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LXXIV.帝都を発つ。そしてアーデルベルトに。

 〜七月一日 (八十二日目)〜


 丁度キリも良いのでこの日にしよう、という話になっていた七月一日。

 この日、我々はほぼほぼ一か月の間滞在したこの帝都を去り、故郷に帰る。


 我々一行と送る人々は帝都の巨大な駅──終点ではないから所謂ターミナル駅でも何でもないのだが、並の鉄道のターミナル駅を遥かに凌駕する程に立派だ──に集っている。

 送る人々、とは言ってもここに訪れた当初と変わらずアーデルベルト+αといったところだが。

 一か月前、我々一行に溜め息にも似た感嘆の声を上げさせたこの風景も今や見慣れたもの。


 行きと違うのは心持ち。

 そして、メンバー。


 メンバーに関しては随分と変わった。

 ナーシャもいるし、ルイーゼもいる。帰りは暇を感じる余裕さえ無いかもしれない。


 その他にも、プラトーク駐在武官──軍事顧問兼フォーアツァイトとの直通ダイアル的立ち位置。公式的なコンタクトを担当する大使に対して、こちらはプライベートな目的で使うため──が数人、ルイーゼの結婚式に参列するためにフォーアツァイトのお偉いさんが数十人追加されている。


「長い間、世話になったな。良くも悪くも、な…」


 私はアーデルベルトと握手を交わす右手にギュッと力と積年(一か月)の恨みを込める。


 しかし七歳児だろうと流石はホーエンツォリルン家の男児である。

 彼は一丁前にそれに耐え、何でもない風を装ってみせる。

 そのせいで恐らく、当事者たる我々二人の他にこの小さな戦いに気付いた者はいなかっただろう。


「いえ、大した事ではありません。それどころか、我々としましても()()()()()()()や皇太子殿、皇女殿下、並びにそのご臣下の皆々様方をもてなす事が出来、真に素晴らしい一か月でありました。()()()がここで終わる事無く、何れまた再び相まみえる機会がありますよう、僕としても切に願う次第です」


 私やナーシャよりも先にナディアの名前を挙げるところは流石だな…

 ナディアでも無ければ恋心バレバレだろう。


 この一か月で打ち解けたものだとばかり思っていたのだが…

 アーデルベルトの様子とは裏腹に、ナディアの方はツンとすましている。

 やはり未だに彼の恋は一方通行らしい。


 まあ、仕方なくもないか…

 嬉しいのやら哀しいのやら、ナディアは今のところ私以外の異性に興味が無い様だから、良くて友達程度までしか関係は発展すまい。


「そうだな、私もそう願っている。まあ、ルイーゼの事もあるし縁が切れる事はあるまいよ。また会えるさ」


「そうですね、叔母上と皇太子殿がご成婚なされば両帝国の距離もグッと近付く事となりますゆえ」


 そう、今後を思えばルイーゼとの結婚は最善だ。

 個人的にも、公的にも、これ以上無い程に都合が良い。


 今も昔も、貴賤の違い無く結婚というものは個人と個人を繋ぐものであると同時に家と家を繋ぐものである。

 これからプラトークとフォーアツァイトは手を取り合って共に大きな事業を成そうというのだ、たとい政略結婚と呼ばれようともそれは非常に意味のある事だ。

 更に、この結婚はその様な政治的な意味合いを持つにも拘らず私とルイーゼ両人という本人同士がそうと決めた自由恋愛的側面すらも持つ。

 親の決めた相手と結婚する事が多いこの世の中で、個人の自由意志と実益を両立させられた珍しい例だろう。


 されど、この結婚とて利点ばかりという訳でもない。

 同じくらい重大な欠点があり、それは下手をすれば全ての利点を消し去ってしまいかねないのだ。


 その欠点とは、“両帝国の関係を他国に勘付かれかねない”という事である。

 全てはこれに尽きる。


 当然ながら、何の利益も無いのに無為に娘を他家に嫁がせる様な真似は王侯レベルにもなれば余程の理由でも無ければあり得ない。

 特に、実質的なプラトーク皇帝である私と、現フォーアツァイト皇帝の妹であるルイーゼとの結婚ともなると相当なものだ。

 他国からすれば裏に何かあると思わないはずがない。

 余りにも分かりやす過ぎて、まともな人間なら逆に何も無いのではないかと疑ってしまうレベルだ。


 しかしそうは問屋が卸さない。

 そこで他国の人間を惑わすであろう事が、私とエーバーハルトの決闘という出来事の存在である。


 本当に裏に何かあるのなら、わざわざ決闘で結婚相手を決めるだろうか?

 もし両帝国が裏で手を結んだなら、エーバーハルトとの婚約を破棄してでも即座に私と結婚させるだろう。

 普通なら。


 しかし、ヴィルヘルムはそうしなかった。

 あの決闘は多くの国の人々に見られており、証人は十分。

 プラトーク皇女たるナーシャが大怪我をした事からも分かる様にヤラセの類でもない。


 ──つまり、結果的に私が勝利したから私が彼女と結婚するだけで、そうでなければこの両国を結ぶ結婚は実現しなかった。


 その事実によって“政略結婚などではなく、本当にただの恋愛結婚なのではないか”という主張にも多少は信憑性が増すというものだ。

 政略結婚にしては余りにも不確定要素が多過ぎるのだから。


 つまり、あの決闘すらも大局的に見れば私にとって好都合だったのである。


 実際のところは、両帝国は裏でしっかり手を結んでいるのだが…前述の理由により他国は少々警戒を強める程度の対策しか取れない。


 つまるところはこの短所も短所たり得ないのだ。

 これで、帰国後ヴィートゲンシュテインからお叱りを受ける事も無かろう。

 リスクとパフォーマンスを天秤にかけても中々悪くない。


「今度会う時にはどうなっているかな?レディーを虜にする魅力的な男になれるよう頑張り給えよ」


「ええ、言われるまでもありません。必ずや次会うまでには皇帝となり、我が勇姿をご覧に入れましょう」


 え…?皇帝…?

 確か君、三男坊ですよね?


 なれるのか…?

 私みたいに父親を殺しでもしない限り無理だと思うよ?


「いや…えー…まあ、頑張れ若人よ…!」


 まあ、子供の将来のなりたい職業なぞこんなものか。

 サッカー選手みたいなものだな。

 あり得なくもないしな。


 しかし、結局アーデルベルトの兄達には会えなかったな。

 優秀だと噂には聞いていたから少々興味があったのだが…


 …そんな事を考えているうちにも、会話は続く。


「ああ、叔母上には本当にお世話になります…感謝してもしきれませんっ…!この借りはいつか必ずやお返しします!」


「え…?私何かしてあげたっけ?」


「いえいえ、叔母上の存在自体が僕にとっては救世主みたいなものなのですよ!」


「へっ…?あ、そう…まあ、何か知らないけど喜んでくれているならそれで良いわ…」


 そして彼の口撃の矛先はナディアへと向けられる。


「ナディアっ…!また逢おう!いつか必ず、きっと何処かで!」


「はあ…そうだね…」


 半ばうんざりした表情でナディアは応じるが、アーデルベルトの方はそんな事は御構い無しである。


「おほんっ…あー、それではここで僕からナディアにポエムを一つ。僕から君へのこのほとばしる()()を精一杯言葉にしてきたんだ。どうか聞いてくれ」


 うげっ…とナディアは途轍もなく嫌そうな顔をするが、勿論アーデルベルトはそんな事は御構い無しに続ける。


「くっ…少し恥ずかしいな…昨夜深夜テンションで書き上げたものだから、今読み返すと結構大胆な事が書いてあるなぁ…うーん…ちょっと修正時間を頂いても?」


「私は知らんぞ…関与したくない…」


「私も…」


 ナディアも同感の様で、溜め息を一つ。

 そしてぽつりと一言。


「すきにすれば…?」


「では、一分だけ待ってて下さいな!」


 彼は腕をまくると何処からか鉛筆を取り出し、手元の紙に何やら細々と書きつけていく。


「えーと…僕の子供を産んでくれ、はちょっとダイレクトだから…」


 漏れ聞こえる独り言から察するに、相当不味い内容の様だが…

 本当に七歳児か…?


「あ、できた。では読み上げるね」


「どうぞ…」


「良いの?!読み上げちゃうよ!?」


「どうぞごじゆーに…」


「エエー、心の準備は出来てるノォ?」


「はやくよんでよ…」


 次第にナディアが苛立ちを隠し切れなくなる中、彼は満を持して読み上げ始める。

 否、歌い始める。


 彼がチラリと背後に立つ男に目配せすると、男は小さく頷き、何処からか指揮棒を取り出す。

 他の男達も一斉に何らかの楽器を。


 それはポエムなぞではない、歌だった。

 そして…アーデルベルトは非常に音痴であった…


「僕のモノクロのぉー日常にぃー天使が舞い降りタァ〜」


「「「そうっ、天使ッ!」」」


 バックコーラス要員(?)が掛け声を入れる。


「僕の退屈なぁー毎日にぃー天使が舞い降りタァ〜」


「「「そうっ天使ッ!」」」


「僕と君は仲良しこよしィィ、グッドフレンズッ!それどころかァ〜僕達の友情は他の何かに変わり得る可能性を秘めているよぉ〜」


「「「ラララララそれはラァヴ〜」」」


 ここでバックダンサー総勢二十名がくるくる回りながら配置に着く。


「今宵ぃ僕達はふかふかのベッドの上でダンスを踊るヨォ〜それこそがグッフレーンズ!」


「「「グッフレ〜ンズ!」」」


 聴くに堪えない…もう、感想としてはそれしかない…

 若気の至り、か…


「キモい…」


 ナディアがそう呟いていた事は秘密だ。



 ✳︎



 七分にも及ぶ歌を歌い終え、彼はやり切った感を出しつつ汗を拭う。


「ナディア、どう?どうだった?」


 そして屈託の無い顔。

 無邪気なスマイル。


「ひじょーに…ぜんえいてきだった…」


 彼女は苦虫を噛み潰した様な表情でそう答えた。


「アンコール?」


「いえ、けっこーです…」


「もう一曲あるけど聴く?」


「いえ、けっこーです…」


 もう一曲は固辞する構えだ。


「ああ、アーデルベルト…今日の事はきっと忘れないぞ…この日の記憶は一生私の脳内にしつこい油汚れの如くこびり付いたままだろうよ」


「あ、有り難うございます!」


 いや、褒めてないよ?

 貶したんだよ?


「はあ…きっと父親が悪いのよ…私の方からも手紙で叱っておくわ…」


「うん、そうしてくれ…」


 私とルイーゼは揃って溜め息を吐く。


「では、お元気で!女運長久をお祈り申し上げます!」


 しかし彼は今の会話の意味が分かっていないのか、全く動じない。


 女運って何だよ…


 えー、仕切り直してっと…


 ──さらば、フォーアツァイトよ!

 斯くして、我々は帰路に着いたのであった。

これにて、長かったフォーアツァイト帝国編終了ですっ!

どんどんぱふぱふ〜!!


長かった…長かったよ…(いつもこんな事ばかり言ってる気がする…)

投稿開始後約一か月で既にフォーアツァイト帝国編に突入しておりましたから、約七か月間にも亘ります!


本来ならメインであるべきプラトークを差し置き、大半をフォーアツァイトで過ごしてしまいましたね。

物語中では一か月、されど現実世界では七か月…oh…


第六十二話の「それでも私はやってない」以後、第七十四話のここまで急ピッチで進めて参りました。

約一か月、私は頑張った!凄く頑張った!(笑)

週一投稿で一か月に四話ペースだった頃に比べりゃ三倍ですよ!?(当社比)


さぁて、ここまで随分と張り切り過ぎてしまいましたので、ここらで老体を労り、ゆっくりゴロゴロし──とでも言いたいところですが、そうもいきません!


実は、もう既に用意してあるんですよねー…はい、新章の分のストックが数話分。

あるんです、ストックが。


…という事で、ストック分の手直し後、それが済み次第順次投稿していきます。

気分によっては一気にドバッと(笑)

ふう…在庫処分ですぜ!


ストックなどと偉そうに呼んでおりますが、手直し必須の不良品共でございますので、少々お時間を頂きますね。

…とか言いつつ、もう既に手直しすら終わらせてあるものも存在しますが。


それと新章に関してですが、未だ適切な名前が思い浮かばない(と言うよりも今後の予定が曖昧なため、決めようにも決められない)ため、お名前の方は仮のものとさせて頂きます。

変更前提で、テキトーネーミング(筆者の十八番でありますっ!)を披露させて頂く事になるかと思いますが、お気になさらず。

もし仮に「オルタネイティヴ5発動編」とかおふざけ全開な名前にしていたとしても…お気になさらず。

ある程度方針が決まるか何かした後に然るべき名前に変更します。



ゴホン…えー、兎も角次話からは新章です。

ここまで来られたのも偏に読者の皆様のおかげです。ええ、勿論常に忘れておりませんとも。

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