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XXXVIII.浮気現場へ婚約者、そして事実は小説より奇なり。

 全裸のルイーゼと乳繰り合っていたら…

 彼女の婚約者、エーバーハルトがそこに突如現れる。


 最悪のタイミングである。

 私がまだ服を着ていたから少しは弁解の余地もあろうものの、ルイーゼが裸の時点で十分アウトだろう。

 修羅場突入は必然だろうな。


 彼は金髪碧眼、高身長。

 更にイケメンである。

 如何にも爽やかなお兄さん、といった風貌だ。

 年齢は私と同じぐらいだろう。


 まあ、ルイーゼから最初、ほんの少し好感を得られただけの事はある。

 少なくとも…私よりも容姿は良い…


 彼はドアの辺りに突っ立ってこちらを見たまま。

 私もどうすれば良いのか分からず、動けない。


 この状況では疑い様無く私が悪者である。

 余計な事をするのは慎むべきだろう。

 見苦しい言い訳など以ての外である。


 最初に沈黙を破ったのはエーバーハルトだった。


「ルイーゼ、こちらの方は?」


 彼は何事も無かったかの様に彼はそう尋ねる。

 それがまた不気味だ。


 彼がちらりとこちらを見た時、ふと目が合う。

 彼の目には冷たい光が宿っていた。


「エーバーハルト、何故来たの?帰って。もうここには来ないように言ったはずだけど?」


「つれないね。もう直ぐ結婚するというのに、悲しいよ」


 彼は本当に悲しそうに目を細める。

 おそらく演技だろうが。


「それは良かった。あなたが少しでも苦しんでくれるならこの上なく嬉しいわ。さあ、さっさとお帰り下さいな」


「ところで君はいつも他の男性とその様な格好でいるのかい?悪い事は言わないから止めておきなよ。男なんて皆獣みたいなものだって知ってたかい?」


「ごめんなさいね、知らなかったわ。それに、個人的にはその方が好みなの」


「ルイーゼ…もっと見て自分を大切にした方が良いと思うよ。私は君が苦しんだり悲しんでいるところは見たくないからね」


 何だ…?

 今のところ、エーバーハルトの態度を見る限りでは、中々に感じが良い。

 ルイーゼだけでなく、私もいるからだろうか?


 きっとこれ程ルイーゼが毛嫌いするからには理由があるのだろうが…


 アーデルベルトも、彼が暴力を振るったと言っていた。

 だとしたら、この如何にも優男なのは演技でしかないのか?


 本性が知りたい。

 鎌をかけてみるか?


「君がアーデルベルトだな。ルイーゼやアーデルベルトから君の事は聞いていた」


「どなたですか?お名前をお聞かせ願いたい」


「プラトーク帝国皇太子のニコライだ。君達の結婚式に参加すべく呼ばれて来た」


「それはそれは…遠路遥々ようこそフォーアツァイトへ。しかし、私の結婚式に参列するために?何かの冗談でしょうか?それとも私の目が狂っているのかな?私にはあなたが私の婚約者と何か良からぬ事をしていた様に見えるのですが?」


「安心しろ、君の目は狂ってなどいないさ。実際に良からぬ事をする寸前だったからな。だが、ぎりぎりセーフだ。良かったな?もう少し君が来るのが遅かったら、君とルイーゼの結婚式が、私とルイーゼの結婚式になっていたところだ」


 これではまるで、私が悪者だなぁ、と思いつつも、彼を怒らせるべく挑発する。


「ふざけるのもいい加減にしろ…他人の婚約者に手を出すなんて…恥ずかしくないのですか!?」


 正論。

 どう考えてもあちらの方が正論を言っている。


 だが、その程度の事が何だと言うのだ。

 こちらにはルイーゼのため、という大義があるのだ。

 そのためならば多少の汚れ仕事など、買って出てやろうではないか。


「でも、君はルイーゼとはあまり仲が良くないそうだな」


「ですが、婚約関係にある事は変わりありません」


「おっと、婚約関係?暴力を伴った関係か何かの間違いではないかなぁ?」


「な…?何故それを?」


 彼は露骨に焦り始める。


 しかし、それは彼だけではない。

 ルイーゼも、である。


「私からも聞きたいわ!それ、誰からの情報!?」


 彼女は真剣な目で私を見据えると、私の肩をぐっと掴み、揺さぶる。

 田舎の未舗装の道を車で走る時の如く、激しくシェイキング。


 こ、これは、予想外の反応だ…

 ルイーゼにここまで食い付かれるなんて。


「お、おい…!何故君がそこまで必死になるんだよ…!」


 エーバーハルトを脅すだけのつもりが、彼よりもルイーゼの方が焦り始めるという想定外の展開。


「それは私の名誉に関わるからですよっ!誰かに見られていたのだとしたら、早急に対処しないと…!ねえ、ニコライさん、誰なの、誰なんですか!?」


 成る程、確かに婚約者に暴力を振るわれてました、なんて不名誉な事だとは思うが…

 とは言っても、私はルイーゼに悪いようにしようとは思ってはいない。

 それどころか、これは彼女のためにした発言なのである。

 出来れば私を信じて、ここは話を合わせてくれれば良かったのに…


「落ち着け、情報提供者も後で教えてやるから…」


「ダメ!今直ぐに!」


 頑なに彼女はそう主張する。


「分かった…だが、知ってどうする?」


「ニコライさんにその情報を漏らしたならば、他にも漏洩しているかもしれません。先ずは本人からそれを突き止めます」


「それだけか?」


「その後、知ってしまった人間は口封じです」


 口封じ…

 何故だか物騒な意味に聴こえるが、気のせいかな…?


「情報提供者に手を出すつもりなら、教えられんぞ?」


「そんなつもりはありませんよ。あくまでも物理的に黙らせるのは最終手段ですから!」


 あ、でも最終手段としてはそれもあるのね…?


「で、誰ですか!?」


 彼女はぐいっと顔を近付けて迫ってくる。

 あまりの気迫に負け、少し俯く。


 …と、そこにはたわわに実った双丘が。

 慌てて今度は横を向く。


 まあ、アーデルベルトには随分と痛い目に遭わされた。

 これも仕返しの一環だと思えば良いだろう。

 こうなったら言うまで放してくれそうにないし、彼の名を告げるしかなかろう。


「君の甥だよ、アーデルベルトだ」


「アーデルベルト、が…?」


「そうだ。彼が今朝教えてくれたよ、君が婚約者から暴力を受けているから助けてやって欲しい、とな」


「へ?」


 彼女は何故かそれを聞いて固まる。

 同様にエーバーハルトも動かず、あんぐりと口を開けているだけだ。


 さっきから一体何だ、この反応は?


「も、もう一度お願いします…」


 こう何故だか低姿勢で、私にリピートせよと言ったのは、エーバーハルトである。

 さっきまでの威勢は何処へやら、発注ミスをした時のバイトの様な情け無い顔をしている。


「だから、アーデルベルトだと言っているだろうが。まさか、知らないはずもないだろう?ルイーゼの甥で、三男だが皇帝の息子だぞ?」


「い、いえ…そうではなく、その後…」


 その後?


「お前がルイーゼに暴力を振るうクソ野郎だから結婚を中止させてくれ、とアーデルベルトに頼まれたのだが?…これ、お前に言っても良かったのか私も不安になってきたが…」


 まあ、大丈夫…かな…?


「本当にアーデルベルトが?本人が直接見たと言っていましたか?」


 ルイーゼが信じられない、といった表情でその様な事を言う。


 何がそれ程までに二人を困惑させているのだろうか?


「何度も見た、と証言したぞ?一体どうしたのだ?何故その様な事を聞く?」


「いえ…その…予想とは全く違う事になっていたので…」


「何が?」


 彼女はもじもじとして髪をいじる。


 裸でそういうのは止めて頂きたいのだが…

 目の毒だ…あっち方面の意味で。


「言って良いものなんでしょうか…うーん…でも、勘違いされたままというのも…いや、しかし…」


 焦れったいなぁ。


「私は彼の名を教えたのだから、君もそれくらい教えてくれよ」


「うっ…!と、ともかく!アーデルベルトの元へと行きましょう!そこで話しますから!」


 まあ、それで妥協するか。

 その方が事情がより詳しく知れそうだしな。


 ここまで片足を突っ込んでしまったからにはもう後には退()けない。

 もう退く、などという選択肢は存在しないのである。

 ならば、片足どころか両足を奥まで突っ込んでやる。


「なら、そうしよう。ただ、一つだけ良いか?」


「何でしょう?」


「服を着てくれ…」


「あっ、すいません。ついうっかり」


 彼女は全裸で部屋から出ようとしていたのだった。

 私が何も言わなければこの格好で行くつもりだったのか…?



 ✳︎



 ルイーゼとエーバーハルトを引き連れ、アーデルベルトを探す事小一時間。

 遂に、楽しそうに遊ぶアーデルベルトとナディアの二人を発見するに至る。


 探しても探しても何処にもいないものだから、随分と骨が折れた。


 正確には、ナディアと会話してデレデレと鼻の下を伸ばすアーデルベルトと、その様な事には全く気付いていないナディアの二人だ。


「へーか!」


 私を視界内に捉えた瞬間、彼女はぬいぐるみ片手にすっくと立ち上がり、笑顔でこちらめがけて走って来る。

 そしていつもの如く、私の足下へとダイブ。


 この思い切りの良いダイブ、今は彼女が幼いから良いものの、これがナーシャぐらいの歳になったら耐えられんだろうな…

 彼女が妹とは違ってお(しと)やかな立派なレディーに育つ事を願うばかりである。

 頼んだぞ、ソフィア医師…!


 反対に、先程まで夢見心地でナディアとの時間を過ごしていたアーデルベルトは、それを見て少しショックを受け、こちらを小動物の様な目で見つめてくる。


 ざまあ見ろ、と大人気なく心の中で呟いてみる。

 うん、非常に大人気ないな。


「仲良くやっていた様だな」


 ただし、私が来るまでは、だが。


「うん!」


 頭を撫でてやると、まるで犬の様に頭を私の脚に擦り付けてくる。


 アーデルベルトの嫉妬に燃えた視線が痛い…


「すまんなナディア、ちょっとアーデルベルトに用事があってな。少し借りても良いか?」


「え?アーくん?いいよ」


 “アーくん”か…何とも安易な略し方だが、素晴らしい響き。

 私もそう呼んでからかってやろうか、真面目に考慮したいぐらいだ。


「皇太子殿だけでなく、叔母上に…エーバーハルト殿も…只事ではなさそうですね…」


「そうだ、只事ではない」


 だって、浮気現場(?)で修羅場になったのだからな。

 まあ、何故だかその雰囲気もアーデルベルトの発言を口にしたと同時に、一瞬にして変わってしまった訳だが。


「さて、何処か話し合いに適した場所はあるか?」


「ニコライさん、あそこはどうですか?いつぞやのバルコニーならここから近いです」


「そうするか。では、案内を頼む」


 ルイーゼの先導で、例の寂れたバルコニーに到着。


 以前とは違って、昼だから景色がよく見渡せる。

 こういうのも悪くはないな。


「では、早速だが…説明してくれ」


 ルイーゼはごくり、と唾を呑み込むと、こくんと小さく頷く。


「その前に一つだけ確認を。アーデルベルト、エーバーハルトが私に暴力を振るった、と言ったの?」


「ええ、そうですが…」


「それはあなたが見たの?」


「はい…」


「本当に?」


「ええ」


「本当に見たの?」


「いや、正確には間接的に見たと言うか…」


「どういう事?」


「直接的に見た訳ではないですが、ドア越しにその…声が聴こえてきて、ドアを少しだけ開けて覗いたら、暴力を振るっていた、という感じで…」


「はっきりと見たのではないの?」


「言いにくいですが…その、僕には…えっと…裸の…叔母上が蹴られている様に見えましたが…」


 何そのエロいプレイ?!

 許すまじ、エーバーハルト!

 一介の紳士として許せんな!


 ちょっとだけ羨ま…ゴホンゴホン!!

 べ、別に、ちょっとだけ私もやってみたいなぁ、なんて思ってないんだからね!


「成る程ねぇ…やっぱり普通ならそう勘違いしちゃうわよね…」


「違うのか?」


「違います。間違ってはいないけど、全然違う…」


 実に哲学的な回答である。


「やはりアーデルベルトが何か勘違いしていたのか?」


「ええ」


 彼女はぐるりんと目を逸らして一回転させる。

 言おうかどうか、随分と悩んでいるらしい。


「確かに、蹴ったりとか、そういうのはありました。だけど、少し違うのです…」


「結論から言うと、エーバーハルトはロクでもない男ですが、暴力など振るっていません」


 あれ?

 じゃあ、アーデルベルトの勘違いとは何なんだ?


「エーバーハルトに暴力を振るっていたのは…私です」


 …!?

 まさかの逆…ですか?

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