LXIII.Spectators
※注釈
・ノイン王国
アウグーリ共和国(フォーアツァイトと敵対している国)の南に位置する砂漠国家。
確か、プトレマイオス朝がモデルだった…様な…?
クレオパトラ的なえっちいお姉さんを登場させたいところですねー。
そもそもこの国に出番があるのか不明ですが(笑)
魔導士が多いという設定です。ホラ、エジプトなら魔導士がいたっておかしくないじゃないですか。
ちなみに筆者の手元にある設定資料集をチラ見したところ、この国には(というか南の方には)獣人がいっぱいいるそうですぞ!猫耳とか!
猫耳登場させたいなぁ…
決闘開始後、観客席サイドでは。
ニコライとエーバーハルトの両者が舞台上で睨み合う中、少し距離がある事も相まってここはのんびりとした空気が漂っていた。
「エーバーハルトのレイピアに何か細工をしてあるのでしょう?一体どの様な?」
他の人々とは十分な距離があるため、然程警戒する必要も無いが、ソフィアは念のため小声でエレーナに尋ねる。
「細工…?ああ…マゾ豚──失礼、そう呼ぶようにと命令されているのです──の方には三つ程。陛下の方には四つですね。気付かれないように魔術を込めておいたそうで。フォーアツァイトの宮廷魔導士とやらに協力させたとか」
その様な魔術を行使する魔導士の存在はよく知られているが、基本的に彼等は南方の砂漠国家、ノイン王国の出身者であり、フォーアツァイトにいるという事が意外だった。
…否、実際にはフォーアツァイトの様な南方にも影響力のある国では然程珍しくもない存在なのだが、かなり北に位置するプラトークの民である彼女達にとっては非常に珍しく感じられたのだ。
「魔術…ですか?まさか、また脅迫まがいの事をして無理矢理?」
ソフィアもナーシャの蛮行の数々はある程度知っていたため、少し怪訝な顔をする。
「今回はまだマシな方でしょう。宮廷魔導士の方…あ、三名いらっしゃるのですが…その方々は皆揃って未婚でしたし、ご高齢でしたのでいつもの様な家族を人質にする方法は不可能だったそうです。純粋な脅しにも屈しなかった様で、殿下もかなり苦労して取引を持ちかけたそうですよ。そんなに大変ならしなければ良いのに…」
苦労してるなぁ…と、ソフィアは副メイド長に同情のこもった目を向ける。
一応同じ雇われの身として、思うところがある様だ。
「しかし、何故魔術?」
「エーバーハルトの剣は決闘の三日前から預かっていたそうなので、物理的な細工──例えば、折れやすくなるように刀身に細かな切れ込みを入れておくとか──そういった方法も可能ではありましたが、それもやはり気付かれるでしょうから。魔術ならば見た目の上では変わりませんし、好都合だったという訳です。更に、かなり強力なものを仕掛けられた様ですし」
「強力、とは?」
嫌な予感がする、と彼女がしかめっ面をし、エレーナは苦笑しつつ首肯する。
「呪いチックな…まあ、あなたの想像通りのものです。聞かされた時、私もその様な事が出来るのかと驚いた程です。まあ、いずれ分かりますよ。それよりも、殿下が魔術をお気に召されて、プラトークでも魔導士を雇おうなどと言い出した事の方が問題ですけど」
「プラトークでも、ですか…悪用目的でしょうね…」
「ええ、確実に悪用目的…まず間違い無く、そうです」
二人とも揃って、はぁ…と溜め息を吐く。
副メイド長はそれを防がねばならないし、ソフィア医師はその標的になりかねないからである。
「この決闘も、まさかルイーゼ皇女殿下と手を組むとは予想だにしていなくて不覚にも阻止出来ませんでした」
「仕方ないですよ…私だって初めて知った時はびっくりしましたから」
この決闘でニコライが勝利する事は、すなわち彼とナーシャの結婚を意味する。
彼女達からすれば何としてでも阻止したい状況だったが、予想外のルイーゼの乱入で全てが狂ってしまった。
恨めしい、とまではいかずとも彼女達からすればルイーゼはちょっとした敵である。
「ルイーゼ殿下はマトモなお方だと思っていたのですが…まさか、兄妹での結婚を手助けするなんて…」
「まあ、彼女にも色々あったのでしょう。そう簡単に推し量れるものではありませんよ」
そしてこのタイミングで舞台上で動きがある。
エーバーハルトがひと突き、それをニコライが大きく回避する。
「おお、エーバー…じゃない、マゾ豚さんが攻撃しましたよっ、ほら、あれ!」
アリサが歓声を上げる。
彼女の膝の上にはいつの間にかナディアが座っており、一緒に跳ねている。
ちなみに、彼女も副メイド長と同様にエーバーハルトをマゾ豚と呼ぶようにナーシャから強要されていた。
「やはりあちらから動きましたか、想定通りですね。陛下に戦端を開く勇気など皆無でしょうから。あの臆病者らしいと言えば、らしい始まりでしょう。まあ、下手に突っ込むよりは上策でしょうが」
「陛下に失礼ですよ」
「でも、勇猛果敢な…いえ、無謀な馬鹿だった方が手っ取り早く負けてくれて都合が良かったでしょう?無謀と臆病の中庸こそが勇気だと言いますが、あれは流石に臆病の方に傾き過ぎかと思いますね」
ニコライは誰がどう見ても情けないと評価するであろう姿で回避していた。
彼女が“このプラトークの面汚しがっ”と心の中で罵声を浴びせたのも致し方ないのかもしれない。
「でも、もし無謀に突撃なんてされたら怪我していたかもしれませんし、これはこれで…」
「死ねば良いのに…」
「えっちょっと?!」
それ、下手したら大逆罪認定されますよ?…とソフィアが目で語るが、エレーナは知ったこっちゃないという態度を貫く。
前の席に座っていたために話が聴こえてしまった外交官の一人が知らんぷりを決め込んでいる事から分かる様に、彼女に関してはいくらニコライにアウトな発言をしても何やかんやで問題にならないのだ。
それは主に、ニコライ自身が彼女にビビりまくっているために強気の態度に出れない事とか、そういう人だしまあ良いや、と半ば認められてしまっている事とか、彼女が優秀である事とか、一応はナーシャの支配下にある事とか、様々な理由があり…彼女はそれを分かった上で堂々と自らの主君を貶すのである。
ニコライもこれに関しては「おべっかばかりであるよりはまだ信用が置けるとも言えなくもない、という考え方も出来なくはないエトセトラエトセトラ」とか自分に言い聞かせている。
「殺気を感じる…!」
ここ最近ナーシャの殺気に曝され続け、殺気に非常に敏感になってしまった(可哀想な)アリサが即座に反応を示す。
「ああ、失礼。思い出し殺気です」
「何だ、思い出し殺気ですかーびっくりさせないで下さいよぉ〜」
アリサはそれを聞いて安心した様子でまたいつものへらへらとしただらしない表情に戻る。
ナーシャの恐怖に曝されながらも生き残るため、ここ数日でアリサはこの様に“アホの子モード”と“警戒モード”を切り替えられるようになっていた。
やはり必要は発明の母であるらしい。
このやり取りを聞いてソフィアが「思い出し殺気って何?」と疑問を抱いた事は言うまでもない。
「陛下にもしもの事があったら、エレーナさんも困るでしょう?そんな事は言うべきではないと思いますよ?」
「別に全く困りませんが?」
「政治が不安定になりますよ?」
「それが何か?」
「内戦になったらエレーナさんなんて一番に巻き込まれますよ!?」
「内戦…?ああ、逆に起こって欲しいぐらいですね。普段目障りな近衛の連中と敵対する陣営について、奴等をこの世から消し去ってやります」
おいおい…
「近衛兵さんはそうなったら殿下の味方になると思いますけどね…?そもそも、何故それほどまでにメイドさん達って近衛兵さんとか衛兵さん達と仲が悪いのですか?」
「いえ、衛兵の連中とは別に仲が悪い訳ではありませんよ。近衛の連中とは言わば水と油の関係ですがね。そしてその理由は単純です。衛兵は庶民上がりが多くて、礼儀は兎も角、基本的には謙虚な連中です。それに対して近衛は基本的には貴族の坊ちゃんなので、ヤケに偉そうなのですよ。メイドは出生は問わず、容姿と能力で選ばれていますから、大抵はこちらの方が身分が低いので侮られがちなのです」
「成る程…その様な事情があったのですね。でも、それ程までに仲が悪いのはいただけない。近衛兵さん達は今のところ陛下の最大の権力基盤である軍の中でも最も陛下に近い位置にいる訳ですし、メイドさん達はアナスタシア殿下と共に陛下を支える役目を担っているのですから、仲間同士でしょう?これから戦争で大変になってくるのに仲間割れしている場合ではないと思いますよ」
「その通りなのだけど…あいつら、ほんっとうにムカつくのよね…何を勘違いしているのか、威張り散らしながらナンパし始めるし。なぁにが“妾にしてやろうか?”だ!タヒね!!」
副メイド長は鼻息をフンフンさせながらガンガンと床を何度も踏みつける。
憎い顔でも思い浮かべているのか、執拗な程に激しく。
「もしや、エレーナさんにも言い寄ってくる強者が…?」
「ええ、私に言い寄る物好きもいたわよ。あれは強者ではなくて怖いもの知らず…いいえ、ただの馬鹿でしょうね。私を三番目の妾にしようとしたとんでもない大馬鹿者がね!」
何かを思い出したのか、彼女は更に激しく床を踏む。
前に座る外交官の面々が声にならない悲鳴を上げるが、そんな事は御構い無しだ。
「そもそも!陛下がもう少ししっかりしておられればこの様な事態に陥る事もなかったのです!そう言う意味では真の責任者(戦犯)はあの男であると言えるでしょう。近衛もあの男もタヒね!!」
いつの間にかニコライまで標的にされてしまっているが、最早彼女を止める事は出来ない。
流石にそれは言い過ぎだよ、と思いながらも皆何も言えずにいる。
「エ、エレーナ…さん…?」
「ダメです、完全に憤怒の炎に身を焦がしてますね…こうなったらもう勝手に落ち着くまで手が付けられないんですよ…」
そう言ってアリサは溜め息を吐き、やれやれと肩を竦めてみせる。
「昔っからの事なんですけど、エレーナさんって怒りがある一線を超えるとそうなっちゃうんですよ。まあ、これは思い出し怒気なので案外直ぐに治るかと…あ、エレーナさん!前見て前!陛下が攻撃されそうになってますよ!エレーナさんの大っ嫌いなニコライ陛下が!」
「陛下が攻撃されそう…?」
「そうです、死にかけの絶体絶命のピンチですよ!ほらほら、目にくっきり焼き付けないと!」
流石は幼馴染(?)。
御し方は心得てあるのか、エレーナの怒りはすっかり消え、不気味な笑顔に無事逆戻りだ。
「フフフ…いいぞ、エーバーハルト…!殺れっ、殺っちまえ!!」
ご機嫌な様子でこんな事まで大声で叫び始める始末。
「あ、ラッキー。今日は超短時間で元通りになりましたね」
しかしこの上機嫌も当然と言えば当然。
舞台上では今まさにエーバーハルトがニコライを右手の剣で貫かんとしていたのだから。
「いや、でも流石に陛下相手に殺しはしないと思いますけど…」
「どうですかね〜でもエーバーハルトなら案外──あ…」
ここで初撃。
「これは…」
そして第二撃。
「惜しいっ!もう少しっ!」
第三撃。
「──うわ…本気だ、これ…」
第四撃。
「陛下っ…」
そこでエーバーハルトの攻撃は止まる。
同時に、それを観ていた全ての人々が理解した。
エーバーハルトが本気で殺す気である、と。
会場内は戸惑う声でざわざわと騒がしくなる。
皆、止めるべきではないか、と心の内で思うからこそ、それを他人に伝えずにはいられなかったのだ。
多くの人間が揃って同じ言葉を口にした。
「「「これ…大丈夫なのか…?」」」
その後エーバーハルトが跪き、血を吐いた事で彼等の混乱は更に大きくなった。
✳︎
一方で舞台袖(にあたる部分)では、ナーシャとルイーゼがじっと決闘の様子を眺めていた。
距離は離れているが、辛うじてニコライとエーバーハルトの小さな話し声も聴こえる程度だ。
「危なかったわ…やっと効いたわね」
「これはどの魔法による効果なの?」
「恐らく、サーベルの二番目の魔法…“反射”ね。折角大量に魔法を仕込んだのに、一つで十分だったかもね。まあ、兄上の命の重さを思えば当然の保険だけども」
ニタリ、と笑う彼女の頰は少し紅潮していた。
それは、もう結婚式は目前だ、という確信から来たものであった。
この“反射”なる魔法は、エーバーハルトのレイピアにかけられた魔法の内の二つ目である。
効果は「この魔法をかけられたものが何かにぶつかると、その衝撃を触れている他のものに代わりに受けさせる」というもの。
本来この魔法は生身の人間用の防御魔法であり、自分が受ける攻撃を地面に逃がしたりして身を守るために使われるものだった。
しかしナーシャはこれを悪用し、在ろう事かこの魔法をレイピアにかけた。
そして衝撃を逃がす対象を使用者にさせたのである。
つまり、ニコライがエーバーハルトの攻撃を剣で防ぐ度に彼は剣に加わる衝撃をその身に受けていたのだ。
特に、初撃ではそんな事は知らないものだから思い切りニコライのサーベルを弾き飛ばしてしまった。
その際の衝撃は非常に大きかったであろう。
だが、それだけではエーバーハルトが地に膝を付ける程のダメージにはなり得ない。
いくら衝撃が大きかろうと、数発殴られた程度の威力では彼がそうなる程のものではない。
では、何故か?
それは…
「やはり衝撃をマゾ豚野郎の内臓に直接与えるようにさせたのは正解だったわ…ほら、あんなに血を吐いちゃって…フフ…肺に血液が流れ込んでいるのかしら?」
…こういう事だった。