LXXII.Анастаси́я
※注釈
・Анастаси́я
アナスタシアの事です。
アナスタシアという名前には「復活」という意味が含まれているそうですよ。
今話のタイトルを「Анастаси́я」にしたのも、まあ…そういう事です。「ナーシャ復活!」とでも読んで下さい(笑)
ロシア大公女の方のアナスタシア生存説がまことしやかに囁かれていたのも、この名前が少し関わっていたのかもしれませんね。
残念ながら全員殺されてしまった訳ですが…残念な事です…
好きな女の子(従姉妹)が殺されてしまうなんてちょっと衝撃的ですし、マウントバッテン卿が可哀想…
〜父殺害後七十三日目〜
あれから三日が経った。
そう、その日は…よく晴れた朝だった。
「兄上っ!!」
私は久しく聴いてなかった妹の声によって、眠りの底から無理矢理引っ張り上げられた。
「え…?ナーシャ…?」
私の右隣にはナディア。
左隣にはルイーゼ。
ソフィア医師はいつも朝早くに一人で起きているので、今はいない。
そして私はルイーゼと抱き合う様にして寝ていた。
「兄上っ…私が見ていないからってなぁにしてるんですかっ!!浮気ですよ、浮気っ!気が付いたら私、三日間も眠りこけてたんですって?!その間にまさか私がいないのを良い事に、あんな事やらこんな事やらをルイーゼとしていたのではないでしょうね?!キーッ羨ましい、妬ましいィ!取り敢えずさあ離れた離れた!そこは私の特等席なんですぅっ!兄上を返せ、この泥棒猫!二番目に甘んじるなら、という条件で渋々…ほんっとうに渋々で兄上と結婚させてやるっていうのに、その程度の分際で調子に乗って!恥を知りなさいよ!それでもフォーアツァイトの皇女ですか!?プラトークの皇女である私は見ての通り才色兼備の優れた人物で、兄上との身体の相性もバッチリと言う事無しなのに…それに比べてルイーゼときたら全く…兎に角、分かったなら早く兄上から離れなさい!」
「「…」」
「ん?何故その様な顔を…?」
予想外の元気良さ…
一応手術後…ですよね…?
「い、いや…つい昨日の晩に見に行った時にはまだ目を覚まさないという話だったから…」
「ああ、つい先程…えーっと、二十分前に目覚めたばかりです。兄上の事が心配で…いてもたってもいられず、走って来ました!」
重傷を負って…手術して…三日間眠り続けて…起きて二十分で、コレ?
元気過ぎやしないかね?
「ナーシャちゃん、起きたのね!」
「ちょ、何するんですか!?は、離せっ…兄上の抱擁が欲しいのに、何故ルイーゼが抱きついてくるのよ…!」
一方、ルイーゼは寝間着のままナーシャをぎゅぅぅ〜っと抱きしめる。
そんなに強く抱きしめて大丈夫なのか…?
「ナーシャちゃん…心配したのよ…!」
「ふんっ、ルイーゼに心配される筋合いなぞ無いっ!決闘は無事兄上の勝利で終わり、マゾ豚はコテンパンのギッタギタのベーコンになったとソフィアから聞きましたが?つまり、我々の協力関係も既に終わりっ!あなたと馴れ合う必要などもう無いのよ!」
「何言ってるのよ…ナーシャちゃんはいつでも大事な友達だし、これからはいつまでもずーっと私の家族なんだからね…!」
ナーシャは何やらこそばゆい様な、照れた様な顔をしている。
「兄上、この女…調子狂うんですけど…何かあったのですか?」
「何があったも何も…ルイーゼは本当にナーシャの事を心配していたのだ。義妹であるナーシャの事をな」
「義妹…?あー…結婚するからかぁ…あー、なるほ──ってェ!!私と兄上の結婚式はどうなったのですか!?」
今更か。
「中止になった。当然だろう?あの状況で結婚式など出来るものか」
「ナッ、ナッ、ナンデストォォ!!!???チュウシ!?」
「ああ、中止だ」
「ちょ、ちょっと!今直ぐ式を挙げましょう!ほら、見ての通り元気ですから!レッツ・マリアッジ!」
彼女は私の肩を掴んで、ブンブンと激しく揺する。
「お…落ち着け…大丈夫だ。代わりにプラトークで式を挙げる事にしたから」
「本当に?!絶対?!」
「おう、絶対だ。漢に二言は無い」
それを聞いてナーシャは、うひょおおおおおお!!と野生の猿の様な声を上げる。
「じゃあ、今直ぐ帰りましょう!今から!今から直ぐにでもっ!結婚式の用意を考えれば、直ぐに帰らねば!」
「だから落ち着けと言うておろうが…安心しろ、既に連絡済みだ。きっと今頃姉上の元に連絡が入って、ニタニタ気色の悪い顔をしながら準備中だろうさ」
「それに、その後直ぐに私との結婚式も執り行うから、二人分の予算を掛けられるらしいわ。プラトーク帝国史上最高レベルの式になるかもね!」
「おお…それは…フフフ…悪くないですな…」
どうやら、ナーシャの機嫌もこれで元通りになった様だ。
しかし、気掛かりなのは…
「ナーシャ、起きて二十分とか言ったな?」
「ええ、そうですが?」
「えっと…ソフィア先生から聞いたか…?」
「何をです?」
クッ…何と言えば良いのだ…?
「…手術の結果についてだ」
私が何とかそう口に出したのに、当の本人はと言うと、何でもない様な顔だ。
「ああ、それですか。起きて早々告げられましたよ。よく分からないですけど、要するに子供は産めなくなってしまったのでしょう?」
「そうなのだ…本当にすまな──」
「──何故兄上が謝るのです?マゾ豚が謝罪しに来るならばいざ知らず、兄上が謝る必要性などありませんよ」
「しかし、私にも責任の一端がある事は間違い無い」
「何故です?」
「私一人でエーバーハルトに対抗出来ていたなら、ナーシャがこうなる事もなかった」
「はあ…そういう理屈ですか…そんな事言い出したらキリが無いでしょうよ。そもそもが私の自業自得なのですから、マゾ豚をぶっ殺して全て解決でしょう」
彼女はポンポンポンと私の肩を叩いて笑う。
「まあ、兄上との子を遺せないというのは確かに大問題ですが…ルイーゼとかいう子袋も存在する訳ですし。それに、あくまで妊娠しなくなったというだけでそれ以外は今まで通りですのでね。これ、どういう意味かお分かりですか?」
「さあ…」
「つまりですねー、妊娠しないけどヤる事はきっちりヤれる、という事ですよ!更に、妊娠しない分避妊に気を回す必要みありませんから、中に注ぎ込み放題ですよ兄上!」
「おい、止めろ…」
「面倒な子作りはルイーゼで済ませ、本当の愛の営みは私と!嗚呼、何と素晴らしいのでしょう…!さあ、じゃんじゃん中に兄上の愛をお恵み下さいませ!どうせなら今直ぐにでも!だって、ショットガンマリアッジの心配はございませんからね!」
全くこの娘は…
兄として悲しいぞ、妹よ…
「ナーシャの情熱はよく分かった…うん、そうか」
「本当に分かってます?」
「え?あー、要は穴はあるから問題無いという事が言いたいのだろう?」
「まあ、微妙に違いますけど。そんな感じですね」
うん、取り敢えず妊娠しないけどえっちい事は可能である、と。
でもだからって妹と…ってのはどうなのだろう?
妊娠しなければ行為に及んでも良いのか?
倫理的にそこのところはどうなっているのだ?
そもそも、近親相姦が禁忌とされるのは子孫を残す上で不都合だからである。
では、子作り目的でないならば?
理屈としては許されそうなものだが…
ううむ…
兎も角、良くも悪くも今まで通りという事だ。
「ところで、もう身体は大丈夫なのか?まだ動いてはならないのではないか?」
「いえいえ、この通り私は元気で──」
「殿下!!!何してるんですかぁ!!」
そこに、ゼエゼエと息を切らせながらソフィア医師が滑り込んで来る。
額は汗でびしょびしょで、髪もぐちゃぐちゃになっている。
「陛下、お騒がせして申し訳ありません…はあはあ…でも、ご協力願います…はあはあ…殿下を捕まえて下さい…」
「やっぱり、絶対安静だった?」
「トーゼンですよ…絶対絶対安静っ!です!まだ傷も癒えてないのに走り回る患者がいて堪るものですか!殿下、大人しくして下さらないなら…最終手段ではありますが、拘束も辞さないつもりですよ!?」
「そ、それは困る…」
「なら戻って下さい。殿下が大人しくして下されば、何も問題無いのですから」
ナーシャはへにょんと項垂れる。
「でも、兄上ともう少しお話ししたいのに…」
わざとらしく、こちらをちらりと横目に見る。
しかし、ソフィア医師はその程度のものには騙されたりはしない。
無慈悲にナーシャを連れ去って行く。
「はい、行きますよー。お話しなら後でたっぷり出来ますからねー。何せ移動に半月もかかるのですから、今わざわざお喋りする必要もありません」
とか言って、ナーシャの腕をグイグイ引っ張っていく。
更には、いつの間にやらコメディカルの皆々様もお集まりになって、数十人がかりで彼女を囲む。
小学校サッカーでボールに子供達が群がる様子にそっくりである。
「兄上っ、お見舞いに来て下さいね!絶対ですよ!?」
ナーシャはそうして荒波に揉まれつつ廊下の先へと消えていった。
「元気だな…良いんだか悪いんだか…心配して損した気分だ」
私がそう愚痴をこぼすと、ルイーゼは諭す様に言う。
「でも、私には…どこか無理をしている様にも見えました。心配させまいとわざと明るく振る舞っているのかも」
「そうか?私にはいつも通りに見えたが…?」
「まあ、そこら辺は女性だからこそ分かる機微ですね。“男には分からないのよ、男には”ってね」
…だ、そうだ。
「まあ、君がそう言うのならそうなのだろう。大丈夫そうに見えてもちゃんとサポートしてやらないとな」
「そういう事です。ニコライさんって少し女心に疎い嫌いがあるので、ちゃんと気を付けないとダメですよ」
女心ねぇ…確かに私には一生未知の領域だな…
ほんの少しでも女心なるものが理解出来ていたなら、今頃もう少しマシな生活を送っているのではなかろうか。
「忠告痛み入るよ…これからも色々と教えてくれ」
「勿論です、内助の功とやらを存分に示してやろうではありませんか。手始めに、家庭内の不和の素は私が取り除いておくとしましょう」
ルイーゼはナーシャにもかなり好意的な様なので、彼女の言う通りにしていればナーシャのご機嫌は取れるだろう。
細かい事は彼女が引き受けてくれるそうなので、任せておこう。
おお…ナーシャが妃となるとか、正直不安でいっぱいだったが、ルイーゼと一緒なら何とかなりそうな気がしてきた。
優秀な嫁で助かるなぁ…
「すまんな…事情が事情なのでな…結婚後も忙しいから“新婚生活ランランラン♪”なんて呑気な事はやってられんし、義理の妹が先妻だし、既に連れ子モドキがいるし、実質的に正妃だから色々と重責がのし掛かってくるし、そのくせ肩書き上は正妃でないからパッとしないし、プラトークは寒いしショボいし未開だし実家から遠いし、夫は無能だから色々と迷惑を掛けるだろうし、義妹がとんでもなく面倒臭い輩だし、他にも色々と面倒な輩がいるし、それなのに私は浮気者だし…本当にすまない…恐らくこれから苦労をかけるだろう…でも、こんな男と結婚してくれて有り難う…」
「ははは、言い過ぎですよ。まあ、ニコライさんの家庭が複雑ってのは事実でしょうが…そんな事言い出したら私だっていっぱいあるんですから、ね?気楽にいきましょうよ。だって、まだ始まってすらいないんですよ?“結婚してくれて”とか言う前に、そもそもそれすらまだなんですから」
「そうだな…しかし残念ながら、妻としてのキャリアはまだ始まっていないのに、妻としての責務は既に生じまくっているのだよ…」
「それはそれで良いんです。だって、そうでもなければ逆に暇ですよ。刺繍にも飽きましたし」
「ドラゴン退治でもして暇潰ししておけば?」
「竜退治はもう飽きた!…て、何言わすんですか。オホン…兎に角ですねぇ、私にじゃんじゃん仕事を割り振って下さって結構ですので」
働き者の美徳だ…
「君と比べて全く妹ときたら…爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだな。ナーシャは“じゃんじゃん中出◯しろ!”とか主張していたのに、君は“じゃんじゃん仕事を割り振れ!”だもんなぁ…人間としての出来が全く違う…」
彼女はクスクスと笑うと、私の頰にキスを一つ。
「あら?別に、私にもじゃんじゃん中に愛を注ぎまくって下さって結構ですけど?」
悪戯っぽい笑み。
男を揶揄う、彼女の悪癖だ。(しかし、それが良い!)
「そうか、搾り取られ過ぎて干からびないように…あー、えっと…せいぜい頑張るとしよう」
「ええ、頑張って下さいね〜」