LXXXIII.ヴァルト王国のヴィクトリア。
※注釈
・漫画版ナウシカ
そんじょそこらの漫画じゃ到底太刀打ち出来ないくらい面白い。
筆者の作品も結構コレに影響を受けた面があったりします。
映画とは比べ物にならないレベルで内容が濃いです。
でも、今手に入れようとすると中々大変かなぁ…
何処かで売ってたりするのでしょうか?
・ヴィクトリア
ヴィクトリア…と聞くとイギリスの例の女王を想像してしまうかもしれませんが、あのヴィクトリア女王の長女も同様にヴィクトリアという名前なんですよね。
そちらの方のヴィクトリアがモデルです。
彼女はヴィクトリア女王とアルバート公の間に長女として生まれました。
フリードリヒ3世と結婚し、ドイツ皇后に。
フリードリヒ3世の妃…ふむ…フリードリヒ3世…
フリードリヒ3世と言えば、ヴィルヘルム1世の息子ですね。
ヴィルヘルム1世の息子という事は…つまり、ヴィルヘルム2世の父親。
フリードリヒ3世はヴィルヘルム2世の父親…これがどういう事かお分かりですね?
そう、こちらのヴィクトリアはあのヴィルヘルム2世のお母様なのです。
以前も書いた様に、本作のヴァルト王国自体は特にモデルとなる国の無いオリジナル国家です。
そのため、ヴァルト女王のモデルとなる人物を決めるのに中々苦慮しました。ふう…
悩みに悩んだ末、「ドイツに関係してて、女王っぽい人って言ったら…もう子ヴィクトリアにするっきゃないか…!」と、この人に決定。
イギリスの某女王と混ざるので出来れば避けたかったのですが…まあ、仕方ないね。
本名はドイツ語風だとヴィクトリア・アデライーデ・マリー・ルイーザ。
英語風だとヴィクトリア・アデレイド・メアリ・ルイーズ。(勿論、ウィキペディア大先生からご教示賜りました!)
これ、日本語風に無理矢理改変すると…花子・洋子・節子・博子…みたいな感じ。
ええい、ファーストネームが最早ファーストネームじゃなくなっている!!
本作に於いては十七歳という年齢設定。
本名も微妙に文字っております。
ナーシャの様に美少女ですが、美しいというよりはどちらかと言うと可愛らしい容姿です。
・オデッサとカスティーリャ
新登場国名。
詳しくは設定資料その2を参照ですぜ、旦那☆
〜七月二十七日 (百八日目) ニーゼルレーゲンにて〜
嗚呼…帰ってしなければならない事が山の様にあるのに、この様なつまらない事に無駄に時間を割かねばならないとは…全く以て嘆かわしい。
それは兎も角、急遽決まったヴァルト訪問。
一週間前に「プラトーク帝国の皇太子・皇女とフォーアツァイト帝国の皇女御一行がそちらを訪れる事になったのでそこんところ宜しく」と先に連絡しての訪問である。
私とナーシャ、それにルイーゼもいるとなればあちらもそれなりの歓迎をしなければならないから、準備の方も大変であろう。
それを考慮して、出来るだけ早く連絡しておいた。
別に彼女達が付いて来る必要性は無かったのだが、どうせ待っていても暇だという事で顔ぶれは全員揃っている。
ヴァルトとフォーアツァイトは余り仲が良い間柄とも言えないが、隣接しているにしては然程悪くもない。
それに、ルイーゼが政治に関わっている訳でもない。
だからルイーゼが訪問しても何ら問題無いのだ。
余り沖に出ると敵に出くわす可能性があるので陸伝いに一週間の船旅。
一応敵が現れる可能性も考慮して全艦で輪形陣を組み、対空警戒を厳にしての航海であった。
もう八月になろうというこの時、ヴァルト王都ニーゼルレーゲンは我々プラトーク勢には非常に暑く感じられた。
「暑い…これ程までに故郷のツンと冷たい空気が恋しくなるとは思いもせなんだ…」
「何ですかこの気温…暑い…更に湿度も高いし…本当に人間が住んでいるのですか、この様な気候で?!」
私とナーシャは共に天を仰ぐ。
青い空、白い雲、ギラギラと輝く灼熱の太陽…クソったれめ…
海風のおかげで多少涼しいが、それでもやはり暑いったらない。
「暖流の影響で大陸の西側は程度の差こそあれ何処もこんな感じですよ?」
平然とした様子で温度計と湿度計をぶらぶらと振ってみせるルイーゼが憎い…!
気温は摂氏約二十五度、湿度は驚異の七十パーセント越え!
気温は兎も角湿度が異常だと思います!
「プラトークの冬が憎い憎いと思っていたらこのザマか…既に私の身体はその憎たらしい冬に適応してしまっているという訳だ」
「そうですね…まるで漫画版ナウシカのラストの様な皮肉感…」
「大袈裟な…ま、直ぐに慣れますよ。もっと南の方の国だと夏場は平気で三十度オーバーだったりするんですから」
三十度オーバーか…笑えてくるな。
「ほら、へばってないで…シャキッとして下さい!これから女王と会うのですから!」
「まあまあ、所詮あちらもまだ十七の小娘だ。そう気負う事もあるまい」
聞く話によれば、ヴァルト王国の先代王には娘──つまり現女王──ただ一人しか子供がおらず、仕方なく彼女が王位に就く羽目になったらしい。
そんな事情だから、どうせ宰相やら何やらに政治は丸投げなのだろう。
「舐めていると痛い目に遭いますよ?彼女、一部界隈では非常に優秀な事で有名なんですからね。何でも、幼い頃から政治や経済について学んできたとか」
「女なのにか?」
「きっと他に男の子が生まれない可能性も考慮して娘であろうとも帝王学を教えよう、という事だったのでしょう。実際にその通りになった訳ですし要らぬ憂慮でもなかった様です。兎も角、油断しない方が良いでしょうね」
「ルイーゼがそう言うのなら…そうしよう」
確かに、よくよく考えてみればナーシャだって十六だがこんなにも凶悪だ。
ナーシャよりも一歳だけでも歳上で更に然るべき教育までしっかりと施されているとくれば…成る程、脅威たり得るな。
✳︎
数時間後、私、ナーシャ、ルイーゼの我々三人は王宮の一室にて一人の少女と挨拶を交わしていた。
「今日はわざわざお招き頂き有り難うございます。プラトーク帝国皇太子、アレクサンドル・アレクサンドロヴィーチ・ロマナフです」
「ニコライ皇太子殿下にアナスタシア皇女殿下、ルイーゼ皇女殿下、ようこそお出でなさいました。私、ヴァルト王国女王のヴィクトリア・ファンデライードゥ・マリー・ルイーザと申します。ニコライ皇太子殿下とアナスタシア皇女殿下はお初お目にかかります。ルイーゼ皇女殿下は、お久し振りですね。またお会い出来て光栄です」
ヴィクトリア女王というこの少女は、非常に可愛いらしい見た目をしていた。
背が少し低いし、ほんの少し丸顔。
実際にはナーシャよりも歳上なはずなのに、同じかそれ以下にも見える。
よく言えば、愛嬌があって可愛らしい。
悪く言えば、頼り無い。
…これが本当に優秀なのだろうか?
ルイーゼ曰く油断ならない人物との事だが…
私の目には、女王という肩書きに必死に自分を合わせようと背伸びしているただの少女の様に見える。
流石に礼儀作法はきっちりしているが、まあそれはナディアですら出来る事だしなぁ…
「どうもご丁寧に有り難うございます。陛下のお噂は予々。非常に優秀なお方だとお聞きしましたが…成る程、確かにその通りでしたな。非常にご聡明そうな様子でいらっしゃる。お恥ずかしながら、陛下が非常に優秀だと聞いて、やり込められはしないかとビクビク震えながらここまで来たのです。しかし安心しました、陛下は才能だけでなく容姿にまで優れておられる。この様な美しい天女の様なお方になら手の平の上で転がされたとしても本望でしょう」
…などと、冗談めかしてカマをかけてみる。
これは“やあ、キミは結構優秀だと聞いたけど、まさか俺達をやり込めようなんて思ってないよね?あん?”という意味の軽い様子見のジャブである。
「まさか、とんでもない。私などその様なお褒めの言葉を頂戴出来る程の者ではありません。見ての通りただの小娘ですよ。手の平の上で転がすどころか、転がされる側になるのが関の山です。それに、美しいだなんて言葉も身に余りましょう。ニコライ殿下はルイーゼ殿下とご婚約なされたとお聞きしましたよ?ルイーゼ殿下の美しさに比べれば私などまだまだお子ちゃまですわ」
と、上手い具合に躱される。
裏に込めたニュアンスに気付かなかったのか…それとも気付いていて無視したのか…
「いやはや、確かに。未来の妃の前で他の女性に目移ろいしてしまうとはとんだ不義でした。失礼、可愛らしいお嬢さんには目がないもので」
ここまで言って、背中に刺す様な痛みを感じる。
いてててて…
恐らくナーシャだ。
少しヴィクトリアを褒め過ぎたせいで拗ねて私の背中を抓ってきた。
このヤキモチ焼きめ…社交辞令も大目に見れんのか。
「ニコライさんは少し浮気者な嫌いがありましてね。全く、困ったお人です」
冗談なのかそうでないのか分からない少しシリアスな口調でルイーゼはそう言った。
はは、半分本音だろうな…
「しかし、例の鳥人間だか空飛ぶレーザー男だか未確認飛行男だかにも感謝せねばなりませんな。ヤツのおかげでこうして陛下に拝謁する事が叶ったのですから。ついでにヴァルト観光も出来る。ウチの帝都なぞとは比べ物にならぬ程ここは都会ですからなぁ」
「でも、フォーアツァイトの帝都を見た後ではニーゼルレーゲンなど大した事ない様に思えてしまうのでは?」
「フォーアツァイトも悪くはなかったが、あちらは内陸都市だったので落ち着かんかったのです。やっぱり海が近くに無いといかんですな。こっちの方が断然良い!」
さっきまで暑い暑いと文句ばっかりだったクセに…とルイーゼがこちらに何か言いたげな目を向けてくる。
「それはどうも、そう言ってもらえるなら光栄ですわ。…でも、ここまでわざわざいらっしゃったのは観光のためでも、ましてや私のためでもないでしょう?」
「はて?そうでしたかな?…ああ、そうだった。そうでしたね。えーっと、確か…メーヴェのクソババ──女王と楽しいお喋りをするのが本来の目的でしたね。しかしまあ、最近の魔法だか魔術ってのは随分と進歩しておるのですね。海底ケーブルだか怪帝ジョンブルだかのおかげでメーヴェからここまで音声だけでなく映像も相互に遣り取り出来るのでしょう?凄いなぁ、私が子供の頃にはそんなものありませんでしたよ?いつの間に?技術の発展は早いなぁ…」
「ええ、まあ…テレヴィジョンと同じ要領で、電話の様な音声に加え、映像もケーブルを通して送受信が可能です。ただコンマ数秒の若干のラグがありますが。あ、あと、私が生まれた頃には既にありましたよ」
…だ、そうです。
「良いなぁ…ウチにも欲しいなぁ…どうです?プラトークともケーブルを繋げてみませんか?そうすればいつでも会えますよ?」
「あ、いや…お断りします」
「何故?」
「初期投資も馬鹿にならない金額ですし、維持費も結構嵩むのです」
「じゃあ物理的な繋がりは難しいのなら精神的な繋がりは如何です?そう、二人を繋ぐ心のケーブルを…!」
「それはちょっと…」
フラれたな。
ま、演技はこんなもんで良いだろう。
これだけやれば、無事彼女の中で私は阿呆のレッテルを貼られたに違いない。
阿呆扱いされるならばそれで良し。警戒されるならそれはそれで良し、だ。
どちらにせよ、こちらにとって好都合である。
私は数ヶ月後に連邦侵攻を控えた身。出来れば敵になる可能性にある相手にはこれでもかという程に無能っぷりを見せつけたい。
逆に演技がバレて有能であると思われたとしても、それはそれで無用に警戒してビクビクしてくれる分には問題無い。
「それはそうと…我々の他にお客人はいらっしゃるのですか?メーヴェのクソバ──女王はツァーレを囲む国々全てに呼び掛けておりましたが」
ツァーレを囲む国とは、北から時計回りで順に、プラトーク、連邦、フォーアツァイト、ヴァルト、そしてメーヴェの五カ国。
プラトークの海上戦力はもう散々説明した様にお察しの状態であり、連邦も海軍に関しては我々と大差無い様な散々なもの、フォーアツァイトはついこの間ボコボコにされたばかりだし、ヴァルトも同様で死に体。
マトモなのはメーヴェ王立海軍だけ…マトモなのはメーヴェだけか!?
多分、やる気満々なのは提唱者であるメーヴェくらい。
それも、メーヴェの中でもあのじゃじゃ馬女王とその他数人くらいなものであろう。
我々はたまたま暇を持て余していたから遊びに来てやったが、他はどうなのだろう?
「えっと、フォーアツァイトの方はもう既にお越しになっていますね」
流石フォーアツァイト。
「あとは…連邦からは音沙汰無しですし…ここに集まっているのは両帝国だけですね」
ふむ…まあ、そんなものか。
「ですが、ツァーレを囲む国々とは別に、オデッサとカスティーリャも加わるとお聞きしております。あちらの二国はメーヴェに直接訪問している様です。まあ、メーヴェの縁の深い国ですからね」
オデッサにカスティーリャか…
オデッサ民主共和国は我々プラトークの西に存在するお隣さんである。
カスティーリャ連合王国は、オデッサの更にまた西──プラトークとは隣接していない──に位置する。
どちらもメーヴェと貿易で縁深く、ツァーレを囲んでいる国々とはまた別に参加する羽目になったのだろう。
「可哀想に…奴等は強制参加だろうな…プラトークやフォーアツァイトには拒否権があるが」
「そうですね、しかしあちらにも声を掛けているとは…エリザベス女王の本気度が窺えますね」
ニヤリ、とナーシャが笑う。
算盤を弾く音が聴こえてきそうだ。
きっと脳内で取らぬ狸の皮算用、といったところだろう。
「まあ、話を聞かぬ分にはどうしようもない。しかしあのクソババ──女王とぶっつけ本場で交渉するのは少し怖いな…先ずはフォーアツァイトからの使者に面会してみるか。フォーアツァイトと裏でスリスリしてからの方が良かろう」
「そうですね。私もいる事ですし、アポは取らずとも問題無いでしょう。会いに行ってみましょうか。宜しいですか、陛下?」
「ええ。ご自由にどうぞ」
ルイーゼの合意も得られ、ヴィクトリア女王の許可も得た。
さあ、フォーアツァイトの連中に会いに行くとするか。