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LIV.鉄と血香るプラトーク。

※注釈

・リューダ

リュドミラの事。

毎度毎度、ロ◯アの呼び名の変化はややこしい…

 主人公のニコライがせっせと修行に励んでいる最中でございますが、おっさんとお兄さんが木刀片手に戯れる様子など描写しても全く面白味の欠片も無いしビジュアル的にも余り宜しくなく、誰得なので、一方その頃のプラトークの様子をお送りさせて頂きます。



 〜六月十三日 (父殺害後六十四日目)、プラトーク帝国にて〜


 方々で飛び散る火花。

 真っ赤に染まった鉄。


 照明が足りず、少し薄暗い室内では、男達がバーナー片手に汗を流していた。

 広い広いその部屋の中では、数百人、数千人の男達が何やら作業をしている。

 否、部屋と呼ぶには余りにも大きく、その空間自体が一つの大きな建物の様だ。


 何せ、天井の高さは十メートル程もあり、ここが地下だという事が信じられなくなる程。

 横方向にも広く、見渡す限りどこまでも続いている様にさえ思える。


 ここには窓も無い、ましてや空調設備など存在しない。

 そのため、六月のプラトークとしては異様な程に蒸し暑く、プラトーク人には耐え難い湿度と気温だが、それでも男達は文句を言いつつも真面目に作業に従事している。


 そこに、ガタイの良い軍服の男がやって来た。


 彼の名はコンスタンチン・ヴォロシーロフ。

 フォーアツァイト帝国軍の少佐であり、この施設の責任者であった。


「班長!集合ォォ!!」


 彼が大声で叫ぶと、作業を中断し、十数人の男達が駆けて来る。


 彼等はこの施設のベテランで、各工程での作業員の統率を担っていた。

 皆、一目で分かる黄色の腕章をしている。


「よぉし、全員揃ったな?」


「全員揃っております!」


 彼等はビシッと姿勢を正し、敬礼。

 その模範とも言うべき綺麗な敬礼からは、彼等が元々軍人だった事が窺える。


「では、連絡だ!二時間後、ここの視察に総司令官ご夫妻がおいでになるらしい」


「二時間後…?突然ですな」


「ふん、抜き打ちでないだけでも有り難いと思えって事だろうよ。おかげさまで、最低限の準備は出来る。夫妻がここにいらっしゃる時間帯は本来ならば昼休みだが、休んでいる様子など視察しても何の意味も無かろう。故に、今日は昼の休憩の時間を早める事にした。今日は今から休憩とする、良いな?」


「はっ!了解であります!」


「よし、それと…やはり暑過ぎるなぁ、ここは。それに、かなり臭う」


「まあ、いつもの事ですが」


「そうだ、いつもの事だ。我々は慣れているから良い。だが、夫妻はそうではない。仮にも総司令官夫妻だ、この様な環境はお気に召されないだろう。特に、総司令官だけでなく今日は夫人もお越しになるのだ、女性にはこの暑さと臭いは耐えられんだろう」


「では、どうしましょう?」


「簡単だ、換気すれば良い。数十分換気するだけでも大分違うはずだ」


「換気、ですか…」


 男達は皆渋い顔をする。


「何だ、不満か?」


「お言葉ですが、もう数カ月もの間換気しておりません。何故かお分かりになりますか?」


「さあな。何故だ?」


「あの換気扇を回すと、何故か居住区画や食堂まで臭くなるんです!我々の部屋だけでなく少佐殿の部屋と、少佐殿の使う食堂が、です!」


「この臭いが…部屋にまで、か…考えたくもないな」


「どうやらあの換気扇は他の場所とも繫がっている様でして、ここを換気すると他の部屋にまでここの空気が流れ込むのです」


「とんだ不良品だな、その換気システム」


「ええ。ですから、私は断固換気を拒否します!寝る時や飯時にまでこの臭いを嗅いでいたくはありませんので!悪臭はここだけで十分です!」


 男の必死の主張に、ヴォロシーロフ少佐は頭を悩ませる。


 総司令官夫妻のために換気をしなければならない、だが、換気をすれば自分達の生活が破壊される…


 彼は今、重い選択を迫られていた。


「少佐殿、どうか!」


 懇願する部下の声。

 さあ、どうすれば良いのやら…


「くっ…考えさせてくれ…」


「少佐殿…!お待ち下さい、少佐殿っ!」


 その後、走り去るヴォロシーロフ少佐の背に向かい、彼等は必死で叫び続けたという。


 結局、換気は敢行された。



 ✳︎



「すまないね、君にまで手間をかけさせて」


「いえ、あなたのお仕事でしょう?ならば妻である私にも協力する義務はありますよ」


「はは、良き妻を持ったものだ。仕事の方もこれからが本番だし、君のためにも頑張らないとね」


「十分頑張ってますよ。余り張り切り過ぎてお身体を壊さないように…最近も忙しくて殆ど休んでおられない様だし…」


「心配するな、デスクワークが中心とは言えこう見えて一介の軍人だよ。多少の過労如きではどうともならないさ。二十四時間働けますとも。それに、君のためだと思えばこそ頑張れるんだよ。愛しい妻のためならば例え火の中水の中、だ」


「それが心配なんですよ。無茶するから…お腹の中の赤ちゃんのためにも、ずっと元気でいてくれないと」


「まあ大丈夫さ。私達の子が生まれる頃には戦争もとっくに終わっているだろうから、きっと陛下から休暇もお許し頂けるはずだ。君と過ごしたり、我が子を可愛がる時間ぐらいあるはずだよ」


 車の後部座席でイチャイチャと幸せそうな会話をするこの男女は、プラトーク帝国軍総司令官のピョートル・フロスティアーラヴィチ・ヴィートゲンシュテインと、その妻のリュドミラである。

 新婚で、更にリュドミラの妊娠が分かったばかり、という幸せ絶頂の彼等は今日もいつもの如くイチャラブトークに花を咲かせる。


 運転手が女性なのは、余りにも二人がラブラブ過ぎて、その空気に耐えられるのが彼女以外にいなかったからである。

 その女性はヴィートゲンシュテインの補佐官であり、普段から二人の様子を嫌という程見せつけられて最早慣れっこになっていた。

 今では総司令官夫妻の乗る車の運転が可能なのは彼女一人のみである。


「お〜い新婚さん、乳繰り合うのはそこまでにして下さい。到着しましたよ」


「お、もう着いたか。リューダといると時間が過ぎるのが早いなぁ。ご苦労だった、ターニャ」


「いつも有り難うね、ターニャ」


「お気になさらず。てか、そこまで気をかける余裕があるならもう少しイチャイチャの方も自重して下さると非常に有り難いのですがねえ?」


 無駄と知りつつそう言わずにはいられないのが、このターニャと呼ばれる大尉の性格だった。

 上官相手でも思った事は口に出さずにはいられないのである。


 だからこそヴィートゲンシュテインの補佐官などという仕事が務まるのだが。

 どこにでも妻を連れて行きたがる新婚ラブラブ上司の補佐官などという仕事が。


「それは無理な話だね。いくら我が腹心の部下ターニャの頼みでもそれだけは。私とリューダの愛は何者にも妨げられはしないのさ」


「ったく…このキザなイケメンが…結婚して、少しは落ち着くかと思えば逆に悪化するとは思いもしませんでした」


「ターニャはまだ私が下っ端の頃からの仲だからね」


「まあ、羨ましい。ターニャ、今度昔の話とか教えてね」


「はいはい、今度ね。ほら、そろそろ降りて下さい」


 車が停まったのは、オンボロ小屋の前。

 何も無い小さな小道の側に、ちょこんと一つだけ建っている。


 三人は車から降りると、その小屋をまじまじと見る。


「迎えが来るはずなんだけど…」


「いませんね」


「あの…この小屋が目的地なのですか?」


 見るからに使われていなさそうな小屋である。

 リュドミラには、ここにどんな用事があるのだかさっぱり分からなかったのだ。


「そうだろうなぁ。知らない人が見てもここが軍の重要拠点だとは夢にも思わないだろうね」


欺瞞(カモフラ)が上手くいっているって事ですね」


「では、ここに何が?」


「陸軍キャブヤ工場だ。今回の連邦侵攻のための軍備の中心を担っている工場だよ。必要となる戦闘機の大部分をここで製造してるんだ。侵攻作戦に於いては連邦の爆撃機から我々を守る大事な役目を果たしてくれる予定の戦闘機をね」


 エクテラミュジーク=セドゥイゾント連邦は世界最強の航空部隊を保有している。

 主力戦闘機のシヤンは制空権を巡る航空戦に於いて圧倒的な力を発揮し、連邦と戦争になればあちらに制空権を奪われる事は必至。

 それを防ぐべく今ここで急ピッチで作られているのが、対シヤン用の戦闘機である。


「戦闘機?空の敵機なんて放って置けば良いのではないのですか?」


 リュドミラの主張に、ヴィートゲンシュテインは思わず苦笑する。


「そもそも制空権を奪われる、という事は戦場に於いてどの様な影響を持つのか…そこから説明しないといけないね」


「え〜!そこから!?こんな所で立ち話するんですか!?勘弁して下さいよ総司令官!」


「良いじゃないか、どうせ迎えが来ないんだし。この工場は内側からロックを解除しないと入れない仕組みだから、どうせ待たなければならない事には変わりないしね」



 ✳︎



 遥か昔、まだ戦争などと呼べる規模ですらなかった時代…

 戦争とは、陸でするものだった。


 陸上という平面の世界でしか人間は行動出来なかったからだ。

 現在ではどこでも一般的なワイバーンだが、本来は一部の山岳地帯に生息するだけの、限られた一部地域のみ存在する希少な生物なんだ。

 故に多くの人々は空を駆る馬、ワイバーンの存在を知らなかったし、そもそも人間が空を飛ぶ事が出来るなんて夢にも思っていなかった。


 だが、そのワイバーンを世界中で一躍有名にしたとある集団が現れた。

 モロンゴ人…東の山岳部族だ。


 彼等は自分達の住む山に生息するワイバーンを手懐け、飼い慣らす事に成功した。

 その結果、本来希少であるはずのワイバーンを大量に繁殖し、軍事用にまで利用出来るようになったんだ。

 そして彼等はある日、近隣部族へワイバーンを使って攻撃し始めた。


 当時、誰も空から一方的に攻撃されるなんて想定していなかったし、対抗手段も弓ぐらいしか無かった。

 そういう事情もあって、彼等はみるみる従える部族を増やしていき、小さな部族でしかなかったのが国にまでなってしまった。


 この国こそが、歴史上最大の帝国を築いたと言われている「モロンゴイドナラヤ」で、彼等はその後もワイバーンの力を借りて領土を拡張し続けた。

 そしてそれに伴って世界中にワイバーンの存在とその強さ、繁殖方法が広まる事となり、今の様に様々な場所で見掛けられるぐらいにメジャーな存在になっていったんだ。


 ワイバーンを駆る兵は翼騎兵と呼ばれ、戦争の形を大きく変えた。

 その脅威的な機動力、隠蔽性、持久力、何よりも上空から一方的に攻撃出来るという利点は、無視出来ないものだった。


 そこで生まれたのが制空権という概念で、陸上や海上とはまた別の、空という第三の戦場を開拓した。

 空を奪われれば地上部隊は上空からの攻撃に晒される訳だからね。

 まあ、この辺の事情は現在と同じだったという事だね。


 で、我等が祖国プラトークも起源を辿るとモロンゴイドナラヤが分裂してできたものなんだ。

 プラトークが今の様に広大な領土を領有しているのも、モロンゴイドナラヤの翼騎兵関連技術をそのまま受け継いだおかげって訳さ。


 だが、翼騎兵には大きな問題があった。

 それは、平時の維持費が馬鹿にならないという事。


 ワイバーンは繊細な生き物だから、世話をするのに非常に手間がかかる。

 多くの人出が必要だし、餌代やその他必要施設等々…金食い虫も良いところだ。

 ワイバーンは強力で必要不可欠な存在である代わりに、平時にはただのお荷物でしかなかった。


 かと言ってワイバーンの頭数を平時だけ減らすなんて事も出来ない。

 それは戦略的敗北を意味するし、戦闘に使えるようにするには生後八年という長い年月が必要だから必要な時だけ増やす、なんて器用な事も出来ない。


 そこでワイバーンの代替品として考え出されたのが航空機だ。

 航空機だって安くはないけど、ワイバーンよりかは余程コスパが良かったから、各国がこぞって望みをかけた。

 ほんの数十年前に発明されたばかりの航空機が今日、ワイバーンをも超越した高い能力を発揮しているのはそういう理由があっての事だ。

 後出の航空機が自動車や船舶よりも発展しているなんて、おかしな話だけどね。


 航空機は最初の方は性能も低くて戦闘になんてとても使えたものではなかったから、砲撃観測用として主に使われていたんだ。

 空の支配者であるワイバーンと比べるにはどうしても全ての面に於いて劣っていた。

 コストパフォーマンス以外に何の利点も無かった。


 でも、ほんの数年で事情は変わる。

 依然として航空機はワイバーンよりも劣っていたものの、それでもワイバーンと比べて多少不利程度までに性能が飛躍的に向上した。

 航空機はワイバーンと違って数が多いから、その分でワイバーンと互角、それどころか遂に追い抜かしたとさえ言われる様になった。


 これがどんどん時代と共に顕著になっていき、今ではワイバーンの方がいらない子扱いだ。


 制空権は大事だ。

 砲撃観測のためにも、爆撃のためにも。


 そしてそれは敵にとっても同様。

 制空権を奪われる事は、雨の日に傘が無いのに等しい。


 今度の大戦…

 我々が制空権を握る事が出来れば良いのだけど…


 そう簡単にはいくはずもないな、連邦相手では。



 …おや、やっと迎えが来た様だよ、リューダ。

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