LX.刀剣。
※注釈
・ぼくのかんがえたさいきょうのそうび
そんなもの存在しないよぉ。
・巨大生物は空を飛べない!一方的な戦いになるぞ!
某物量でプレイヤーを虐めてくる素敵なゲームに於ける、空駆ける乙女達を見た際の地を這う男達のセリフ。
残念ながらこれはシリーズ恒例の盛大なフラグだったのだが…この時はまだ誰も絶望の未来の到来を知る由もない…(プレイヤーを除く)
ハンティングのお時間だっ!
・エペ、フルーレ、サーブル
フェンシングの種目のお名前。
筆者はフェンシングなんて全く興味が無いのに何故か覚えていた単語…自分でもさっぱりです。
・アウトレンジ戦法
理屈としては素敵。
でも、これが某帝国海軍となると…
永遠のゼロ等を読んだ事がある方ならばお分かりでしょうが、恐ろしい作戦が誕生してしまいます。
ラバウルまで片道数時間…正気の沙汰じゃねえぜ…
恨むべきは米軍機よりも航続距離が長い零式艦上戦闘機かあるいは指揮官か…
「兄上、これを」
ナーシャから手渡されたのは、ずっしりと重たいサーベルだった。
手にグッと食い込む様な重み。
鉄の重みだ。
それに長い。
「この度の決闘のために、特別に用意しました。普段兄上が使っていらっしゃるものよりも幾分か刃渡りが長くなっていますし、厚みも増してますけど大丈夫ですか?」
鞘は金属製で、綺麗な装飾が施されている。
試しに少しだけ抜いてみると、確かに刀身が数ミリ程度分厚い。
たかが数ミリ、されど数ミリである。
この少しの差が馬鹿にはならず、長さのせいもあって非常に重量が増す事になっている。
「滅多な事では折れない様にかなり丈夫なものを取り寄せたのですが、やはり重過ぎますか?」
「う〜ん…これではまるで大太刀ではないか。これを振り回すとなると…」
サーベルは言わずもがな、敵を斬るために存在する。
つまり、振り回して使うものなのだ。
重量があると、振り下ろしの際に剣そのものの重さも加わって強力な一撃を繰り出す事が出来るという利点はあるが、当然ながら欠点も増えてしまう。
使用者は動きが遅くなってしまうし、疲れやすくもなる。
素早い反応が必要とされる場面ではそれらが命取りとなりかねないのだ。
「ええ、実際に約百五センチ程あります。しかし、エーバーハルトはレイピアを使うので…レイピアとの長さの差を考えれば、出来る限り長くした方が良いですし、丈夫な剣ならばレイピアの刃を折る事だって可能かもしれません」
通常のサーベルは約八十センチ程度の長さが一般的である事から、百五センチというものが如何にサーベルとしては異端であるかがお分かり頂けるだろう。
ちなみに参考程度に、江戸のお侍のノーマル日本刀はせいぜい七十センチ程度。
比較的両手持ちの剣としては軽量であり、江戸時代には護身用或いはお飾りに成り下がっていたとは雖も、両手剣の日本刀ですらその程度であった事を考慮すると、片手持ちの剣であるサーベルが刃渡り百五センチ(無論、長さに比例して重い)というのは無茶に過ぎるというもの。
実用性を考慮すれば論外である。
サーベルは元々、(大半の斬撃武器が同様にそうであるが)シャムシールの様に馬を駆りながら馬上から敵を斬るためにできたもので片手用武器であり、重過ぎると非常に扱いが難しくなってしまう。
薩摩浪士の如く一撃必殺戦法を採用するならば兎も角、殺陣の様な激しい攻防をするにはかなり不利である。
一方のレイピアは、この様な苦難とはほぼ無縁である。
レイピアは刺突剣である事から、基本的には突く動作のみだ。
極端に言うと、前後にスライドさせるだけなのである。
この戦闘スタイルの差が非常に大きい。
考えて頂きたい、ダンベルを持つ自分の姿を。
ダンベルで腕を鍛える時、あなたは水平方向に動かして鍛えようとするだろうか?
…否、恐らくは違うだろう。
基本的には上下運動であるはずだ。
それは、地球上で常に働いている最も身近にして強力な力こそが重力だからである。
そしてその重力なるものは鉛直下向きに、質量あるものに掛かる力。
ここまで述べればもうお分かりかと思うが、鉄の塊である刀剣を持ち上げようとすると、その度に大きな力を要する。
そしてその要する力に比して体力を消耗する事となるだろう。
このサーベルを使う限り、最初に想定していた持久戦の選択肢は捨てざるを得ない。
…だが厄介な事は、ナーシャのこのサーベルを選んだ選択が間違いだったとは一概には言えないという事である。
確かに前述の通りこのサーベルには多くの欠点が存在する。
しかし短期決戦を想定するならばこれも悪くはない選択であったと言えてしまうのだ。
武器を選ぶに際して、最も重要なファクターとは何であろうか?
ぼくのかんがえたさいきょうのそうびではないのだから、言うまでもなく状況に応じて左右されるものではあるが、それでも敢えてここに一つ挙げるとするとそれは距離である。
例えば、あなたが二メートルの長さの棒を持っていて、敵が素手である場合を想定してみよう。
その状況ではあなたは二メートルの距離を置いた安全な場所から敵を棒で突く事が出来よう。
対して、敵はどうにかしてその二メートルを突破せねばあなたに危害を加える事が叶わない。
「巨大生物は空を飛べない!一方的な戦いになるぞ!」というヤツである。
人類が使用してきた武器を見てもそれは分かる。
弓から銃へ…果ては地球の裏側にまで届く大陸間弾道ミサイルへと、武器のリーチは長くなっていったのだ。
それは単純にリーチが長い方が有利だからに過ぎない。
それ程に、敵の手の届かない距離からの一方的な攻撃を可能とするリーチという要素は全ての時代の人々にとって魅力的であったのだ。
そして、エーバーハルトの使用するレイピアという剣について考えてみたい。
この剣の特徴は、非常に細長いという点である。
刀身を見れば非常に細く、まるで可憐な乙女の柔肌の様な繊細さを有している。
フェンシング等のおかげでこの剣が片手用であるという事は既に人々の知れる事となっているが、一方で人々が知らない事として、この剣を使用する際にはもう片手に短剣を握る、という事がある。
フェンシングではエペだろうがフルーレだろうがサーブルだろうが片手に剣一本を持つのみで、二本持つ事はない。
実際には防御用にダガーも片手に握っていたのだが、フェンシングのせいかその事を知らぬ人が多い。
日本に於いては日本刀という両手剣一辺倒であるが故に片手で扱う刀剣がほぼ存在せず、余りイメージが湧かないかもしれないが、片手持ちの剣というのは基本的にはもう一方の手に何かを持つために片手剣という形をとっているである。
それは場合によっては馬の手綱であったり盾であったり短剣であったりする訳だが、何れにせよ片手を遊ばせておく暇など無いという訳だ。
故に、エーバーハルトを相手するにあたって私はレイピアだけでなく、その後に待ち構える左手のダガーにも気を掛けてやらねばならない。
リーチを武器にする戦闘スタイルであるレイピア使用者にとってダガーは短過ぎるから、これを攻撃に転用される可能性は低いが、防御に於いては厄介な事この上ない。
折角懐に入り込んで斬りかかったとしても、このダガーに受け流されてしまっては全て無駄になってしまうのだから。
そして、更に特筆すべきはその異常なまでのリーチの長さ。
全長約百二十センチ。
リーチという点に於いてレイピアは非常に有利である。
刺突剣である事からその長さを申し分無く活用出来るし、踏み込みのステップ等も考慮すれば敵から二メートル程離れた安全地帯からでも鋭い突きを敵に浴びせられる。
リーチの短い武器では最悪アウトレンジ戦法で手も足も出ない可能性すらある。
以上の様に、レイピアの最大の利点とはそのリーチの長さである。
それに対抗すべくナーシャが私のサーベルを大型のものにしたのも間違いとは言えない、というのはこういった事情によるものである。
一方で、レイピアの欠点を考えてみよう。
ここまでの話ではレイピアを誉め続けてきたが、やはりこの剣にもいくつかの短所がある。
先ず、その重量。
細い刀身のせいか一般的には軽いイメージを持たれているが、実際にはその様な事は全く無く、案外重い。
基本的には約千三百グラムだと言われていて、そこそこの重量がある。
これはレイピアの長さによるものである。
当然、長ければ長い程重くなる。
いくら刀身を細くする事で軽量化を図っても、長さを確保しようとすればそうなってしまうのだ。
よって、レイピアを扱うには片手で軽々…といった様にはいかない。(それは私にも当てはまるが)
次に、その柔い刀身。
先述の通りレイピアは細い。
それ故に非常に折れやすいのだ。
実戦ではレイピアなぞよりも遥かに丈夫な剣ですら折れてしまう。
況んや、レイピアをや。
ちょっとした衝撃でポキリと折れてしまう。
この事も、ナーシャによるサーベル重量化が一概には間違いとは言えない理由の一つである。
分厚いサーベルで叩き折ってやろうというのも悪くはない作戦なのだ。
三つ目は、その長さ。
長い、という事はそれだけで有利である。
しかしそれは敵と十分な間合いが取れているという前提あってこそのもの。
懐深く潜られてしまえば、レイピア使用者の身を守るのはパリーイングダガーただ一つ。
長く、更に刺突用であるレイピアは至近距離に対しては滅法弱い。
四つ目は、刺突剣であるという事。
レイピアには一応刃が付いていて、斬る事も出来ぬ訳ではない。
しかしながらそれは殆どおまけの様なもので、殺傷能力も期待出来ない。
そもそも、日本刀の様な人を斬るために作られた刃物ですら数人斬っただけで刃こぼれするのだ、それ程に刃物というものは脆いものなのである。(逆に、人間が案外丈夫だという見方も出来る)
それがレイピアの様な細い刀身であったならばどうであろうか、お情け程度に付いた刃で人が斬れるものか。
恐らく、敵に刀身を掴んだりされないように付けてある程度のものではなかろうか。
そしてこの、刺突専用であるという事は大きな弱点となり得る。
他の剣では斬る事と突く事の両方が可能である事が多いからだ。(斬るために存在する…とか言いつつ日本刀だって勿論突く事は可能。実際、剣道でも突きはある。また、フェンシングでもサーブルならば斬ってもOK)
突きしか出来ないという事はそれだけ攻撃の選択の幅が狭まってしまうという事。
その分相手に動きを読まれやすく、半ば心理戦であるとも言える一対一の読み合いに於いては致命的である。
以上が、主なレイピアの欠点である。
これらを踏まえるに、やはりナーシャの選択は間違いとは言えないのであった。
私とエーバーハルトには形容し難い程の明確な実力の差(象とミジンコぐらい。無論、私がミジンコ)が存在する。
この差を埋めるには正攻法では如何ともし難く…エーバーハルトのレイピアを折ってやるぐらいしなければ勝算が無い。
…まあ、実際には勝ち負けなど正直どうでも良い、というのが私の本音であるが。
勝てば地獄、負けても地獄…何れにせよ地獄である。
勝てばその場で実の妹と結婚式を挙げさせられ、負ければそれはそれで妹にボコボコにされるし、ルイーゼがエーバーハルトにNTRされる。(恐らく、負けた場合も後々妹と結婚させられそうな気がする)
つまり、勝っても負けても然程変わりないのである。
勝てば一応ルイーゼが嫁になってくれるらしいので、どちらかと言うと勝った方が良いのかもしれないが、それも妹との結婚という最大の罰ゲームと比べれば些細なものでしかない。
うむ…やる気が起きない…
しかし、ボーっとしているとエーバーハルトに殺されかねんので自身の命を守るという自己防衛の観点から最低限戦う必要がある。
降伏出来れば早いのだろうが、残念ながらこの降伏というものは有名無実なものである。
降伏などしようものなら社会的な汚名がこれでもかと浴びせられよう。
南国のスコールの如く私の評判はべちょんべちょんになるだろう。
兎角に人の世は難しい…
「兄上、やはり別のものを用意させましょうか…?」
「いや、構わん。ナーシャの言う通り、レイピア相手ではこちらの方が有利やもしれん。この剣でいこう」
それを聞いてナーシャはにこりと微笑む。
「左様ですか、それは良かった。もう少しで事前の準備が無駄になるところでした」
事前の準備…?
「まさか…何かしたのか?」
「いえいえ、ご安心下さい。何もしておりませんとも。ただ、ほんの少し私の兄上への愛とおまじないを込めただけです」
このおまじないとやらがとんでもないものだったのだが、それはまた後の話である。