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LVIII.花嫁達の舞台裏。

※注釈

・自由放任主義

個人的に、小さな政府という考え方自体には好感が持てるのですが…自由放任主義は嫌だなぁ…


・神の見えざる手

そんなもの無かった。

 〜父殺害より七十日目〜


「ふふふふふふふふふふ…お待たせしましたルイーゼ殿下」


 数人の侍女を引き連れ、部屋に現れたのはプラトーク帝国の皇女であるアナスタシア殿下だった。

 最近は私をちゃん付けにしているのに、ヤケに丁寧に殿下を付けるところがまた不気味である。


 彼女は上機嫌で私に笑顔を見せる。

 その笑顔にも拘らず何故か少しゾクッとする。


 可愛らしい端正な顔立ちに怪しい笑み。

 無意味に開いた瞳孔。

 そして血走った目。

 素材は良いはずなのに色々と随所に残念要素がちらほら散見される。


 彼女は真っ白なウェディングドレスに身を包んでいた。

 笑顔がもっとマトモで、瞳孔が開いてなくて、目が血走ってなければ天使の様にすら思えたであろう。


「手配しておいたドレス、どう?サイズも合ってるかしら?」


 本来ならば私のための結婚式であったため、当然ながらアナスタシア殿下のドレスなど用意していなかった。

 更に、急いで手配しようにも他の人々は決闘の結果次第では「私とエーバーハルトの結婚式」から「私とニコライさんの結婚式」に変わるのだと認識していて、間違っても「アナスタシア皇女殿下とニコライ皇太子殿下の兄妹近親結婚式」に変わるとは思ってもいないのである。

 そんな私と彼女の間での裏取引の存在が皆に知れたら事前に止められる事は分かりきっているので、周囲に明かす事も出来ない。


 故にナーシャちゃんのウェディングドレスを用意するのには非常に苦労した。

 彼女のためのドレスである事を勘付かれずにぴったりのドレスを、それでいて他国の皇女が着用するに恥ずかしくない立派なものを用意せねばならないのだからその苦労がご理解頂けるだろう。


 それ故に私にとって今この瞬間、彼女のドレスというものは非常に重要な関心事であった。


「ええ、素晴らしいわ。これが間に合わせのものだなんて信じられないぐらいに」


 取り敢えず本人にはお気に召して頂けた様で、ほっと胸を撫で下ろす。


「それは良かった。折角の結婚式だもの、綺麗な格好でいたいものね。まだ時間はたっぷりあるから、ここでゆっくりお茶でも飲んで待機していましょう」


 決闘予定時刻まであと数時間。

 既に私もドレスを着ていて、花嫁二人の準備は万端だ。

 エーバーハルトが勝てば私が今日の花嫁となり、ニコライさんが勝てば彼女が今日の花嫁となる。

 後者の場合、私はプラトークで結婚式を挙げてもらう事となっていた。


「うん、そうね」


 彼女は微笑みを顔に貼り付けたまま、席に着く。


「結婚式の準備の方は?」


「そちらに関しては心配無いわ。場合によってはナーシャちゃんの結婚式に変更になるという事を伝えるのは必要最小限…各部門の責任者だけにしたし、皆一人一人説得して了承を取り付けておいたから。ニコライさんが勝てば、混乱無くそのままナーシャちゃんとニコライさんの結婚式が執り行われる事でしょう」


 本来ならば私とエーバーハルトの結婚式のはずなのに、そこに他国の皇太子であるニコライさんが乱入。

 そして私を取り合って決闘になる…

 ここまでならば周りも、青春だなぁ的なノリで笑いながら見守ってくれるだろう。


 だが、それが突然花嫁を差し置き、乱入婿とその妹(どちらも他国の人間)による近親禁忌のウェディングに変わったからには結婚式の挙行は難しくなるであろう事は間違いない。

 その混乱の最中でも粛々と式を進行させるには、関係各位を掌握する他無いのである。


「では、後は兄上が勝つのを待つだけ…?」


「そういう事になるね」


 そう答えつつ、私はそれこそが最大にして最後の関門である事を理解していた。

 ハレー卿に頼み込み、数日前から今日に向けて指南を受けてはいたが、その様な付け焼き刃でエーバーハルトに勝てる程甘くはない。

 エーバーハルトはそれに近いものを幼少の頃より授かっていたのだから。


 現実は辛く厳しい。

 物語の様にはいかぬのが現実というものである。


 物語の英雄は最後にはドラゴンを倒し、姫を救うかもしれない。

 だが、私の英雄(ニコライさん)は武勇に優れてなどいないし、倒す相手もただの人間だ。

 幼き頃に聞かされて子供心に憧れた物語の英雄の様に強くはないし、ドラゴンどころか同じ人間相手でも手こずる。

 それに物語の様に最後にハッピーエンドが待っているかも不明だし、仮に彼が勝ったとしても彼が結婚する相手はアナスタシア殿下。

 私ではないのである。


 私は物語の姫にはなり得ない。

 エーバーハルトから逃れられても、その後に待っているのは彼の二番目の妻という肩書きのみ。

 果たして幸せな日々など待っているのか。


 もし仮に逆にエーバーハルトが勝利したとして…

 彼の最愛の妻という肩書きを得たとして…

 それが幸福に繋がるのか。


 私には今更ながら、どう転んでも同じ様なものなのではないかと思えてしまうのだ。

 何れにせよ、その先に待つのは幸福以外の何かではなかろうか、と。


 故に私は今、なる様になれ、と半ば自由放任主義の道に運命を委ねる心算であった。

 神の見えざる手に全てを任せてみたく。


 それに…私が何かするまでもなく彼女(プラトーク皇女)は動いていた。


「ああ、心配せずともバックアップは考え得る限り最高の状態にしてあるわ。決闘に於いて関係部署全てから適切な支援が得られるように根回しは済ませてあるし、万が一のために直接の妨害要員も準備済み。その他にも二重、三重に対策を施してるから兄上の勝率は随分と上がる事になると思う」


 関係部署に根回し…?

 さらっと言い流されたその言葉に嫌な予感がする。

 まさか…


「ちょっと待って。関係部署への根回しって具体的に何を…?」


「ほんの少しだけ賄賂を贈ったり、それで駄目なら恫喝しただけよ。フォーアツァイトの方々は素晴らしい事に躾がよく出来ておいでね。本当なら穏便に全て賄賂だけで済ませたかったのだけど、中々に強情で…ついつい脅迫めいた方法に頼ってしまったわ」


 自分の命と職務を天秤にかける事が出来るなんて立派なものだわ、と彼女は褒める。


「脅しって…何を?」


「あ、他国の人間相手だしかなり手加減してあるから安心して。流石に本当に殺したりはしてないから」


  いや、手加減も何も…

 仮にも他国の役人に脅迫だなんて…


「兎も角そのおかげで決闘での兄上の勝率がぐんと上がったから、左程不安がる必要も無くなったわ」


 純粋に正々堂々と決闘をした場合、ニコライさんが勝つ可能性は極端に低い。

 それ程にエーバーハルトは強いのだ。


 ならば正々堂々と闘わねば良いではないか、というのが彼女の出した結論だった。

 正々堂々と闘って勝てないのならば正々堂々と闘わなければ良い。

 関係者を取り込み、様々な細工や工作をさせる。

 卑怯かもしれないが、彼女はそれを厭わなかった。


 私としては複雑な気分だった。

 確かにニコライさんには勝ってもらいたかったが、それは正々堂々と勝って欲しかったのである。

 これではまるで、自分達の方が物語の悪役ではないか。


 しかし一方で、そうでもしないと勝ち目が無いのも事実ではあった。

 フェアプレーだろうが何だろうが負けてしまえば意味が無い。

 過程が如何なものであろうと、現実では結果こそが全てなのである。


「この事、ニコライさんはご存知なの?」


 彼がこのイカサマを知っているのかどうか、これによってもまた違う。

 彼女の独断であるならばまだ彼への評価は下げずとも良い。


「兄上には秘密。どうやら兄上は余りこの決闘の勝敗に本気になってはくれていない様だし…この事を知ったら何かと面倒事が生じるかもしれないから。敵を騙すには先ず味方からだと言うし、兄上には黙っておきましょう。それに、その方があのエーバーハルト(マゾ野郎)にも気付かれにくいでしょうから」


 やはり彼女の独断専行だった様で、少しホッとする。

 未来の夫がそんな奸計を腹で練り練りする様な人では幻滅であるから、そういう意味では心配が空振りでひと安心だ。


「では、私に協力出来る様な事は何かあるかしら?」


 一応、聞いてみる。

 とんでもない仕事を依頼されませんように、と心中では祈りながら。


「ん〜…特には無いかな。敢えて言うとすれば、兄上を応援するとか…それくらい」


「じゃあ、やっぱりここでお茶を飲んで待ってる他無さそうね」


 プラトークからの客人であるニコライ皇太子殿下とアナスタシア皇女殿下が滞在しているため、ヴィルヘルム()の命令でプラトーク式の飲み方が推奨されていた。

 故に、メイドの持ってくるトレーの上にはジャムの小瓶がいくつかと、小皿とスプーンが載っている。


 湯気の立つ紅茶を啜り、それと合わせるように小皿に盛られたジャムを小さなスプーンで掬い取る。

 それをカプッと咥えると、口内にジャムの甘味も酸味がぎゅっと広がる。


 個人的にはかなり気に入っていて、以後もこの飲み方を続けたいとすら思っていた。

 この飲み方だと砂糖だけの場合とはまた違った風味を楽しめるのである。


 この数日間で様々なジャムを合わせて試してみたところ、個人的にはベリー系との相性が良い様に思われた。

 特に適度に酸味の強いものだと紅茶とよく合う。

 このジャムの試行錯誤のために、ここのところずっと紅茶ばかり飲んでいるのであった。


 私の行き着いたこの答えは正しかった様で、何種類も用意してある小瓶の中からナーシャちゃんが選んだのも、どれもベリー系である。

 真っ白なウェディングドレスに零しては大変だから、かなり気を付けて彼女はカップを口に運ぶ。

 スプーンをぺろりと舐める様なんて非常に可愛らしく、この少女の腹の中が実はどす黒いなんて事実は教えてもらわねば分かるはずもない。


 ニコライさんが拒むに拒めずに困っているのも、彼女のこの愛らしさ故だろうか。

 兄妹であるという事に加え、この容姿であるから、冷たくしようにも出来ないのかもしれない。


「はあ…でも、兄上にも困ったものね…」


 紅茶を一通り飲んでしまうと、彼女は唐突に溜め息を吐く。


「どうしたの?」


「決闘の結果次第で私と兄上が結ばれる事になるというのに…いまいちやる気が無い様に見受けられるのがどうにも…あれでは勝てるものも勝てないわ」


 彼女の指摘はその通りであった。

 実際、エーバーハルトの方がよっぽどやる気(あるいは殺る気)に充ち満ちている。


 しかしニコライさんの置かれた状況(勝っても不利益しか生じない)を考えれば、当然とも思えた。


「まあ…仕方ないよ」


「何が仕方ないの?私という最高のご褒美が勝利の末には待っているというのに…!やる気にならない方が異常よ!」


「いや、でもそれは…」


「兄上が謙虚で無欲で質素倹約を重んじる素晴らしいお方である事はかねてより承知の事ではあったけど、だからってそこまで無欲なのもどうかと思うの!私に関する事ぐらい、欲を出して下さっても良いのに!」


 まあ、物は言い様である。

 実際にはニコライさんは謙虚で無欲で質素倹約だという訳ではなく、ただ単に実の妹との結婚を避けたいというだけの事なのだが…

 少々自意識過剰というか…兄が自分を愛していると信じて疑わない彼女にかかればこういう結論に至るのであろう。


 だからこそ、私はニコライさんの二番目の妻でも良いと了承したのだし。

 実の妹を数に数えないなら私は実質一番なのである。


 本来愛する人を独占したくない女などまずいない。

 それでも世の中に多くの妾やら何やらがいるのは、皆妥協しているからである。

 ならばこれが私の妥協だ。


「そうかもね」


 苦笑いしつつ、私はお代わりのもう一杯を啜るのであった。

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