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XXXI.昔話にオチがあると思ったら大間違いだ!

※注釈

・国歌

第二帝国の国歌と言えば、渋いイメージですね。

本作のアレも、やはり例に漏れず渋い様です。

イメージとしては、宇宙戦艦ヤ◯トのガミ公達が歌ってる、「永遠に讃えよ 我が◯」みたいな感じです。

あれ?アレは第三帝国がモデルだな…違うね。

 私がその人と始めて会ったのは…数年前。

 丁度肌寒くなってきた、秋の中頃辺りでした。


 その頃はまだ父も生きていて、ビスマークが政治の大半を担っておりました。

 まあ、その数ヶ月後に父は亡くなるのですが。

 実際、その頃も父は次第に弱り始め、寝込んでいる事が多かった様に思います。


 丁度私は当時刺繍や編み物にはまっていて、日中はずっと部屋に篭って布や毛糸と睨めっこしていましたね。


 その日も私は普段通りに過ごしていました。

 多分、新しい模様でも試して喜んでいたのではないでしょうか。


 …そうです、確か花柄だった気がします。

 少なくとも、私にとってはいつもと変わらない日でした。


 良くも悪くも平凡なその日、一つだけ普段とは違うことがありました。


 日常の些細な出来事を装って、ひょっこりと彼は現れました。


 こんこんこん、と規則正しいノック音のリズムがして、彼は部屋に入って来ました。

 しかし最初は、使用人だと思い込んでいたので、気にも留めていませんでした。

 その時の私には使用人の存在よりも、目の前に転がっている毛糸達や布の方が重要だったんです。


 彼はそんな私を見て、どう思ったのでしょうね。

 多少は呆れたかもしれませんし、失望さえしたかもしれません。

 もしくは、そんな事はどうでも良かったかもしれませんね、彼にとっては。


 彼は部屋に入って数十分間、私が気配を感じて後ろを振り向くまでの間…

 ずっと私の背後に立っていました。


 でも、何故か私は驚きませんでした。


「どなた?」


 彼は答えませんでした。


「どなたですか?」


 私はもう一度尋ねました。

 今度は立ち上がって、彼の方を向きながら。


「綺麗ですね」


 彼はそう呟きました。


「何がですか?」


「当ててみて下さい」


 彼は爽やかに笑っていました。


「刺繍…ですか?」


 花柄の刺繍をしていたので、その事かと。


「ええ、先程までは」


 彼は、私に笑い掛け、こう言いました。


「でも、今は違います。あなたがこちらを振り向いた時からは」


「私…?」


「刺繍なんて、あなたに比べれば大した事ありませんでしたね」


 私はそれまで、そういった事を言われた経験が全くありませんでした。

 悔しいですが…彼の第一印象はそれなりに良かったのです。


「あ…あの…」


「おっと失礼!いきなりこの様な事を言われても、戸惑うのは当然ですよね。不敬をお許し下さい」


「いえ、あの…本当に、あなたはどなたでしょうか?」


「おや?陛下から何もお聴きになっておられませんか?」


「あなたは父上のお客様なのですか?」


「正確には、陛下とルイーゼ殿下のお客様、ですね。つまり、あなたのお客様であるとも言えるでしょうね」


「そうでしたか。では、ここにはどの様なご用件で?」


「特に何も。ただご挨拶でも、と思っただけですよ。先程ここに到着したばかりなので、本当の用件は明日済ます事になりそうですね」


「本当の用件とは?」


「それは明日までのお楽しみにしておきましょう。その方が面白そうですから。では、明日又お会いしましょう」


「お名前だけでも伺って宜しいでしょうか?」


「そう急がずとも、何れ分かりますよ。遅くとも明日には」


 彼はひらりと右手を振って、去って行きました。


 不覚にも、その後、私はずっと彼の事ばかり考えていました。

 今になって思えば、それも彼の計画通りだったのでしょう。


 敢えて印象的な出会いを演出する事で、私の興味を惹く事に成功した訳です。


 そして彼の言った通り、次の日の朝に全てが私に知らされました。


 朝から正装に着替えさせられ、父に呼ばれてみれば、そこにいたのは父と彼でした。

 彼は前日の態度とは打って変わって、静かに礼儀正しく振る舞っていました。


「お嬢さん、又会いましたね。いえ、ルイーゼ」


 彼は前日同様、私に笑顔を向けました。


「こんにちは…昨日の…方?」


「君達は面識があるのか?」


「はい。一足お先に昨日、少しだけご挨拶をさせて頂きました」


 ですよね、と彼は私にウインク。


 私もそれに戸惑いを勘付かれないようにしつつ、頷き返しました。


「父上、こちらは?」


「ヴュルテンベルク公は知っているか?」


「ええ、勿論。大貴族ですよね」


「その息子の、エーバーハルトです。私の事はどうとでも好きにお呼び下さい。ただ…」


「ただ…?」


「出来れば、呼び捨てにして下さい。その方がお互いに良いでしょうし」


「呼び捨て…?そんな事、とても…」


「呼び捨てでお願いします」


「失礼では?」


「呼び捨てにして下さらない方が失礼です」


「何とまあ、強引な理屈ですね…」


 彼は頑なに呼び捨てにするように求めてきました。

 もうお分かりでしょうが…私があなたにも同じ事を要求したのは、彼へのちょっとした対抗意識です。


「どうせ将来的には結婚する私とあなたの仲ではありませんか。それぐらい、許して下さい」


「け、結婚…!?」


「ええ、結婚です。ルイーゼ、あなたは私と結婚するのですよ」


「父上!どういう事か説明して下さい!結婚って!?」


「ルイーゼもそろそろ婚約ぐらいしておかないといけないからな。私ももう長くはないだろうし、今のうちにこういう事は済ませておかなければな」


「幾ら何でも、いきなり過ぎます!」


「善は急げ、と言いますよ?」


「でも、これは急ぎ過ぎです!」


「まあまあ、陛下のお気持ちを理解して差し上げて下さい。娘の結婚相手ぐらい決まっていないと、安心出来ないでしょう?」


「確かにヴュルテンベルク公のご子息のあなたなら…相応しいのかもしれませんが…」


「嫌ですか?」


「嫌、という訳ではないですが…まだ心の準備が…」


 この時、私は満更でもありませんでした。

 本当は、彼と結婚するのも悪くはないな、と思ってさえいました。


「そうか、なら大丈夫だな。心の準備なぞ、せずとも問題無いからな」


「は!?父上…?」


「では、エーバーハルトよ。婚約は確定で良いか?」


「ええ、陛下。元よりそのつもりでしたので」


「エーバーハルトさん、ちょっと!」


「まあ、これから愛を育んでいけば良いのです。それと、呼び捨てでお願いします」


 こうして、私は彼と結婚する事になりました。



 ✳︎



「今、話を聴いている限りでは、物凄く良い人にしか思えないのですが…」


「ええ、でしょうね。私もそう思ってしまったぐらいですから。でもそれも最初のうちだけだったんです」


 彼女は皮肉交じりに笑みを浮かべると、口の中に飴玉をぽいっと放り込む。


「ごめんなさい、これが最後の一個でした」


「いえ、別に謝る必要性は無いですよ。元々はルイーゼさんが買ったものだし」


「呼び捨てでお願いしますね」


「あ、ああ…ルイーゼ…ところで、何故私に婚約者の話を?昔話、などと言うから何かと思えば…まさか、そんなシリアスなお話とは…」


「理由ですか?それぐらい、察して下さい。それとも、女の過去を知るのは嫌いですか?」


 彼女はつんっと私の頰をつつく。


「ニコライさんも、まだ慣れないんですね。呼び捨てにするだけなのに」


「ええ、違和感が拭い切れなくて…そもそも私はあなたを呼び捨てなのに、ルイーゼは私をさん付けで呼ぶのがまた何とも…」


「そんな他人行儀では寂しいですね…キスだってした仲なのに」


「あれは…ルイーゼの一方的なものと言うか…何と言うか…」


「じゃあ、今から双方の同意の下でしますか?」


 彼女は私の頰に触れる。


 私は思わず後ずさり。

 しかし、それに合わせて彼女も進み、互いの距離はキープされている。


「あの…ここ、外ですよ?」


 我々が今いるのは街のど真ん中、運河沿いの道だ。

 さっきまで、我々は運河への転落を防ぐフェンスにもたれて他愛も無い会話をしていたのだった。


 帝都に到着した際にも述べた様に、道は何処もかしこも賑やかで、人が行き交っている。

 それは我々がいるこの運河沿いの小さな道にも当てはまる事で、表通りと比べればマシとは言えども、人の往来はプラトーク人の私からすれば凄まじい。


 そんな場所で、彼女はキスをしようなどと言い出したのだ。


「だから何か?もしかして、恥ずかしいんですか?」


「いえ、その…公序良俗に反するのでは?」


「別にお熱いカップルの仕出かす事ぐらい、全く問題ありませんよ」


「でも…やっぱり…」


 彼女はじわじわと顔を近付けてくる。


 急な展開に焦る私に対して、彼女は至って冷静。

 ちょっとした余裕めいた表情さえもその顔には映っていた。


 あわわわわ…と拒むに拒み切れず、私は自分でも呆れるくらいに間抜けな表情。

 戦略的撤退のため、後方へとゆっくり退避していた私の上半身も、こちんっと耳触りの良い音と共に、停止。

 フェンスに阻まれ、これ以上は逃げられない様だ。


「嫌ですか?これでは昨日と同じで、私の一方的な行為になってしまいます…」


「嫌ではないです!むしろ嬉し…ああ…」


 本音が思わずダダ漏れだ。

 いつも余計な一言を自動的に追加して下さる我がお口の憎さよ…


「じゃあ問題無いですね?」


「しかし、もうそろそろ帰って来るのでは?ソフィア先生やナディアに見られたら…」


 ソフィア医師、ナディア、エレーナ副メイド長、アーデルベルトの四人は、現在目の前にある店の中でお買い物中。

 七歳ぐらいの子供が喜びそうなもの、つまりナディアとアーデルベルト向けのものが揃うこの店に、お子様二人は入って行き、保護者(?)のソフィア医師はそれに付いて行き、空気を読んだ副メイド長もそれに付随。

 私とルイーゼは外で待機、という状況だ。


 しかし、もう四、五分経過し、四人が出て来てもおかしくない頃だ。

 ナディアとソフィア医師に見られれば修羅場必須な以上、こういう事をするのは不味い。


「じゃあ、直ぐに済ませましょう。四人が帰って来る前に」


「いや、でも!ああ…!!」


 彼女の唇が私に触れた瞬間、ちゃりんちゃりーん、と可愛らしい鈴の音と共に、木でできた分厚い扉が勢い良く開く。


 げっ…!言わんこっちゃない!


 反射的にルイーゼを引き離し、くるりと回転して運河を見ているフリをする。

 ルイーゼはぽかんとその場に突っ立っている。


「へーか!おまたせ〜!」


 背後からナディアが駆けて来る。

 その右手には彼女の身体と比べると大きく見えてしまう、紙袋が握られていた。


 私は何気無い風を装い、後ろを振り向く。


「お、おう!早かったな。もう少しゆっくりしていても良かったのに」


「いえ!皇太子殿にこれ以上ご迷惑をおかけする訳にもいかないので、急いで買い物を済ませました!」


 元気良くそう返答するのはアーデルベルト。

 彼なりに気を遣ってくれた様だが…

 残念ながら逆効果だった事を彼は知る由も無い。


「そうか。で、何を買ったのだ?」


「これです!“のたうち回る連邦兵士人形”です!」


 彼が取り出してみせたのは、おもちゃの兵隊。

 木製で、小さなゼンマイが付いている。


「変な名前だな…」


 どうやら、連邦兵士を模した人形らしい、という事は分かるが。


「ゼンマイを巻くと…ほら!憎っくき連邦の兵士が痛そうに、のたうち回るんです!」


 彼の手の平の上で、ゼンマイを巻かれたおもちゃの兵隊がのたうち回る…というよりも元気にぴょんぴょんと飛び跳ね始める。


 随分と趣味の悪い名前だが、その割には可愛い人形だ。

 成る程、こうやって子供にもプロパガンダを植え付ける訳だ。


 非常に勉強になったが、それに皇帝の三男坊自身が引っ掛かるのは如何なものか…


「ナディアのも、みたい?」


 ナディアはにやにやと私の前でそう言う。


 どうやら彼女も買い物の内容を見せたいらしい。

 彼女はどんな趣味の悪いものを買ったのか…


「見せてくれ」


「じゃーん!」


 おお、普通の人形ではないか。

 彼女の手に握られているのは、女の子なら誰でも欲しがる着せ替え人形。


 ゼンマイも付いてないし、変な仕掛けは…

 待てよ、この人形、何処かで見た事がある様な…


「これは、何の人形だ?」


「“我等が麗しのルイーゼ様着せ替え人形”だって」


「ルイーゼ…様?」


「私!?」


 ルイーゼがびっくりしながら人形を凝視する。

 確かに、物凄く似ている。


「ルイーゼそっくりの着せ替え人形か…」


「は、恥ずかしい…」


 彼女は赤くなって顔を隠す。

 多分屋外でさえなければ地面をごろごろ転がってたのでは?という程に。


「でも、それだけじゃないよ!」


「何か機能があるのか?」


「うん!いくよ…ポチッとな!」


 何と、背中にボタンがあるらしい。

 ナディアがそれを押すと、人形から音楽が流れる。


「これは?」


「こっかだって」


「ルイーゼに国歌か…これもどうやらプロパガンダだらけな様だな」


「でも、僕は国歌好きですよ、カッコいいので」


「まあ、それは認めるが…」


 取り敢えず、やけに勇ましいリズムだ、とだけ言っておく。

 悪くはない。


「しかし、どういう仕組みで音楽が流れるのだ?」


「魔法だそうですよ!子供向けの玩具にまでこれ程の魔法が使われているなんて…流石はフォーアツァイトです!」


 ソフィア医師は高度な玩具の数々に出会えて興奮している。

 副メイド長は…言うまでもなく無表情。


「それは良かった、楽しんでもらえたみたいで。じゃあ、次は何処に行こうか?」


「ナディア、おなかすいたー!」


「はいはい、じゃあ次はレストランだね」


 ナディアはさっきまでも大量におやつを買い食いしていたはずなのだが…

 この少女の食い意地は異次元だな…


「さあ、行きましょう」


 ソフィア医師がさり気なく私の手を握り、出発。

 真っ昼間の暖かい日差しを背に、私は歩き始めるのだった。

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