L.ダメダメイドと戯れる。
※解釈
・フランク語
連邦で使用されている言語。
もう、殆どフレンチの事だと思って下さって結構です。
バレバレ過ぎて隠せてない。
・シェレジエンメレンボーレイ
何だこりゃ、となられる方を防ぐために一応記載。
筆者が適当に考えたワインの名前。
シェレジエンとかいうどっかで聴いたワードのもじりの様な、ドイチェ臭プンプンの怪しいワードが入っていますが、全く関係ありません。
恐らく、今後この名前が出てくる事も一切無いので覚える必要性も皆無です。
「どうぞ、簡単なものですけど…」
アリサの部屋で待って三十分程すると、彼女は戻って来た。
その手には小さな皿。
ちょっとした肉料理と思しきものが香ばしい匂いを漂わせ、皿の上でデンと構えている。
「有り難…おお…!」
私が感嘆してしまったのには理由がある。
正直、彼女がまともな料理を持って来るとは思っていなかったからである。
だって、アリサだぞ、アリサ。
あのダメダメイドが能力を発揮するなど…馬鹿な…
「これは…君が?」
「勿論です。陛下、もしかして疑ってます?失礼ですね」
「すまん。この短時間でどうやったのかなぁ、と思ってな」
「余っていた肉を焼いただけですよ。誰でも出来ますよ、焼くぐらい」
「いや、でもソースとか…」
「そんな凝ったソースじゃないですよ?片手間に作っただけで」
彼女はそう言うが、見たところこの料理は中々の完成度である。
晩餐に出てきても疑わないぐらいに。
味は食べてみるまで分からないにせよ、飾り付けもしっかりとしている。
もしや、アリサはこう見えて有能だったりするのか?
いや、待て。
そう思わせておいての不味いパターンかもしれない。
ここは慎重に…
「では、頂こう」
恐る恐る、フォークでつついてみる。
特に問題は無い。
普通の肉である。
「子羊のお肉ですって。柔らかくて美味しいそうですよ」
ラムか。
プラトークではマイナーだが、食べた事が無い訳ではない。
「あ、ワインも。出来る限り良いのを選んでもらったんですよ」
彼女が取り出したのは「シェレジエンメレンボーレイ、第一王子誕生記念」とフランク語で書かれたラベルの貼られたビン。
連邦製のワインだ。
奴等、ワインに関しては天下一だからなぁ。
「瓶詰めが…去年。連邦の第一王子誕生記念、という事は少なくとも三十年は熟成した良酒だな」
「そうなんですか?」
「ああ。奴等は毎年決まった量のワインを生産すれば良いのに、縁起担ぎだか何だか知らんが、特別な事があった際には大量に酒を作り始めるのだ」
「非効率的ですよね。普段からそれだけ作れば良いのに」
「だな。まあ、何らかの事情があっての事かもしれんがな。主に、ブランド価値を高めるだとかそういった事情だろう」
「でも、プラトークはそんな事しませんよね」
「それはだな…我が国にはそもそもロクな酒が無くてブランド価値など元々存在しないからだ」
「あぁ…納得です…」
まあ、祖国の現状を嘆くのは今でなくとも良い。
今は目の前の肉が優先だ。
先ずは一口。
「美味い…!適度な歯応えがあるが、かと思えば噛めば噛む程に溶ける様な…これは、きちんと下味が付いているな。きちんと酒の風味が効いている。まあ、肉の方は元々の品質故のものだろうが、ソースは本当に君の手作りなのか?肉本来の味を邪魔する事なく、それでいてきちんと存在を主張している。これが片手間だと?馬鹿な…!」
ついつい興奮して食レポの如くベラベラと喋ってしまった。
しかしまあ、アリサもそのおかげで嬉しそうにしているし結果オーライ。
それに、実際に美味いのである。
嘘を言っている訳ではない。
「いえ…そのぉ、褒め過ぎですよー」
えへへ、と彼女はだらしのない笑みを浮かべる。
この様子を見ていて到底そうとは思えないが、やはり実は優秀なのか…?
兎も角、私は料理を直ぐに平らげる。
うむ、美味かったが、これだけでは流石に量が足りん。
…と、思っていたら、彼女はいつの間にやら、またゴソゴソとし始める。
「ん?何をしているのだ?」
「あ、一応スープも即席で作ったのですが、どうですか?」
此奴…出来るっ…!
スープはあっさりとしたコンソメスープだった。
彼女曰く、具材を放り込んで煮込んだだけらしい。
それでも十分美味いのだが。
彼女、メイドではなく料理人になるべきだったのでは?
少し気になったので、彼女に色々尋ねてみる事としよう。
「アリサ、君はメイドに採用される際、どういった要素が採用の決め手となったのだ?」
「んー…何でしょうねぇ」
「うちのメイドはかなり採用基準が厳しいからな。今まで何故君が採用されたのか不思議だったのだ」
さらりと酷い事を言ってしまった気もするが、まあ良いや。
「顔…とかですかね?」
にやり、と彼女はわざとらしい笑みを浮かべてみせる。
こんなヤツではあるが、まあ容姿はそれなりに…というか、かなり良いのだ…
コレが美少女だなんて、世も末である。
「いや、それは決め手になり得ない。容姿は前提条件としてあるからな。宮殿付きのメイドである君が可愛いのは当たり前だ」
「えっ、陛下!?」
「勘違いするなよ。別に、君の事を可愛いと思わぬ訳ではない、というだけだ」
「え、でも容姿は合格って事ですよね?」
「ああ。そもそも、うちのメイドで私の合格基準を満たしていない者はない」
ホント、国中から美女もしくは美少女を集めているからなぁ…
私のご先祖がとんだ助平ジジイだったに違いない。
「副メイド長も?」
「性格さえ考慮しなければ、だがな」
ほぉ、と彼女は何とも言えぬ声を上げる。
面白がっているらしい。
「じゃあ、何故陛下はメイドに手を出さないのです?」
「愚問だな。私は猿ではないのだ、そう簡単にあちこち手を出せるものか」
「出せば良いのに…」
「出さん」
「照れちゃって〜」
彼女はにやにや笑いながら私を小突く。
不敬なんてものではないぞ。
「まあ、それはどうでも良いのだ。重要なのは君についてだ。もしかして、料理の腕を買われて採用されたのか?」
「え、そうなんですか?」
「私が知る訳ないだろう?」
「じゃあ私も知らないですよ」
ふむ…
事件は迷宮入り、と。
まあ個人的には、恐らく彼女は料理スキル一つで採用されたのだろうと確信しているが。
折角専属メイドにしてやったのだし、これからは個人的に彼女に料理を作らせて有効活用に努めてみるのも悪くはないのかもしれない。
「さあ、朝食もやっと済ませた事ですし、そろそろ本題といきましょう!」
「本題…?ああ、本題ね…本題」
お年頃のアリサにキスをしろと要求されているのだった。
ウブなレディー相手である。
ナーシャでもあるまいし、適当に軽く済ませれば良い。
「なら、さっさと済ませてしまおう」
「さっさとで済ませはしませんよ。私が満足するまで逃がしませんからね!」
清純乙女のクセして生意気な…
「それはどうかな。ではいくぞ」
椅子にアリサを座らせ、ぽんっと肩に手を置く。
それだけで彼女はビクッと身体を強張らせる。
これは、手加減してやった方が良さげだ。
彼女はぐっと目を瞑ってプルプルと小動物の如く震えている。
うーん…何だかこちらまで悪い事をしている気分だ…
「あの、キスする時はカウントダウンして下さい」
「カウントダウン?」
「ほら、いきなりだとびっくりするじゃないですか」
まあ何でも良いや。
「ならばそうしよう。三、二…」
「待って!早いです!もっとゆっくり!せめて五からお願いしますっ!」
注文がいちいち多いなぁ…
「はいはい。じゃあ、五…四…三…二…一…どーん」
えいや、と軽く口付け。
この程度、私からすれば幼稚園児レベルである。
「どうだ?感想は?」
何だか聞かずにはいられなくて聞いてみる。
「感想?はぁ…ん〜…」
何だか煮え切らない反応である。
彼女は何やら考え込み始める。
「何かご不満でも、お嬢様?」
「いや、不満というか…もうちょっとキスって偉大なものだと思ってたんですけど…期待外れだったというか…」
逆に、一体何だと思っていたのだか。
そちらの方が気になる。
「良かったな、大事な事を一つ学べたではないか。キスなんて別に何も生み出さない非生産的なものに過ぎん、とな」
「いや、でも、愛を生み出しますから!」
「じゃあ今ので愛は生まれたのか?」
「それは…ぐむむむむ…」
彼女は唸りながら天井を仰ぎ見る。
「あっ!」
かと思えば急に大きな声を出す。
「どうした?」
「分かりましたよ、陛下!」
「何がだ?」
「何故さっきの接吻がいまいちだったのか!ムードです、ムードですよ!さっきのはムードもへったくれもなかったではありませんか!」
ムードねぇ…
アリサ相手にムードもクソもあるものか。
「ムードって…どの様なものをご所望だ?」
「陛下、思い出して下さい、あの時の事を…アナスタシア殿下がルイーゼ殿下とイチャついていたあの時を!」
数日前、ナーシャが暴虐の限りを尽くしたあの事件か。
「覚えているとも。確か、このキスの約束もあの時のものだったな」
「そうです。あの時、私はお二方の行為を見ていて、えも言われぬ衝動に突き動かされたのです。あの場には確かに私の望むムードがありました!陛下、あれを再現しましょう!」
無茶な…
どうやってアレを再現せよと?
「無茶を言うな。それならば私ではなくナーシャに頼めば良い。本人に頼む方が手っ取り早いだろうよ」
「嫌ですよ…殿下に頼み事するぐらいなら私は自死を選びます」
大袈裟だな、おい。
「ならばどうせよと?」
「そうですね…縛って…みる…とか?」
「ほう、縛るのか」
「はい、縛るのです」
まさか、アリサはマゾに目覚めてしまったのか…?
「ほら、丁度ここに都合良く縄もありますし」
彼女の視線の先には確かに都合良く縄が転がっている。
「流石に都合良すぎやしないか?まさか、最初からそのつもりだったのではあるまいな?」
「まさか。たまたまですよ、たまたま!」
「ではその縄を貸せ。縛ってやるから」
仕方あるまい…
ここは協力するとしよう…
「はい…?」
が、彼女はきょとんとして私に何やら言いたげな視線を送る。
「何か不満か?」
「いえ…その…」
「言いたい事があるならはっきり言い給え」
彼女はひとしきりウンウン唸った後に、やっと口を開く。
「私が縛られるのではなくて、陛下が縛られる側で良いですか…?」
「私が?」
「はい、陛下が」
あ、そっち?
何とまあ、彼女はマゾっ娘どころかサディストに目覚めていたという事か。
嘆かわしい…非常に嘆かわしい…
「私にその様な趣味は無いのだが」
「私だって無いですよ。でも、縛られるのとか痛そうだし、嫌なんですよね」
ほう、だから主人である私に押し付ける、と。
随分と良くできたメイドである。
「私だって嫌だ」
「でも、私も嫌です。ここはレディーファーストって事で。ね?」
レディーファーストを持ち出すとは…卑怯な…
✳︎
「ふふふふふ…ふははははははっ!」
まんまと彼女に流されるままに縛られ、今に至る。
手足を拘束されて身動き出来ない私を前にして、アリサは満足げに笑い声を上げる。
「アリサ…?」
「いえ、すいません。ついつい興奮してしまいまして。凄いですね、ムード全開ですよ!」
それにしても興奮し過ぎだろう。
まるでフィクションの悪役の様な高笑いだったぞ。
「そんなにノリノリでいられても困るのだが」
「大丈夫ですよ、私が気持ち良くして差し上げますからね!」
「しなくて良い。というか、するな」
調子に乗りおって…
「そんな事言えた立場ですか?今の陛下の状態を一言で表すならば、それすなわち、為されるがまま!!私にあんな事やらこんな事やらされても抵抗出来ないのですよ?!」
「ほう、あんな事やらこんな事やら、ねえ…例えば?」
「いえ、それは…凄くいやらしい事ですよ…」
「具体的に?」
「ほら、抱き合ったり、とか…」
「それからそれから?」
「えっと…裸で…って何言わせてるんですか!」
ナイスノリ突っ込み。
「と、兎に角ですね!ここで既成事実を作らせて頂きますからね!」
「ふん、出来るものならやってみよ」
キスで精一杯の現状では、彼女にその様な事が出来るとは思えない。
私のこの余裕はそこから来ていた。
「い、良いんですかぁ?服とか…脱いじゃうぞ〜?」
「勝手に脱げば良いではないか。痛くも痒くもないぞ?」
「え、ホントに脱いじゃいますよ?!」
「ご自由に」
私からの想定外の反応によってか彼女は、あわわわわ、と父親の浮気現場に遭遇した息子の如き慌て様である。
「じゃ、じゃあ…髪を解いて何となく大人な魅力を演出しちゃおかなぁ〜」
「君に大人の魅力なぞ微塵も見出せないから安心しろ」
ぐぬぬぬぬ、と悔しそうに彼女は後ろで一つに結んだ髪を解く。
彼女は普段動きやすいように大きなポニーテールにしているので、いざ髪を下ろすと非常に長い。
「ははは、どうですか、少しは大人っぽくなったでしょう?」
「そうだな。五歳児から七歳児ぐらいにはグレードアップしたのではないか」
「くっ…そんな余裕をかましてられるのも今のうちですよ!次は何と、本当に服を脱いじゃいますから!…脱ぎます!」
「そうか。脱ぐのか」
「な、何で止めないんですか!」
「止めて欲しいのか?」
「いや、止めて下さいよ!」
「どうせ脱ぐとは言っても下着までが限界だろう?」
「下着ですよ!?」
「すまん、もう正直なところ、その程度では動じなくなってしまったのだ」
主に妹とかのせいでな!
「うわぁぁぁぁ!もう無理です!無理だぁ、私には無理だぁ!」
彼女は涙目になって天を仰ぐ。
ちなみに本日二回目である。
「エレーナさん…エレーナさん…どこにいるんですか…?私には無理ですぅ…」
エレーナさん?
副メイド長がどうかしたのか?
「おい、何故今その名が出てくる?」
いや、待てよ…?
まさか、これは…