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XXXVI.帝国皇女の結婚。

※注釈

・忘れられる権利

やらかしてしまった過去の事で、いつまでもネチネチと悪影響を被りたくない!

だからネット上の俺に関する記事を消せ!

…という感じの権利です。

例えば、過去に犯罪を犯した人が、社会復帰のために自分の名前が載ったサイトを訴えたりだとか、そういう場合によく使われます。

ほら、誰だって恥ずかしい過去は忘れてもらいたいものですから。

ただし、対をなすものとして、知る権利なるものがあるので、難しいものですが。

 〜父殺害後五十五日目〜


「叔母上はご結婚なさいます。それも、遅くとも一カ月以内に」


 街に出掛けてから数日が経ったある日。

 神妙な顔付きで突如アーデルベルトが現れたかと思えば、第一声がそれだった。


 叔母上…?

 アーデルベルトの叔母?


 少なくとも、私が知る限りではそれに当てはまる人物は…ルイーゼしかいないのだが。


「それは…もしや、ルイーゼの事ではないだろうな?」


「それ以外に誰がおりましょうか?」


 いや、それは分かっている。

 実際、彼女は婚約していると話していたし。


 だが、それ程までに結婚が直ぐそこにまで迫っていたとは思いもしなかった。

 まさか一カ月以内とは。


「で?何故私にそれを?」


「叔母上の結婚式には各国からの重鎮をお呼びする事となります。ですから、皇太子殿にもプラトーク帝国代表、いえ、現時点でのプラトークのトップとして、ご出席願いたいのです」


「成る程な…多分結婚式よりは密約が纏まる方が先だが、結婚式への出席を済ませてから帰国、というのも悪くはないな」


「では、宜しいですか?」


「それは構わんのだが、私はここにはいない事になっているはずだが?それなのに堂々と出席など…」


「いえ、逆にこれは好都合なのです。一応情報の隠匿には万全を期したはずですが、完璧であるとは限りません。ならば、ここで結婚式に参加して頂いた方が、口実にもなりますし」


「分かった。ならばそうする事としよう」


 公にはバカンスという名目で偽っているこの旅だが、もう最初っからフォーアツァイトに招待されていた事にしても良いかもしれない。

 これまでに自分の存在を多数の人間に見られてきたという自覚は大いにある。

 と言うか、思い当たる節が多過ぎる。


 ならば下手に隠すよりも、堂々と結婚式出席のために招待された事にしておいた方が良かろう。

 バカンスなどと偽った事に関しても、安全上の配慮、とでも言っておけば良いのだ。


「はい、宜しくお願いします」


 しかし、ルイーゼが結婚か…

 何か感慨深いと言うか…少し寂しい気分と言うか…


 彼女には何度も誘惑されたし、意味深な昔話も聴かされた。

 それに、(軽いものだが)キスだってした。

 そんな女性が結婚するとなれば、多少は複雑な心境にもなろうというもの。


 もしかしたら、私は少し彼女に惹かれていたのかもしれんな。


 彼女は今まで会った中でも最も現実的に結婚が有り得る人間だった。

 年齢良し、家柄良し。

 婚約者さえいなければ、求婚していた可能性すらあった。


 そんな彼女も遂に結婚か。


 幸か不幸か、そしてそれを私は傍で見守る事となった。

 しかしそこで思い出されるのは…かつての彼女の言葉。


「ニコライさんも頑張れば私を今の婚約者から奪い取れるかもしれませんよ?何とも都合の良い事に、今の私は婚約相手に不満を抱いている事ですし」


 あの言葉…そしてその後のキス。


 やはりこの結婚を彼女は望んでいないのではなかろうか。

 少なくとも、喜んでいる様には見えなかった。

 それどころか、何処か哀しげな表情さえ見せた。


 何故彼女が私にあれ程アプローチしたのか。

 何故婚約者の話など私にしたのか。

 何故哀しげだったのか。


 …そして何故、私なのか。


 答えは簡単だ。

 彼女は私に助けを求めていた。


 私の隣で笑っている様に見えて、実は必死にもがいていたのだ。

 そして藁にでもすがる思いで私に助けを求めた。


 至極単純。

 しかし、それは私が干渉して良い事なのだろうか…?

 他国に過度に口を出す事は避けなければならない。


 ましてやフォーアツァイトはこれから共に戦おうという仲。

 それをいたずらに揺さぶるのは不味い。


 だが、彼女を放って置く事も私には出来そうにない。

 きっとそうなったら後味が悪過ぎて一生忘れられないだろうから。


「あの…皇太子殿」


「何だ?」


 去り際に、アーデルベルトは足を止め、こちらも向かずに声を掛けてくる。


「あの…もうご存知なのでしょう?叔母上がこの結婚を望んでいらっしゃらない事は」


「その通りだが?」


「叔母上は…優しいお方です」


「知っている」


 知っている、そんな事は。


 初めて出会った時の彼女も、その後に出会った時の彼女も、一緒に街に出掛けた時の彼女も。

 どんな時も彼女からは言動の節々から優しさが感じられた。


「そんな叔母上が、これ以上哀しむのは見たくないのです…しかし、僕には…僕には…どうしようもない…」


「何がどうしようもないのだ?」


「僕には、この結婚を阻止するだけの力が無い…僕とて最善は尽くしましたが、どうしようもないのです…」


「彼女の結婚相手とは、それ程までに酷いのか?」


「僕も最初は良い人だと思っていました。でも、見てしまったんです…」


 何を…?

 何をだ…?


 確か、ヴュルテンベルク公の息子の…エーバーハルトだったか。


「あいつが…叔母上に暴力を振るうところを、何度も」


 おいおい…帝国貴族が聞いて呆れるな。

 紳士の風上にも置けん。


「イかれてるな。結婚前からその様子では、幸せな結婚生活は絶望的だな」


「そんなもの、あいつはそもそも興味無いのです。あいつが欲しいのは、皇帝一族との婚姻関係…ただそれだけです」


「ルイーゼを道具くらいにしか思っていない訳か」


「ええ。それ以上でもそれ以下でもないでしょうね」


 政略結婚など貴族、王族、皇族にとっては日常茶飯事だが、以外にも本人同士は最終的には上手くやっていける事も多い。

 案外恋愛などそういうものなのだ。


 しかし、結婚相手がDV夫とくれば、話は別だ。

 毎日暴力を振るわれるのでは、仲良くしようがないではないか。


「その男と結婚して、子供でも生まれてみろ…政治に口出ししたり、後継争いに加わったり、帝国にとって不利益にしかならんだろう」


「そうなのです。もう、黙って見ている訳にはいきません!叔母上のためにも、フォーアツァイトのためにも…!」


「それで、私に協力せよ、と言うのだな?」


「はい。皇太子殿にはご迷惑をお掛けっぱなしですが、何卒っ…!」


 協力してやりたい気もする。

 しかし…


「それで、他国の皇太子に頼むのか?父親に頼めば良いではないか」


 当然ながら、他国の皇太子という立場上、あまり関わるべきではない。


「勿論、父上にも相談はしました。しかし、この件に関しては父上も不干渉を貫くつもりらしくて…」


「仮にも妹だろう?腹違いの妹だとは言うが、幾ら何でもそれは冷た過ぎやしないか?」


 もしナーシャがその様な状況になれば、私ならば黙ってはいない。

 例えヤンデレだろうが何だろうが妹は妹。

 見捨てる様な真似は出来ん。


「父上は、叔母上をあまり良く思っていないのです…」


「兄妹なのに仲が良くないのか?」


 私とナーシャの関係は、ご存知の通り非常に良好、それどころか仲が良過ぎて困っているくらいだ。

 それは今に限った事ではなく、父を殺す前から、我々は十分仲良し兄妹だった。

 まあ、それが行き過ぎて今の妹はあんな様子な訳だが…


 それ故にたまに忘れがちになるが、どの兄妹も仲が良い訳ではないのだ。

 我々とは逆に、いがみ合っている兄妹だって当然存在する。


 そしてヴィルヘルムとルイーゼは仲があまり良くはない様だ。

 理由は分からんが。


「叔母上のお母様は下級貴族出身だそうで…」


「成る程な。お前の父親はそういう事にいちいちこだわりそうだものな」


 ヴィルヘルムは真面目過ぎなのか、それとも又何か別の要因によるものなのか、考え方が非常に古い。

 彼は私より少し歳上程度のはずなのに、礼儀だとか家柄だとか身分だとか義理だとかエトセトラ、と随分と旧時代的な思想の持ち主。

 彼の性格故か、はたまたお国柄か…


 まあ、確実に彼の生まれ持っての性格のせいだろうが。


「それで、もう頼めるのは国外の方で、尚且つプラトークのトップである皇太子殿しかいらっしゃらないのです」


 で、結局は私に面倒事が回って来る、と。


 全く、アーデルベルトは私を困らせるのが本当にお上手だな。

 きっと将来は立派な皇帝になるだろうよ。

 彼は三男坊だが、長男、次男ぐらいなら平気で暗殺出来そうだ、アーデルベルトなら。


「しかし、ヴィルヘルム殿が望まぬ事を私がする訳にはいかんな。あくまでも私はプラトークの皇太子であり、我が帝国の利益のために動かねばならん。同盟相手のご機嫌を損ねてまでルイーゼを助ける義理は無い」


「それは分かっていて、それでも頼んでいるのです!それに、皇太子殿だって、叔母上に全く何の思い入れも無い訳ではないでしょう?」


「当然だ。ほんの数日にせよ、彼女とは…」


 そこでハッとして、私は黙る。


 そうだ、その通りなのだ。

 アーデルベルトの言う通り、ルイーゼに何も思わない訳ではない。

 だが、それならば私が彼女に抱いている感情は何だ?


 恋?

 違う、その様なものではない。


 愛?

 もっと違う。


 では、何なのだ?

 義務感?

 同情?


 この得体の知れぬ、感情の正体は…?


「皇太子殿…多分それは、考えるだけ無駄ですよ」


「な?」


 私の葛藤を全て見透かす様な目。


 本当に子供なのか、この少年は?


「悩んでおられるのですね?これからどうするべきか」


「違う。答えは決まりきっているのだからな」


「ええ、確かに。プラトークの皇太子としては、ね。しかし、あなた個人としては?」


「大義よりも個人的な欲求を優先する程、私は愚かではない」


「でも、全体のために自分を犠牲にする程愚かでもないです」


「それは美徳だ」


「いいえ、そんなものは社会が愚かな犠牲者を増やすために用意した誘い文句です」


「お前は父親とは正反対だな…」


 ヴィルヘルムとは対照的に、彼は少し冷めている。

 ナディアと同い年でこれでは先が思いやられる。


「まあ、幾分か余裕もあります。返事は明日でも構いません。明日までにじっくり考えておいて下さい」


「だから、断ると言っているだろうが」


「そう言わず、じっくり考えておいて下さいよ、お願いしますね」


 彼はぺこりとお辞儀すると去って行く。


 アーデルベルトめ、貧乏神の様なヤツだな。



 ✳︎



「ナディアちゃんは?」


「今日も朝からアーデルベルトと遊んでる」


「ソフィアちゃんは?」


 ソフィア…ちゃん?

 もう既にちゃん付けするぐらいの仲になっていたのか?


「先生は、フォーアツァイトの進んだ医学とやらを見学しに行った」


 ルイーゼの結婚式という口実ができた事により、彼女も遂に堂々とそんな事が出来るようになったのだ。

 私が許可するなり、文字通り宮殿から飛び出して行った。


 ルイーゼの結婚に関する良くない事実を知るのは外交団の中では私だけなので、仕方が無い事ではあるものの、ルイーゼの結婚式、などと聞いても、皆呑気なものだ。

 アーデルベルトからの要請に関して未だに悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


 しかし、この直接の原因を生んだアーデルベルトは絶賛片思い中のナディアとイチャイチャ遊んでいるという現状…

 アーデルベルトめ、何とふてぶてしいのだ…


「帝立臣民病院に?」


「ああ、多分そこだな。一番大きい所だと言っていたが」


「ならばそこで間違いありませんね。今頃あちらでは大騒ぎでしょうね」


「何故だ?」


「ソフィアちゃんの事はもう既に知れていますから。“プラトークの美少女医師”って!」


「まあ、彼女はプラトークでも人気だったからな」


 鈍感なのか、彼女はそれに全く気付いていない様だが。

 彼女は幼少期から医学を学ぶ事に多くの時間を費やしてきたせいか、そういう事に非常に疎い。


 お陰でプラトークの男性諸君は彼女に振り回されてばかり。

 猛アピールしてもすっとぼけた返事を返されるのだから堪らない。


 一番最近のものでは、毎日大量の花束を贈られていたのにプロポーズだと気付いていなかったという事案が…

 恐ろしい程鈍感だ。

 大量の花に埋もれながら、「どうしてこんなにお花を贈って下さるのでしょう?」などと言ってのける始末。


 そりゃあお嬢さん、あなたの事が好きだからでしょうよ!


「更に、あなたの愛人だとか噂されていますから、余計に注目を浴びているそうですよ」


 そんな事まで…

 ナディアの件も、ナーシャの件もバレている事は知っていたが、やはりソフィア医師に関してもか…!


 全く、私のプライベートは筒抜けではないか。

 国内だけならばまだしも、他国の一般市民にまで広く知られているとは。

 嗚呼…私は庶民からどんな風に思われているのだろう…

 多分、父親殺しとか女垂らしとかシスコンとかロリコンとかそういう根も葉も無い(?)噂のせいで低評価を受けているに違いない…!


「私にも忘れられる権利はあるはずなのだが…」


「無理ですね。こんなに面白いネタを提供してくれる皇太子は他にはいませんから」


 だろうな…

 ソフィア医師に関しては兎も角、ナーシャは妹だしナディアは幼女。

 妹とイチャイチャし、幼女と婚約する皇太子などいるはずがない。私を除いて。


「では、メイドさんは?」


「副メイド長は…行方不明だ」


「把握してないのですか?」


「まあ、彼女は神出鬼没だからな。把握のしようがない」


 本来は私とソフィア医師を監視するべく送り込まれて来た彼女だが、最近は逆に私とソフィア医師にくっ付けと迫る側になっている。

 それ故、監視の任を放っぽり出して、留守にする事も多い。

 何処に行っているのかは謎だが。


「なら、邪魔が入る心配も無いですね」


 そしてここは…

 ルイーゼの私室だ。


 入った瞬間からいい匂いがするし、ちょっとだけ興奮していた私ではあったが、おくびにも出さぬよう無表情を貫いている。


 部屋に二人きり…

 何だか何処かで聞いた事があるフレーズ。

 主にソフィア医師関連で。


 いやぁ、まさかね?

 ルイーゼはもう結婚を控えているのだぞ?

 そんなタイミングで他の男を連れ込んで…などと、するはずがない…普通ならば。


 普通じゃないから、とか言ってしまえばそれまでだが。


「そうだな、邪魔が入らずにゆっくり話し合えるなぁ!」


「ええ。時間にゆとりがあると、色々出来そうですね」


 色々…?


「例えば、この前の続きとか」


「ん?この前とはいつの事だ?続き?」


「分かりませんか?」


「分からん」


「じゃあ、ヒントです」


 彼女は私の首に手を回し、ゆっくりと顔を近付ける。


 おい、まさか…

 続きって、キスか…?


「まさか、あの様な児戯で終わりなんて、思ってませんよね?」


「いや、あれでも立派なキスだったぞ。キスはキスだ」


「いえ、舌を入れてからがカウントですから」


「でも君は結婚…」


「それは言わないお約束です」


 彼女はそう哀しげに微笑み、私を見つめる。


「良いですよね?」


 そんな顔で言うなよ。


 ずるい…

 断れないではないか。


 彼女は何やら覚悟を決めている様子。

 彼女とて自分がしようとしている事の意味は分かっているはずだ。


 ならば…

 私とて退く訳にはいかん。


「良いぞ。君が望むならば、何でもしてくれて構わない」


「二言はありませんね?」


「好きにし給え。やりたいようにやれば良い」


 この言葉、確か以前ソフィア医師にも…


 やはり私がルイーゼに対してガードが甘いのも、彼女がソフィア医師に似ているという事が幾分か影響しているのかもしれない。

 まるで以前から知り合いだったかの様な気分になってしまう。


 さて、ソフィア医師の場合はこう言っても全く問題無かったが…

 ルイーゼは如何に?



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