XL.恐怖、再び。
※ここまでのあらすじ
ある日突然空から女の子が降ってきて、家に居候させてあげてたら何とその子はとんでもないヤンデレだった!!
そこに元カノのソフィアちゃんがやって来て…
修羅場に耐え切れなくなった主人公のニコライ君は家出を決心するが、結局知り合いの人妻であるルイーゼさんの家に泊まる事に…
「夫が今出張中でね、ずっと留守なの。…今日も明日も明後日も…ねえ、イケナイコトしない?」
何と、ルイーゼさんに誘惑され…ベッドイン!
しかし事後になって夫のエーバーハルトが帰って来て…
更にヤンデレ少女に居場所を特定され…
「ニコライ君、みーつけた…」
ニコライは一体どうなってしまうのか!?
※本当のあらすじ
フォーアツァイト楽しいなっ!!
※注釈
・アリサ
覚えておられましょうか。
何時ぞやの新人メイドです。
・パワハラ
最近話題のヤツ。
これのせいで、私も随分と気を遣うようになりました。
頼み事をする時は、「断ってくれて良いんだからね?」とか言って。
難しい世の中です。
〜父殺害後五十七日目〜
動かない。
手が、足が、全てが。
何もかもが動かない。
そして何も見えない。
目を開いているはずなのに、真っ暗だ。
夜だからだろうか?
いや、違う。
目を何かが覆っているのだ。
口は…
駄目だ。
これも塞がれている。
耳は…
これは大丈夫な様だ。
つまり、私は今、何者かによって拘束されているのか。
五感のうち、使えるのは聴覚のみ。
全く何が起こっているのか分からない。
聴こえるのは、誰かの息遣いだけである。
近くに、他にも誰かいるのか?
恐らく、私をこうして拘束した人間だろうか。
コンタクトを試みるか?
いや、まだ駄目だ。
私を拘束したのが誰か分からぬ以上、迂闊に動けない。
では、可能性があるとすれば、一体誰なのか?
フォーアツァイトの人間だろうが…
やはり、エーバーハルトか?
彼とは、二日前に決闘する事が決まったばかり。
決闘前に、私に何か仕掛けてきた、という事か?
だが、何れにせよ、どうやって?
昨夜、私は普段通りに副メイド長、ソフィア医師、ナディアと寝たはずだ。
私をこうして拘束しているからには、他の三人にも何かしら被害が?
副メイド長が隣に寝ていた以上、夜間に私だけを連れ去る事など不可能。
だとすれば、副メイド長も捕まっているのだろうか?
そもそも、ここは元いた部屋なのか、別の部屋なのかも分からん。
副メイド長が犯人、という可能性も…
いや、それはないか。
情報が少な過ぎて、今は考えても無駄らしい。
諦めるしかないか。
必死に身体を捻り、出ない声を張り上げる。
誰かに気付いてもらうために。
すると、直ぐに声が掛かる。
「陛下、お目覚めですか?」
聴いた事のない声だ。
声から想像するに、若い女性だろう。
だが、私を“陛下”と呼ぶからには、プラトークの人間か。
誰だ?
更に私が暴れると、彼女は私を宥める様に私の頰に触れる。
「申し訳ありません!あの、口枷を外すので、静かにして頂けますか?騒がれると困るのです…目隠しも取りますから…」
やけにおどおどとした口調。
彼女は誰かの差し金で私を見張っているだけの、ただの下っ端なのか?
私は、こくこく、と動ける範囲で必死に首を縦に振る。
「では、外しますね。絶対に叫んだりしないで下さいね」
最後にもう一度念押しし、彼女は目隠しと口枷を外す。
ここで敢えて騒いでみる、という選択肢もあるにはあるが、それはしないでおこう。
リスクマネジメントは適切に。
やっと視覚を取り戻し、声の主の方を見る。
声の主は、メイドであった。
それも、プラトーク人である。
服装も、フォーアツァイトのものではなく、プラトークのメイド服。
まだ歳若い。
プラトークのメイドは基本的には二十代前半である事が多い。
しかし、彼女はまだ十代に見える。
私が彼女を見た事がないのも、彼女が新入りだからだろう。
後ろで髪をポニーテールに括っていて、身長は少し低め。
だが、胸は十分にある。
厳しい採用試験を通過してきただけの事はあり、容姿は美しい。
控えめで自信なさげな態度に、大人しそうな感じ。
守ってやりたい、という男の欲望を存分にくすぐる見た目である。
とてもではないが、悪党には見えん。
やはり、副メイド長の差し金なのだろうか?
どうやら、ここは元々寝ていた部屋とは別だが、宮殿の何処かである事は分かった。
窓からは、綺麗な青空が覗いている。
先ずは、このメイドから情報を仕入れる事としよう。
だが、そのためにも彼女と親しくならねば。
彼女は恐らく新入り。
ちょっと誘導してやれば、ぽろっと口を滑らすかもしれない。
「やあ、お嬢さん、おはよう」
親しげに、何でもないかの様に話し掛ける。
「おはようございます」
「今、何時か分かるか?」
「今は…えーっと、多分午前十時を過ぎたぐらいかと」
「そうか、有り難う。ふむ…どうやら寝坊してしまったみたいだ」
「陛下のお食事に睡眠薬を混ぜていたので、致し方無いかと思います」
成る程、食事に睡眠薬を盛り、昏睡中にここに運んで来た訳だ。
副メイド長による仕業でなければ、恐らく、私だけでなく他の三人も薬を盛られたか。
如何に彼女と言えども、睡眠薬のは抗えまい。
「君は、プラトークのメイドだな?それに、新入りだ。そうだろう?」
「はい。私、アリサと申します。以後お見知りおきを」
ああ、忘れようにも忘れられぬとも。
存分に顔と名前を記憶しておくとしよう。
「では、アリサ。君に幾つか質問がある。君はここにどうやって来た?外交団には君はいなかった。では、何故ここにいる?」
「それは…お答え出来ません」
「ならば、私を拘束しているのは、君の意思によるものか?」
「そ、そんな…違います!私は、あくまでも命令に従っただけでして…!どうか、ご容赦下さいませ…!」
やはり、裏に誰かいるのか。
「では、命令だ。私を解放せよ」
「それは…申し訳ありませんが、無理なお願いでして…本当に、すいません」
「何故だ?私よりも上位、もしくは同等の権限を持つ者から命令を受けたのか?」
「いえ、そういった難しい話ではなく…単純に、私自身の安全のためでして…」
「脅されているのか?」
「見方によってはそうかもしれません」
彼女も望んでこうしている訳ではない、と。
困ったな。
如何にも人畜無害そうな彼女を巻き込むのは躊躇われるな…
私が脱走を試みれば、彼女が処罰されてしまう訳か。
「可哀想に。君も苦労しているのだな」
「滅相もないです!その分、対価はきちんと戴いておりますし…」
「どうだかな。上手く利用されているだけにも思えるが」
「それは私とて分かってはいますが、今更後には退けませんし」
彼女は少し俯く。
そうは言っていても、やはり心中では躊躇いが多少はあるのだろう。
逆に、私からすればそれが突破口となる。
そこに付け入るのが、今の私に出来る最善策。
「アリサ、私と取引しないか?」
「え…?」
「私を解放してくれれば、君のした事は全てチャラにしよう。何の罪にも問わない」
「仮にも次期皇帝を監禁したのに、ですか?」
「ああ。まあ、君はただの見張りの様だが。それでも、このままだと重罪だぞ?」
「そ、それは…困ります!」
よし、その調子。
「そうだろう?でも、私はその様な事は望んでいないのだよ。個人的に君に何の恨みもないし、一人の少女の未来の芽を摘み取る様な事はしたくない。どうか、解放してくれないか?」
「でも…そうしたら…私は無事では済まないでしょう…」
「ならば、君の事は私自ら保護しよう。君の安全は私が保証する」
「こ、故郷の家族が…」
家族?
家族まで人質にとられているのか?
彼女の上司は随分と性格が悪い様だ。
この悪どいやり方、何処かで見た気がするのだが…
誰だったか…
…
…いや、まさか、ね。
「では、君の家族も私が守る。それで良いだろう?」
「本当ですか?でも、そんな事が可能なんですか?」
「当たり前だろう?さっき君は私を何だと言った?次期皇帝だぞ」
「それもそうですね…」
「そうだろう?何処の誰だか知らないが、その様な下衆に従うよりも、私の下に来た方が良いと思うが?」
これは、自分のためだけでなく、彼女の事を想っての申し出でもある。
守ってやりたい、と思わせる様な彼女の特徴に、加えて実際に彼女が困っている、とくれば、助けてやりたくならぬはずもない。
本心から、良かれと思ってこう言っているのである。
「本当に、守ってくれるんですよね?」
「ああ」
「絶対ですよ、約束ですからね?」
「私が君を必ず守ってやる。絶対だ」
「分かりました」
「契約成立だな」
案外簡単に落ちたな。
もう少し粘るかと思ったのだが、やはり新入りか。
これが一般的なプラトークのメイドであったならば、どの様な拷問にも屈さない様な連中である。
こう容易くはいかなかっただろう。
改めて、普段当たり前に思っていたプラトークのメイド達の屈強さが分かるというもの。
「そうと決まれば、急ぎましょう。早くしないと戻って来てしまいます…!」
彼女はいそいそと私を縛る縄を解こうとする。
だが、きつく結んであるのか、中々解けない様だ。
更に、彼女が焦れば焦る程、余計に解けなくなっていく。
ついでに言うと、彼女は夢中で気付いていない様だが、胸が私の顔に被さってくる。
毎度毎度、私の顔は胸に蓋をされる運命にあるのだろうか?
いや、これはこれで悪くはない気分だが。
「戻って来る、とは…君に私を見張るよう、命令した奴の事か?」
「は、はい…」
「誰だ?」
「そ、それは…」
彼女は口籠もる。
それ程までに言い難い相手なのか?
「私ですよ、兄上」
その何でもない様で、冷たい、鳥肌が立つ様な、本能に呼び掛ける様な声。
紛れもなく、これは…
いつの間にそこに?
だが、そんな…
そんなはずがない…
有り得ない…
だが、この声は、やはり…
妹、ナーシャのものだ。
私の上に覆い被さる様にして必死に縄を解こうとしていたアリサが、後ろからひょいっと持ち上げられる。
アリサの顔が恐怖に引き攣り、背後をゆっくり振り向くと、一切の動きを停止してしまう。
そして見えるのは、やはり、我が妹の姿。
記憶の通りに、彼女は美しく、可愛らしい。
丁度アリサと見比べられるので、余計にそれが分かる。
アリサとて十分に、いや、かなり容姿に優れた少女である。
何千とも言われる女性の中から選りすぐられただけあって、彼女もやはり美少女なのだ。
だが、それを凌ぐ程に、ナーシャは、我が妹は…
美しい。
だが、それがどうも不気味に感じられるのは何故だろうか。
これ程までに邪悪に思えるのは。
確かにナーシャは可憐である。
だが、それを越す程に恐怖を煽る存在でもある。
彼女は笑顔であった。
だが、それが更に恐ろしい、という私の感情を沸き立たせるのである。
何故私は妹に懼れを抱いているのか?
その問いに答えなど無い。
ただ、恐怖を感じる、それだけの事。
出立前に見た彼女と、今ここにいる彼女では、感じられるものが明らかに違う。
「兄上、いけませんね…私の可愛いお人形を惑わすなんて…兄上は直ぐに女性に言い寄るのだから、困ったものです」
彼女はふふふ、と笑うと、アリサを抱き寄せ、頭を撫でる。
アリサの顔色はすこぶる悪い。
今にも倒れるのではないか、という程に顔面蒼白である。
「で、殿下…お、お、お許しを…!」
彼女は泣きそうになりながら許しを請う。
さながら処刑前に命乞いをする囚人の如く。
もう既に彼女の瞳は涙が溢れんとしている。
「リサ、許して欲しいの?」
「はい…申し訳ありませんっ…申し訳ありませんっ…」
終いには彼女はぐすっぐすっと泣き始め、ナーシャはそれを見てにこりと笑う。
「まあ、仕方ありませんね。これは私の教育が至らなかった、というだけの事だから。それに、兄上の魅力を前にすれば、誰だって惑わされるというもの。この様な事が以後起こらぬように、もっと教育してあげるから…楽しみにしていてね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!許して下さい!」
「何をそれ程怯えているの?」
ナーシャはアリサの髪をがしっと掴むと、その顔を覗き見る。
アリサは何か言おうとするが、どれも言葉にならない。
私は…何を見ているのだろうか。
一体、私の前で繰り広げられるこの光景は何だ?
妹による、弱い者いじめ?パワハラ?
いや、違う…その様な生温いものではない。
捕食者と、被捕食者の様な…
これは、一方的な…
絶対的な恐怖。
逆らえない。
「ごめんなさいね。実は、あなたの事を試していたの。今日までの教育の成果が存分に発揮されるかどうか。要は、テストね。出掛けるふりをして、全部見てたの。全部聴いてたの」
「あ…」
アリサは、絶望のどん底に叩き落とされたかの様に、小さく呻く。
彼女の目は大きく見開かれている。
「残念、テストは不合格よ。私を裏切るなんて…悲しいわ。今まで、ほんの数週間だったけど、仲良くやってきたつもりだったのに…ねえ、リサ?」
仲良く…?
一体何を?
アリサの様子からは、その様には全く見えんが。
「どうだった?兄上に助けてもらえる、と思ったの?淡い希望を抱いてしまったの?どう?嬉しかった?」
「ごめん…なさい…」
彼女はもう目の焦点が定まっていない。
相当パニックに陥っている。
「おい、その辺にしておけ。可哀想だろう」
見るに見かねて声を掛ける。
ナーシャが更に笑顔でこちらを向く。
ぞくっと寒気が身体中に走る。
「兄上…お優しいのですね。でも、そうやって誰にでも優しくするから直ぐにひょいひょいと女が寄って来るのです。もうそこら中で噂になっていますよ?兄上が女性を巡って決闘をすると」
「それは、違うんだ」
「いいえ、何も違いませんよ。もう既にそう知れ渡っているのですから。事情は何にせよ、それはもう事実なのです。勝てば結婚、だそうですね?プラトークの…皇女」
「ナーシャ…?何をする気だ…?」
急に嫌な予感がして、そう尋ねる。
いや、予てより分かっていた事だが。
やはり、現実になるとは。
ナディアの時は、彼女が幼かったが故に問題無かった。
ソフィア医師は、なんだかんだで身分のせいで結婚は現実的ではない。
しかし、ルイーゼは?
ルイーゼは、結婚するに足るスペックが揃っている。
恐らく、ナーシャからすれば、最大の脅威に思えているはずだ。
ルイーゼが、危ない。
彼女が妹によって危害を加えられる、その様な事が起ころうとしている。
「ナーシャ、一体どうしたんだ?一旦落ち着けよ、な?」
「兄上は何も心配なさる必要はありません。直ぐにその女も捕らえてきますので」
捕らえる…?
「おい!ナーシャ!止めろ!」
突然現れた妹は、何もかもを巻き込んでとんでもない事を仕出かそうとしていた。
「兄上、無駄ですよ。もう既にその女の捕縛も準備完了済みですので。では、直ぐに戻ります」
彼女は、アリサを離す。
すると、ぼすんっとアリサは力無く私の上に崩れ落ちる。
その顔には、何の感情も宿っていない。
ナーシャは私にチュッとキスをすると、部屋を出て行く。
そして最後に捨て台詞。
「リサ、逃げようとしても無駄よ?しっかり兄上を見張っておいてね?」
彼女はそう言い残し、去る。
後に残ったのは、静けさだけである。
アリサの乗っかっている所が、やけに温かい、と思ったら…
彼女は漏らしていた…私の上で。
胸の辺りに盛大にやられた。
「ごめんなさい…陛下…」
「いや…もう良いよ…」