LI.エレーナの罠だ!
※注釈
・某自動車会社
某島国の頭文字にTだかHだかが付く某有名自動車会社。
Japan as number oneを体現していました。
…今も儲かってるけどね。
・モスラとキングギドラ
ゴジラのお友達二匹。
東京を火の海にするのが趣味。
「ふむ…失敗ですか…」
がちゃん、と天井の一部が外れて、そこからするりと副メイド長が降りて来る。
まるで忍者かスパイの様である。
彼女は、ぱんぱんっと膝に付いた埃を払うと、何事も無かったかの様に振る舞う。
…もしや、最近彼女を見かけないと思ったが、天井裏を徘徊していたのではあるまいな?
信じたくないが、彼女ならば有り得てしまうのがまた何とも…
メイドなぞよりも隠密に転職すれば良いのでは?
「エレーナさん…!ダメでしたぁ…」
アリサはグスグスと情けない顔で副メイド長に抱きつく。
副メイド長はそれを叱るかと思えば、意外にも受け止めてよしよし、と優しく頭を撫でる。
「副メイド長、これは一体全体どういう事だ?説明し給え」
「いえ、アリサを陛下に嗾けただけですが?」
さも当たり前の様に彼女は言ってのける。
視線もアリサの方から動かさず、こちらを見ようともしない。
「主君に、だぞ?」
「それが何か?陛下の溜まりに溜まった性欲の発散の一助になれば、と愚考した次第ですが」
ああ、とんでもない愚考だな。
つまり、アリサを利用して私を既成事実という名の鎖で縛り付けよう、と?
何としてでも私とナーシャをくっ付かせないために。
毎度の事ながら、彼女の辞書には不敬という言葉だけが何故か抜けているらしい。
そのナーシャへの忠誠の一欠片でも私にも見せてくれれば良いのに。
「まさか、あの料理も副メイド長が…?」
もしそうならば合点がいく。
アリサではなく副メイド長が作ったなら、料理が上手くても何ら不思議はない。
「それに関して言わせてもらいますと、間違いなくあの料理はアリサによるものです。それに関しては保証しましょう」
「ふむ…」
「それにしても…アリサ、その程度でギブアップしていては、既成事実など夢のまた夢ですよ。陛下の側室になるんだ!ってあれ程張り切っていたのに」
「ごめんなさい…」
アリサはべったりと副メイド長に張り付いている。
副メイド長が、あの副メイド長が、それを受け入れている。
何とも奇妙な光景である。
副メイド長ならば、どこかの悪の組織の様に「失敗したら殺す」とかいうスタンスでもおかしくないぐらいなのに。
アリサの存在をこの世から跡形も無く消し去るどころか、逆に優しく抱擁してみせる、という…
私は夢でも見ているのだろうか?
…それとも、優しいフリをしておいて、結局後で始末する、とか?
「いえ、責めている訳ではないのよ?それどころか、本当にあなたが陛下と既成事実を作る様な事にならなくて少しホッとしているくらいなのだから」
「え?」
「私の大事なアリサをあんな男の側室になんてしたいはずがないじゃない。本当なら誰にも渡したくないぐらいだわ」
今さらりと私を貶したが!?
「エレーナさぁん!出来る事ならエレーナさんのお嫁さんになりたいです、あんな男じゃなくて!」
また貶した!?
親父にも貶された事無いのに!
「おい、君達の関係は何なのだ?」
あの鬼の副長…じゃなくて副メイド長がダメダメイド筆頭のアリサとイチャイチャしているなど、信じられん。
まさか、特別な関係なのか?
「関係?ただの先輩と後輩ですが?」
「その様なはずがない。ただの先輩後輩がその様に昼間っからイチャイチャするはずがないだろうが?」
それとも、最近流行りの同性カップル…?
百合ですかい?
「陛下、恐らく同性愛とかそういう関連のありもしない馬鹿げた妄想を、脳内で繰り広げていらっしゃる事でしょうからきちんとご説明致しましょう」
「ああ、ちょっと百合かな、と疑ったのは事実だがそうでないならば説明しろ」
「あ、そういう事ならば私が!」
ここでダメダメイドが立候補する。
まるで小学生の如く、はいはいはーい!と自己主張に余念が無い。
「ではアリサ、陛下でも分かるぐらい丁寧に説明して差し上げて」
それ、間接的に私を馬鹿だと言っているのか…?
「はい!先ず、私にとってのエレーナさんという存在を簡潔に言いますと、母親の様なものなのです!」
母親…?
「殆ど年齢的には変わらんのに?」
「まあ、精神年齢的にはかけ離れておりますので」
ああ、成る程…
「私の母は、幼い頃に亡くなってしまったのです…」
「あれ?でも弟がいるとか言っていなかったか?」
「それは父と新しいお母様の子供です」
継母とその子供、か…
シンデレラみたいだな。
普段の彼女からは想像もつかんが、実は複雑な家庭事情があったり…?
「あ、勿論弟達の事は例え腹違いとは言え、本当に大事に思ってますよ。お母様も私に良くしてくれますし。ただ、父が再婚したのはほんの数年前の事でして…」
成る程、それまでは母親の様な存在は身近にいなかった訳だ。
「それで、私の母はエレーナさんのお屋敷のメイドをしていたんです」
エレーナ副メイド長の…屋敷…?
私の表情を見て、副メイド長はごほん、と咳払いする。
「私とて下級とはいえ貴族ですから、数人召使いを雇っていました。そのうちの一人がアリサの母親だった訳です。彼女は私が生まれた時にはもう既に私の家で働いていて、私にとっても本当にかけがえのない人でした。ですから、彼女が急な病で亡くなった時、彼女に娘がいる事は知っていましたし、私は娘であるアリサに会う事に決めたのです。もしかしたら、アリサに会う事で少しでも気を紛らわせようとしたのかもしれませんね」
今初めて知ったが、副メイド長は下級貴族だったらしい。
貴族らしさを微塵も感じさせないから、てっきり平民かとばかり思っていたが。
「母は元々はエレーナさんのお屋敷に住み込みで働いていたそうなのですが、結婚後はお屋敷の近くに家を建てて、そこから通っていました。だから、ほんの少し歩くぐらいの距離だったんですよ。それで、エレーナさんが会いに来てくれるようになってからは、ほぼ毎日一緒に遊んでました」
意外にも、二人は幼い頃からの知り合いだった訳だ。
幼馴染…というやつか。
「だが、それだと母親というよりは友人ではないのか?」
「はい、その時点では。でも、その後が重要なんです!」
彼女は少し興奮気味に話し続ける。
「その後、私はエレーナさんのお屋敷で雇ってもらって召使いとして働く事になりました」
「何故?」
「いえ、お金ももらえるし、エレーナさんと毎日会えるし…そんな感じの軽い気持ちで。近所でしたし、雇い主は友人の親なのですから」
まあ子供の考える事など、そんなものか。
「で、それでどうやったら副メイド長が母親代わりになるのだ?」
その時点では従業員と雇用人の関係でしかない。
某自動車会社の様に「社員は家族!」とかいう方針ならば兎も角。
「その…お屋敷が余りにも居心地が良過ぎて、終いには家にも帰らずに泊まり込むようになっていきまして。泊まる時はエレーナさんの部屋で、同じベッドで寝てたんですよ」
「ほう」
「お風呂も一緒に入ったし、エレーナさんに身体も洗ってもらったし、ご飯も一緒に食べたし、熱が出た時はエレーナさんに看病してもらったし、服もエレーナさんに買ってもらったし…」
それではどちらが雇われの身なのだか分からんな…
「ああもう、大体分かってきたぞ…」
「ええ。お察しの通り、アリサは昔から頼りなかったものですから、ついつい世話を焼いてしまいまして。そのせいでまるで彼女の母親であるかの様になってしまいました。そのおかげで今、こうしてメイドでいられるのですが」
彼女はぴらり、とスカートを少し持ち上げてみせる。
仮にもお嬢様であったエレーナ副メイド長が今ではこれ程までの有能なメイドとなっているのも、全てはアリサの世話をし続けた結果である、と。
良いんだか悪いんだか…
「分かった。君達の関係は十分に分かった。要は、ヒモ男とそれを放って置けずに世話する女、といったところだろう?」
正直、今の話を聞いて、母親と娘というよりはそっちの方が正しいと思えた。
「概ねそれで間違っていないかと」
「え!?エレーナさん、そんな風に思ってたんですか?」
「逆に、あなたにその自覚が無い事が驚きなのだけど?」
アリサは、えぇぇ…と不満そうに頬を膨らませる。
もうその仕草からして精神年齢が低い。
シャイガールかと思えば元気溌剌ドジっ娘トラブルメーカー、それでいて精神的に幼いなど、キャラがブレブレでモーションブラー並みである。
「それで、少し気になったのだが、副メイド長は何故メイドになったのだ?金に困っていた訳でもなかろう?」
「ああ、それはですね、丁度皇太子殿下が良い感じの年齢だと聞いて玉のこs…ぐふっ」
ベラベラと喋り出したアリサの口を副メイド長が冷や汗ダラダラ必死で押さえる。
「モゴモゴ…ふぁにするんでふが!」
「ん?タマノコ…?何と言おうとしたのだ?」
タマノコ…タマノコ…どこかで聴いたフレーズだが。
「いえ、何でもございませんよ、何でも」
フゴフゴと何かを言おうとするアリサの口を無理矢理押さえ付けつつ、副メイド長は取り繕った顔で平然を装う。
「いや、私はアリサに尋ねたのだが?」
「何でもありません」
再度にこり。
これ以上は何を聞いても無駄だろうな…
「アリサ、その件は秘密なの。言っては駄目。分かった?」
副メイド長がアリサの顔を覗き込み、そう言うと、アリサはコクコクと小さく首を縦に振る。
怪しい…
「さて、昔話も終わった事だし、そろそろ解いてくれぬか?いつまで私は縛られていれば良いのだ?」
お忘れの読者も多いかもしれぬので敢えて言うと、私は現在縛られたままなのだ。
「ああ、陛下。もう少しだけ辛抱して下さい。もう一度だけアリサにチャンスを与えてあげて下さい」
「チャンスだと?」
「ええ。今度は私が付いておりますので。私の指導の下、何としてもアリサにもう一歩踏み込ませます」
副メイド長の指導の下…?
何だ?新手の羞恥プレイか?
「ご安心下さい。万が一アリサがしくじった場合、私が後を引き継ぎますので」
「ま、待て…今何と言った…?」
今、彼女が途轍もなく恐ろしい事を言った様に聞こえたのだが…?
「アリサで無理なら私が引き継ぐと言ったのです。非常に不本意ですが、私が陛下と婚前交渉を行う事によって今回の結婚の件を反故にしてやります。部下の失態は上司の責任です」
そこまでするか!?
そこまでするのか!?
あな恐ろしや!
まさか私とナーシャの結婚を食い止めるべく、自らの身体を犠牲にするなど…!
最早必死過ぎてホラーである。
「ご安心下さい。本来行われるはずだった結婚は、結婚直前なのに婿が使用人に手を出した、という事で破談になりますが、その代わりに私が側室入りする羽目になるでしょうから」
いやいや、全くご安心も何も出来ないのだが?
私の面目丸潰れ、更には副メイド長が側室入りだと?!
これを悪夢と言わずして何だというのか。
最悪の場合、人生終了のお知らせである。
「冗談だろう…?」
「冗談だと思います?」
不気味な笑顔を見せる彼女。
我が妹のヤンデレスマイルにも匹敵する不気味さ。
…うん、思わない。
これは本気だ…
「アリサ、ああ言ってるぞ?何とかしてくれ…」
こうなると、もうアリサに頼る他道は無い。
何故毎度毎度このダメダメイドに頼らねばならないのだ…
「何とかって…どうすれば…」
「縄を解け。それで全て解決だ」
「嫌ですよ。折角苦労して縛ったのに」
「ぐぅぅぅ…」
まさに絶対絶命。
もう副メイド長がいるからにはナーシャの時の様にはいくまい。
ナーシャとエレーナ副メイド長では、モスラとキングギドラぐらいの落差である。
「諦めて下さい。陛下に残された選択肢は、アリサか私の二択のみです」
嗚呼、究極の選択…
悪魔め…!
「アリサ、聞いてくれ」
「な、何でしょう?」
「私はエレーナ副メイド長が怖い。非常に怖い。山中で熊に遭遇するよりも怖い」
「はぁ…」
何を言い出すか、とアリサは困惑気味に相槌を打つ。
「だが、君の事は怖くない。いつも色々とやらかしてくれるが、少なくとも怖くはない」
「それはどうも…」
「であるからして!ここは覚悟を決めようと思う!」
「覚悟ですか…!?」
「そうだ、覚悟だ!私はもう覚悟を決めた、だから君にもそうして欲しい」
「つ、つまり…?」
「アリサ、君に私の童貞を託したっ!」
「えええええ…?!」
仕方がない。
副メイド長とアリサ。
そうなればアリサを選ぶのは当然の事。
ついでにナーシャの件も無かった事に出来るし、結果オーライだと思おう。
ベストでなくともベターである。
「さあ、服を脱げ。優しくしてやるから、な?」
「で、でも…そんな…」
アリサが林檎の如く頰を赤らめる。
副メイド長は、計画通り、とばかりにほくそ笑む。
私はアリサで卒業する!
童貞を!