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LXXVIII.そもそも、戦わなければ負ける事も無いじゃないか。

 〜七月 十一日 ベハンデルン港にて〜


 鉄道の旅も終わり、港に着く。

 帝都シュネートライベンから鉄道で丸々十日。


 鉄道で十日、などと字面だけ見ると「随分と時間がかかってますね」という感想になってしまうのも仕方あるまい。

 …しかし、それは違うのだ。


 勘違いの無いように予め言っておくが、()()()かかったのではなく()()()()かからなかったのである。


 フォーアツァイト帝国は元々内陸国家であり、その様な事情を反映して帝都たるシュネートライベンも内陸に位置する。

 内陸、などと言っても生易しいものではない。

 言うなれば超々内陸、である。


 ユーラシア大陸のど真ん中を想像してみるが良い。

 島国の人間には分からぬかもしれんが、何処までも広がる平らな大地…乾いた砂…

 帝都はその様な土地に置かれている。


 海上の移動と陸上の移動では移動速度がまるで違い、実は圧倒的に陸上移動の方が早い。

 せいぜい数十ノットしか出せない船舶と、自動車では話にもならない。


 それでも我々は当初、ベハンデルン〜帝都間の移動に二十日以上かけるつもりであった。

 プラトークの宮殿から港へ行き、ツァーレ海を横断する行程に約一週間。

 ベハンデルン港からシュネートライベンまでを約三週間の車での移動と想定していたのである。


 ここまで言えば、如何にここから帝都までの距離が離れているかお分かり頂けるだろう。


 以前からフォーアツァイトには鉄道があったが、それは内陸の諸都市間を結ぶものでしかなく、ベハンデルン〜帝都間には存在しなかった。

 それが何と幸運な事に、我々が利用するつい数週間前に開通したばかりだったらしい。

 それで対フォーアツァイト帝国外交の責任者たるベンクェンドルフ伯爵もその存在を認知していなかったという訳だ。


 出来立てホヤホヤのレールウェイ。

 コイツのおかげで三週間が、十日に短縮された…

 そう考えれば鉄道の偉大さというものが分かる。


「ふう…懐かしい…潮の香りだ…」


 プラトークとて元を辿れば内陸国家だが、他国との貿易を優先するプラトークの国家としての方針を反映してか、プラトークの帝都は海に近い。

 私にとって海とは身近にあって然るべきものである。


「へえ、これが海ですか…私、初めて見ましたよ。何だか変な匂いがしますね」


 ルイーゼはその様な感想を述べる。


「ふっ…“変な匂い”ですって。これだから情緒を理解出来ない野蛮な南の連中は…やはり品位に欠くわね。今からでも遅くないから猿山にお帰りになっては如何?」


 すかさずナーシャが揚げ足を取る。


「殿下!失礼ですよ!」


 ソフィア医師がそう叱るも、ナーシャが数倍にして反撃する。


「あら、ソフィアじゃない。いたの?てっきり猿山に棲み着いて一生ボス猿と楽しくお尻の嗅ぎ合いっこでもするつもりなのかと思っていたわ。…あ、もしかしてわざわざここまで送ってくれたの?じゃ、もう良いから帰りなさい。…森に帰れ」


「私が帰るべき場所は猿山でも森でもなく、()()()()()です!」


「へ?プルトップ?」


「プラトーク!」


「プルトニウム?」


「プラトーク!」


「プラスチック?」


「プラトーク!」


「ブラトニック?」


「プラトーク!」


「ブランデンブルク?」


 それは少し無理矢理では?


「プラトーク!」


「ブラトップ?」


「プラトーク!」


「プラトーク?」


「プラト──あれ…?」


 大喜利か何かかな?


「ふふふ…引っ掛かったわね…じゃあ、私達の故郷は?」


「プラトーク!」


「この旅の終着点は?」


「プラトーク!」


「兄上の治める国は?」


「プラトーク!」


「私と兄上の愛の巣は?」


「プラトーク!(怒)」


 おい…


「北の帝国は?」


「プラトーク!」


「私達の?」


「プラトーク!」


「みんな大好き?」


「プラトーク…?」


 何故に疑問形?


「それでもやっぱり?」


「プラトーク!」


「だけどやっぱり…?」


「プラトーク…」


 何だその哀しげな感じは!?


「世界で一番優れた帝国は?」


「プラ──フォーアツァイト!」


 結局そういうオチか…


 …とまあ、十日間狭い客車の中で何が行われていたかはこの様子をご覧になれば大体お分かり頂けるだろう。

 要は、普段のカオスな雰囲気を六倍ぐらいに圧縮したかの様な…(ある意味)平和な光景が広がっていたのだ。


 …しかし、ここまで息がぴったりだと逆に仲が良いのではないかとすら思えてくる。

 喧嘩する程仲が良い、というのはこういう事を指すのだろうか。


「オーケイオーケイ…そこまでだ、お二人さん。コントはそこまでにしておいてくれ給え」


「でも、ルイーゼ殿下に──」


「良いのよ、別に私は気にしてないから」


 ソフィア医師とは対照的に、当の本人は軽い口調でその様に返す。


「…だ、そうだ。これで問題無いな?それよりもずっと大事な事があるしな。──そら来た」


 前から白い軍服を着た二人の男達が歩いて来る。

 何を隠そう、プラトーク帝国海軍の軍人だ。

 腕の部分のバッジから、二人の階級は少将だと分かる。


 行きはお忍びであったからお世話にならなかったが、帰りはコソコソする必要も無いので堂々と海軍の護衛付きで帰国する事となる。


 少将が二人という事は恐らく、二個艦隊でのお迎えかな?

 基本的にプラトーク帝国海軍では少将が艦隊司令官を務める事となるので、私のお迎えのためにわざわざ二個艦隊を寄越したという事だろう。


「お待ちしておりました、陛下。自分はコームナタ海軍基地所属、セルゲイ・フルシチョフです。南部第一艦隊司令官を拝命しておりましたが、この度は陛下の護衛のため特別に南部連合艦隊司令長官を務めさせて頂く事と相成りました。身に余る光栄ではありますが、例えこの命に代えても陛下のお命だけはお守りする覚悟です」


 フルシチョフ少将は五十代前半といった風貌。

 ベテランのオーラが滲み出ている。


 ちなみに、コームナタとはプラトークの港の名前である。

 コームナタ海軍基地には南部艦隊全四個艦隊が所属しており、主に通商に於ける海上の障害を除去する事がお仕事のメインとなる。

 要は、パトロール部隊みたいなものだ。


 全部で四個艦隊…などと言っても、他国のものとは質が違う。

 どいつもこいつも時代遅れのオンボロ船(皮肉な事に、それでも陸軍よりはかなりマシ)だし、戦艦なぞ存在しないし、巡洋艦すらほんの少し存在するのみ。巡洋艦が実質的な主力艦(笑)扱いだなんて泣きたくなる。


 更にこの艦隊の編成自体がとんでもなく…一個艦隊には基本的に十六隻所属するが、南部第一艦隊(言わずもがなの南部艦隊の主役である)を例にしても、その内訳は巡洋艦三隻、駆逐艦六隻、残りは可変(要は有象無象の小型艦)である。


 そう、他国の海軍ならば巨大な戦艦がずらりと揃っている第一艦隊に!古めかしい巡洋艦三隻とその他小型艦…!

 これではとても戦えたものではない。


 …プラトークには他にも北部艦隊なるものが存在するが、そちらも似た様な状況である事は言うまでもない。


「同じく、コームナタ海軍基地所属!イーゴリ・マセリンであります!普段は南部第四艦隊司令官として偉大なる帝国に仇なす不埒者共に天誅を加えるべく日々職務に邁進しておりますが、此度は南部連合艦隊に於いて副官としての任を与えられ、こうして陛下に拝謁する機会を頂けた次第!微々たるものではありますが、少しでも陛下のお力となれるよう全力を尽くす所存です!」


 こちらのマセリン少将は四十代半ば、といった感じ。

 この歳で少将とは…若い。

 若さ故か、熱血漢という三文字が相応しい熱い男だ。


「…ご苦労。短い間ではあるが宜しく頼むぞ。しかし…私を運ぶだけなのに二個艦隊もお供を引き連れるとは…少々やり過ぎではないか?」


 例え弱くとも我が国からすれば大事な戦力。

 それを半分もこの様なつまらない事のためだけに引き抜いてくるのは如何なものか。


 恐らくはエーバーハルトの命令なのだろうが…聡明な彼がこの様な馬鹿げた事を命じたのは何故だろう?


 フルシチョフ少将はそれにそのままの表情で答える。


「いえ、陛下…恐れながら、二個艦隊ではなく三個増強艦隊です」


「何っ…?!」


 余りの驚きに、つい大きな声を出してしまう。

 しかし彼は依然不動の姿勢を崩さない。


「我々の他、第二艦隊もこの連合艦隊に加わっております故。また、第三艦隊からも数隻抽出して参りました。総勢、五十隻となっております」


 五十隻…?

 流石にやり過ぎだろう…?!


「それは、ヴィートゲンシュテインの命令か!?」


「はっ。総司令官直々の命です」


 胸ポケットに小さく折りたたんで入れてあった紙を彼は広げて見せてくる。

 それには「軍令第七十二号」と太字で書かれており、一番下にはヴィートゲンシュテインの署名がある。

 確かに彼が言う事に間違いは無い様だ。


 どういう事だ…?

 本国の守りを手薄にしてまで私の方にこれ程多くの軍艦を回す理由は?


「混乱されるのもご尤もでしょう…しかしそれ相応の理由があるのです。自分の方からご説明させて頂きたいと思うのですが、宜しいですか?」


「マセリン少将、赦す」


「はっ、有り難うございます!…実はここ最近、正体不明の敵が出没するらしく…それを受けて御身をお守りすべくこれだけの船を用意させて頂いたのです。これでもまだ足りないぐらいですが…この数が精一杯でした…」


「五十隻でも足りないと申すか…?!正体不明の敵などとは言うが、その敵とは何者なのだ…?」


 オンボロとは言え五十隻の軍艦でも戦力として十分でないとなると、相当のものだ。

 フォーアツァイトでもプラトークでもないのなら、何処の海軍だ?


「それが、さっぱり分からぬのです…フォーアツァイトからの情報提供では、その()というのは生身の人間一人だそうです」


「は…?どういう意味だ?」


「そのままの意味です。我々の警戒しているその敵は何処かの国の軍艦や艦隊ではなく、一人の人間です」


 意味が分からん…

 一人の人間…?


 一人の人間を警戒して五十隻も引き連れて来たというのか?


「それが、ただの人間ではないのです。空を飛び、戦艦すらをも多数撃沈出来る様な攻撃能力を持つ、未知の人間です」


「それは本当に人間なのか…?超人か神の類かと思ってしまったぞ」


「少なくとも、人型ではあったとの事です。そもそも目撃証言自体が少ないので…その敵と交戦したフォーアツァイトの艦隊は大損害を被り、生存者が殆どおらぬのです。また、こちらの情報の真偽の程は不明ですが、ヴァルト王国海軍もこの敵と交戦し、壊滅状態であるとの事です」


 ま、待てよ…?

 今、聞き捨てならない事が大量に…

 フォーアツァイトとヴァルトが既に痛い目に遭っている、と?


「本当に、その人間によってフォーアツァイトとヴァルトが手痛い目に遭ったのか?」


「手痛いどころではありません、致命的です。恐らくこの二国の海軍を再建するには何十年とかかるでしょうね…」


 成る程、それが本当ならばヴィートゲンシュテインが五十隻を送って寄越したのも合点が行く。

 敵は、それ程のものであると。


「まあ、敵の正体なぞは後でじっくり調べれば良いのです。今は陛下の安全、それのみが重要でしょう。ヴァルト王国海軍と交戦したのならフォーアツァイトとの交戦後、南下したのだと考えられますが、また北上しないとも限りません。敵は国籍と無関係に船舶を攻撃するとの事ですので、我々とて当然狙われるでしょう。遭遇しないのが最善ですが、もし出会ってしまった場合のプラン等も考えておくべきです。もし危険が余りにも高過ぎると判断した場合には暫くここに滞在して機を待つのも一種の解決策でしょうが…いいえ、絶対にそうすべきです」


「では、君達に任せよう。そういう事情ならば仕方ないな」


「了解であります。現在、プラトーク本国もフォーアツァイトも協働して鋭意情報収集中でありますので、もう少しばかりお待ち下さい。基本的な方針としては、十分に安全性が確保されると判断出来るようになるまではここに留まる事となると思いますが、陛下の身に何かがあった場合の損失とここで足踏みする事によって生じる損失では比べ物となりませんのでご理解の程宜しくお願い申し上げます」


「分かっている。良きに計らえ」


「はっ!」


 思わぬ出来事に、足止めを食らいそうだ…

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