IV.お風呂って、ラブコメ的には絶対外せないよね!(これがラブコメかどうかは別として)
※注釈
・後宮
王様専用の、女の人がいっぱいいる所。
リアルハーレム。
その後も何人もの人々が玉座の下へと馳せ参じ、最終的には一部を除く殆どの父の臣下が私にも仕える事となった。
まだ皇帝にはなっていないが、この調子であれば無事継承出来るに違いない。
一人一人と挨拶をしていたため、もうとっくに日は沈んでいる。
夕食も特に仲良くしておきたい者達と会食したので、後は妹の下へと向かうのみ。
無事成功した、とこの旨、伝えぬ訳にはいかない。
こんな時間に彼女の部屋に行くのは非常に危険だが致し方あるまい。
幸い、彼女はか弱い乙女であり、侍女達も皆ただの女性。
最終手段ではあるが、不味くなったら逃げれば良いのだ。
故に、最大限警戒しながらも私は妹を訪ねるのだった。
妹の部屋の前まで来ると数人の侍女が立っていた。
陛下、お待ちしておりました、と一礼し、中へと案内する。
流石は我が妹。
侍女にはもう私を陛下と呼ぶ様に教育済みらしい。
この様子だと宮殿の召し使いは彼女に任せておけば掌握可能だろう。
万事順調だ。
先程“彼女の部屋”と表現したが、それは正確ではない。
正確には、“後宮、そしてその3分の1”だ。
皇帝と、女性のみが入る事を許された区画。
今まで私は入る事が出来なかったのだが、この度新たな皇帝となる事がほぼ確実となり、遂に入れる様になったのだ。
ここに私がいたのは五歳の頃までなので、十数年ぶりだ。
記憶にある通り後宮は馬鹿みたいに広いが、人は殆どいない。
本来は何百人もの人々がここで生活出来るように造られているのだが、父が妻を二人しか持たなかったために人口密度は非常に低い。
今のところ、ここに住んでいるのは私の母と、ナーシャ、そしてその母親だ。
勿論侍女の何人かも住んでいるものの、それでも余りにも人数が少ない。
それ故、一人当たりに割り当てられる後宮の敷地はとんでもなく広く、ナーシャの分だけでも、宮殿の、皇帝のための敷地よりも広い。
もっと有効活用出来ればなあ…と思う限りだ。
ナーシャに割り当てられているのは後宮の入り口から見て奥側に位置するらしく、それなりに歩かねばならない。
それならば、と先に母親二人に挨拶でもしてからナーシャの下に向かう事とする。
二人には私の仕出かした事はもう既に伝わっているのだろうか?
もしそうでないならば事情を説明しなければならない。
仮にも彼女達の夫を殺したのだから、詫びの一つも言わねばなるまい。
ナーシャを後回しにする旨を侍女に伝えると、渋られるかと思ったら快く了承してくれた。
ちょっと意外だった。
先ずは我が母、マリア・フェードロヴナからだ。
彼女は父の第一夫人であり、皇太子である私の母。
必然的にこの後宮の第一人者だった。
私が訪ねると、彼女は何でもない様に私を部屋に招き、もてなしてくれた。
「あなたがここに来たという事は…陛下はお亡くなりになったの?」
どうやら彼女の所にはまだ何も情報が伝わっていないらしかった。
そのせいで状況を説明する必要性が生じてしまう。
一通り説明したものの、案外母は冷静だった。
「まあ…あなたが殺したと言うの?」
「それ程驚かれないのですね」
彼女は息子が夫を殺した、と聞いても平然としていた。
「まあ、驚きはしたけれども…そこまで動揺はしないわね」
…との事。
まあ、愛は冷めてしまっていたのだろう。
いつまでもそこにいる訳にもいかないので、説明が終わると直ぐに今度はナーシャの母、マリア・アレクサンドロヴナだ。
私の母と同じくマリアという名のため、非常にややこしい。
彼女に会ってみると、私の母とは違って彼女は私の仕出かした事を知っていた。
「ナーシャから聞いたのです」
「左様ですか…」
「陛下に手を掛けたのも…ナーシャが最初に言い出した事だったそうですね」
「ええ…確かにそうですが、それに唆されて実際に手を下したのは私です…」
「別にあなたを責める気にもなれません。今更私が何か言って、状況が変わる訳でもないでしょうから。ただ、やってしまった事の後始末はしっかりとしなければなりませんよ」
彼女は私の母とは違って夫の死を悲しんでいる様子であった。
しかし幸い、彼女から特に責められる様な事も無かった。
それだけは救いだった。
ちなみに、ナーシャはついでにいらん事(主に結婚がどうこう、とか)を母に話していたらしく、詮索される事この上無かった。
こうして二人への挨拶も済ませ、残るはナーシャのみ。
挨拶などしているうちにも時間は刻一刻と過ぎて行き、随分と遅くなっていく。
何度も言うが、この様な遅い時間の訪問は私の貞操の危機にも繋がるため、あまり良くないのだが…
最悪の場合、部屋に入った瞬間に襲われる事すら覚悟していたのだが案外そんな事は無く、彼女は大人しく椅子に座って待っていた。
いや、襲われるのを期待してた訳ではないぞ、決して!
ランプと燭台の灯に彼女の顔がぼんやりと照らされている。
彼女はもう既に着替えてはいたが、まだ寝間着ではなくちゃんとしたドレス姿だった。
「おお、我が君…!お待ちしておりました」
彼女は私を見るや否や、立ち上がって抱きついてきた。
「我が君…?」
「ええ。兄上は我が夫となられるのですから、この様に呼んでも差し支え有りますまい」
いや、差し支えありまくりだ。
この状況にツッコミの一つも入れない人間など余程の事勿れ主義でもない限りまずいないだろう。
何と、侍女には自分の事を“皇后様”とか呼ばせているという徹底ぶり。
外堀から埋められていくこの恐ろしさ…
「気が早いな…」
「待ち切れなくて…」
そんな目で見ても無駄だぞ!
絶対になびかないからな!
取り敢えず説得の末、私の呼び名を兄上に戻す事には成功した。
勿論、皇后とかそういったものも。
兄上はあくまで兄妹プレイがお好みなのですね、とか言われてちょっとだけショックだったが、もうそれだけでも良しとするしかない。
「ところで、結果は如何でしたか?」
「上々だな。殆どの貴族に忠誠を誓わせる事に成功した。一先ずは成功だ」
それを聞くと彼女は嬉しそうにうんうん、と頷く。
「流石は兄上!私無しでもその程度は余裕ですね!」
「そう買いかぶるな。全員を取り込めた訳ではない。そういう意味では完全なる成功、とも言い難いのだ」
「しかし十分に及第点です。正直、兄上がいつ泣き付いてくるかと待っていたのですが」
この発言には笑うしかないな。
妹にそんな風に思われていたとは。
「手厳しいなぁ…まあ、軍の手直しの方も早速取り掛からせておいたし、もう少し買いかぶってくれても良いんだぞ…?」
さっきとは言ってる事が真逆だがそれはご愛嬌、と。
「軍の手直し?初日から取り掛かるとは、素晴らしいですね。目処はついてらっしゃるので?」
「ああ。担当者には半年と国庫の予算全て、多数の労働力を要求された。しかし逆に言えば、それさえあれば必ずや軍を再建してみせる、と」
「成る程…それが本当なら頼もしいですね。上手くいくと良いのですが」
あら?案外シリアスな表情…?
もう少しラブラブな展開を想定していたのだが。
✳︎
意外だった。
何と、その後特に何も無く私は後宮から自室へと戻る最中なのだから。
襲うどころか、彼女は結婚に関する話すらしてこなかった。
あまりにも予想外だったので余計な警戒をしてしまう程だった。
まあ、取り敢えず何も無かったのだから良しとしたい。
明日からも仕事はごまんとあるのだ。
今は休むに越した事は無い。
もしかしたら妹もそういう配慮を効かせたのやもしれん。
もしそうならば良いのだが。
彼女とてブラコンかつヤンデレでさえなければまともな人間なのだ、それぐらいの気遣いは十分出来よう。
そんな事をふと考えつつも自室に到着。
何れは皇帝用の部屋に移る事となろうが、今はまだ皇太子用の部屋のままだ。
さほど広くはないが、広くてもどうせそれ程スペースは使わないのでこれで十分だ。
広過ぎると落ち着かんし、これくらいがベストサイズ。
胸の大きさも部屋の大きさも同じで、小さ過ぎず、大き過ぎずが肝要だという事だ。
中庸こそが最も望ましいのだ。
うわ、私は何を言ってるんだ…
妹のせいでちょっと思考に煩悩が混じってしまったらしい、いかんいかん。
部屋に入ると、普段通りに侍女が待機していた。
彼女達は静かに一礼すると、慣れた手つきで私の着替えを手伝う。
侍女のおかげで瞬時に着替えは済む。
堅苦しい正装から部屋着に着替え、やっと一息吐ける。
さて、後は風呂だな。
…という事で直ぐ様風呂に直行。
この国は寒い地域だからという事もあり、庶民は兎も角、皇族や貴族などの間では風呂はポピュラーだ。
この宮殿内にも後宮にあるものを含め、大小様々な風呂が存在する。
近くに火山がある訳でもないので全て湯はいちいち沸かしているのだが、それは相当な苦労だろう。
何せ湯量がとんでもないのだから。
しかしそれでも風呂に入る事を止めない程にはこの国の人間は風呂好きなのだ。
斯く言う私もその風呂好きの端くれで、毎日欠かさず風呂に入る。
日によっては複数回入る程。
風呂の魔力には抗い難いのだ。
私は普段、小さめの風呂を自分専用にして使っていた。
まあ、小さめとは言っても比較的だが。
他の風呂が大き過ぎるだけの事で、私の使う風呂も十分大きい。
入ろうと思えば余裕で百人は入れるぐらいには大きい。
勿論、私一人しか入らぬのだが。
この風呂を私が気に入っている理由はその丁度良い大きさと、自室から近いという事。
そして最大の理由は半分屋内で、半分屋外というその設計だ。
風呂の手前側は室内なのだが、奥の方は屋根も壁も無い露天風呂。
風呂の熱気のおかげで本来なら南の方に生える植物も育つらしく、ここいらでは見かけない珍しい木々も植えてある。
装飾も派手ではなく落ち着いた雰囲気で、一人でゆっくりするには最適だ。
そしてその環境で見上げる満天の星空も又素晴らしい。
それこそが、自分が皇族で良かったな、と思える唯一の瞬間だったりする。
その風呂の正式名称は「第十三浴場」とかいう味気無い名前なのだが、私が専用風呂にした事でいつからか「殿下の湯」とか使用人の間では呼ばれるようになったとか。
そのうち「陛下の湯」にでも改名されるのだろう。
何だかちょっと恥ずかしい名前だ。
それでもやっぱり私は今日もその風呂に入る。
私は入浴中は一人でいる事を好むため、侍女も浴室の中までは入って来ず、扉の外で待機している。
私にとっては唯一の一人になれる空間だ。
まあ、私に見えない所で監視しているのかもしれないが。
少なくとも私の視界に侍女が入る事はないので良しとしよう。
極楽極楽っと。
いつも通りに湯船に浸かり、目を閉じる。
父を殺したものの…正直そこまで変わらないな。
仕事と責任がちょっと増えたぐらいだ。
戦も半年後までは無いし、それまでは父の仕事を引き継ぐのみだ。
この分だと、案外上手く──
「──兄上」
いきなりそう呼ばれ、肩に誰かの手が触れる。
ああ…そういう事か…