表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/158

XXXII.技術と医者とレストラン。

 《霞む視界。


 重力に逆らい、舞う土。


 爆音を最後に音を失った世界。


 その数秒後に耳鳴りと共に目の前に現れるのは、地獄としか言い様の無い光景。

 土色の死体、もしくはかつて人間であったものの一部。

 それがごろごろとそこら中に転がる光景。


 そして私も…


「腕が…腕がああ…!!」


 私の左腕は消えていた。

 ついさっきまで当たり前の様にそこにあったそれは、何時の間にか、何処かに吹っ飛んで行ってしまった様だった。


 痛みは無い。

 しかし、それは良い事でも何でもなく、自分が深刻な状況下に置かれている事を証明するだけのものだ。

 見れば、どくどくと断面から血液が溢れ出しているのが分かった。


 確かに、何だか意識が朦朧としてきた気がする。

 このままでは失血死してしまうのではないか?


 そういった不安に駆り立てられ、私は近くに倒れていた、戦友の死体の服を剥ぎ取る。

 そしてそれを包帯代わりに、左腕に巻き付ける。


 片腕での作業は困難を極めたが、無事に応急処置は済ませられた。


 ここでやっと、ある程度現状を把握しようと思えるだけの余裕ができた。

 周りを見渡す。


 しかし、死体と塹壕、それだけだった。


 兎も角、もうここに残っている必要性は無い。

 私の部隊は全滅したのだから。

 敵の砲撃の前に、私の戦友達は華々しく散り、そこに転がる肉塊になったのだから。


 移動しなくては…

 後方へ下がろう。

 まだ何処かに着弾し続けて、何処かの味方を殺しているこの砲撃が止めば…

 奴等が来てしまう…


 慈悲などカケラもない敵が…

 鬼畜生共が大挙して押し寄せて来るだろう。


 ここに残っていては死ぬ。

 ならば移動する以外には道は無い。


 片腕が無くては銃もまともに撃てない。

 故に、地面に転がっているライフルには目もくれない。


 私の命を守るのは、右手にぎゅっと握ったこのサーベル、ただそれだけだ。


 一歩、又一歩。


 鈍い。

 その一歩が異様な程に重い。


 クソったれ…

 何故肝心な時に動かないんだ…!


 半ば引き摺る様にして動きを止めようとする両足に鞭打ち、ただひたすらに歩く。


 後方へ、後方へ。


 このぐねぐねと曲がりくねった塹壕をあと少し歩けば…


「動くな」


 かちゃんっと鉄の音がして、自分のこめかみに冷たいものが突き付けられる。


 動かない事は簡単だった。

 ただ力を抜いていれば良いだけなのだから。


「右手の剣を離せ。早くしろ」


 今は敵の言う通りにするしかない。

 嗚呼、あと少しだったのに…


 間に合わなかった。

 私は遅過ぎたんだ。


 右手にぐっと力を入れ、サーベルを離す。


 ぽさんっと塹壕の底の乾きかけの泥の中に刃が刺さる。


「良いぞ、そのまま手を上げろ」


 私は言う通りに手を上げ、尋ねる。


「私をどうする気だ…?何故殺さない?」


 敵兵は、がははは、と笑い始める。


「馬鹿げた質問だな。答えは決まりきってるってのになぁ。簡単な話だ、死ぬよりももっと恐ろしい目に遭わせるために決まってんだろうがよ!」


 敵兵はそう言うと、がんっと私を思いっ切り蹴る。

 私はそのまま地面に崩れる様にして倒れる。


「ぐぁぁ…!」


「拷問して拷問して拷問して拷問して…死んだ方がマシだと思えるようになるまで拷問してやる。そしてその後も拷問し続けて、最後はゴミ屑みたいに捨ててやる。どうだ、楽しみだろう?」


 彼は私の両脚を持って、ずるずると引きずっていく。

 右手で掴んだ泥はぐじゅぐじゅと音を立てて汚く潰れていく。


「や、やめてくれ…」


「諦めな。泣こうが喚こうが…!うっ…」


 敵兵は途中で黙る。

 そして、私の両脚を離す。


 何だ?

 何が起こった?


 しかし、確認しようにも私の顔は半分泥に埋まっており、背後を確認する事は出来ない。


「戦友、助けに来たぜ」


 この声は…!


「クルト…か?」


「ああ。待たせたな」


 彼は私を泥の中から拾い上げる。

 敵兵はクルトの銃剣で腹を貫かれて死んでいた。


「クルト、お前…昔と変わらないな…今でもサーベルよりも銃剣派なんだな」


「お前こそ。いつもいつも、会う度にぼろぼろだな。それに左手も無くなっちまってる。数ヶ月間に会った時は、丁度前歯が折れたばっかりだったろ?」


「かもしれないな」


「時間が惜しい。さっきの奴はただの先遣部隊だろう。新手が来るぞ、今度は大勢な」


「変身…か?」


「ああ、変身だ」


 彼は胸ポケットから小さな宝石を取り出す。


「俺に任せろ。いくぞ、変身!!」


 ちゃちゃんちゃーん!


 説明しよう!偉大なる帝国の皇帝の血をひく私とクルトは、この神鷲石を使用する事によって、合体、そしてライヒアードラーマンに変身する事が出来るのだ!


「力が…!力が漲ってくる…!」


「相棒、今なら連邦の犬っころ共を皆殺しに出来そうだな」


「それは言い過ぎだがな。だが、敵の司令官をブチ殺すぐらいなら余裕だぜ」


「飛ぶぞ!」


 両腕に力を込めると、凄まじい風が巻き起こり、ライヒアードラーマンは土煙と共に、空高く飛翔する。

 高度をある程度とると、今度は水平方向へとぐんぐんとスピードを上げていく。


 すると、眼下からちかちかと閃光。


「おい、敵さんのお出迎えだぜ!」


「回避機動だ!」


 おびただしい数の弾丸と、高射砲弾。

 ひゅんひゅんと高速で飛んで来る弾と、ぼんっと爆発する砲弾。


「じゃあ、お返しといくか!」


「おうよ!」


「「喰らえ!帝国の鉄槌(ライヒハンマー)!!」」


 右手から眩しい青い光が飛んで行き、地面を焼き払う。

 一面の火の海だ。


「これは、数キロ先まで消し飛んだな」


「ああ…」


「クルト!右だ!!」


 身を捻った瞬間、掠め飛ぶ様に弾丸が通り過ぎていく。


 急いで飛んで来た方向を見ると…

 軍服の男が同じ様に空に浮かんでいた。


「お前は誰だ!」


「フフフフ…俺様は連邦軍南方方面軍司令官、ユーベルコマンデュール様だ!ライヒアードラーマンよ、待っていたぞ!今日こそお前の首を刈り、その後直ぐに皇帝の髭も刈ってやるよ!フハハハハ!!!」


「貴様、皇帝陛下を愚弄するか!悪の手先め…この私、正義の偉大なるライヒの守護者、ライヒアードラーマンが成敗してくれる!我等がライヒを侵略などさせるものか!」


「威勢だけは良いな…良いだろう、行くぞ!邪悪な炎(エビルファイア)!!」


「させるか!護国の御盾(インペリアルガード)!!」


 次回、『正義の偉大なるライヒの守護者 ライヒアードラーマンVS悪の連邦の手先 ユーベルコマンデュール』!

 来週もまた見てくれよな!》



「わぁぁー!すごいねぇぇ!!」


「次回も見逃せませんね!ライヒアードラーマンVSユーベルコマンデュール…う〜ん、来週が待ちきれませんっ!」


 ナディアとアーデルベルトは画面に釘付けで、他の子供達と一緒になってはしゃいでいる。


「よし、もう終わっただろう?昼食を食べるのではなかったのか?」


 昼食のためにレストランに向かう最中、通りのショーウィンドウの中のテレビで、子供向けの番組をやっていたのを目ざとく見付けた七歳児達は、その後数十分間そこから離れようとしなかったのだ。


「ええ、もうご飯にしましょう!」


 アーデルベルトは未だ興奮冷めやまず、鼻息ふんふん元気に応える。


 全く、フォーアツァイトときたら、玩具だけでなく子供向け番組までこの有り様。

 正義の帝国のライヒアードラーマンと悪の連邦のユーベルコマンデュール?

 プロパガンダ全開ではないか。


「不覚でした…つい私まで見入ってしまいました…」


 しかしそんなプロパガンダ刷り込み用子供向け番組にソフィア医師も夢中になってしまっていたらしい。


「おいおい、それ程珍しいものでもないだろう?」


「陛下!何を仰いますか!」


「な、何だ?いきなりどうした?」


「陛下にとってはテレビなど珍しくも何ともないでしょうが、私の様な庶民にとってはとってもとっっっっても珍しいものなのです!」


「そ、そうか…」


 彼女の目は本気だった。

 これは、趣味について語るオタクと同じ目…


「それが、こんな風に街中にあるなんて…!それも、子供ですら観れる状態で!感動です…フォーアツァイト最高です…!」


 確かに、プラトークでは街中でテレビなど見かけないものなぁ…

 そういうものなのだとばかり思っていたのだが、やはりそれもプラトークが遅れているだけか…


「それにあのテレビ、見て下さい!凄いですよ、プラトークのものとは全然違います!」


「何がだ?変わらん気がするが…」


「全っ然違います!斜めから見てみて下さい!薄いのです、凄く薄いのです!どうやってあの薄い本体に魔法を仕掛けたのでしょう…最早芸術です…!」


 確かに、言われてみれば薄い気がせんでもない。

 私の知るテレビというものは、もっと奥行きのある箱の様なものだった。

 だが、目の前のこれは分厚い板ぐらいのレベルまで薄くなっている。


「別に…これぐらいの厚みがあればテレビくらい…」


「本当に陛下は分かっておられませんね!テレビは単純な様で、非常に複雑なのですよ!」


「は、はあ…」


 不味い、ソフィア医師の変なスイッチが入ってしまった…

 まさか彼女がここまでとは…


「良いですか?テレビはただ単に映像を映すだけでなく…」


 と、テレビに仕込まれている魔法に関して説明し始める。


 もうこれは私には手がつけられん。

 アーデルベルトに助けを求める。


 私の目配せに応じ、彼は一言呟く。


「お腹ぺこぺこです…」


 その言葉に反応し、ソフィア医師はぴたりと機能停止する。

 口も半開きのままで。


「先生?」


「す、すいません…つい熱くなってしまいまして…」


 お馴染みの羞恥心が今更ながらじわじわと効き始めた様だ。

 如何にも、しまった!という表情で顔を赤くしている。


「そうだな。もう行くぞ」


「え、ええ」


 しかし、腐っても彼女は彼女らしい。

 ちびっ子の一言で我に帰るとは、普段からナディアの面倒を見ているだけの事はある。


 良いお母さんになるね、とか褒めてやりたいぐらいだが、最近はそういうのもセクハラになるそうなので自重する。

 う〜ん、世知辛い…


 それから少し歩くと、見るからに高級そうな建物に到着。


 レンガ造りの建物で、非常に大きい。

 それも、上にではなく、横に。


 この帝都に於いて、これ程広大な土地を使うとなると…

 多分、私でもちょっと寒気がするぐらいの金がかかるだろう…

 どう考えても…


 …いや、考えないようにするとしよう。

 昼食はルイーゼの奢りだし、得したな程度に考えておこう。

 うん、そうするのが一番だ。


「折角ですから、フォーアツァイトの料理を召し上がって頂こうかと思いまして、ここに決めました」


「ほう、まだ見ぬ美味な料理の数々が私を待っているのですね?」


「まあ、そういう事です。期待していて下さい。ここの料理は、下手をすれば宮殿のものよりも美味しいですからね」


 それは楽しみだ。

 今までのフォーアツァイトでの料理を総合的に考察すると、特に肉料理が素晴らしい。

 美味、まさにその一言に尽きる。


 この高級そうな見た目、ルイーゼの自信ありげな言動。

 全ての要素が私の期待を誘う。


「では、入るぞ」


 いざ、店の中へ!


 洒落た扉をドアマンが開けてくれ、中へと進む。


 内部は外から見るよりも遥かに豪華。

 これは貴族の屋敷にも引けを取らないのでは?


 扉の直ぐ向こうには如何にも紳士な男が立っていた。


「お客様は…おや、これは…!」


 彼はルイーゼとアーデルベルトを見ると、深々とお辞儀をする。


「6人です。頼めますか?」


「はい、直ぐに準備させます」


 彼はいそいそと奥へと走って行き、数十秒で彼は又戻って来ると、奥のVIP席に案内してくれる。


 どうやら、基本的にはこの店の一階が一般客用で、二階は我々の様なVIPのための席となっているらしく、階段を上がってみると、一際豪華な席が用意されていた。

 重要な話をする事も想定してか、防音対策もバッチリの個室になっている。


 ルイーゼはここに来慣れている様で、ウェイターに何か注文する。


「只今、最優先でお料理をご用意しております。今暫くお待ち下さいませ」


「ええ、でも別に急がなくとも良いのよ?」


「有り難うございます。しかし、大事なお客様のお時間を無駄にする訳にはいきませんので」


 彼は、ナディアとアーデルベルトにちょっとしたお菓子を置いていくと、ひらりと去って行く。

 そして、わーい、とナディアはお菓子を直ぐに頬張り始める。


「凄いですね…あのおじさん、プロって感じです」


「まあ、プロですからね」


「いえ、プロの中でも別格です。うちの使用人達にも真似させたいぐらいでした」


 副メイド長でさえそう言うからには、よっぽどだろう。

 客へのサービスもレベルが高い様だ。


 そして、数分後、遂に料理がやって来る。


「お昼ご飯ですし、あまり堅苦しくない方が良いかと思って、軽いものを一皿と、デザートだけ注文しました」


「おお…これは…」


 目の前のテーブルに置かれていくのは、薄く切られたパンに、分厚い肉をどしんっと載せ、とろりとチーズをかけたもの。


 見た目良し、匂い良し!

 小さな皿なのに、驚く程の存在感。


 滲み出す肉汁、黄金に輝くチーズ、そしてそれら全てを受け止める小麦のパン。

 見事なまでにそれぞれの素材が調和し、一つの芸術品を生み出している。


 しかし、それで終わりではなかった。


「失礼、仕上げをさせて頂きます」


 ウェイターの男が目にも止まらぬ速さで液体をかける。

 そして、バターを上に載せていく。


「どうぞ、お召し上がり下さい」


 彼は一礼し、くるんっとバレーのターンの如く洗練された動きで後ろを向くと、そのまま去って行く。


「もうフォーアツァイトには何もかも敵う気がせんな…」


 食べるのが勿体無いくらいの料理を前に私はそう敗北を認めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ