからぺこぺこしてくる分には何ら問題無い。空軍を説得して来なさい」
ナンジャソリャ…
好い歳こいたおっさんがそんなつまらぬ事に拘ってんじゃねえよ…
まるで子供だ。
「あの…私が、ですか?説得って」
「他に誰がいるのだね?」
「いえしかし…私の様な他所者の言う事なんて誰も聞いてくれませんよ、きっと」
他所者が突然現れて偉そうな口を叩いたって誰も従いはしまい。
特にメーヴェは島国だから──ジャポヌ然りジョンブル然り──排外的な面がある。
それが心配だ。
「問題無い。私達が行くよりは遥かにマシだろう。君はまだ奴等と喧嘩した事が無いだろう?君は軍艦だけでなく航空機にも一定の知見がある様だから、奴等のちゃっちい戦闘機でも眺めておべっか言っておきゃあ良いんだ。おだてあげてその気にさせろ。ただし頭は下げるなよ」
「へえ…まあ、やってみます…」
そう上手くいくとは思えないけどなぁ…
てか、結局面倒事は全部こちらに押し付けてくるのか…
それに、私は別に航空機に知見がある訳でもない。
私が飛行機に関して知っている事なんて高が知れている。
せいぜい某エースなコンバットで覚えたものくらいだろう。
無理だろ…
空軍がどーのこーのとか作中では言っておりますが、結論から言ってしまいますと、この後結局空軍にはお手伝いしてもらう事になります☆
本来なら空軍に説得しに行くシーンも書きたかったのですが長くなるし面白くもないので割愛させて頂きます。
次回からまたニコライ視点(正しくはルイーゼ視点)に戻る予定です。