LV.GG-43B 双発重戦闘機 グレビッチ
※注釈
今回は専門用語が沢山出ているので少しだけ補足させて頂きます。
・複座
二人乗りって事です。
一人乗りならば単座と呼びます。
・双発
発動機が二つ付いてるという事。
要はプロペラが二つ。
一つなら単発。
・発動機
エンジンの事。
・グレビッチ
ソ◯の某設計局からお名前を拝借致しました。
ちなみに、ミリタリーに詳しい方ならば本作のグレビッチのコンセプトが夢物語でしかない事がお分かりでしょう。
大型機では小型の戦闘機に勝てないという現実をご存知ならば、「戦闘機兼爆撃機の大型双発機?墜とされる気しかしねーよ!」と思われる事かと思います。
でも、ここは異世界(筆者のご都合主義が蔓延する世界)ですから、無問題なのですっ!
・軽爆
軽爆撃機の略。
主人公のニコライが修行中ですが、引き続きプラトークの様子をお送りします。
「大変申し訳ありません、お迎えが遅れて…その…少しトラブルがあったもので…」
ひどく恐縮してぺこぺこと頭を下げるガタイの大きな男はこの施設の責任者である例の少佐、コンスタンチン・ヴォロシーロフである。
彼の言うトラブルとは、お察しの通り換気の件。
換気強行とそれによる暴動である。
「トラブルとは?」
「大した事ではないのですが」
「それでも聞かせてくれ」
「いえ!本当に大した事ではないので!!神に誓って!」
実際、大した事ではないというのは事実である。
換気扇を回すか回さないか、などという些事を巡って小規模な諍いが生じたというだけの事。
子供の、お菓子の取り合いみたいなものである。
「まあ…そこまで言うのなら…」
ヴィートゲンシュテインがここで簡単に引き下がったのには理由がある。
それは、どうせいつかは分かる事だから。
軍の施設では、どんな些細な事でも例外無く記載された、報告書の提出の義務がある。
それを読めば分かる事で、貴重な時間を割く必要も無い。
「作業に影響は?」
「ございません。昼休憩中の出来事でしたので。総司令官殿のご歓待のため、本日は昼休憩を前倒ししておりました」
「士気は下がっていないな?」
「無論です。祖国の必勝という偉大なる目標を達成するためと思えば士気など下がり様がありません」
少々彼の言い方は大袈裟だが、まあ良い。
「兎に角、現在は何の問題もございませんので、どうぞごゆるりと見ていって下さい」
彼等がいるこの陸軍キャブヤ工場は完全に地下に秘匿された秘密工場であり、帝都より南東にいくらか離れた場所にある。
元々は大昔に、非常時に皇帝が逃げ込むために造られたものであり、長年に渡って未使用のまま放置されていたのだが、最近になってこの施設の存在に目を付けたヴィートゲンシュテインによって今では地下工場と化している。
戦争に向けて本格的に準備を進めていたプラトーク帝国軍であったが、ヴィートゲンシュテインは大きな問題に頭を悩ませていた。
それは、「兵器を製造したいが、そうすると敵に気付かれてしまい、奇襲攻撃が通用しなくなってしまう。かと言って兵器の製造が間に合わなければそもそも勝てない」という非常に難しいジレンマを抱えていたのである。
その問題を何とか解決すべく、あれやこれやと策を講じていた彼が偶然見つけたのがこの施設であった。
完全に地下にあり、長らく使われていなかったため、隠蔽性は非常に高く、プラトークの人間ですら知る者は殆どいない。
更に帝都からも近く、コントロールしやすい。
この施設は元々皇帝とその配下の兵士が長期間潜伏する事を想定して建造されていたので住み込みでの作業が可能。
兵器や馬、ワイバーンを置いておくための広い空間があり、それを兵器製造に代用可。
ちょっと古くなったその施設をいじくってやれば、完全なるステルス工場の完成である。
その施設自体の隠匿性もさる事ながら、人員を中で生活させる事によって情報漏洩を防げるというのも非常に魅力的。
更に、地下にも拘らず十分過ぎる程の空間。
全ての兵器をそこで賄う事は流石に不可能だが、それでもかなりの生産量を期待出来る。
他の工場が見つからない様にコソコソと恐る恐る細かな部品をちまちまと製造する中、この工場ならば朝から晩まで堂々と兵器製造に勤しむ事が出来るのである。
その様な事情から、この陸軍キャブヤ工場は連邦侵攻に於ける戦闘機需要の大半を担う予定であった。
必要な部品等はそれぞれバラバラに各地の普通の工場で生産し、それをここに送って来て組み立てる。
部品輸送の際にも配慮は忘れない。
一旦キャブヤ工場の付近の物資集積所に偽装した施設に集め、そこからここに運び込んで来るのである。
完成した戦闘機はこれまた敵に気付かれないように注意しつつ、国内各地に秘密裏に建設中の航空基地へと配備されていく。
「かなり作業は過酷ですので三交代制で回しています。この調子ならノルマの六百二十機は何とか達成出来そうです」
「まあ、そんなに沢山?」
「ええ。基本的にはここで大半のグレビッチを造ってしまいますから」
グレビッチとは、連邦のシヤンに対抗すべく開発された戦闘機。
複座双発の大型機で、翼に二十ミリ機関砲二門と十二ミリ四門、そして後部銃座に七ミリ機銃二門という高火力を誇る。
発動機は特製の、大馬力が自慢の「フネブヌイ540エンジン」である。
装甲は非常に強力で多少の被弾はものともせず、航続距離、飛行速度にも優れる。
対するシヤンが十二ミリ機銃二門のみの武装で、装甲も一発の被弾にすら耐えられないレベルである事を考慮すれば、非常に重武装である事が分かる。
シヤンを圧倒的火力で近付けずに墜とす、というコンセプトをこれでもかとばかりに追求した末にプラトーク帝国軍が行き着いた解こそがこの「GG-43B 双発重戦闘機 グレビッチ」なのであった。
この機体は正式な分類こそ戦闘機であったが、他の用途にも転用できるように設計されていた。
プラトークは連邦の航空戦力に恐怖するあまり、航空機製造のリソースのほぼ全てを戦闘機に割く予定であった。
しかし、それは地上部隊の安全を確保すると共に、諸刃の剣でもあった。
プラトーク帝国軍が目論む、連邦への侵攻作戦は軽戦車を中心とした機甲部隊、機械化・自動車化歩兵の速やかな進軍による電撃戦。
しかし、電撃戦が電撃戦たり得るにはこれだけでは不十分である。
足りぬ。
足りないのである。
航空支援が足りない。
今の状況では兵員の足を速くしただけに過ぎない。
電撃戦には、「迅速な進軍が可能である」という条件と同時に「進軍の足を止めないための高い突破力を有する」という条件が不可欠である。
如何に足が速くとも、敵に一々通せんぼされたのでは意味が無い。
突破力?それならば戦車があるではないか。
…と、思う者もいるかもしれない。
しかし、軽快な機動を誇る代わりに装甲が薄い軽戦車で如何程の突破力が得られると言うのか?
強固な敵の防御陣地に軽戦車で飛び込め、と?
それを自殺行為と言わずして何と言うのか?
戦車は万能ではない。
戦車は鉄の盾であると同時に、目立つ的でもあるのだ。
重戦車ならば兎も角、軽戦車では砲兵の餌食である。
故に、敵陣地に火力を浴びせる必要がある。
待ち構える砲口から戦車を守るために。
その任務に最も適するのが航空機である。
爆撃機は、どんな戦車や自走砲よりも速い空の砲兵。
電撃戦を成功させるには欠かせない。
しかし、爆撃機など造る余裕は無いプラトーク帝国軍は航空支援は諦め、本来爆撃機が担うべきそれを自走砲の火力でカバーしようと考えた。
だがそれにはやはり無理があり過ぎた。
後の議論の結果、やはり自走砲だけではその役割は果たせない事が確認されたのである。
そこでプラトーク帝国軍が導き出した解…
それこそが“戦闘機に爆撃をさせる”というものである。
グレビッチは連邦奥地まで補給無しで飛ばねばならず、航続距離は非常に長く設計されていた。
その結果、機体はまるで爆撃機の様に大きく、プロペラも双発。
初めて見た誰もがこう思うだろう。
これは本当に戦闘機なのか?…と。
それと同時に彼等は思った。
この戦闘機に爆弾を積めば良いのでは?
グレビッチになら軽爆と同様程度の爆弾なら積める。
更にグレビッチは敵機排除の際もそもそもドッグファイトを想定しておらず、まるで爆撃機の様な戦い方を想定していた。
故に多少重量が増えようとも、戦闘能力に影響は無いのである。
ならば、グレビッチに航空支援をさせずしてどうするか?
これを活かさぬ手は無い。
こうして、グレビッチは戦闘機でありながら、爆撃機としての運用も想定されていた。
否、“爆撃の出来る戦闘機”であった。
連邦侵攻時には重い爆弾を背負い、シヤン撃破と対地攻撃の両方を行うのだ。
グレビッチは、連邦侵攻に於ける要であった。
「こちらが作業場です。少々臭いますが…お許し下さい」
ヴォロシーロフ少佐に案内され、ヴィートゲンシュテイン達が辿り着いたのは作業場。
つまり、グレビッチの組み立て工場である。
朝と同様、男達が汗水流して作業に勤しんでいる。
「まあ…大きな飛行機…これで連邦にまで攻めて行くのね。これだけ大きければシヤンにも勝てそう」
リュドミラのグレビッチに関する感想はこの様なものだった。
大きい事は、良い事だ、と。
「さあ、どうかな。シヤンに対抗出来るかは如何に接近戦を避けるかに懸かっているからね。双発で、これほどの巨体。更には重たいお荷物まで抱える羽目になった。ドッグファイトではとてもとてもシヤンには敵い様が無い」
まさにヴィートゲンシュテインの言う通りであった。
グレビッチは鈍重で、シヤンに纏わり付かれれば一方的に攻撃される他無い。
だから、グレビッチがシヤンに勝てるかどうかは、如何にシヤンを近寄らせないかという一点に懸かっているのだ。
そう言った意味では、グレビッチは一撃離脱戦法を取る他無い。
その異常なまでの鈍重さこそがグレビッチ最大の弱点であった。
「この戦闘機は空飛ぶ要塞です。ご心配なさらずとも必ずや大活躍を遂げてみせてくれるでしょう」
少佐はというと楽観的で、この様な事を言ってリュドミラを励ます。
「まあ、こいつを生かすも殺すも私次第、という訳だ。腕の見せ所だな」
「期待しております」
「増槽を付ければ連邦を縦断出来る程の航続距離だと小耳に挟んだのですが、それは本当なのでしょうか?」
今度は某運転手の質問。
「本当だ。船で行くよりもずっと早くフォーアツァイトに行けるぞ。連邦の領空を通れば、だがな」
この様にして、ヴィートゲンシュテイン達は作業の様子をじっくりと見学する。
概ね問題無しであった。
「改善点の一つや二つ、見つかるかとも思ったのだが…案外無いものだな」
「そういったものは既に対処済みですから。今は完全に合理化されております」
「ならば、ここに関してはもう良いか…特にこれ以上見るものも無いしな」
「そ、そうですか…?もう少しゆっくりしていって下さっても良いのに…」
少佐は何やら一行をここに留めておきたい様子。
「どうした?何か問題でも?」
「い、いえ…特にありませんが…」
「すまんが、明日もまた別の工場を視察に行くのでな。悪いがもうお暇させてもらう」
これにて、総司令官夫妻は去る。
✳︎
「ところで、あの少佐の事だが…何故我々を引き止めようとしたのだろうな?」
「普通なら逆ですよねえ」
帰路に着く彼等はその様な疑問を抱いていた。
必死になって引き止めたがった彼の様子は何だったのだろうか、と。
さて、その理由とは?
「へっへっへ…少佐殿…お客様もお帰りになった事ですし…話し合いといきましょうや」
「こ、こら!離せ!うわっヤメ…待て、話せば分かる!うわあぁぁぁ!!」
「へっへっへっへ…」
「おい!ここから出せっ!出せェェ!」
「へっへっへっへ…」
こちらは一方の陸軍キャブヤ工場。
絶賛作業員達による反乱の最中である。
セリフだけ聞くととんでもない事が行われていそうだが、特に問題は無い。
ちょっとした作業員達による仕返しが行われているだけである。
そう、少佐を洗濯場(汗臭い作業員達の衣服が山の様に積まれている)に監禁しただけの事。
目には目を、悪臭には悪臭を、である。
「私が悪かった!臭い!鼻が曲がるっ…!」
「へっへっへっへ…」
その後数時間に渡り、少佐の悲痛な叫び声と作業員達による不気味な笑い声が絶えなかったという…