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LXXXIV.長男現る。

こんにちは(Guten tag)、叔母上」


 ヴァルト王宮の一室。

 ここに滞在していると聞き、フォーアツァイトの使者一行をアポ無し訪問した我々を待っていたのは、笑顔がチャーミングなイケメンであった。


 栗毛色の髪に青い瞳。

 少し長めのまつ毛。

 二十歳かそこら──いや、もう少し若いか──の青年である。


 彼はヴィルヘルムの着ていた例の正装をもう少し地味にした様な──それでも十分目立つのだが──服を着ていた。

 ヴァルト王国は蒸し暑いから、流石に上着は脱いでいる。


 あ、ちなみにナーシャは置いてきた。

 年齢が近いのでヴィクトリア女王に任せてきたのだ。

 兄としては、出来れば友情とかそういう健全な関係を築いてもらいたいものだが…


 それは兎も角、こちらはこちらで予想外。

 ヒゲのおっさんでも出迎えに来るかと思えば、とんだイケメンである。

 年齢も我々二人に近い。


「君がフォーアツァイトの──ん?叔母上と言ったか?」


 叔母上…?ルイーゼの事をそう呼んだのか…?


 頭上にハテナを浮かべる私に、ルイーゼが小声で教えてくれる。


「ニコライさん、この子は私の甥です」


「と、いう事は…アーデルベルトの兄か?ヴィルヘルムの息子?」


 彼女は首肯する。


 ほう。帝都で会えなかったのに、こんな所で出くわすとはな…

 長男か…

 あのヴィルヘルムの息子にしてアーデルベルトの兄。

 どんな人物なのか…少なくとも油断は出来ない。


「叔母上、お久し振りです。壮健そうで何より…ところで、もしやお隣の方がニコライ皇太子殿下であられる…?ご結婚なさるとお聞きしましたが」


「ああ、私がそうだ。ニコライ・アレクサンドロヴィーチ・ロマナフである」


「おお、失礼。僕の方から名乗るべきでしたね。アーデルベルトにはもうお会いになったのでしょう?僕が長男のフランツです」


 ほお、長男遂に登場か。

 …ん?待てよ…?


「フランツ君、君何歳だ?」


「え?十八ですけど?」


 あれ?!

 おかしくない?!


「お、おい…十八…?冗談だろ…?」


「でもフランツは十八ですよ、間違い無く」


 キョトンとした顔で、ルイーゼはさも当たり前の如く応える。

 まるで私がおかしい事を言っているかの様な口調で、ちょっと小首を傾げさえしてみせる。


 待て待て待て…!ヴィルヘルムは三十歳くらいではなかったか?

 十八の息子がいるというのは如何なものか…


 仮にもしヴィルヘルムが非常に若作りで実際には三十五歳だったとしても…やはり早過ぎる。


「叔母上、皇太子殿下相手にもそんな風に揶揄っておられるのですか…?」


 やはりな。


「まあ、たまにね」


 たまにどころか結構高頻度で揶揄われているが、それはツッコまぬのが礼儀だろう。


「やはり揶揄っておったか。で、実際のところは?」


「フランツは兄上の実子ではありません。所謂“嫁の連れ子”なのですよ」


 成る程、それなら合点も行く。

 しかしヴィルヘルムはコブ持ち姉さん女房と結婚したのか…凄いな…


 しかし叔母と甥なのに大して年齢差が無いな。

 姉弟だと言われても信じてしまいそうだ。

 私も甥──姉の息子──がいるが、彼はまだ幼い。当然かなりの年齢差がある。

 それが当たり前だと思っていたが、他所ではそうでもないのだろうか?


「仮にも長男でありながらこんな所に送られるのもそれが原因です。僕はホーエンツォリルンの血をひいてないので…」


 はあ…苦労しているのだなぁ…


「そうか、それは大変だな…複雑な家庭事情で」


「いえ、そんな事はありません。帝位は継げないというだけで他は何ら変わりませんよ。父上も僕にきちんと接して下さるし、叔母上も気にかけて下さっていますから。叔母上なんて、僕にとっては母親にも等しい存在ですよ」


 アーデルベルトでもそうだったが、ルイーゼは甥達に色々と世話を焼いていて、そのおかげで慕われているらしい。


「そんな大した事はしてないわよ?誰にだって甥は可愛く見えるものだし…それに、フランツは特に複雑な境遇だったから放って置けなかったの」


「おかげさまでこの様に僕は今まで問題無く過ごしてこられたのですから、感謝してもしきれませんよ。母上亡き後は特に」


()()()()()?」


「ええ、そうですよ。義姉上──フランツの母親──は数年前に亡くなられたのです。元々、彼女は前のご主人が亡くなった後に兄上に嫁いでこられたので…フランツはもうこの歳で両親を失ってしまっているのです…」


 生まれ故郷とは違う場所で、血の繋がった両親はおらず、血縁者は種違いの兄弟のみ。

 波瀾万丈ここに極まれり、だな…


 成る程、皇后が顔を見せないので不思議に思っていたがそういう事だったのか。

 この世にいないのでは仕方がない。


「それは放っては置けぬなぁ…ついつい構ってしまうのも頷ける」


「ええ。たとい血は繋がってはおらずとも、せめて気休め程度でも──母親代わり、とは言わずとも姉代わりぐらいになら──と…ですから、感謝される様なものではないのですよ。きっと私と同じ立場なら誰だって同じ事をしたでしょうから」


 まあ同じ事をするかどうかは兎も角、よっぽど碌でなしでもなければ無視は出来ないだろうな。

 不憫というか何というか、もう…構ってやらなきゃ、という使命感が自然に湧いてくるレベル。

 母性本能プンプンだよ、私は男だが。…私は男だが!


「何れにせよ、叔母上は今まで僕達兄弟の世話をずっとしていて下さいました。第二の母親と言っても大袈裟ではないでしょう」


「いや、まあね。ふふふ…」


 ルイーゼはちょっと得意そうな表情で照れてみせる。


 血は繋がっていないが、親子の様な絆で結ばれている、と。

 やはり何だかんだでルイーゼはしっかりしているし優しいんだよなぁ…


「そういう事なのだな…では君は事実上ルイーゼの弟みたいなものだと考えて良いな。つまり私の義弟も同然だ、そうだろう?これからは何かあれば私にも頼ってくれて構わないぞ、遠慮無く!」


「ははは、無茶苦茶な理屈ですね…お気持ちは有り難く受け取っておきますが」


「もし父親と喧嘩して家出する時はプラトークに来るが良い。いくらでも匿ってあげよう。何なら一生ウチで暮らしたって良いぞ?まあ、不味い飯と過酷な冬の寒さ、退屈で陰鬱な景色に耐えられるなら、だけどな」


 これは社交辞令で言っているのではなく、本音である。


 養子であれ何であれフォーアツァイトの人間を受け入れる分にはウェルカムだ。

 ルイーゼと結婚する以上、もう後には退けないのだからフォーアツァイトとの親和路線を取るなら徹底的にやるべきだろう。


「今、ニコライさんは冗談めかしてそういう風に仰ったけど、本当に困った時は頼ってくれて良いんだからね?もう側でいつでも助けてあげるって訳にはいかなくなるけど。いつだってあなたの味方だから」


「有り難うございます…その言葉、心に留めておきましょう」


 彼は儚げに笑うと、軽くお辞儀をする。


「で、それはそうと…フランツ君。君は例のメーヴェからの提案への返事をするため…あるいは交渉のための使者なのだな?」


「ええ、そうですよ」


「それは、名目上か?それとも名実共にれっきとした使者なのか?」


 彼がお情けで仕事を与えられているだけのお飾りでは不味いからな。

 これはしっかり確認しておかないと。


 実際、私も無能だからよくそういったお飾りポジションに据えられる事が多いしなぁ…

 フォーアツァイトではどうなのか知らんが。


「それに関してはご安心を。こう見えて僕、ちゃんと全権委任大使なんですよ」


 えっへん、と彼は誇らしげに胸を張る。


 この若さで大使か…

 ヴィルヘルムも思いきった事をするものだ。


 …いや、それだけフランツが優秀なのかもしれん。

 いくら何でも実力の伴わない人物に全権委任大使の任を与えるのはやり過ぎだ。

 フランツにそれに見合うだけの実力があると考えた方が良いだろう。


「そうか…ならばフランツ君がフォーアツァイトが“討伐大同盟”とやらに参加するかどうかの決定権を一手に担っている訳だな?」


「そういう事になるのでしょうね…元々、その件についてフォーアツァイトからの使者に用があってここに訪ねて来られたのでしょう?どういったご用件だったのですか?」


「別に明確な目的があった訳ではないのだが、取り敢えずメーヴェと交渉に入る前にフォーアツァイトの方針を把握しておいた方が良いかと思ってな。それによって我々の態度も変わりかねんのだ」


 何か参加するだけの価値があるなら参加してやろう、というのが今の我々の方針だ。

 つまり、徹底的な日和見主義。

 勿論その考慮すべき要素の中にフォーアツァイトの動きも含まれているのは言うまでもない。


「そういう事ですか、成る程。しかし申し訳ありませんが…僕としても何とも申し上げられませんね。いえ、守秘義務だとかそういった堅苦しい理由ではなく、ただ単に僕も同様に決めかねているのですよ。現状、情報が少な過ぎて判断の仕様がない。これでは詳しい説明を受けてから判断する他無いではありませんか。まあ少なくとも言えるのは…フォーアツァイトは既にかなりの痛手を受けておりますので、よっぽどお得な話でもない限り参加は厳しいという事ですかね」


 ふむ…

 フォーアツァイトも方針としてはネガティヴ寄りな日和見主義、か。

 我々プラトークは未だ無傷だから比較的乗り気だが、フォーアツァイトはそうもいかないのだろう。

 これ以上の戦力喪失は何としても避けたいだろうから。


「分かった、参考になった。そうなるとフォーアツァイトはほぼ参加しない前提でいた方が良いな…」


「まあ、現状ではそうでしょうね。しかし少し気になるのが…メーヴェ側だってそれくらいの事は分かっているはずだという事です。プラトークは兎も角、フォーアツァイトとヴァルトは既に交戦し、大きな犠牲を払っています。その状況を分かっているからにはあちらとて余程の利益を提示しないと断られるだろう事は百も承知でしょう」


「…しかしフォーアツァイトとヴァルトも誘ったな。断られる前提で、ダメ元での勧誘か…あるいは、ただのポーズか…」


「──もしくは、フォーアツァイトとヴァルトの重い腰を上げさせられるだけの利益を提示するつもりか…大体この三つが考えられますね。メーヴェの真の思惑がこの三つのうちのどれなのか…それによってもきっと結果は変わってくるでしょうね。最初の二つがメーヴェの真意なら、きっと我々は参加せずに終わるでしょうし、三つ目なら…我々も参加する事になるかも」


 ルイーゼは早速参謀としての能力を発揮してくれる。

 阿呆の私としては非常に助かる事この上無い。


「しかしそれだけのもの──フォーアツァイトとヴァルトが目の色を変えるだけのもの──を奴等が用意出来るのか?それにもし仮に用意出来るのだとしても、それではメーヴェにとっては大赤字となりかねんのでは?」


「そうですね、確かに。でも…それを考慮したとしても…十分にあり得るのです、メーヴェがとんでもない餌を用意してくる可能性が。勿論、可能性に過ぎませんが」


「とんでもない餌、か…みっともなく一本釣りされないように精々足掻いてやりたいものだがな…」


「まあメーヴェの女王の事ですから、何も考えていない可能性も無きにしもあらずですが」


 そうだと良いのだが…

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