LXXXV.面倒事は全て嫁(仮)に押し付けるなんて…ニコライさん流石っす!
※注釈
・メアリルート
エゲレス女王で年増のメアリちゃんはイケイケチャラ男の某国王子と結婚したぜイエー!
えーっと、誰でしたっけ?フェリペ2世でしたっけ?
根暗で年増なレディーとチャラ男が結婚するとこのルートを辿る事となる。
「ここです。準備は宜しいでしょうか?」
小さな薄暗い部屋、奥にはぼんやりと光る四角い板。
その後ろには巨大な鉄の塊がガチャンゴチョンと騒がしい音を立てている。
「ほう…この機械でメーヴェのクソバ──女王とお話出来るのだな、非常に嬉しい事に」
「そうです。ただ、若干画質が低いし遅延もあるのが玉に瑕ですが」
「それは残念だ、エリザベス女王のご尊顔をじっくり拝見する事が叶わぬとはな。実に嘆かわしい」
「皇太子殿下、何故そこまでメーヴェの女王を嫌っておられるのですか?」
などと、フランツは不思議そうに尋ねてくる。
「フォーアツァイトはメーヴェと然程縁がないし、仕方ないか…良いだろう、教えてやろう」
──少し話が長くなってしまうが…
プラトークとメーヴェは交易が盛んだし距離的にも近いので、幼少期からメーヴェの女王であるエリザベス女王とは面識があるが…どうもあのババアは苦手である。
どうやったらあんなに鬱陶しくなれるのかと不思議に思う程に鬱陶しい性格をしてやがる。
無駄にプライドが高いものだから機嫌を損ねぬように気を遣ってやらねばならないし、人の話を聞かないし、考えるよりも先に手が出るタイプだし、阿呆だし、何となく全体的に気に食わんし…
しかし今挙げたものはまだまだ耐えられる事だ。
その程度ならば我慢も出来よう。
だがそこで終わらぬのがエリザベスという女である。
私が彼女を最も苦手としている理由は、彼女が私を鷹の様な目で狙ってくる事である。
枝の上でピーチクパーチク鳴いている小鳥を、上空から射すくめて高笑いを上げる鷹の様な目で!
彼女はもう三十路に突入する様な年齢のクセに現在独身である。
何故なら彼女は…バツ3だからである…
初婚は十八歳。
お相手は国内有力貴族のご子息だったか…
しかしエリザベスが余りにも凶暴過ぎて夫婦生活は破綻し、一年足らずで離縁。
噂では、何でも彼女は嫁の分際でその家を乗っ取ろうと画策したらしく、嫁ぎ先の一族が内部分裂するように仕向け、ちょっとしたお家騒動を引き起こさせたらしい。
そして彼女が黒幕である事が発覚、コリャ堪らん、との事で追い出されたのだとか。噂では、だが。
本当なら、とんでもない嫁である。
二回目は二十一歳の頃。
前回の結婚後、彼女が仕出かした事は内外に知れ渡っていたしバツ1なもんだから中々嫁ぎ先が見つからなかったらしい。
それでも何とか父親が苦労して相手を見つけ出した末の結婚である。
今度の嫁ぎ先はメーヴェの軍人の家系だったか…まあ、何処かしら軍のお偉いさん関係の家だったはずだ。
軍人家系なだけあって、今度は嫁ぎ先も厳しい所だから大丈夫だろう…という判断だったらしい。
周囲の思惑通り、彼女はそこでは色々画策する事も出来ず、最初のうちは大人しくしていた。
しかしこれまた凶暴過ぎて夫婦生活破綻。
噂では…あくまで噂では、だが…
結婚後半年が経とうかという頃、嫁ぎ先のお屋敷で火事が起こる。
死人は出なかったものの、お屋敷は全焼。
そしてこれがエリザベスが抑圧され過ぎて腹立ち紛れに放火したのだと発覚した…らしい。
嫁ぎ先で放火する嫁なんて見た事も聞いた事も無いが、彼女は実際にそれをやった…らしい。噂では。
とんでもない嫁だ、という事でここも追い出される。
もし本当なら王女でなければ既に牢にぶち込まれているレベルだろう。
そうして遂にバツ2になってしまった彼女。
ここら辺りで父親が心労の余り倒れ、ぽっくりお亡くなりに。
一応王位継承権一位の息子が他にいたのだが、エリザベスが「おい。私、女王になってみたいから王位譲れ」と要求したために彼女は晴れて女王に即位した…らしい。
前代未聞のバツ2女王の誕生である。
その後、ずっと彼女は結婚しなかった。
否、出来なかった。
しかし憎たらしい事に、彼女は美貌に優れている。
その美貌につられ、「綺麗な薔薇には棘があって当然だ!俺はそれでも構わん!」とか言い出す命知らずの阿呆もしくはマゾ野郎が出現する。
更に酷いのは、その阿呆がとある国の王族だった事である。
この時、エリザベスは御歳二十五歳。
遂に三度目の結婚。
そしてこの結婚も上手くいかない。
これまた噂に過ぎないが、結婚したは良いものの、エリザベスが今度は他国の政治に介入し始めたらしい。
阿呆の夫は「強烈な性格、だがそれが良いっ!」とか好く分からん事をほざいていたらしいが、状況を危惧した家臣達によって「離婚して下せえ!さもなきゃエリザベスの野郎をぶっ殺してその後オイラも死にやす!!」と迫られ、泣く泣く離縁。
本当なのかどうかは分からんが、あの女ならあり得んでもない。
斯くしてバツ3となり、現在に至る。
そんな経緯にも拘らず、彼女はまだ結婚する事を諦めていないらしい。
“好き放題しても許してもらえる嫁ぎ先”を未だに求めているのだとか。
あー、怖い怖い。
──で、ここからが本当にあった怖い話である。
前述のエピソードはどれも噂話に過ぎぬ。
つまり、真偽に関わらず笑って済ませられる他人事。
しかし、それが我が身に降りかかったとしたらどうか…?
──私、プラトークの皇太子のニコライと申す者ですがね、ある日、メーヴェの要人も交えたパーティーに出席する事になったんですねぇ。
でもパーティーにも飽きちゃって、途中で抜け出したんですよ。
ふう、やっと抜け出せたぜ…なんて思いつつ暗い廊下を歩いていたら、何だか見覚えの無い場所に来ちゃってね。
あれ、おかしいな…?こんな所あったっけなぁ…?なんて、思いつつも歩き続けていたんですねぇ。
するといよいよ自分が何処にいるんだか分からなくなってきて、ぐるぐる彷徨っているうちに遂に手に持っていた蝋燭の火も消えちゃったんです。
すると急に怖くなってきて。
ああ嫌だなぁ、怖いなぁ…なんて思ってね。
…すると、後ろからゴソゴソ…ゴソゴソ…って物音が聴こえる…
それに、何だかその音が近付いてきているんです。
私、怖くなっちゃって必死で走りましたね。
走って走って走って走って…でもその何かも後を追っかけてくるんです。
そして遂に行き止まりになっちゃって。
私はそこで立ち止まったんです。
すると、ピタッ!…とその何かも止まりましてね。
そしてゆーっくり、ゆーっくり…衣擦れの音がして、すすすすすー…とまた近付いてくるんです。
そして、トントン、トントン、と私の肩を叩くんです。
ああ嫌だなぁ、怖いなぁ…なんて思ってね。
私、怖くて怖くて何も出来なくなっちゃって。
そのままじっと突っ立ってたんです。
すると、いよいよその何かも直ぐ側にまで来て。
私の身体に絡みつく様に覆い被さってきたんです。
それで私、決心して、恐る恐る振り向いたんです。
するとそれは長い髪を振り乱した女でね、じーーっとこっちを見てるんです。
私、意を決して話しかけました。
「もしもし、どなたですか?」
すると、その女はニタリと不気味な笑顔を浮かべ、言いました。
「…エリザベスよォォォ!!一緒にお茶でもシマショォ?!」
何と、その女は…三度の離婚の末に未だに新しい夫を求めて彷徨い歩く亡霊だったんです!
「う、うひゃァァ…!で、出たぁ!」
…その後の事は覚えておりません。
気付いたら私は自分の部屋で眠っていました。
でも、その女は…今も新しい夫を求めて何処かを彷徨い続けておる様です…
…
「兄上、それ本当ですか?と言うか何故怪談風?」
「だから、本当にあった怖い話だと言っておるだろう」
多少話を盛りはしたが、概ね真実である。
「エリザベス女王が本当にニコライさんを狙っておられるので?聞いた事もありませんけど」
「聞いた事が無くとも事実なのだ。幼少期からのちょっとした顔馴染みなのを良い事に、今度は私を狙っておるらしい。歳下相手なら思い通りに出来るとでも思っているのだろうか」
どちらにせよ厄介だ。
三十路突入寸前レディーとくれば、いつの間にか周囲の人間が次々と結婚していき、自分だけが取り残されていく感覚に焦り始めるお年頃。
これまで以上に狂気じみた婚活を今もまさに展開しているに違いない。
「そんな女に好意を持てると思うか?無理だな、無理!彼女とくっ付いたって、メアリルート真っしぐらだろう。否、あちらが主導権を握ってしまうであろう分余計にタチが悪い。だから出来るだけ彼女とは接する事の無いよう努めてきていたのだが…今回ばかりは仕方ないか…さっさと私の事など忘れて、私以外の被害者を見つけてもらいたいものだ…」
美人なんだけどなぁ…
性格がなぁ…
性格さえマトモなら綺麗なお姉さん枠だったのに。
「モテる男は辛いですねえ」
「ああ、辛いね。まっこと辛過ぎる。あ、そうだ。フランツ君も未婚だから気を付け給え」
そうだ、今はフランツがいるんだった。
流石に二十歳にも満たぬ青年に手を出してくるとは思いたくないが…いや、あり得なくもないというのがまた恐ろしい…
いや、待てよ…?
とまれ、彼はフォーアツァイト代表として顔を出さざるを得ないが…私は違う。
そう、私は違う。
「取り敢えず、事情は分かってくれたな?そういう事だから私は目立たないように後ろから観察しておく。ほら、あそこに丁度良い物陰があるだろう?あそこから見守っておくから上手い事やってくれ」
「え?兄上は…?」
「だから、後ろから見守っているから。やっぱり出来るだけ接触しない方が身のためだと思うのだ。今決心した。それに、もしあのクソババアに求婚でもされたらナーシャやルイーゼにとっても不味いだろう?」
「それはそうですが…」
「と、いう事で私はいないという事にしておいてくれ!大丈夫大丈夫、ルイーゼとナーシャなら全く問題無かろう!」
そう、この二人なら私なんかいなくても十分交渉出来るくらいの能力はある。
少し無責任かもしれんが、背に腹はかえられぬ。
「いやでもしかし…こんな大事な事を私とナーシャちゃんで決めて良いのですか?」
良いんでないの?
「私だと逆に押し切られてしまう可能性もある。女同士の方が逆に良いかもしれん」
「では、そうしますか…?」
「そうしてくれ」
ルイーゼは少し納得がいかない様子である。
まあ仕方ないか、そういうところキッチリしているものなぁ…
「兎も角、私はいない設定で!宜しく頼む!もしどうしても私が出ないとならない状況になったら飛び出すから!」
こうして、私は嫁(仮)に面倒事を丸投げするのであった。