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XLVII.美少女とイチャラブしても嬉しくない件。

※注釈

・『この人の手を離さない。私の魂ごと離してしまう気がするから』

正しくは、『この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから』。

某有名ゲームのキャッチコピー。

有名ですから、知っている方も多いかもしれません。

このゲーム、折角の機会ですから、ちょっと調べてみたのですが、2001年発売ですってね…

まさに、月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり、ですね。←どうですか、知的なオーラがプンプンしてません?!

 〜父殺害後六十日目〜


 当然ながら、ナディアとソフィア医師にも情報はばっちり届いている。

 数日前にその情報を入手するや否や、血相を変えて真偽の程を確かめにきた彼女達。


 予想通り、ソフィア医師は拗ね、ナディアは泣いた。

 それを宥めるべく、私が相当苦労した事は最早語るまでもあるまい。


 当初、私がルイーゼと結婚するかもしれない、という情報を掴んで喜んでいたのは、私をナーシャ以外の人間と結婚させたがっている副メイド長だけであったが、その話にナーシャが乱入してからと言うものの、彼女も渋い顔をしている。


 そしてそのせいで…

 私は今もこうしてご機嫌取りに奔走しているのである。


「陛下、あ〜ん」


「あ…あ、あ〜ん…?」


 私にぴったりとくっ付き、横から笑顔でスプーンを私に突き付けてくるのはそう、ソフィア医師である。


「自分で食べた方が早いのだが…」


「まあまあ、そう固い事言わずに」


 そしてぐいっと私の口に半ば無理矢理に近く、熱々のグラタンをブチ込む。


「ちょっ!あ、熱っ!ふぁっ、水!」


 熱い…!

 熱々のグラタンが、我が口内で怒り狂う破壊神の如く暴れ回っているっ…!

 嗚呼、地球が三度焼かれるぅぅぅ!


「はいはーい、水ですね。今、注ぎますね〜」


 それを見ても笑顔を崩さず、彼女はグラスに水を注ぐ。それはもう()()()()()


「急いでくれ…!おいっ…!あちゅいっ」


「陛下ったら、せっかちですね」


 絶対わざとやってる!

 絶対に!


 朝食から熱々グラタンを食べる事を強いられる、この状況は他ならぬソフィア医師によるもの。

 普段ならばナーシャの十八番(おはこ)であるはずの怪しい笑顔を、今日は(と言うよりも、数日前から)彼女が振り撒いている。

 まるで夫の浮気がバレた時の妻のソレである。


「助けて…ソフィア様…!ヘルプッ!」


「まあ、そこまで言うのなら。どうぞ」


 ひったくる様にして彼女の手からグラスを奪うと、ぐいっと一気に飲み干す。


 ぷはぁ…死を覚悟した…


「どうですか?お味の程は?」


「お味だと…?味などさっっっっぱり分からぬわ!」


 私としては、この所業は理不尽なものでしかない。

 下手に口答えすれば雷が落ちる事必至であるため、大人しく従ってはいるが、それでも結婚の件だって全てはルイーゼのせいである。

 怒るなら私ではなくルイーゼにしてくれ、と思うのだが、怒ったソフィア医師の怖さを知るが故に、私はもう黙って機嫌を取る以外に選択肢が無い。


「まあ、それはいけませんね。では、もう一度」


 ささっと彼女は又もや大きなスプーンに山盛りグラタンを掬う。


 とろりと、とろけるチーズ…

 恐らく、普通に食べる分には美味いのだろうが、今は拷問器具でしかない。


「それだけは!それだけは勘弁してくれ!結婚の事とか諸々反省しているから!」


「はい、あ〜ん」


「嫌だっ!嫌だっ」


「あらら、暴れないで下さいよ、陛下。怒りますよ?」


 もう十分怒っているではないか!


「せめて、せめてもう少し冷ましてから!な?」


「あ、成る程。ふーふーして欲しいのですね?」


 ふーふー…?

 ふーふー、だ…と…?


 いかん、それはいかん!

 それを望んでは彼女の思う壺。

 禁断の領域だ!


 しかし、それ無しでは…

 嗚呼、灼熱にその身を焦がされるか、ふーふーなどという羞恥を甘んじて受け入れるか…

 究極の二者択一…!


「では、それを…」


「今何と?」


「それを頼む」


「すいません、はっきり仰って下さいますか?」


「ええい!ふーふーしてくれ!」


 どんっ!


 言い切った…!

 言い切ったぞ…!


「分かりました」


 彼女は礼儀正しく、くいっと小さくお辞儀をすると、居住まいを正す。


「ふぅーふぅー。はい、あ〜ん♡」


 言い出した本人のクセに少し照れながら、彼女はスプーンをこちらに向ける。


 さて、このグラタンはマトモな温度になっているのだろうか?


「おほんっ…ふーふー…が足りぬのではないか?」


「いえ、これくらいで十分ですよ。何なら味見しましょうか?」


「ふむ…じゃあ、お願いする」


 彼女はスプーンをくるりとユーターンさせて、自分でグラタンを食べてみる。


 もぐもぐ。


 私が先程使ったスプーンだから、間接キ…

 …いや、今更だな。

 ソフィア医師相手に間接キスなど、騒ぐ程のものでもない。


「丁度良いぐらいですよ」


「そうか」


 彼女はもう一度グラタンをたっぷりと掬い、先程同様にして冷ます。

 そしてそれを私へ。


 子供にでもなった気分だ。


「うん、まあ、美味い」


「流石はフォーアツァイトのシェフです。今朝いきなりグラタンを作るように言ったのにこのクオリティーで」


 今朝、ソフィア医師がその場の思いつきでグラタンを要望したのだが、しっかりとこれだけのものが出て来た。


「やはりこの国の料理人は優秀なのだな。準備も無く、即興でそれ程のものを出してみせるとは。うちの料理人でも出来なくはないのかもしれんが、これ程までに完璧には出来まい」


 事実、フォーアツァイトと比べて我が祖国であるプラトークは食に於いて遅れていると言わざるを得ない。

 元々寒冷な気候で栽培出来る食物も少なく、民も貧しかったため、娯楽としての料理が大して発展しなかった。


 普段私は宮殿で、プラトークでもかなり優秀な人間の作った料理を食している。

 そのために気付かなかったが、庶民レベルにまで目を向ければその差は歴然。

 料理が美味くなって損する事など無いのだし、改善を検討するのも良かろう。


「プラトークも悪くはないのですが、何かが足りないと言いますか…」


「うむ…指導要員として料理人を貸し出してもらうのも良いかもしれんな」


「もしくはプラトークからこちらに人材を送って、料理を学ばせるのも一興ですね」


 これに関しては真面目に考えておこう。


 ちらり、とソフィア医師がこちらを見遣る。


「何だ?」


「話は変わりますが、陛下は…本当に結婚してしまうのですか?」


 いきなりだな。


 至って真面目な表情。

 何か言おうとしているのか。


 だが、これはチャンスだ。

 彼女は終始怒っていたので、まともに腹を割って話し合えていない。

 ここでしっかり本音をぶつけてもらうのも良かろう。

 そうしないといつまでも彼女の不満も晴れはしないだろう。


「エーバーハルトとの決闘に勝てば、だが」


「それは存じております」


「そろそろ機嫌を直してくれんか?」


 彼女は少し申し訳なさそうに頷く。


「そうですね。分かってはいるのです、この様なものは自己満足でしかない、と」


「そして、本当はこの様に嫉妬して良い様な立場ではない事も」


 少し哀しげに笑い、彼女はそう付け加えた。


「どうした?急に」


「いえ…よくよく考えてみれば、私の様な者が一丁前に嫉妬など、身に余るのでは、と思いまして」


 確かに、その通りではある。

 ナーシャは言わずと知れた我が妹、つまりプラトークの皇女。

 ルイーゼはフォーアツァイトの皇女。

 ナディアだって、大貴族の娘である。


 私からすれば、何を今更、という感想しか出てこないが。

 その様な事は分かっていての普段の彼女だと思っていたのだが、彼女の中では引っ掛かっていたのだろうか。


「まあ、身分的にはな」


「陛下、申し訳ありません。八つ当たりでしたね。怒っても仕方ないと分かっていて、それでも失礼な態度を取ってしまいました」


 良かった。

 やっと私に当たっても無駄だと分かってくれたか。

 不条理な怒りの矛先が私からルイーゼに変わるのであれば、それに越した事は無い。

 ルイーゼには悪いが、これくらいは我慢してもらおう。


「そう自分を責めずとも良い。私を好いての事なのだろう?」


「それはそうですが…それで陛下に意地悪をする様では、本末転倒でしょう。もうこういう事は止めておきます。例え陛下が誰か別の方とご結婚なされたとしても」


 良かった…本当に良かった…!

 遂に“我が唯一の癒しであるソフィア医師が私に嫌がらせをしてくる”などという恐ろしく非人道的な、一番精神的に効く状況に終止符を打てる。


「嗚呼…良かった…!流石は我が唯一の癒…」


「で、お願いがあるのですが」


「ん?何かね?」


「もう一番と二番は諦めますし…」


 ほう。


「この際もう何番目でも良いので…」


 ん?


「陛下が殿下やルイーゼ様とご成婚なされた際には…」


 まさか…


「私とも結婚して下さいっ!」


 やっぱり!


「なっ…ぐっ…」


「すみません、この様な事を言っては。陛下を困らせてしまう事は重々承知なのですが」


 ナーシャと違って、まだ私を困らせている事を分かってはいるだけマシだとも言えるが…


「いや、しかしだなぁ…」


「陛下が他にどれほど妻を娶る事になろうとも、涙を呑んで耐えてみせましょうや。もうそれ以上は望みません。ですから、どうか!」


「何故それ程までに…」


「他の方々には届かずとも、せめて少しでも…追い付きたい。我が儘に過ぎないのかもしれませんが、このまま陛下を誰かに取られてしまうなんて、耐えられないのです」


 ソフィア医師も随分と焦っている様だ。


 今までにも私が誰かと結婚しようと試みた事は幾度と無くあった。

 しかし、どれも失敗したし、婚約が遂に成った時にも、相手はナディア…つまり幼女であった。


 要は、今まで何だかんだで私が本当に結婚するかもしれない、という状況に陥った事は無かったのである。


 そこに突如降り掛かったのが今回の一件。

 決闘に勝てばもれなく嫁が二人付いてくる、という迷惑な状況。

 そしてルイーゼだけならばまだしも、妹まで付いてくる。


 例え、“私がエーバーハルトに勝てれば”という前提条件にして最大の壁があったとしても、下手すれば結婚が転がり込んで来てもおかしくない状況なのである。

 ソフィア医師が必死になるのも無理はない。


 だが、ここで私とて折れる訳にはいかない。

 何度も以前から述べてきた様に、私とソフィア医師の間には様々な障壁が万里の長城の如くそびえ立っているし、私には彼女をちゃんと構ってやれる自信が無い。


 ナーシャだけでも大変なのに、そこにルイーゼ。

 この時点でキャパオーバーである。

 それなのに更にソフィア医師までそこに突っ込めば、その先に待つものが破綻である事は火を見るよりも明らか。


 それでは私のためにもならないし、ましてや彼女のためにもならない。

 双方の利益のためにも、彼女との結婚は避けるべきである。

 幸い、ナーシャやルイーゼと違ってソフィア医師の“お願い”には強制力が無いのだから。


 私とて男である。

 一つ断っておくと、ハーレム願望が無いと言えば嘘になる。


 しかし、実際のところはハーレムなど無用の長物。

 一人の女性で十分なのに、わざわざ何人も娶って面倒が増やすなど馬鹿らしい。

 童貞を拗らせた私には荷が重い。


「残念だが…」


「陛下!お願いです!」


 断ろうとするも、それは彼女によって遮られる。

 彼女は私の肩をぎゅっと掴むと、私の身体をそちらに無理矢理向き直らせる。


「先生、しつこいぞ?」


「無礼は承知の上です。もう、ここで退いたら一生後悔すると思うのです。だから、首を縦に振って下さるまではこの手は離しませんよ!」


 ソフィア医師は一度そうと決めたら一直線にその方向に突撃して行くからなぁ…

 この暴れ馬を止まらせる事など私には出来ん。


 さて、困ったな。

 離さないと言うからには、余程の事が無い限り離してくれないぞ…

 きっと、彼女の脳内では『この人の手を離さない。私の魂ごと離してしまう気がするから』とかそういったプロパガンダじみたキャッチーな言葉と共に、壮大なBGMが流れている事であろう。


「すまんが、諦めてくれんか?」


「嫌です!」


「いつになく頑固だな…」


「だって…!」


 ぎゅっと、彼女の私の肩を掴む手に力が入る。


 目はうるうると…

 嗚呼、泣くなんて反則だぞ…


 いつもしっかりしている彼女だからこそ、子供の様に我が儘を言う今の彼女の姿はちょっと新鮮に感じる。


 そうか、当たり前の様に思ってはいたが、やはり彼女もまだ完全な大人ではないのだな…


 エメラルドグリーンの瞳が光を浴びて、本当に宝石の様に輝いている。


「泣かれてもどうしようもないのだが」


「うっうっ…分かってます、そんな事っ…」


 どうしよう。

 別に私は悪い事などしていないのに、何だか物凄く罪悪感がふつふつと…

 分からんっ、何と言えば良いのやら、さっぱりだ!


「へーかぁ!」


 そしてそこに突然聴き慣れた声が。


 歳相応に元気はつらつ、無邪気な笑顔を見せるのは、ナディアである。

 扉の隙間から滑り込む様に、彼女はその小さな身体を傾けて、使用人がドアを開け切るのも待たずにこちらに駆けて来る。


 彼女も私の決闘の件で泣いたり、だとか色々とあったが、その後の私のフォローによって今は見ての通り、元通りの状態だ。

 まあ、フォローとは言っても、お決まりのセリフである「ナディアは、大きくなったらな」を連発して誤魔化しただけなのだが。


 つまりこれは、ただの“その場凌ぎ”である。

 問題を後回しにしているだけに過ぎない。


 しかし、それにしっかり引っ掛かってくれるのがナディアというもの。

 やはりまだまだお子ちゃまである。


「あれ?へーか、なかせたの?」


 ソフィア医師の様子も見て、むむむ、と彼女は怪訝な顔をする。


「いえ、何でもありませんよ」


 ナディアに心配はかけまいと彼女は溢れそうになっていた涙を手の甲で拭うと、にっこりと笑う。


「どうした?ナディアはもう食べ終わっただろう?」


「うん。でも、そうじゃなくて、へーかにでんごん」


「伝言?」


「こわいおじさんが、へーかをよんでくれ、だって」


「怖い…おじさん…?」


 誰だ?


「うん、ほら、あの人」


 ナディアの指差す先を見ると、先程彼女が入って来た扉。

 開けっ放しのその扉の先には、中年の男が一人びしっと立っている。


 コンスタンチン・フリストフォーヴィチ・ベンクェンドルフ伯爵。

 我が国の対フォーアツァイト外交を担っている、外交官である。


「ああ、卿か」


 彼はぺこりと静かに頭を下げると、部屋に入って来る。


「お食事中、失礼します」


「いや、構わん」


 それどころか、お陰で助かった。


「何も、ナディアを使わずとも直接言いに来れば良いのに」


 結局彼も来ている訳だし、ナディアを使う必要があったのか?

 まあ、別にどっちでも良いのだが。


「いえ、どうしても自分が陛下をお呼びする、とネイディーン様が仰るもので」


「成る程、ナディアが言い出したのか」


 彼女の方に目を向けると、てへへ、と舌を出している。

 うん、可愛いから許す。


「朝から仕事か?」


「ええ。朝から、と言うよりも、昨夜から夜通しです」


 夜通し?

 大変だなぁ…


 私とはまた違ったベクトルで。

 私も、どうせ苦労するなら彼の様にまともな理由で苦労したいものだ。


「もしや、ナディアがそこに乱入したりはしていないだろうな?」


「ああ…その、ネイディーン様は勝手に時々混ざってこられますが…邪魔にはなっていませんし、許してあげて下さい」


 やっぱり、乱入はしていたのだな…

 ナディアはプラトークでも私の仕事に興味津々だったしな。


「それに、ヴィルヘルム陛下もネイディーン様がいた方が和む、と言っておりましたし…」


 そりゃあ、おっさんだけでいるよりも、ナディアが混ざった方がマシに違いない。

 あちらのトップも許してくれている、と。


 まあ、何はともあれ可愛いから許す。


「で、どういった用件だ?」


「先程、話が纏まりましたので、陛下をお呼びに参上した次第です」


「密約か。そうか、遂に…」


 ソフィア医師には申し訳ないが、これは非常に好都合。

 問題は先延ばしし、ここはトンズラさせて頂くとしようか。


「分かった。直ぐに行こう」


「陛下、例の件に関しては後程お願いしますね」


 いそいそと出て行こうとする私に向け、私の脳内を覗いているのではないかと思える程的確に彼女はそう釘を刺す。


「あ、ああ…そうだな。また後でな」


「へーか、おててつなごー!」


 ナディアと繋いだ右手をぶんぶん振りながら、私は命からがらソフィア医師から逃げ出すのであった。

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