XXXIII.おどるメイドインプラトーク。
※注釈
・ダイゾン社
サイクロン式のアレを初めて開発した会社。
驚異の吸引力、素晴らしいデザイン性、お高いお値段を誇る。
現実世界で筆者もお掃除ロボット登場前はダイ◯ン原理主義者でしたが、現在ではル◯バにすべきかダイ◯ンにすべきかで悩みに悩み、ル◯バちゃんを選択しました。
だって、ル◯バちゃんの方が楽だもんね…
〜外交団出立後八日目〜
「よし、Aグループ、全員揃ったか!?各班、報告せよ!」
現在、午前五時三十分。
ここにはいつもの様に、目覚めたばかりのAグループ総勢約五十人がずらりと整列していた。
「一班、全員揃っています!」
「二班、同じく全員揃っています!」
「三班、全員集合完了!」
「四班、二名を除き、全員います!」
「五班、六名が参加不能、残りは何とか集まっています!」
「四班と五班は何故脱落者が多いのか!」
「四班の二名は、昨夜の就寝前に不意を突かれ…」
「五班は?」
「我々は昨日の夕食時の作戦が…あまりにも大き過ぎる犠牲でした…」
「くっ…!不味いな…今まで何とか耐えてきたが、状況は悪くなる一方だ…昨日だけで八名もやられるなんて…!」
「副長が不在なのが痛いですね…副長さえいて下されば、敵などいないのに!」
本来Aグループを率いていたのは、最強を謳われた副長だった。
しかし、今はその副長も不在。
副長無き今、Aグループの戦力は半減したと言っても過言ではない。
「仕方が無い。いないものはいないのだ。こうなったら、応援に頼るしかないのか…」
ざわりと、どよめきが広がる。
皆の顔に浮かぶのは不安の表情。
「待って下さい!応援とは…?もしや、近衛の連中ですか?」
「そうだが?それ以外に誰がいる」
「奴等は敵です!我々とは相容れない存在…!奴等に頼るなど…!」
「一度でも彼等に助けを求めれば、借りを作ってしまいます!それだけは避けなければ!」
「リーダーもご存知でしょう!?我々が近衛の連中からどんな扱いを受けているか!」
「しかし…だからと言って、このまま我々だけでやっていくのは不可能に近いぞ。それに、以前も合同で作戦に従事した事があったではないか」
「あれは我々からの要請ではなく、上からの命令です。我々から頼むのと、上が命令するのでは意味が違います」
「ならば誰か、代案は無いのか?犠牲を最小限に抑え、任務を果たす方法は!」
「あるわよ」
何処からともなく聴こえてくる女の声。
皆は一斉に後ろを振り向く。
「あ、あなたは…!」
「ふふふ、そんなに驚かないでよ。私が作戦を指揮するわ」
女は、隊列の隙間を縫って、皆の前まで歩いて来る。
「いえ!あなた様のお手を煩わせる程の事では…!」
「いいえ、私に任せなさい。それとも、私の様な他所者に指図されるのは不安かしら?」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、リーダーの頰に触れる。
「そんな事はありませんが…しかし…」
「今までずっとあなた達の様子を見ていたのだけど、正直、駄目ね」
「駄目…とは?」
「戦略が無茶苦茶だわ。あんな作戦で敵うとでも思っていたの?」
彼女はリーダーに顔を近付け、リーダーは無意識に仰け反る。
「敵は強大よ。私はあなた達以上にそれをよく知っている…私を信じてはくれないかしら?」
「分かりました…作戦の立案はお任せします…」
「いえ、指揮権もよ」
黙りこくるリーダー。
そしてそれを見つめる女。
数十人が息を呑んで見守る中、静寂がその場を支配する。
「はあ…あなたには敵いませんね…」
そして遂にリーダーが折れ、指揮権は彼女へと譲渡される。
「有り難う。まあ、悪いようにはしないわ」
彼女はちゅっと頰にキスを一つすると、くるりと踵を返して居並ぶ数十人の方に向き直る。
…その後ろでは、顔を赤らめたリーダーが。
「今の話は聴いたわね?今から私に従ってもらうわよ。良いわね?」
「「はいっ!」」
「良い返事ね。本来のあなた達の目標は、ルーム1Bからルーム3Hまでの通常業務。しかし、現在ルーム2Dに警戒対象が居座っているわ。これの意味が分かるわね?」
「誰かが…ルーム2Dに踏み込まねばなりません…」
「そういう事。でも、それは自殺行為に等しい。正攻法では壊滅的被害を受ける事は必須」
「ならば、囮作戦ですか…?しかしそれも危険を伴います」
「ええ、そうね。でも、私が考えているのは、その様な目先の事ではないわ」
全員の目が彼女という一点に集まっている。
次に発せられるだろう言葉を感じ取って。
「どうせこのままではジリ貧よ。ならば、今ここで決着をつける」
「それはつまり…?」
「ターゲットの排除…それが我々の第二の目標、そして最大の目標でもある」
「可能なのですか…!?」
ざわり、と空気が震える。
その場にいる者達の身じろぎ一つでこれ程だ。
「私ならば可能よ。策はある。ただし、それなりの犠牲は覚悟してね」
「犠牲に見合うだけのリターンはあるのですね?」
「私がターゲットに接近する事さえ出来れば…成功はほぼ確実だと言えるわ。間違い無くそれだけのリターンはある」
「ならば、それに賭けてみる価値はあるのでは…?」
「各班長に作戦参加の是非は委ねるわ。ただ、当然ながら参加人数が多ければ多い程成功率も高くなる。強制はしないけど、よく考えてもらいたい」
それぞれの班はそれを受けて話し合いを始める。
しかし、議論するまでもなく結論は出ている。
「一班は参加します」
「二班も全員参加を希望します」
「三班、同じく」
「四班、作戦参加します」
「五班、倒れた仲間の分まで我々がやります!」
「有り難う。諸君の勇気を讃えるわ。では、今から普段通りに通常業務を開始。0630にルーム2Aに全員再集結。異論は無いわね?」
「はい!」
「では、各自取り掛かれ!」
彼女の号令一下、各自行動に移る。
✳︎
「五班、集結完了!」
班長の報告を列の最後尾で直立の姿勢で聴きつつも、私は緊張に震えていた。
私の名はアリサ。
数週間前からここで働き始めたばかりの新入りだ。
私の所属はEグループ、つまり戦力外扱いで今までは特訓の日々だったが、精鋭のAグループに私はちょこんと参加する事となってしまった。
何でも、昨日だけでこのAグループから何人もの脱落者が出たらしく、急遽手隙のEグループから欠員補充のために私を含めた八名が駆り出されたのだそう。
精鋭のAグループに八名分もの欠員が生じるなど、聴いたところでは前代未聞らしく、一体何があったのかと疑問に思わずにはいられない。
しかし、誰もその答えを教えてくれないのだ。
誰もが口を閉ざし、理由を答えない。
ただ、Aグループの精鋭達ですらも手こずる何かの存在と、それに対する先輩達の恐怖が疑念から確信へと変わるだけだった。
新入りの私からすれば憧れの的であり、頼れる存在であるAグループの強者達ですら懼れ戦く何か…
それは一体何なのだろうか?
やはり、知るべきではないのか?
姿の見えぬ恐怖に、私は怯えていた。
ただ、ぶるぶる震えながらも私の決意は固まっていた。
何が私を待ち受けているにせよ、ただ進むのみだ、と。
それに、「この戦いが終わったら昇進だ」と約束してもらっている。
これさえ耐え抜けば、晴れてDグループの仲間入り。
これさえ耐えられれば…!
…少しフラグ気味だなぁ、と思わぬでもないが、自らのフラグ回収能力が高くない事を祈るしかない。
「おい、新人!」
「は、はいっ!」
班長の呼び掛けに、出来る限り背筋を真っ直ぐにして反応する。
「本日限定だが、お前達は我々Aグループの一員となる。お前達は入りたてほやほやのひよっ子だ。そんなお前達が何故こうして我々と同じ空気を吸っていられるか、分かるか?」
「いえ、分かりません!」
「だろうな。まあ、お前達のスカスカのお頭にはハナっから期待などしていなかったが…間違えても“自分が優秀だから”とか、“認められたから”とか勘違いするんじゃないぞ?特にお前だ!」
班長は私の前に立っていた、同じくEグループから来た彼女を指差す。
「わ、私ですか…!?」
「そうだ、お前だ。Aグループに来る前に勘違いして周りに自慢して回っていたそうだな。我々が何も知らないとでも思ったのか?」
「すいません…嬉しくてつい…」
「嬉しくてつい…?私は悲しくてついお前をクビにするようにリーダーに進言してしまいそうだよ」
班長は意地悪な表情でちらりとリーダーの方を見る。
「そ、それだけは!」
脅された彼女の方も必死だ。
何せ、Eグループに入るだけでも並大抵の事ではないのだから。
ここで雇われる事を望む者はごまんといる。
給料も破格だし、何より、ある程度の待遇が保証されている。
それに、もし上手くいけば皇帝に見初められて、玉の輿も狙えるかもしれない。
人気にならないはずがないのだ。
しかし、雇ってもらえるのは、大勢いる希望者の中のほんのひと握りだけ。
斯く言う私もその厳しい試練を乗り越えて、今ここにいるのだ。
彼女とて例外ではなく、その関門を潜り抜けて来たのだろう。
それなのにつまらない理由でここをクビになるなど、絶対に避けたいに違いない。
そして、班長もそれを理解していてこの様に脅しているのだ。
「まあ、クビになりたくなければ、精々これから誠意を見せろ。役立たずはいらないのだから。代わりも幾らでもいるからな。おい、こいつだけじゃないぞ!お前達もだ、分かったか!?」
「「はい!」」
私を含めた他のEグループ五名も緊張気味に声を揃えて返事する。
練習も何もしていないのにぴったりと声が揃った。
「お前達がここにいる理由を教えてやろう。それは、肉壁となるためだ!お前達はただ盾となって倒れるためだけにここにいる。華々しく活躍するためではなく、無様に凶弾に倒れるためだけにここにいるのだ!活躍しようなど思うなよ、我々がお前達ひよっ子共に求めるのは、足を引っ張らない事、それだけだ。以上!」
ひとしきり怒鳴り散らした後、班長は副班長と交代する。
頭の上で目玉焼きでも作れるのではないかと思う程に熱血な班長とは対照的に、副班長はクールビューティーな女性だ。
しかし、大抵の場合、こういう人の方が怖いのがお約束。
大人しそうに見えて、中身は非常にヤバいというパターンに違いない。
故に副班長だけは怒らせないように気を付けようと思う。
「肉壁要員だろうが何だろうが君達も今日はAグループの一員よ。さて、私からは君達に武器の給与を行いたいと思うわ。Aグループが使っているものは知っているわね?そこの長髪の君、答えてみなさい。勿論正式名称で」
私の三つ前の人が指名される。
「『ダイゾン社製AFM-385 サイクロン』です!」
サイクロンとはすなわち商品名。
精鋭であるAグループだけが使う事を許された最強の兵器。
普段Eグループは三世代前の型落ちのモデルを使っているだけに、ずっと憧れていたものだ。
性能も比べ物にならないと聴く。
それを使用する事が出来るのか…!
「喜びなさい、君達にもサイクロンの使用を認めるわ。この驚異の吸引力を体験出来るなんて、幸運ね」
彼女から手渡されたサイクロンは、全長百数十センチの棒状だ。
好みに合わせて長さは三段階に変更可能。
ダイゾン社のキャッチコピーは、「当社比驚異の二倍の吸引力」だ。
見た目よりは軽いが、それでも片手で扱うには重過ぎる。
Aグループの精鋭達では本来これを片手で軽々と振り回すのだが、私は両手でないと振り回すなど無理だ。
「使い方は分かるわね?各自、必要な時に使用するように。伯爵夫人から作戦の説明があるから、このまま待機し…」
と、言っている最中にまさにその伯爵夫人、すなわちオリガ様が現われる。
現在、彼女はこの宮殿に於けるトップだ。
実質的に皇帝だと言っても良い皇太子が不在の現状では、残るはその腹違いの姉で第一皇女のオリガ様と妹で第二皇女のアナスタシア様。
そうなれば、他家に嫁いだとは言え、姉であるオリガ様がトップになるのは必然だ。
そんな彼女がこの作戦の指揮及び作戦立案を担当するとの事だから、余程重要な作戦に違いない。
思いがけず、自分は大事に関わってしまっているのかもしれない。
いや、ほぼ確実に。
「全員揃った?」
彼女は、大袈裟に反応するリーダーを右手で制すると、まるで友人相手であるかの様にそう尋ねる。
「はい、各班の点呼完了済みです。欠員もEグループより代替人員を回してきました」
「よし、ならば作戦の説明といきましょうか」