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XLVI.ハーレムへの一歩は重い一歩。

※注釈

・独ソ不可侵条約

仲の悪い二人が手を組んだ結果。

ちょび髭とスタ公にサンドイッチされ、ポーランドには余命宣告に等しいものでした。

当時の地図をご覧頂ければお分かりかと思いますが、マジで詰んでます。

四方向囲まれてます。


・愛する者のために あなたは命をかけられますか?

とある殺人鬼のセリフ。

「ルイーゼ、何という事をしてくれたのだ…」


 絶望の前に力無く頭を垂れる私。

 そしてそれを申し訳なさそうに見下ろすルイーゼ。

 にこにこと笑うナーシャ。

 私の傍らに立ってオドオドするアリサ。


 どうしてこうなった…?!

 この世には神も仏もないのか?


「頼む、ルイーゼ…もう一度だけ、考え直してくれ…」


「すいません、ニコライさん。どうしても勝たねばならないのです。この際、手段は選んでいられないのですよ」


 無駄だと知りつつ、一縷の望みに賭けて懇願するも、無情にも彼女はそう言い放つ。

 冷たい、冬のオホーツク海にどぼんと突き落とす様に。


 背筋にすうっと冷たいものが走る。

 嗚呼…チェックメイトだ…


  まさか、現状で最悪とも言える事態に陥ってしまうとは…


 ナーシャがフォーアツァイトまで私を追い掛けて来た。

 うん、それはまあ良い。


 面倒の種が増えてしまった、という点に於いては宜しくないが、きっとナーシャならば私とエーバーハルトの決闘の件、上手い具合に解決してくれるに違いない、と私は思っていた。

 ナーシャは「ルイーゼとの結婚をめぐって私とエーバーハルトが決闘をする」と聞いて、大層お怒りのご様子だった。

 きっとその様な決闘、彼女は許しはしないだろう、と。


 だが、甘かった。


 何が甘かったか?

 ルイーゼに関する想定を誤っていたのである。

 ルイーゼの事を甘く見過ぎていた。


 ナーシャが目覚めた後、食堂に向かえば、そこで私と妹を待っていたのは他ならぬルイーゼその人であった。

 彼女はそこで、ナーシャと敵対するどころか、融和を図ったのである。


 彼女がナーシャにした提案は以下の通りである。


「正室の座はナーシャちゃんに譲るから、私とお兄さんの結婚を許してくれないかな?」

「ニコライさんが決闘に勝った暁には、先にナーシャちゃんの結婚式を挙げましょう」

「お兄さんはナーシャちゃんとの結婚を渋ってるんでしょう?私が手伝うよ?」

「確実にニコライさんにナーシャちゃんとの結婚を認めさせるだけの秘策があるの」

「だから、私がニコライさんの二番目の妻になる事をナーシャちゃんに認めてもらえれば、ナーシャちゃんは確実にニコライさんと結婚出来るんだよ、どう?」

「ええ、それはもう確実に。ニコライさんが勝ちさえすれば、後はベルトコンベア式にナーシャちゃんの結婚式となる事はお約束するわ!私のために用意してある結婚式だけど、それをそのままナーシャちゃんが使っちゃえば良いからね!」

「決闘に勝つ、それすなわちナーシャちゃんとお兄さんの結婚よ!」

「勿論私もニコライさんと結婚させて頂きますが、その際には分を弁え、本妻であるナーシャちゃんを尊重しますとも。兄嫁、すなわち義理の姉として仲良くしたいなあって思ってるぐらいだし」

「私はニコライさんの残り物の愛で十分ですから」


 ルイーゼは、何が何でも私と結婚する気らしい。

 何と、ナーシャを(そそのか)し、妹を私の第一の妻に据え、自分は第二の妻の座で妥協するつもりでいる。

 私は何一つその様な事は了承していないのだが、このレディー達に掛かれば、結婚相手である私の同意などというものは意味を成さないのである。


 この提案はナーシャからすれば、ルイーゼが第二の妻となり、その代わりに自分は正妻になれる、というもの。

 他の女性が妻になる事を許す、という、一見コストが高い様に見える提案ではあるが、実際には低いコストで高いリターンが返ってくる優良取引である。

 第一、私は将来的には皇帝になる身。

 歴代でもかなり女に無関心だった我が父、アレクサンドルでさえも二人の妻がいた事が示す様に、皇帝にとって一夫多妻など当たり前の事である。

 一族の血を引く者を増やす事は皇帝の仕事の一環であり、例えナーシャであろうともどうしようもない事なのである。

 更には妻の他にも妾だとかその他諸々の女性とも関係を持つ事があるため、ナーシャにとっても、ルイーゼを第二の妻として受け入れる、という事は他愛の無いものなのだ。


 故に、ナーシャにとって最も関心があるのは正妻の座、ただそれだけ。

 それさえ手に入れれば他の妻になど目もくれる必要は無い。


 勿論、普段の彼女の言動から分かる様に、彼女とて本当は自分だけが私を独占したい、とは思っているだろう。

 しかしそれが叶う程甘くない以上、ならばルイーゼが私と結婚する事になろうともそれで最重要ポジションが確保出来るならばそれとて悪くはない、と判断出来てしまうのが、例え彼女が如何にヤンデレであろうとも一応皇女である事を表している。


 政略結婚が当たり前の世の中である。

 彼女にとってはそれだけでも十分だと思えてしまうのだ。


 私は現状、ナーシャと結婚するつもりなど微塵も無い。

 それは彼女とて薄々分かってはいる事であろう。

 この機を逃せばもうチャンスは無いやもしれない。

 ならば、ルイーゼの言う秘策とやらで出来る時に(無理矢理)確実に結婚しておこう、とも思うのも無理はない。


 まあ、私からすれば非常に迷惑な話だが。


 それだけの餌を目の前にぶら下げられ、最初はルイーゼにがるるるる、といつもの如く威嚇をかましていたナーシャも、急に大人しくなると獅子から飼いならされたチワワの如くころりんと態度を軟化させる。

 手の平モーターとはまさにこの事である。


「ま、まあ…そこまで言うなら、考えてやらないでもないですけどね」

 とか

「別に、小汚い雌豚が一匹二匹増えようが増えまいが大して変わりませんし」

 とか

 次第に柄にもなくデレ始め、

「ルイーゼ殿下はそれで良いのですか?」

 などと(当たり前な事ではあるが)ルイーゼの事をちゃんと名前で呼ぶようになり、

「それならまあ、良いかもしれませんね…兄上ぐらいになれば、妻の数人は持って当たり前ですし、それも甲斐性というものでしょう。どんなに妻が増えようとも、兄上の愛を一身に受けるのは私である事に変わりありませんし、兄上を最も愛しているのが私であるという事も変わりませんからね」

 と、遂に提案に乗るかの様にほのめかし始め、

「よし、分かりました!乗った!乗りましたよその話!」

 とか

「女同士のお約束ですよ!」

 などと、契約成立させてしまい、

「そうか…姉上の他に姉ができる事になるのですね。何とお呼びすれば良いのでしょう?」

 と、完全に懐き始め…


 そして悲鳴にも似た声でやめてくれと叫ぶ私、それらを見てふわわわわ、とどうすれば良いのか分からずに戸惑うアリサ。


 そして最後の決死の思いで私がルイーゼにネゴシエートするも、ばっさりと斬られる。

 今ココ、である。


 私の想定では、二人は対立し合い、ナーシャが決闘など妨害してくれるはずだった。

 ()()()()()


 突然のナーシャの襲来ではあったが、ルイーゼとの結婚など我が妹が許すはずがないし、きっと止めてくれるであろうと。


 別に、ルイーゼとの結婚が嫌な訳ではない。

 ルイーゼと結婚すれば、長らく私の最大の課題であった結婚を遂に達成出来るし、私自身、ルイーゼに好感を持っている。

 本来、彼女との結婚を断る理由など毛頭無いし、それどころか、喜んでハッピーウェディングに突入したいぐらいだ。

 そう、()()()()()


 だが、私にはそう易々と結婚出来ない理由がある。


 その一、ナーシャ。

 ルイーゼと結婚しようものならばナーシャは発狂及び刃物片手に暴れ回るであろう、と。

 そこまで行かずとも多少の妨害やねちねちとした嫌がらせは覚悟せねばならない、と。


 その二、ソフィア医師。

 恐らく拗ねる。


 その三、ナディア。

 恐らく泣く。


 こういった面倒が想定されるため、私はルイーゼとの結婚を躊躇わざるを得なかった。


 しかし、事態は更に悪化した。

 ルイーゼの策によってナーシャに関する当初の想定は杞憂に終わったものの、代わりに「ルイーゼとセットでナーシャが付いてくる」という驚異のおまけ商法に。


 否、おまけですらない。

 外食時によくある()()である。

 バーガーを注文したらドリンクもセットで如何ですか、と訊かれるアレだ!

 ついでを装いつつ、ドリンクが本命というアレだ!


 某有名バーガーチェーンの例を挙げてみよう。

 あそこでドリンクのMもしくはLサイズを注文するとする。

 約百五十円のあのジュース、一体原価はいくらだろうか?


 オレンジジュースなど、アメリカ産の大量生産オレンジを濃縮還元してドカドカ送り込んで来たものなので殆どタダ同然。

 コーヒーも紅茶も安物である。

 ペ◯シ?

 あんなもの、ただの砂糖水である。


 どれも製造元の利益や輸送コストなどを加味しても、店側のコストは十円程度。

 それを百五十円で売れば、当然儲かる。

 二百五十円でつくれるバーガーを三百円で売るよりも、十円のドリンクを百五十円で売る方が良いに決まっている。


 さて、話が逸れてしまったが、私が今直面しているのもこれに似た状況である。

 先程の例に於ける原価を、私が結婚する事によって得られる利益、値段を、私が被る不利益だと思って欲しい。

 三百円で二百五十円の価値があるバーガーを注文したら、何食わぬ顔で後から十円の価値のドリンクが百五十円で付いてきた、という状況。

 本当ならば五十円分しか損をしないはずだったのに、損失が百九十円に膨らんでしまった。


 多少面倒事が想定されるものの、悪くはない結婚相手であったルイーゼに、“妹である”ナーシャという最も危険な人物がハッピーセット…?

 これでは大損である。

 とんでもない。


 ルイーゼと結婚、というところまではまだ良かった。

 だが、妹と結婚、更に妹を正妻の座に据えるとなると、その先に待つのはディストピア以外の何物でもないのである。


 だが、私にこの状況を覆すだけのカードは無い。

 無い袖は振れない。

 万事休し、窮鼠猫を噛む事も出来ない。


 敵わない。

 仕方ない。

 どうしようもない。


 でも諦めたくない。

 だがどうすれば良いのか分からない。


 詰んだ。

 詰んでしまった。

 これは人生が詰んだ。


 この結婚は冗談抜きで人生の墓場である。


「では、ナーシャちゃんも協力してくれるそうですし、ニコライさん、宜しくお願いしますね。決闘に負ければ全て無かった話になってしまいますので」


「はあ…」


()()()勝って下さいね?!」


 嗚呼…負ければタダでは済まなさそうだ…

 進めば地獄、退けども地獄。


「そもそも、決闘がどの様なルールなのかすら知らんのだが?」


「ああ、それに関してはご安心下さい。ルールは至ってシンプルで、真剣勝負、先に降参するか継戦不能になった方が負けです」


「は?」


 おい、何かの聞き間違いではないか?

 真剣勝負?

 真剣勝負と言ったか?


「真剣勝負…?」


「ええ、そうです」


 さも当たり前であるかの様に彼女は平然と答える。

 それどころか、何故その様な事を訊くのか、とキョトンと不思議そうにしている。


 真剣勝負とは、真剣、すなわち本物の刀剣で闘うという事。

 当然だが、下手すれば死ぬ。


 本物の刃物で斬り合いをせよ、と?

 皇太子が?

 一応私は皇太子な訳だが?


「ルイーゼちゃん、大丈夫なの?兄上にもしもの事があっては…」


 ナーシャが不安げに私の意見を代弁する。

 幾ら何でも、私が死んでしまえば結婚もクソもない。


 ちなみに、“ルイーゼちゃん”などと馴れ馴れしく呼んでいるのは、ルイーゼからの提案である。

「だって、私達これから義理とはいえ、姉妹になるのだから」

 などと言って。


 個人的には二人が仲良くしていても、複雑な気分にしかならないが。


 仲の悪い二人が自分を殺すために一致団結するところなど、見ていて楽しいはずがない。

 第二時世界大戦直前の独ソ不可侵条約を眺めるポルスカの様なものである。


「私はそこまで剣を上手く扱える訳ではないのだが…」


「相手はエーバーハルトですから、流石に分かっているでしょう。決闘であろうとも、他国の皇太子を殺す様な真似は流石にしないはずです」


「エーバーハルトでもそれぐらいは弁えている、と?」


「ええ、まあ。ドMのストーカーである事以外は一応ああ見えて優秀ですし、彼。殺さずに、出来るだけ戦闘不能を狙う方針で攻めてくるでしょうね。外交問題にしたいはずがありませんから」


 確かに、万一私が死亡もしくは重傷を負った場合、戦争突入必至である。

 だから、エーバーハルトでも殺しにかかりに来たりはしないだろう、というのがルイーゼの主張だ。


 だが、私からすればとんでもない。

 彼女はストーカーの何を知っていると言うのか?


 奴ならやりかねん。

 最初っから本気で私を殺そうとしてきてもおかしくはない。


 常識で考えてはならない。

 相手はストーカー。

 そう、ストーカーなのである。


 ストーカーに常識が通用するか?


 否!!


 殺される…!


 私は、ナーシャというストーカー・オブ・ザ・ストーカーによって、嫌という程にストーカーというものの生態を知り尽くしているのである。

 ルイーゼなどとは比べ物にならない程に、ストーカーを理解しているのだ。


 故に私は断言する。

 私の命が危ない、と。


「ははは、そんな顔しなくても、大丈夫ですってばぁ」


 ルイーゼは呑気なものである。


「もし仮に、あいつが本気で殺しにきたら?」


「いや、そんな事はあるはずないので」


「もし仮に、だ。もし仮に」


「いえ、そんな事は絶対に起こらないので」


 譲らないルイーゼ…

 嗚呼、これは後になって想定外とか言い出すヤツでは?


 愛する者のために あなたは命をかけられますか?


 ごめんなさい、かけられません…!

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