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LXIX.Paramedic

※注釈

・Paramedic

メタルギアの方のパラメディックではありませんよ。

日本ではco-medicalとも。(と言うか、国内の医療現場及び教育現場でコメディカル以外の言葉を使う人を未だかつて見た事がない)

基本的には国内では救急救命士を指します。

医療関係者でもない限りは余り実感が湧かないかもしれませんが、医療というのは医者以外にも沢山の方々の手助けによって成り立っています。

勿論、一番目立つし、チームのリーダーとなるのは医者ですが、他にも看護師(情け無い新人医師を叱ってくれます)や薬剤師(頭の固いおっさん医師を叱ってくれます)、果ては製薬会社からのセールスマン(ボールペンをやけにプレゼントしてきます。あとお弁当も差し入れしてくれます)に至るまで…多くの人に支えられて今の医療は何とか維持されています。

そしてそれらの医療従事者の方々をこう呼ぶ訳ですね。


・チアノーゼ

血液や酸素が足りなくなって肌が紫色になる事。

主に手足などの末端にまできちんと必要なものが届かない事によって起こる。

細胞が呼吸出来ないんじゃ壊死してしまうのも仕方がないですよね…

チアノーゼが現れた場合、循環器や呼吸器の異常や出血等が疑われるので、お医者さんに診てもらいましょう。(いや、119番でも良いぐらいですよ)


・動脈塞栓術

カテーテルをぶっ刺して血管に詰め物をして止血する方法。

いちいち腹を掻っ捌いて止めるよりも比較的楽。

ただし血管とカテーテルの位置、出血箇所を把握するための高度な設備が必要です。

いやぁ、外科医って凄いな…


・珍しい血液型

Rhとか。

 〜数分前〜


「すいません、通して下さい!退いてっ!」


 舞台の上で何が起こったのか理解するや否や、私は無我夢中で駆け出していた。

 それは医者としての義務感によるものでもあったし、知人としての個人的な感情によるものであった。


 観衆は皆席を立ち、不安と混乱で皆めいめいに何かを話し合っている。

 その間隙(かんげき)を縫って、私は舞台の方へと走る。


 少し高くなっているだけの段をぴょんっと跳び上がり、倒れている女性──アナスタシア皇女殿下──の元へと。


「殿下っ!」


 彼女はうつ伏せになって倒れているので傷の様子を確認する事は出来ない。


「ソフィアちゃん、アナスタシア殿下は助かるの?!」


 ルイーゼ皇女殿下が不安そうな表情で駆け寄って来た。


「まだ分かりません。少なくとも、下腹部への刺し傷ですから…かなり不味いですね…今確認します…!」


 そう言って状態を診断()ようとした私を、彼女は止めた。


「ソフィアちゃん、ここは巻き込まれる可能性があるから危険だわ。一旦どこかに場所を移しましょう。運んでも大丈夫よね?」


「ええ。でも二人で大丈夫でしょうか?」


「大丈夫、誰かに手伝ってもらいましょう。それに医療班も配置していたはずだから…信頼出来る優秀な侍医が待機しているはずなんだけど…おかしいわね、駆け付けて来ないなんて」


 医療班か、そうか、当たり前だ。

 怪我人が出る事は事前に分かっていたのだから用意しておかないはずがない。


「で、その医療班は!?私、軽傷用の道具や薬は持っているのですが、ここまでの重傷となるとどうしようも──」


「今呼ぶからちょっと待ってて!カスパル!カスパル先生はどこ!?」


 カスパルさんという侍医がいるらしい。

 彼女の言い様から予想するに、彼女自身ともかなり面識がある様だ。


「殿下!」


 そこに遅れてやって来たのは数人の白衣姿の男女。ひい、ふう、みい、よぉ…五人。

 医者である事を祈るばかりだが…

 しかしその面々は誰も彼もが若い。

 医者であったとしても私と同じ若輩者だろう。


「貴方達、プラトークの皇女殿下が大変な事になっているというのに何をしているの!?先生はいらっしゃらないの?!」


 しかし彼等も困惑顔だ。


「それが…先生は先日から体調が優れず…どうやら毒を盛られた様で、手足の痺れが治らないのです」


「毒…?」


 その言葉で私は全てを悟った。


 ああ、きっと殿下の仕業だ…

 恐らくはエーバーハルトを確実に殺すために医者に毒を盛ったのだ、それが逆に自分の命を脅かす羽目になるなんて知りもせずに…!


「では、あなた達は?」


「我々はただの助手に過ぎません。軽傷の治療などならば兎も角、ここまでのものとなると…腹部への刺し傷とは…」


「他の方は?!他にもいらっしゃるのでしょう?」


「勿論、他のお医者様にも打診しておりました。しかし帝都の医師が皆揃って同じ様な症状で動けないとなるとどうにも…」


「この広い帝都の全ての医師が、ですか?!」


「はい、確認出来る限りでは全てです」


 まさかここまで徹底しているとは…

 用意周到過ぎやしないか…?

 殿下はご自分や陛下が怪我をする可能性を考慮しておられなかったのだろうか?


「では、帝都の外は?」


「それも検討しておりましたが…今朝お越し願った他の場所からの応援の方々も皆…その…」


「そう、もう良いわ…」


 ルイーゼ皇女殿下は頭を押さえ、うんざりした様な溜め息を吐く。


「ナーシャちゃ──アナスタシア殿下の自業自得の様な気もするけれど…だからって放って置く訳にもいかないし…取り敢えずあなた達、あそこの端までアナスタシア殿下を運んで差し上げて」


 彼等は真剣な面持ちで頷くと、殿下を丁寧に運び始める。


「で、ソフィアちゃん。あなたも一応プラトークの侍医でしょう?やってくれるかしら?それとも物理的な大怪我なんて専門外?」


「プラトークの侍医に専門がどうのこうのなんてありませんよ、全てこなさねばなりませんから。しかし私とてあれは手に余りますね…まだ確認するまで分かりませんが、内臓にまで達していた場合恐ろしい事になります。まあ、八割がた達しているでしょうが…」


「恐ろしいって…具体的にどう…?」


 腹部外傷は非常に恐ろしい。

 勿論、恐ろしくない怪我の方が少ないのだがそれでも尚恐ろしい。

 頭部よりも柔く、頚動脈よりも広くて狙いやすい腹部とは、人間の本体であると共に中心。

 生命維持に欠かせない多数の臓器が内に入っているのだから。


 心臓の様に、当たり所が悪ければ即死。

 肝臓などだと体内で大量出血して直ぐに死亡。これも現代医学では助けられない。ああ…出血という意味では脾臓も。

 大腸や小腸の様な消化管が破れた場合も適切な処置を施さないと体内に菌が入る事によって結果的に死に至る。

 その他の臓器でもやはり生命としての機能の何かしらに支障が出て最終的に死ぬ。


 現在の様には医学が確立していなかった時代には、腹を刺されたり斬られたりすればそれだけでもう助かる見込みはほぼ無く、腹部外傷がすなわち死を意味した程だ。


 古代の兵士の装備を見てみればその事がよく分かる。

 彼等が鎧を着て守っていたのは、第一に頭部と首、それに次いで腹部だった。

 少なくとも手首足首などよりはプライオリティーが高かった事は確かだろう。


「下腹部ですから、傷付くなら小腸なり大腸なりです。もう少し上だとほぼ即死すらあり得ました…そういう意味では幸運でしたが、下腹部でも油断は出来ません。大腸が破れていた場合、ただ単に内容物というだけでなく、腸内細菌が体内で漏れる事になりますから。ただの腹膜炎では済みません」


「運びました!次はどうしますか?」


 アナスタシア殿下の側で待機する二人を残し、三人が駆け戻って来た。


「そうですね…開腹手術をしなければならないのは確実ですから、無菌室を用意しておいて欲しいのですが?この宮殿にもあるでしょう?それ専用の部屋が」


「あの…少し宜しいですか?」


 助手の一人がおずおずと手を挙げる。


「何でしょう?」


「まだ詳しくは診ておられないんですよね?あの…僕の個人的意見で申し訳ないのですが…呼吸が荒く、ちょっとしたチアノーゼの様なものも…推測に過ぎませんが、かなり出血している可能性が…」


「待って!私も確認します」


 殿下の診断をもう一度行う。


 意識はほぼ無し。

 脈は早い。

 呼吸も荒い。

 汗がびっしょり。

 手足が冷えている…


「本当…かなり中で出血してます…大腸や小腸でここまではなりませんから、そうなると…」


 見れば、短剣は上から斜めに刺さっている。

 これは…不味い…


「確かに運んでいる余裕などありませんね、今直ぐにでも出血の大元を何とかしないと」


「ではここで手術するの?」


「いえ、それは論外です。この様な所でオペなんて…体内にわざと細菌やらウイルスやらを招き入れる様なものです。何か他に方法は…?」


 助手達を見る。

 しかし彼等も目を背けるばかり。


「すいません…名案が思いつきません…こうなったらもうここでオペをする他無いと思うのですが如何でしょうか?何もせずに座して死を待つよりは遥かにマシですよ」


「ここで?!こんな所で!?」


「他に良い案があるのならば話は別ですが…どうでしょう?」


 考えろ、考えろ私…!

 何か他に案は無いのか?!


 …こんな場所でオペなど、はっきり言って論外。

 彼等は見習い医師どころか助手に過ぎないからその様な事が平気で口に出来るのだ、私がそれに惑わされてはならない。


 私はこの場に於ける唯一の医者、つまりこの六人から成る医療チームのトップである。

 軍隊に例えるなら孤立無援の敵地に置いてけぼりの小隊の隊長にあたる。

 上からの指示は無く、現場のトップである小隊長の私は適宜な判断をしていかねばならない。

 その判断が正しいかどうかは誰にも分からないし、それでも私は判断をしなければならないのだ。


 今回の場合はどうだろうか?


 ここでのオペ。

 無茶苦茶だ。


 しかし、彼の主張は正しいのである。

 医者のすべき事とはつまり“患者を救う”事であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 オペ後の事を考えて手術室まで運ぶ事を優先し、運んでいるうちに殿下の容態が悪化してしまうのでは元も子もない。

 今助けられなければ、“オペ後”などというものは存在し得ないのだから。


「分かりました…搬送中の容態悪化が懸念されるため、ここでオペを実施します。宜しいですね?」


「「「はいっ!」」」


「しかし流石に公開オペというのは不味い…どこか人目につかない所は?消毒の関係上、小部屋などだと嬉しいのですが」


「あります!横に使用人のための控え室が!」


「良かった、ならばそこを使えるように準備してきて下さい。使用人は今もいらっしゃるのでしょう?」


「はい、先程見た時には十人はいたかと」


「ならば使用人の皆さんにも手伝ってもらいましょう。そちらにはあなた達の中から一人だけ行って下さい。もしも協力を渋られた場合はルイーゼ殿下のお名前を出して下さい。…宜しいですか、殿下?」


「勿論問題無いわ」


「では僕が行きますっ!」


 一人が駆け出して行く。


「では、オペの準備をしましょう。今回は動脈塞栓術は…駄目ですね、設備が無いので…私が直接止めるしかないか…」


 動脈塞栓術ならば開腹しての大掛かりな手術よりも傷が残りにくいし、止血も早い。

 更には開腹を伴わない事から、出血をかなり抑えられる。

 既にかなり血液を失っていると推定される今回は、出来ればこの方法でいきたかったのだが…なにぶん機材が揃わない分にはどうしようもない。

 それに、私個人の技術的にもキツい。


 こうなると開腹後、直接出血箇所を特定し、そこを縫うなり焼くなりして止血しなければならない。

 しかし出血量が多い場合、大抵傷口が血で隠れてしまって苦労する羽目になる。

 そしてその苦労をするのは誰かと言うと…私──未熟な新人医師に過ぎないこの私──だ。


「必要なものを全て用意して下さい、急いで。殿下の血液型は…安心して下さい、珍しい血液型なんかじゃないですよ、平凡なB型です。消毒に関してはこちらで何とかしておきますから。どうぞ、行って」

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