LXXVII.適切な損切りこそが肝心要って学校で教わらなかったのか?!
「敵は水中に潜伏している模様!」
粉々になったとばかり思っていたが、水中に逃げ込んでいたのか。
しかしよく息が続くな…
やはり人間技ではない。
否、実際に人間ではないという可能性も…
人型をしているから勝手に人間だと判断しているだけであって、本当に人間であると確認した訳ではない。
ならば、人型の機械である可能性とて無きにしもあらず。
いや、どうだろうか…?
この世界にAIの様なものが存在する可能性はあるのか…?
魔法は未だ底知れぬポテンシャルを秘めているが、だからと言ってそこまでの事が可能なのか…?
どちらにせよ、厄介だ…
水中に逃げ込まれてしまうと爆雷しか攻撃手段が無いが、敵はソナーにも掛からないし、何よりも小さく素早い。
砲弾ですら当たらないのに爆雷が当たるとは思えなかった。
思った通り、水中の敵相手に爆雷はカスリもせずただ沈むの待つだけだ。
攻撃が出来ない分さっきよりもタチが悪い状況。
百四十四隻も存在した船団は、もう既に四分の一以上を沈められ、今にも三分の二を切ろうとしていた。
──敵う相手でない事は理解出来ていた。
「ローザ、ヘルシャーと繋げ」
「了解です」
《こちらヘルシャー。ヤマト、どうした?》
「オラクル艦長…あなたも分かっているはずだ、ここは撤退すべきです」
騒がしかったブリッジがしんと静まり返った。
皆が不安そうに私を見ている。
私は皆に心配するな、と目で応え、続けて言った。
「もう既にかなりの船が沈められています。水中のアイツに対する攻撃手段を我々は殆ど持っていませんし、今、目の前で必死に爆雷を投下している連中も全艦沈んでしまうでしょう。ここは被害を最小限に抑えるために撤退を選択すべきです。もう我々にどうこう出来るレベルの相手ではない事は分かったはずです。だから──」
《口を慎め…!我々はまだ一発の砲弾すらも撃ってないんだぞ?我々はさっきまでただ遠くから見ていただけなのだ。味方艦が散っていく中、我々は遠くから高みの見物をしていただけに過ぎない!──それなのに今戦っている味方を見捨てて逃げようだと?どんな頭をすればそんな思考が出来るんだ!?王国海軍の軍人として恥ずかしくはないのか?最初にお前を褒めたが、あれは撤回だ…お前はクズだ!さっさと軍人なんて辞めてしまえ!お前の様な臆病者は王国海軍に必要無いっ…!》
「何を言ってらっしゃるのか…?恥ずかしくはないのか、だと?そっくりそのままあなたに返そう…!自分のエゴのせいで何人殺すつもりだ?一人や二人じゃないんだぞ?ヘルシャーだけで何人乗ってると思ってる?!ヘルシャーだけじゃない…周りの船のクルーまで殺す事になるんだぞ?助けられる命なのに…!自己満足に他人を巻き込むな!そんなに死にたいなら一人で行け!」
《勝手にしろ!腰抜けめ…!そんなに命が惜しいなら無様に背中を向けるが良い…敵前逃亡の罪で沈めてやるぞ!》
「この分からず屋の頑固ジジイが…!」
《上官を侮辱したな?今の言葉、忘れんぞ…後で軍法裁判で裁いてやる》
「軍法裁判…?ははは、それはあなたが生き残ったら、でしょ?なら問題無いな、あなたは“華々しく”散るんですからね!」
「艦長…それ以上はもう…」
「確かに無駄だな。よし、通信を切ってくれ」
「…切断しました」
口には出さずとも、皆不安を顔に出していた。
敵を前にしてのこの仲間割れ…不安にならない訳がない。
私は深呼吸を一つして内線に繋いだ。
「諸君。大変苦しい事態となった…ご存知の通り、このままでは負ける」
船内の各所がどうなっているかは分からないが、少なからず混乱しているだろう。
「…こちらの攻撃では全く歯が立たないんだ、どうしようもないじゃないか。このままでは全滅するだろう」
そして五秒の間を置く。
「…しかし、全滅を避ける方法が一つだけある。…それは──逃げる事だ。敵前逃亡という重罪を犯さねばならないが、全滅は防げるかもしれない。しかし、これは味方を見捨てるという行為でもある。…さあ、我々はどうすべきだろうか?どう思う?重要な事だ、この船に乗る君達に決めてもらいたい。皆に決めてもらおう」
「皆、とは…?」
「この艦のみんな、だ」
「艦長、何を馬鹿な事言い出すんです…!?戦場に刺激を受けて突然民主主義にでも目覚めたのですか?!」
副艦長が想定通りの反応を示す。
皮肉めいたジョークのセンス…嫌いじゃないぜ。
しかし、元日本人である私にジョークセンスを期待するのはそもそも間違いだな。
私は、落ち着いてそれに応える。
「民主主義…?ふふ、安心しろ、私は前から民主主義の信奉者だ。今に始まった事ではないさ。私以上に民主主義を愛する者はいるまいて」
「初めて聞きましたよ、そんな事。いつも独裁者の様に偉そうに艦長席に踏ん反り返っているクセによくもその様な事が言えたものです…あなた程独裁者としての才能のある人物はおりませんよ。兎も角、先程の世迷言は撤回して下さい!」
「…この決定次第でこの船の全乗組員の運命が決まる。私は重過ぎる…あと、私は民主主義の申し子だ」
偉そうな事を言ってはいるが、要するにただの決定する義務の放棄である。
或いは責任の押し付け。
副艦長の仰る通りだとも。
しかしそう分かってはいても私にはそうする他無い。
「ほお…艦長殿はそれを民主主義だと言い張るか…一介の軍人に過ぎぬ私としては、そうは思えませんがね。もし仮に独裁だとしても、その独裁者が民意を反映しているならそれは民主主義と何ら変わりないと思うのですが?…艦長っ!!」
私は今にも掴みかからんとしている彼を無視する。
ちなみに今の会話は館内至る所にまる聞こえだった訳だが、副艦長君は気付いているのだろうか?
「全砲手に告ぐ!逃げるのに賛成なら自分の持ち場の砲弾を空高くぶっ放せ!…全機関士に告ぐ!賛成なら最大船速に上げよ!反対なら機関を停止せよ!…操舵手…!そのまま直進するか転舵するかはお前が決めろ!転舵するなら取り舵一杯だ!…通信士──ローザ…!賛成なら全味方艦に繋げ!私に反対なら通信機を破壊するなり私をぶん殴るなり好きにしろ!…ルイス…!賛成なら今すぐブリッジに戻って来い…!ただしチャイを持って、だ。その他の諸君へ…!私の決定が気に入らなければブリッジに来て私を殺せ!そうすれば今から副艦長が艦長だ!良かったな副艦長!私を殺せば昇進出来るぞ?!」
その後一息ついてゆっくりと私は元の椅子へと戻った。
私は目を閉じた。覚悟は出来ていた。
どうせ一度死んだ身だ。もう一度死んだところで大差無いだろうと思った。
それに、こんな死に方なら悪くはない。
一か八かの賭け。
クルーがルールをきちんと守る良い子ちゃんどもなら私は軍法会議どころかその場で銃殺刑或いは斬首刑だ。
静かだ。
聴こえてくるのは波の音と遠くで味方艦がまた一つ爆沈する音。
正直なところ、主砲の一発くらいなら撃たれると思っていたのだがな…
よっぽど私は人望が無いらしい。
いくら待っても主砲どころか副砲の一発すら発射されない。
機関がフル稼働する音もいつまでも聴こえてこないし、ルイスも来ない。
…
足音…誰かが近付いて来る。
ルイスか?それとも私を殺しに来た誰かか?
目を開ける。
副艦長だ。
「艦長、少しお伝えしなければならない事があるのですが…」
来た来た。
「副艦長…もう良い、私は疲れた。ここで無防備に居眠りでもしておくから、好きな時に殺してくれ」
「そうはいけませんよ。あなたにはやるべき仕事があるんですから」
「それならこれから君がやればいい」
「私にその権限はありません」
「なら私を殺して繰り上がればいい。自動的に君は艦長になれるぞ」
「生憎ですが、私は自分の手を汚してまで出世しようとは思いません。特に、艦長の汚らしい不潔な血液は絶対お断りですね」
「甘いな、そんな事では生きていけんぞ。それと、私の血液が不潔だと?聞き捨てならんな、私の血中コレステロール値は非常に低いのだ、サラサラなんだぞ?」
「コレステロール…?何ですかそれ…まあそれは置いておいて…自分の手は汚したくありませんが、他人の手が汚れる分には構わないので誰か他のクルーがあなたを殺しに来るのを待っていたんですが…」
「誰も来ないな」
「そうなのです。誰もあなたを殺しに来ないので残念ながら私の出世は叶わない様です」
「さて、君はこれからどうするんだ?」
「それで、私はいつも通り副艦長としての職務を果たそうと思います」
そう言って彼は胸ポケットから小さなメモ帳を取り出して読み上げた。
「あなたが殺されるのを待っていた数分の間に、船の各所から連絡が上がってきてます。読み上げると…各砲手から、“砲弾が勿体ないから空砲でも良いか”とか、機関室からは“逃げるつもりなのでしたら、転舵後に速度を上げます”と連絡が来てますし、操舵手──ビルからは…」
「艦長、あんたは取り舵って言ったが、ヘルシャーが俺達が背を向けた瞬間にケツに砲弾をブチ込んでくる可能性を考えたら、どう考えても面舵の方が良いと思うんだが。進路変更したいんなら、さっさと命令を面舵に変更しろ。じゃねえといつまでたっても直進のままだぞ」
…と、当の本人が横槍を入れる。
「…だ、そうです。で、ローザからは…」
「私から直接言う。全味方艦に繋げって言うけどさ、艦長がここに来てくれないと繋げないんだけど?いつまでそこで座って馬鹿みたいに、私を殺せ〜!とか言ってるつもり?こっちはとっくの昔に準備出来てるんだけど?結局無線使うの?…あ、敬語じゃなくてすいません。上官を侮辱した訳じゃないですよ?」
「とまあ、今聞いた通りです。あと、最後にルイスですが、彼からは厨房から、“シンメル産の茶葉とミュッケ産の茶葉、どっちが良いですか?”との事です」
「はははは…」
笑いが止まらなかった。
本当にロクでもないヤツらだ。
せっかくカッコつけたのに、全部台無しにしやがって。
そのうち、いつの間にやら涙まで出てきた。
「嬉し泣きですか、艦長?もしかしてすぐ感動して泣いちゃうタイプですか?まあ取り敢えずみんなに見捨てられたんじゃなくて良かったですね」
「ああ、本当にややこしいな、お前ら。見捨てられたとばかり思ったよ。どうせならこういう時ぐらい空気読んでくれよ」
「嫌ですよ。空気なんて読みたくもないですね」
「ほら、艦長!内線繋げますから、さっさとみんなに命令して下さいよ」
「ああ、そうだな」
受話器を取り、一呼吸。
「本艦のクルーに連絡がある。私はまだ生きているぞ!良いのか、殺さなくて?今ならまだ間に合うぞ!砲手へ…勿体ないとかどうでもいいからさっさと撃て!そして、ビル!そこまで言うならお前の好きにしろ。面舵一杯だ!この問題児どもめ、帰ったら軍法会議が待ってるぞ!無事に帰って軍法会議を受けてやるぞ!」
「アイアイサー!おーもかーじ!」
「機関室、今の聞いたか?最大船速だ!そしてルイス!私は紅茶の産地の違いなどさっぱり分からん!両方持って来い!最後にローザ、このまま内線から無線に切り替えろ!」
「了解です…切り替えました!」
ここで次々と砲弾が空へと打ち上げられ、発射の度に船体が揺れた。
そして進路変更に従って、機関がフル稼働し始め、床が小刻みに震え始める。
「あーあー、聴こえてるか?全艦に告ぐ、こちらはヤマト!これ以上の戦闘は無駄だ。今すぐに離脱せよ!ヤマトはこれより母港に帰還する!良識のあるヤツは急速反転し、本艦に付いて来い!そして私の名はヤマト艦長、オガナである!軍法裁判で私を裁きたいのであれば、生き残る事が先決であると思うが?死にたくなかったらつべこべ言わずに私と共に逃げろ!──以上だ」
溜め息と共に受話器を置いた。
すると、そこにルイスが入って来た。
やけに機嫌が良さそうにニコニコ笑みを浮かべている。
「艦長、お疲れ様です。お茶でもいかが?」
「ああ、頂こう。そうだな…砂糖をたっぷり入れたい気分だ」
「折角二つ持ってきたので、飲み比べて感想をお願いしますね」
ルイスがにやりと笑った。
怒涛の4連チャン。
この艦長のお話はここで一旦終わりです。
次回からまた(一瞬だけ)ニコライさん視点に戻る予定ですよ。
結婚?あー…まだもうちょっと先のお話ですね…(汗)