XXXVII.裸で語らおう。
※注釈
・間男
妻と姦通する男の事。
要するに、寝取る側。
・NTR
あまり筆者には良さが分からないジャンル。
他人の妻をピーする事。
彼女はもう直ぐ結婚する。
父親が正式に決めた相手で、数年前からそうと決まっていた男と。
その男はフォーアツァイトの名家の人間で、ルイーゼが一度は好意を寄せた事もある程の者。
そして、今は彼女が結婚を望まぬ者。
ならば、今彼女と一緒にいる私は何だ?
間男か?
これは本当に正しいのか?
これは後から出て来て掻っ攫っていく行為に等しいのでは?
私の脳内ではその様な疑問が洗濯機の如く、ぐるぐると回り回り、揉みくちゃになって浮かんでは消えを繰り返している。
しかしその疑問が厄介なのは、どんなに回しても回しても汚れは落ちやしないという事。
頑固な油汚れの比ではない。
ルイーゼはどこまでするつもりだ…?
結婚を控えている状況で、あまり無茶はしないだろう、と楽観的に考えてはいたが、そうもいかなそうだ。
ベッドに腰掛ける私の後ろから、シュルシュルと布の擦れる音がする。
彼女がドレスを脱ぐ音。
何かの始まりを予見させる音。
キスだけでなく、その先まで行くつもりか。
それとも私を試しているのか。
彼女は少々人を試す様な真似をするという悪癖がある。
これもその一環なのか?
私の勇気を試しているのか?
しかしもし仮にそうだとしても、それを試してどうなると言うのか?
私のそれを知って、どうなると言うのか?
やはり彼女は私に行動を起こして欲しいのではないか?
これも一種の催促か?
「緊張しているのですか?こういう事の経験が無い訳ではないのでしょう?」
確かに、こういった展開は初めてではない。
ナーシャやソフィア医師相手に何度も遭遇してきたシチュエーションだ。
実際、私は妹の裸ならば見飽きるレベルで見ている。
勿論堂々と自慢出来る様な事でもないが。
しかしながら、今回は何かが違う。
妹ならばやはり兄妹である、という一種のストッパーが掛かっていたし、ソフィア医師は奥手であまり心配もいらなかった。
だがルイーゼは私と血の繋がりも無ければ、奥手でもない。
代わりに彼女には婚約者がいるが、それはストッパーになるどころか逆に彼女をこの様な行為に走らせる原因となってしまっている。
更に、妹やソフィア医師と違い、彼女はしようと思えば平気で結婚出来てしまう相手。
結婚するに申し分無いスペックが揃っている。
それに私とて彼女に好意を抱いていない訳ではなく、この数日間共に過ごしただけでもかなり彼女に情が湧いてしまった。
アーデルベルトには冷たく、ああは言ったが、やはり彼女の事は何とかしてやりたいと思う。
そしてそれを最も簡単に実現する手段は…
彼女の処女を奪う事。
そうすれば自動的に責任を取る形で私と結婚する事になるだろう。
少なくとも婚約者との結婚は避けられる。
ついでに言うと、私の結婚という目的も達成出来るし。
だが、当然ながらそうなるのは望ましい事ではない。
それは簡単であると同時に、全てを巻き込む危険な行為だ。
もし仮にそれで結婚出来たとしても、それが幸せに繋がるとは思えない。
ルイーゼはずっと婚約者を裏切った、と周りから言われる羽目になるだろうし、私は私で同様の汚名を背負いつつ、妹やナディア、ソフィア医師をどうにかしなければならない。
フォーアツァイトにお仕事に行って、他所の女を寝取ってきました、などと妹に報告しようものならば、地球が八回焼けても足りないぐらいの怒りが私を襲うに違いない。
少なくともルイーゼの命は無い、と自信を持って言える。
ナーシャからすれば、「夫が出張中に人妻(仮)をNTRしてお持ち帰りしてきて、結婚する事になった」といった感じだろう。
勿論、私とナーシャは夫婦でも何でもなく、あくまで例え話である。
更には、ヴィルヘルムとの関係悪化は必然的だろう。
下手をすれば連邦を奇襲する計画を公表され、逆にプラトークが攻められる側に回るかもしれない。
連邦がその機会を逃すはずがないのだ。
「ルイーゼ…確かに好きにしろ、とは言ったが…一線は越えるなよ?」
「何でもして良いのではなかったのですか?」
「それはそうだが…そうなったら強制的に私と結婚する事になるだけだ」
「それはそれで構わない、と私は思っているんですが…やっぱり迷惑ですか?」
「当然だ。そうなったら全てが狂う事になる。私にそれだけの事を仕出かす勇気は無い。前にも言ったが、私は臆病なのだ」
「じゃあ、そうなりそうになったら止めて下さい。私は歯止めが利きそうにないので」
「分かった」
彼女は後ろから私の頰に触れる。
そして胸が背に当たっているのも分かる。
服越しだが、かなりの重みを感じる。
ルイーゼの胸は多分、我が姉よりも大きい。
圧倒的存在感、というヤツだ。
「ニコライさんも、脱がないんですか?それとも、脱がして欲しいんですか?」
「私まで脱いだら本当に歯止めが利かなくなりそうだ」
「成る程、では後で私が脱がせます。歯止めが利かない方が私にとっては好都合ですから」
彼女はどうやら本気で一線を越える様なシチュエーションを狙っているらしい。
これもやはりそのための誘惑なのだろう。
「こっち向いて下さい」
言う通りに振り向くと、瞬時に彼女の舌が口内に侵入してくる。
彼女がやけに自信満々なので何故だか不思議だったのだが、今やっとその理由が分かった。
ルイーゼはキスが上手かったのだ。
私もかなり経験を積み、それなりに上手いという自負があったのだが、初心者を嘲るかの様に彼女の舌は私をリードする。
これは、下手すればナーシャに匹敵するレベル。
まるでネズミを追い掛ける猫の如く、執拗に私の舌を責め続け、弄ぶ。
彼女はナーシャと違って一人でトレーニングしていた訳でもないだろうし、そうなるとキスが上手い理由は大体分かってしまう。
婚約者か…
彼女のキスが上手い理由は、婚約者と何度も経験したからだろう。
それも相当な回数。
婚約者相手ならば、結婚まで処女さえ失わなければ何をしようと自由。
当然キスの一つや二つぐらい、何度もしたはずだ。
そして勿論それ以上の事も。
チクリ、と胸が痛む。
私は彼女にとって何者でもない。
現時点では赤の他人である。
それどころか、婚約者との間に割って入る間男でしかないのだ。
だから、この様な感情を抱くのは甚だ間違いであって、そんな必要性も義理も無い。
だが、それでも胸は痛む。
ルイーゼの事を想うたびに、その婚約者の事を考えるたびに。
嗚呼、彼女は何度婚約者とキスをしたのか?
何処まで発展していたのか?
他に何をしたのか?
それは自分から望んでのものだったのか?
それとも強制されてのものだったのか?
婚約者は暴力を振るう、とアーデルベルトは言っていた。
ならば何を彼女にした?
何故その様な事を?
そもそも、敢えて結婚前にそうする必要があるのか?
どうせ、結婚後に幾らでもその機会はあるだろう。
ならば何故結婚前に?
どういった意味があって?
やはり婚約相手も結婚を望んでいないのか?
それとも、本当に気が狂っているのか?
だが、一つだけはっきりしているのは…
この様な事を考えてしまう私はやはり、彼女の事を…
彼女は不意にキスを止めると、私の正面に回り込んでくる。
「悩んでらっしゃるのですか?…私のせいで困らせてしまってますよね?」
「そうだな、凄く困っている。分かっているなら止めてもらいたいが、無理だろうな」
「ごめんなさい、それは無理ですね」
だろうな。
だが、そういったお茶目な一面も悪くはないと思ってしまう。
大人に使うのもどうかとは思うが、“可愛らしい”という言葉がよく似合う。
大人びていて、それでいて子供の様な面もある…それがルイーゼという女性なのだ。
どちらが本当の彼女なのか。
もしくは両方か、どちらでもないのかもしれない。
だが、いずれにせよ、私が彼女に抱いているのは本物の…
本物の恋愛感情だ。
今にして思えば、きっと妹のナーシャの妨害のせいだったのだろうが、私は昔から驚く程に女性と無縁だった。
勿論、他の女性と会話を楽しむ事自体はあった。
しかし、それ以上にまで発展する事が全くと言って良い程無かったのである。
故に、私にはあまり本当の恋愛、愛だの恋だのは分からぬ。
ロマンチストでもないから、それらに憧れを持っている訳でもない。
それでも、今自分が味わっているものこそが愛だとか恋だとか言われているものだと確信出来る。
鳴る鼓動、高めの体温、染まる頰。
身体が私に必死に伝えようとしている。
嫌でも分かる。
「上手だったでしょう?驚かれました?」
「ああ、負けた」
「ソフィアちゃんよりも良かったでしょう?」
「そりゃあな」
ソフィア医師は私よりも下手である。
当たり前だ。
「では、あなたが今までした相手で、一番上手だったのは誰ですか?私?」
「いや、それは分からん。それ程詳しく覚えている訳でもないし。君か、あるいは…」
「ほおっ!誰ですか?気になります!私も結構上手い方だと思うんですけど、それに匹敵する方とは?」
それは勿論ナーシャなのだが…
妹です、などと答えるのは何だか気が引ける。
だが、彼女に噓を吐いても仕方あるまい。
「妹だ…」
「妹さん?」
ほら、予想通りの反応。
明らかに戸惑っている。
「仕方が無いだろう…上手いのだから…」
「あ、いえ!別に良いんですよ?逆に安心したぐらいですから!」
「安心…?」
「ええ、だって、一番になりたいじゃないですか。妹さんなら、ノーカンですよね」
一番、か。
「逆に、ニコライさんは複雑な気持ちでしょうが。私のキスが上手かったから。エーバーハルトの事を考えてらっしゃったでしょう?」
「そうだな。他の男の存在を感じてしまった…」
「嫉妬しました?嫉妬したでしょう?」
彼女はにやにやと悪戯っぽく尋ねてくる。
「正直言って…嫉妬したな」
「何故です?」
「え…?」
「何故嫉妬するんですか?」
分かっているくせに。
やはり彼女は少し意地悪だ。
まるで小学生の夏休みの自由研究の様な気軽さで私を試してくる。
それも、悪びれの無い無邪気な笑みで。
その分タチが悪い。
「それは言わねばならない事なのか?わざわざ?」
「ええ。そこははっきりさせておきましょう」
「君の事をその…悪くは思っていないから…」
「あ〜、ダメですね。もっとはっきりして下さいよ」
「ああもう、分かったよ。君が好きだからだ」
「もう一回!」
「君が好きだからだ」
私は一体何をしているのだ…
婚約者のいる女性相手に告白なんて…
「だが、勘違いするなよ?好きは好きでも、それ程でもない、ちょっと気になるかなぁ〜程度のものだからな!」
我ながら言い訳がましいが、事実なのだから仕方が無い。
確かに私は彼女に恋愛感情を抱いているのかもしれないが、それは彼女に限った話ではないのである。
ソフィア医師にだって、かなり似た様なものを感じている。
それに、彼女を助けるかどうか迷っている事からも分かるかと思うが、好きで好きで堪らない、などという末期症状にまで陥っている訳でもない。
「はいはい、分かってますよ。だって、妹さんもいるし、ナディアちゃんもソフィアちゃんもいますもんね。女には困ってないっ!(ドンッ!!)ですもんねー?」
何やら失礼な勘違いが見受けられるものの、まあ確かに事実ではある。
だからと言って、結婚相手に恵まれている訳ではないが。
その様な複雑な状況下にある男、それこそが私(絶賛結婚相手募集中)なのである。
「そういう事だ。君に多少の好意は抱いてはいるが、それはソフィア先生へのものと変わらぬぐらいのものなのだよ。まあ、少し申し訳ないとは思うのだが、一番とは言えないな」
「あの、今何と言いました?」
「何が?」
「ソフィアちゃんがどうのこうの、というところです!もう一度聞かせて下さい」
「いや、だから…君に好意は抱いてはいるが、それはソフィア先生と同じぐらいのものであってだな…」
「それです、それ!ニコライさんとソフィアちゃんって、出会ってどれくらいの仲なんです?」
「二カ月…?にはギリギリ届かないぐらい…かな?」
「じゃあ、私は?」
「一週間くらいだな」
「それって、私、勝ってません?」
確かに、ペース的にはルイーゼが勝っているとも言えなくはない。
言えなくは…ない…
「だが、ソフィア先生はちょっと奥手なところがあるし、一概には言えんぞ」
「でも、もしこの調子でいけば、どんどん差は開いていきますよ?」
「今後もそうとは限らんではないか」
「あら?もう私への好感度は天井にごっつんこ、ですか?もうこれ以上は上がらない?」
今後があるのであれば…
もし仮にそうだ、という前提に立てば、いつかはルイーゼが他を遥かに凌ぐ程、私の中での一番になるのではなかろうか?
未来の事など分からんし、第一、彼女は婚約者と結婚する上に私はいずれプラトークに帰るのだから、無意味な仮定に過ぎないが、やはり十分な時間さえあれば彼女はいつかは私の中で特別な存在になるのかもしれない、という思考が私の頭の中をよぎる。
「…」
「沈黙は、肯定と捉えても宜しいのでしょうか?それとも逆?」
「分からんものは何とも言えん。未来の事など知るものか」
「ならば、今直ぐにソフィアちゃんを抜いて一位に躍り出てみましょうか?」
「ほう、自信満々ではないか」
「だって自信があるんですもの。どうやら、ソフィアちゃんとはキスぐらいまでしか発展してないんでしょう?」
「う〜ん…もしかしたらそれ以上もいってたかも…」
勿論嘘である。
ソフィア医師とはキスが精一杯だ。
「嘘ですね、バレバレです」
やはりお見通し。
「そうだな、キスまでだ…」
「じゃあ、それよりも二段階程ステップアップしましょうか」
「は?」
ルイーゼのターン、始まりである。
…と、思われた矢先に、ドアが何の前触れも無く開く。
「ルイーゼ、来たよぉー」
そう元気に入って来たのは…
「エーバーハルト…!?」
ルイーゼの婚約者だった…