XLIV.肉食獣へ、おやすみのキスを。
※注釈
・One for all,all for one
ワンフォアオール、オールフォアワン。
かの有名な三銃士の言葉。
三銃士の著者、アレクサンドル・デュマはフランス人ですので、原文では、“Tous pour un, un pour tous.”と書かれているんだそうです。
うーん…筆者はフレンチは珍紛漢紛ですので、読み方すら分からないですね…
どうやら、デュマが作った言葉という訳でもなく、昔から何処かしらで伝わっていた言葉だそうです。
日本語だと、「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」と訳され、個人に対して、組織を支えるために尽力すべし、と全体主義的な事を言いつつ、他方では組織に対して、個々に恩恵を授けよ、と圧力をかける言葉です。
しかし、(筆者の偏見かもしれませんが)この言葉は大抵、組織の上層部、例えば会社の役員達が下っ端労働者達に「会社のために身を粉にして働けやボケ!」という素直な気持ちを伝えるために、そう直接的に言ってしまうとネット上で、もしくは物理的に社屋が炎上してしまい、下手を打てばストライキ、もっと下手を打てば全世界でプロレタリアートによる階級闘争が起こりかねないので、都合良くAll for oneを省いてOne for allだけを採用して使う、綺麗事の一種です。
本当は組織が個人に対して何かやってくれる、という前提条件があって初めて個人は組織に尽くせるものなのですが…
残念ながら、世の中の様々なものはこの様に、上の人間によって都合良く解釈されてしまうものなのです。
ですから、もし会社の上司がこの言葉を引用してきたら、オブラートに包んでサービス残業を要求してきているのだ、と察しましょう。
・おくすり飲め◯ね
あら不思議、これを使えば幼児でも苦いお薬が飲める!
商品名です。
「じゃ、じゃあ…やってみます…」
私の命令を受け、内容は兎も角、彼女は覚悟を決める。
私が彼女に求める事ははただ一つ。
脚を動かせない私を、ナーシャに向けて投げ飛ばし、デリバリーせよ、というだけのシンプルなもの。
そうして遠距離から急接近し、背後からナーシャに奇襲をかけようという訳だ。
しかしシンプルでいて、それは難しい事である。
何せ、私は太ってもいないし、痩せてもいない適度な体重であるが、それでも大の男である。
どう考えても非力な少女であるアリサにとってそれは重過ぎる。
他のプラトークのメイド軍団の一員達ならばまだ現実味もあったやもしれんが、彼女は新入り。
同じ様に“プラトークのメイド”という歴戦のエリート集団に属してはいても、練度がそもそも違う。
ただのか弱いレディーでしかない彼女に、大の男を投げ飛ばす、などという力仕事が可能か?
普通に考えて、無理だ。
では、何故私はそれを知っていてそう命じたか。
無論、考えあっての事である。
「簡単だ。私をほんの数メートル程投げるだけの事なのだから。直接ナーシャにぶつけろ、私自身が弾丸になるのだ」
「あそこまで、どう足掻こうが届かないという自信があるのですが…」
自らの細腕一本で私を数メートル先のナーシャへ向けて投げ飛ばす、などという事が自分の力では不可能だと、彼女もやはり分かっている。
故に、彼女は“殿、ご乱心!”とでも言いたげな様子でこちらを見てくる。
「確かに、君の力だけでは無理だろう…だが、忘れたか?君は一人ではない」
少し大袈裟にそう言ってみせる。
「一人ですけど?」
はてな、と彼女は至極真っ当な反論をする。
主人相手に良い度胸である。
「ほら、ここに私がいるではないか!」
彼女の冷たい反応にも負けず、ナーシャには聴こえないように気を付けつつも、出来る限り元気にそうアピールしてみる。
「は、はぁ…」
しかし、やはり彼女は露骨に戸惑う。
「君一人の力では無力でも、私と君、二人の力を合わせれば、必ずや出来る!One for all,all for oneだ!」
何処ぞの熱血主人公の様なセリフになってしまったが、言いたい事はつまり…
「私が君に向かって跳ねるから、君はその勢いを殺さぬようにしながら投げるのだ」
小学生が考える、「一人でボールを蹴るよりも、二人で同時に蹴った方が強いんじゃね?」というアレである。
間違ってはいないが、実際には上手くいかないアレである。
蹴るべきサッカーボールを自分に置き換えただけの事。
私は現在、脚を縛られて歩く事は出来ないが、膝を曲げる事は可能。
つまり、両脚揃えてのジャンプをする事は出来る。
幸い、ここのベッドは恐ろしい程にバネが効いている。
それを利用して私は思いっ切り跳ね、その勢いを利用してアリサが投げる、というもの。
そしてこの一連の動作をナーシャに気付かれずにせねばならない。
今はナーシャがお楽しみ中で、こちらへの注意が疎かになっているが、大きな音を立ててしまったりすれば、一発でアウトだ。
「勢いを殺さないように、とは…どうすれば良いのでしょうか?」
「知らん」
「もしや、今思いついただけのものですか…?」
「そうだが?」
「練習とかは…」
「不可だ。喜べ、ぶっつけ本番だぞ」
練習無し、いきなり本番で、無茶な要求。
私もとんでもない上司になったものだな。
「失敗したら?」
「ルイーゼが悲惨な事になり、私も悲惨な事になり、ついでに君も悲惨な事になる」
今言った通り、失敗すれば、恐らく待っているのは、楽しい楽しいデストピアである。
それを聞いて、うわぁ…と彼女は不安を隠そうともしない。
「それでもやるしかないのだ。これは命令だ。君は私の専属になったのだろう?」
「いや、でもしかし…これは専門外と言いますか…」
「キスの話、無しにするぞ。ついでにその事を暴露するぞ?」
「うわっ!酷い!それはあんまりでしょう!?」
「なら、やってくれるな?」
「うっ…分かりましたよ…」
仮にも、主の命令なのだが…
彼女は嫌々オーラ全開である。
何だか脅す様な形になってしまったが、そもそも私は主なのだから、その命令遂行を渋る彼女の方が問題だ。
「よし、ならば立ち上がらせてくれ」
アリサの手を借り、ベッドの上に立つ。
「では、いくぞ?」
ぴょんぴょんばいーん、と跳ね、アリサに向かって飛び込む。
これは擬態語で、実際には微かにぎしぎしと音を立てただけであり、ナーシャにまで聴こえはしない。
意味があるかどうかは分からないが、一応両手は真っ直ぐに伸ばし、空気抵抗を減らす。
水泳の飛び込みフォームである。
「とりゃっ!」
それを受け止め、勢いそのまま投げ…るはずだったアリサだが…
彼女は、投げるとかどうこうとかそれ以前に、第一段階である“受け止める”という時点で失敗する。
受け止め切れずに、背面から私共々倒れ込む。
「うわぁっ!」
ばたんっと、大きな音がして、流石にナーシャも気付く。
「リサ?何をし…」
振り向きつつ、アリサにそう尋ねようとするナーシャの声は、そこでぴたりと止む。
無表情になって。
彼女はすっくと立ち上がると、こちらにつかつかと歩いて来る。
その後に残されたのは、はあはあ、と荒い息をしてへたっているルイーゼ。
「で、殿下…?」
アリサは私の下から覗き込む様にして、ナーシャの方をぶるぶると震えながら見上げる。
「兄上…これは…?説明して頂けますか?」
「説明?説明も何も、転んだだけだ」
「どうやったら、転んだだけでそうなるのです?」
「そう、とは?」
「リサの上に兄上が乗っかっている、その状況の事です。まるで、さっきまでの私とあの淫乱女の様な体勢ですね。随分と仲良くなった様で、羨ましい限りですよ…ねえ、リサ?」
「ひ、ひぃぃっ!」
神に赦しでも乞う様に、彼女はぎゅっと目を瞑ると、念仏の如く、ごめんなさいごめんなさいと泣きそうになりながら呟く。
「まるで、兄上がリサを押し倒したかの様に見えるのですが?まさか、その様な事があるはずがありませんよね?兄上がその様な見境の無い行動をするはずがありませんもの」
「当然だ」
何でも無い風に装いつつも、冷や汗ダラダラだ。
「ならば、リサの仕業ですね?この女が…」
「違う違う!だから、偶然すっ転んだだけだから!」
「そもそも、何故転ぶのですか?それに、両腕も縄が解けていますし…」
ギクッ…!
「そ、それはだなぁ…」
ここで、妹から視線を外した私は、ナーシャの背後のルイーゼの動きに気付く。
彼女は半裸でゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。
そして、目で合図を送ってくる。
すなわち、“ナーシャの気を惹け”と。
私がナーシャの気を惹いている間に何かするつもりらしい。
まだその様な余裕が…?
ルイーゼはそろりそろり、と抜き足差し足忍び足でゆっくりナーシャに背後から近付いていく。
恐らくこちらまであのペースだと数十秒。
その間、会話を続ける。
「まあ、落ち着け」
「じゃあ、早く起き上がって下さい。見ていて気分の良いものではないので」
「ああ、すまん」
アリサの補助で、私は起き上がるとその場に立つ。
次いで、アリサも起き上がる。
「その縄は、アリサが解いたのですか?」
「あ、ああ…その…解いた、と言うよりは解けた、というか…」
後、三分の二。
「解けた?自然に?私が、かなりきつく縛ったはずなのですが、おかしいですね」
「そ、そうだなぁ…不思議な事もあるものだな。世の中にはまだまだ不思議がいっぱい、ってな」
「では、兄上だと上手くはぐらかされてしまうので、リサに。あなたが縄を解いたの?」
「な、な、何の事でしょうか!?い、い、い、一体何の事やらさっぱりすっぱり、分かりゃしませんよ!」
バレバレだ。
逆に演技かと思う程にバレバレの反応。
「やはりあなたね?」
「ごめんなさいぃぃ勘弁して下せえ…」
残り三分の一。
「一度ならず、二度までも…お仕置きだけではまだ生温いのかな?」
ラスト、四分の一。
「いや、本当に勘弁してやってくれ。アリサは私の命令に従っただけでな」
「兄上…この女を擁護するのですか!?」
残り、零。
…今!
「捕まえたっ!」
ルイーゼは後ろから飛び込むと、がしっとナーシャを羽交い締めにする。
「な!?」
ナーシャは、ルイーゼを拉致してきた際にも手こずったと、彼女らしくもない事を言っていた。
その時はあまりその言動を気にしてはいなかったが、今なら分かる。
彼女は、本当にルイーゼ相手に手こずったのだ、と。
今、ルイーゼはナーシャを拘束していた。
ナーシャも当然抵抗するものの、彼女を以ってしてもびくともしない。
更に、特筆すべきは、ルイーゼが先程まで、もう立ち上がる事など不可能な程にナーシャに弄ばれていた、という事。
あのナーシャの猛攻を受けて尚、である。
間違い無く、ルイーゼは副メイド長に匹敵するか多少劣る程度のレベル。
強い。
特に、タフさに於いては他の追随を許さない程に。
「離せっ、クソッ!この雌豚がぁ!」
ナーシャの両手はルイーゼの腕に挟み込まれ、動けない。
故に、彼女は身をよじったり脚をばたばたとさせるのだが、全く以って効果が無い。
終いにはがぶりと腕に噛み付くが、それでもルイーゼには効果が無い。
「ほら、ナーシャちゃん、暴れないの」
優しくルイーゼがそう言い聞かせるが、ナーシャにとってそれは、挑発の様なものである。
その言葉に反応して、ナーシャは余計に暴れる。
「ルイーゼ、でかしたぞ!私はどうすれば良い?」
「何とか落ち着かせたいのですが。私よりもニコライさんが適任かと」
どうやら、余裕そうに見えても、やはり彼女にとっても拘束を維持するのは一苦労らしい。
どうにか説得して、ナーシャを大人しくさせねば。
「分かった、やってみよう」
「お願いします」
しかし、その手段が思いつかない。
残念ながら、兄である私の制止の声すらも、今のナーシャには届くまい。
ルイーゼの腕に噛み付くのを先ずは何とかしたいのだが…
今、妹が叫んでいないのは、腕に噛み付いているために、叫べないからに他ならぬ。
「いっその事、縛ってみるか?」
「激しく抵抗されるでしょうね、少なくとも私はお断りです…」
アリサはナーシャが動けないのを良い事に、急速に素の元気を取り戻しつつあるが、やはりナーシャに近付くのは怖いのか、少し離れた位置に退がっている。
縄も、私は縛り方など分からんし、そうなるとアリサしかいないのだが、彼女は断固拒否する構えだ。
「アリサ、何か良い案はあるか?」
どうせ無いだろう、と思いつつも一応尋ねる。
しかし、意外にも彼女は一つ案を提示してくる。
「ありますよ、これです、これ!」
彼女がポケットをがさごそと漁り、何かを取り出そうとする。
本人は自信満々といった様子だが、果たして。
あれ、無いなあ、おかしいな、こっちかな、などと暫くメイド服のあらゆるポケットをひっくり返していた彼女だが、やっとこさ目的のものを発見した様だ。
遂には服の中にまでごそごそと手を突っ込んでいた彼女は、それを内ポケットに入れていたらしい。
「ありました、これです!いやあ、失くしたかと思って焦りましたよ、あはは〜」
などと言いつつ、小瓶をこちらに差し出す。
「内ポケットに入れていたのに外側のポケットから探していたのか?」
小瓶の正体よりも、その事に呆れる。
「いえ、内ポケットではなく、胸の谷間に挟んでありました!」
「「は?」」
私だけでなく、ルイーゼまでもが声を上げてしまう程。
ナーシャすらも、ぴたりと動きを止める。
「いえ、殿下からお預かりしていたものなのですが、大切なものだから大事に持っておけ、と命じられておりましたので」
それで何故胸の谷間に挟む、という発想が出て来るのかさっぱり分からん。
「ほら、ガラスですし、割れたら殿下がおっかないじゃないですか。ですから、割れないように包み込んでいたのですよ。いやあ、すっかり忘れていました、小さな瓶ですから、挟んでも殆ど違和感が無かったんですよねぇ」
何と言うか…凄いな…
へらへらと彼女は笑いながら、小瓶を振ってみせる。
茶色のガラスの中には、何が入っているのやら分からないが、振るに呼応して、からんからんと音が鳴る。
中に何か入っているのは確かな様だ。
「で、それは?」
「睡眠薬です。殿下曰く、三錠服用すれば数分後にはぐっすりで、何をしても起きないとか。もし陛下が暴れたら使用するように、と渡されていたんですよ」
成る程、元は私に使う想定の薬だった訳だ。
ナーシャが私に使用するように渡したものであれば、少なくとも毒ではあるまい。
これをナーシャに使えば、数時間お寝んねしてもらえる。
「もしや、食事に混ぜたのもこれか?」
私の食事に薬を混ぜた、とアリサは言っていたが、これの事だろうか。
「いえ、それはまた別のお薬です。殿下は何種類も持っていらっしゃるので」
おいおい、睡眠薬に豊富なレパートリーとか必要無いだろうが。
「まあ何でも良いじゃないですか。はい、どうぞ」
「お、おお」
彼女から瓶を受け取ると、非常にぽかぽかと温かかった。
人肌(胸の谷間)で温めるなどと…
猿と信長でもあるまいし…
「では、三錠飲ませよう」
「しかし、どうやって?」
ナーシャは、がるるるるると獅子の如く唸って暴れて手の付け様も無い。
野生のライオンに薬を飲ませる事が出来るか?
無理である。
例え“おくすり飲め◯ね”を使おうとも無理。
しかし、少なくともナーシャはライオンではない。(まあ、かと言って、普通の妹でもないのだが)
私はそこに可能性を見出していた。
「本当ならばこの様な事はしたくないのだが…致し方あるまい…」
「方法があるのですか?」
「ああ、最大最後の作戦だがな。アリサ、水を用意しておけ」
「あ、はいっ」
勿論、無理に薬を飲ませる事も可能ではあるが、そうするとなると彼女をある程度傷付けてしまう。
例えどれ程彼女が凶悪であろうとも、妹に危害を加えたくはない。
私は薬を小瓶から三錠取り出すと、ナーシャに向き直る。
ナーシャは手の届く程近くにいる。
「ナーシャ、こっちを向け」
呼び掛けるが、返事は無い。
依然、がぶがぶとルイーゼの腕をかじっている。
ふう、と深呼吸一つ、唾を飲み込み、もう一度。
「ナーシャ、キスしよう」
「ふぇっ!?兄上?!」
ナーシャはその言葉に直ぐ様反応し、顔を上げる。
そういうところは流石である。
さっきまで暴れていたのが嘘の様に、期待に顔を綻ばせ。
今だ。
錠剤を飲み込まないように口に含む。
そして、彼女に口移しすべく、口づけを。
舌を滑り込ませ、突破口を作る。
浸透戦術の如く、守りの弱い場所を探り、そこに一気に火力を集中する。
そして錠剤を一つ一つ、舌を上手く使ってお隣のお口へと。
一つ一つ、ゆっくりと。
興奮しているせいか、ナーシャの舌は、いつもと比べても異様な程に激しく、攻撃的だ。
故に、折角送り込んだ錠剤も、直ぐに押し戻されてしまう。
しかし逆に、それによって彼女の舌さばきは普段とは打って変わって雑なものとなっている。
私が勝てるとすれば、そこを突く以外に無い。
いなす。
ナーシャ力任せの攻撃を、ひらりと身軽にかわし、横から撫で斬り、背後に回って…
そして今度は母親が我が子にそうする様に、優しく包み込み、かとお思えば冷たく一発お見舞いしてみせる。
まるで、ひゅるりと手の中から抜け出てしまう魚の様に、のらりくらりとかわしにかわし、直ぐに攻撃に転じては又かわす。
まさに、「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す」である。
よし、そろそろ良いだろう。
ナーシャの頰が紅潮し、息が乱れ、苦しそうに身悶えている。
ここでフィニッシュを決める。
ぶはぁ、と口を離し、アリサの方を向く。
彼女の手には、銀製の水差しが。
右腕を伸ばす。
「アリサ…!」
「は、はいっ」
彼女は察し、水差しをいそいそと私に手渡す。
引っ手繰る様に受け取ると、私はそれを口いっぱいに含む。
そしてもう一度ナーシャに向き直り、キスをする。
少し隙間ができるなり、いきなり口内の水を流し込む。
「う、うぐっ…」
ごくんっとナーシャが飲み込むのを確認し、残りを全て、唾液も元の水も綯い交ぜに。
そして、ヒットエンドランとばかりに口を離す。
「兄上…わ、私…」
かなりの即効性があるのか、ナーシャは目に見えてふらりふらふらと姿勢制御が覚束ない。
目もとろろんと、今にも眠り出しそうだ。
ルイーゼは、もう必要無いと判断したのか、ナーシャを遂に離した。
ナーシャがそれと同時にこちらにもたれ込む。
「はあ…兄上…兄上…」
消え入りそうな声でそう呟くと、彼女は自由になった両腕で、弱々しく私の服を掴むと、そのまま、こてんと寝てしまう。
私に抱きついたまま直ぐに、すーすーと寝息を立て始める。
まるで、お出掛けの途中で寝てしまった幼児だ。
「はあ…全く…いつもの事ではあるが、手の掛かる妹だなぁ…」
私は、そう言いつつ、妹の柔らかな頭を撫でるのであった。
大人しく寝ている分には可愛いのだが、と心の中で呟いて。