LXXVI.全艦、対空戦闘用意っ!
※注釈
・ライセン
ヴァルト王国で使われている、距離の単位らしい。
「起きろ、艦長!」
揺り起こされて周りを見渡すと、もう既にクルーは戦闘配備に着いていた。
「どうした!?」
「第二十四艦隊所属の艦が攻撃を受けました!」
「第二十四艦隊…確か船団の左後ろ辺りではなかったか?」
「はい。後方から攻撃を受け、我々先頭集団も進路変更しました」
「で、どの船だ?撃たれたのは」
「エアトラーゲンです。まだ最低限の情報しか把握していませんので詳しくは分かりませんが、一発の被弾でシールドがほぼ限界だとか…何とか持ち堪えた様ですが」
「エルガー級のシールドが?少し古いとは言え、重巡だぞ?」
「ええ、信じられない事ですが…事実なのです…」
あり得ない。戦艦の主砲ですら重巡のシールドを破壊するには数十発必要なのだ。
それを一発で…やはり普通ではない…
「敵は?後方の味方は何故撃たない?」
攻撃されたというのに後方の艦はどれも応戦していなかった。
「それが…索敵網に敵が掛からないんです」
「撃たれたのに位置が分からないと?」
「はい、残念ながら」
「しかし──」
ここで爆発音と共に遥か前方の艦から火が上がった。
二発目でシールドが貫通されたのだ。
この世界の軍艦は防御を完全にシールドに頼っているため、シールドが破られると簡単に沈んでしまう。
「エアトラーゲンか?」
「その様です。攻撃周期は…十五秒程しか経過していません…」
「これ程の攻撃を十五秒で繰り返せるのか!?」
重巡を二発で沈められるのならば、それより小型の船は一発で撃沈確実だ。
いくら百四十四隻の大船団とは言えそのうちの大半は軽巡や駆逐艦であり、このペースだと三十分で船団は半壊確実だろう。
海戦というものは元々砲の命中率がすこぶる低いために簡単には決しないものだが、この世界の海戦はシールドによる高い防御力の影響で更に長引く傾向にある。
三十分など異例中の異例だ。
「今、弾が見えなかったぞ?敵はどうやって攻撃してきてるんだ…?」
「どうやら物理攻撃ではない模様。そのせいで敵の位置が把握出来なかった様です」
そこに前方の駆逐艦から入電。
《こちらツヴェルフ!全艦に通達、敵発見!海上じゃない!上だ!》
「上?」
「──あ、本当だ!上空です!何か浮いてます!」
「本艦との距離は約千七百ライセン!人間が浮いてます!」
「人間が?どうやって?航空機か何かか?」
この世界にも航空機は存在する。それらの類いだろうか?
「いえ、生身だと思われます。何か持ってますね…ライフルでしょうか」
「しかしあの距離では個人携帯の火器の射程圏外だぞ。いくら何でも離れ過ぎている」
この世界の火器は、火薬ではなく例によって魔法によって弾を発射する。
射程はそれなりに長く、火薬ではないため反動は少ないのだが精度がかなり低く、連射出来ない。
そのため戦場でも全兵士が銃を持っているにも関わらず、未だに剣メインで戦っている始末だ。
殆ど当たらないので銃は遠距離からの威嚇程度の効果しか無く、当たればラッキーとばかりに一発撃って、その後は剣で斬り合うのだ。
「いえ、光学兵器ならあの距離でも可能でしょう」
「光学兵器?そんなものが存在するのか?」
光学兵器って要するにレーザーだよな?
「私が知る限りでは存在しませんが…理論的には不可能ではないんです。莫大な量の魔力があれば実現可能なんです。光学兵器なら重巡のシールドが容易く貫通されたのも納得ですよ。どうやって実現したのかは謎ですが」
「まさか異世界でSF展開とはな…」
《攻撃開始!》
ここで最前線の駆逐艦が次々と攻撃を開始する。
王国海軍の駆逐艦の主砲は対艦・対空両用砲だ。
大量の砲弾が空へと降り注ぐ。上下逆さまになった気分だ。
「対象が移動開始!」
そりゃ、避けるよな。
そして一閃。
最前線で戦っていた駆逐艦が粉々に吹き飛ぶ。
チカリと一瞬だけ光った。
やはり光学兵器か。
昼間だから逆に気付けなかったという訳か。
「目標が射撃しました!やはり駆逐艦では耐えきれなかった様です」
「クソ…これだけ撃っても当たらんのか?」
「いかんせん的が小さ過ぎますよ。航空機には及びませんが、速度もかなり速いですし。それに航空機と違って動きが読めないので砲手もかなり手こずっている様です」
対象もかなりの速度で移動しているため、速度の速い駆逐艦しか手が出せない。
巡洋艦も後を追っているが、追い付けていない。
「マズイな…このままだと一隻ずつ各個撃破されていくぞ…」
現在の状況は戦場でのタブー、“戦力の逐次投入”にかなり近い様合いとなっていた。
こちらの攻撃を当てるには駆逐艦を前に出すしかないが、そうするとどんどん沈められてしまう。
かといって、あいつを追わないとアウトレンジから一方的に攻撃されてしまう。
つまり、沈められると分かっていても駆逐艦を先行させる以外に方法が無いのだ。
しかし、腐っても王国海軍の砲手が乗ってるだけはあって駆逐艦も中々上手くやってくれてはいる。
ターゲットが船団から離れないように敢えて敵の後方に弾幕を張り、逃走を妨害していた。
おかげで後続の軽巡がやっと追い着き、砲撃を開始し始める。
軽巡は両用砲ではないが、ある程度離れていればギリギリ仰角が足りるのだ。
更に弾幕の密度が濃くなっていく。良い流れだ。
しかし、その間にも一つ、また一つと駆逐艦は沈められていく。
もう既に第二十三艦隊所属の駆逐艦四隻は海の藻屑となっていた。
しかし軽巡の攻撃参加により、敵は殆ど後方に逃げられていなかった。
重巡と戦艦の攻撃もそろそろ始まるだろう。
…そら来た!
爆音と共に戦艦数隻が主砲を斉射した。
それもただの砲弾ではなく旧日本海軍の三式弾のように空中で破裂し、周囲に破片を撒き散らすタイプの対空砲弾だ。
それに続いて重巡が小型の対空砲弾を発射する。
この調子なら勝てるだろう。
帝国海軍と我々王国海軍に違いがあるとすれば、それはこの対空砲弾の存在なのだ。
これの存在一つで随分と変わってくる。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
不利を察した敵は、逃げるのを止めて今度はこちらに向かって来たのだ。
逆に懐に潜り込もうという魂胆の様だ。
不幸にも我々は逃げられないように敵の後方に弾幕を張っていたため、簡単に接近を許してしまった。
駆逐艦と巡洋艦が対空機銃で迎え撃つがターゲットは海面スレスレまで急降下し、すぐに死角となる。
こうなると為すすべが無い。
敵が一隻の駆逐艦の横っ腹を掠め飛び、その直後に駆逐艦が爆炎をあげる。
接近された船が次々と沈められていく。
どうやら近接攻撃の手段も持っている様だ。
敵の右手には青く光る剣が…ってライ◯セーバーかよ!
しかしそれで黙っているだけとはいかない。
駆逐艦からクルーが銃を片手に甲板に飛び出して行き、発砲し始める。
しかし前述の通り貧相な銃では当たるはずもなく、勇敢なクルー達も船と共に炎に包まれ──やがて沈んでいく。
背後の巡洋艦や戦艦もフレンドリーファイアを恐れて撃てずにいた。
そうこうしているうちに先頭集団の過半数は沈められていた…
完全にあちらに流れを持って行かれてしまった。
《──私はこの船と運命を共にします…後の事は任せました》
通信内容は悲痛の一言だ。
次々と似た内容の無線が入ってくる。
大抵のクルーは船の爆発に巻き込まれてしまい、生存者はいないと思われた。
ずっと撃てずにいた戦艦、巡洋艦だが、駆逐艦があらかた沈められ軽巡までかなりの損害を出し始めた事により我慢が出来なくなってしまった様だ。
…何と、ある戦艦が味方の軽巡ごと敵を撃った。
可哀想な軽巡と、そのすぐ側を飛ぶ敵に戦艦の主砲が直撃する。
巻き込まれた軽巡は戦艦の主砲一斉射など耐え切れるはずもなく、爆沈。
そして敵にも今度こそまともに弾が当たった。
更に敵は軽巡の爆発に巻き込まれて黒煙の中に包まれた。
つられて周りの艦も主砲を撃ち始める。
軽巡の残骸とその煙の中に無茶苦茶に弾をねじ込む。
砲撃音が爆竹の様に轟く。
「コレは軍法裁判モノだな」
「やっちゃいましたね…」
そして敵は出て来ない。
──遂にやったのか?
念のためその後も砲弾が撃ち続けられ、何度も爆発が起こる。
軽巡の残骸は水中に沈む前に跡形も無くなった。
《砲撃中止!中止せよ!》
そして遂に砲撃が止んだ。
煙が少しずつ晴れていく。
「これで生きてたら化け物ですね」
「ベック、それフラグってやつだぞ」
完全に煙が晴れると、そこには何も無かった。
船の残骸すらも粉々にされ、浮かんでいなかった。
「これ、遺族になんて言うんでしょうね」
「息子さんはヴァルト王国海軍の一員として立派に責務を果たしました、とか言うんじゃね?」
「正しくは味方の砲弾で粉々になりました、なのにね」
「軍隊なんてそんなもんさ」
《レーダー、ソナー反応無し!目標ロスト!》
「流石にあれは耐えられなかった様だな」
少し残念だった。
もう少し愉しませてくれても良かったのに。
まあ、どうせなら生け捕りにしたかったな。
《諸君、よくやった!強力な敵により、沢山の同胞が船と運命を共にする事となってしまったが──》
ケーニヒの艦長の演説が始まり、全員が安堵を覚えたその時、爆発音と共に戦闘に参加していた戦艦が傾く。
「まだ生きてたのか!?」
「違いますっ!な、アイツ…!味方に魚雷を…!」
《シュッテヒェンにはな…お前らが沈めた船にはな…俺達の戦友が大勢乗ってたんだ!お前らもここで死ね!》
どうやらあの可哀想な軽巡を最初に撃った戦艦に駆逐艦が魚雷攻撃を敢行した様だ。
いくら軍規緩いからって仲間割れかよ…
ホント、ヴァルト王国海軍は職場としては素晴らしいが、軍隊としては落第点だ。
近距離からの不意の魚雷により、流石の戦艦も沈みかけていた。
《おい、やめろ!あの犠牲は仕方なかったんだ…!現に我々が勝てたのは…っクソ!砲撃開始!》
残りの魚雷も当てようとする駆逐艦に、戦艦が主砲斉射で食い止めようとする。
ほぼ全弾命中し、駆逐艦は吹き飛んだ。
しかし、わずかばかり遅かった。
ギリギリで放たれた三本の雷跡が海を走り、戦艦の左舷中央に直撃する。
一回目の雷撃でシールドが破られた戦艦に耐えられるものではなかった。
戦艦は更に傾き、おまけとばかりに爆発した。
「フレンドリーファイアーだけで三隻か…しかもそのうち一隻は戦艦だぞ…誰が責任取るんだよ…」
「もう見てられんな…」
そう言った直後にまたもや爆発音。今度は重巡だ。
「またかよ…今度は誰の恨みを買ったんだ?」
ブリッジ中に呆れた様な空気が広がる。
しかし、違った。
「いえ、どの艦も発砲してませんし、魚雷も撃ってません」
「じゃあ、何なんだよ…」
副艦長と目を見合わせる。
「まさか──」
《敵襲─────!》
「野郎、生きてやがったか!」
「総員、第一種戦闘配備!」
クルーがそれぞれの持ち場へと蜘蛛の子を散らすように走って行く。
先程は遠くから見ているだけだったが、王国海軍が味方間で争っている間にもう既にヤマトとヘルシャーも射程内に敵を捉える距離迄接近していた。
今度こそ出番だ。