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XIX.婚約を餌に、妹を待ち構えるのです。

※注釈

・禅譲

ローマの五賢帝みたいな?

世襲ではなく、本当に優れた人物に王位を譲る事。


・不二子ちゃん

大人の女性の魅力が溢れる某お姉様。

「では、本当に!?」


「ああ、本当だ」


 そんなに喜ばれると何だか申し訳なくなってくるのだが…

 何せ、この婚約はこの後一時間以内に破棄される予定なのだから。


 部屋に戻り、私はナディアとの婚約を了承する。


 例えロリータを騙す事となろうとも、これも全ては大義のため。

 歯を食い縛り、良心の呵責に耐えねばならぬ。


 しかしそうとは知らぬオレドンブルクスキー大公は、話がまとまり、にこにこと笑っている。


 いやあ、これで娘も安泰です、と終いには涙ぐみ始め、余計に我がガラスのハートがちくちくと痛む。


「へーか、けっこんしてくれるの?」


「ああ、まだ確実にそう決まった訳ではないが…今のところは、な」


 ナディアもきゃっきゃと嬉しそうにはしゃぎ、私の良心に追撃を加える。

 悪い大人への正義の鉄槌ダブルパンチである。


 これで、やっぱりナシ、とか言った時の事を考えると身震いしてくる。

 もしそうなったらこの──人の良さそうな如何にも善人じみた──ほのぼの親子に、最初はびっくりした様な顔をされ、その後悲しげな表情になり、最後には理不尽と不誠実に対する怒りの感情が渦巻くのであろう。

 すいません、すいません、とどこぞの営業のサラリーマンの如くペコペコ平謝りする他無い。


 まあ、それでも婚約破棄は必然。

 悪人にでも何にでもなってやろうではないか。


 もう既にエレーナ副メイド長が妹に婚約成立の事については伝えているはずだ。

 多分妹がここに乗り込んで来るはずなので、その際に交換条件を提示。

 大公一家には、妹の反対を理由に婚約破棄を告げ、その後適切な謝罪をしよう。


 謝罪とは勿論、誠意のこもった言葉と実益の事である。


 実益かぁ…

 うーん…そうだなぁ…下級貴族ならば爵位とかで手打ちにするのだが…

 生憎、彼はもう既に立派な大貴族であるからもうこれ以上の地位となると、皇帝レベルになってくる。


 そして娘を皇族に嫁がせる約束を反故にした事に対するお詫びの品だから、そういったものを土産にするなら「娘さんと結婚する事は出来ないけど、代わりに養子にするね!よしナディア、明日から君は皇族だっ!!」ぐらいしか思いつかない。

 大公に皇帝位を禅譲…とかは論外だし。


 領土もまた難しい。

 もう既に大公は広い領土を持っているから、少しの領土如きではご満足頂けないであろう。


 それにそもそもあげるべき領地が無い。

 飛び地でも良いのならばある事にはあるが、それによって生じる諸々の煩雑な事を考慮すれば逆に迷惑ですらあるかもしれぬ。

 かと言って彼の(ほう)じられている領土の周りはと言うと…そこには当然また他の貴族がいる訳で…


 そうなると後は…名誉ぐらいかな?


 征夷大将軍の位…とか…?

 うん、駄目だな。絶対将来的に争いの火種になるな。

 下手したら私の治世中に幕府に実権を握られるかもしれん。


 まあ、それらしい感じの名ばかりな称号──ベストフレンドとか──を即席で作ってプレゼントするか。

 付加価値で満足してもらおう、うん。

 こういうのは野球選手のサインボールみたいなものだからな。


 で、奥さんには光り物でもあげてご機嫌取りして…


 ナディア本人は…玩具でもプレゼントするかな。


 うん、完璧。

 このプランなら何も問題無いはずだ。

 一時的には不満を抱かれてしまうかもしれんが、私直々の謝罪でごまかせば何とかなる。

 ただし、取ナーシャがナディアに斬りかかったりする事さえなければ、だが。


 まさか…ね?


 七歳女児に嫉妬して殺害とか、流石に我が妹でもそんな事はしないと信じたい。

 ヤンデレにだって人の心はあるのだから。


 …いや、あるよな?

 あると信じたい…


「この婚約の事は妹にも伝えておきました。妹がもし仮に刃物を持って部屋に駆け込んで来ても落ち着いて下さい。既に衛兵を部屋の外に待機させておりますので」


 ははは、まるで犯罪者扱いだな。


 いや、実際にほぼ犯罪者なのだが。


「殿下が?何故刃物を持って?」


 大公が心底不思議そうな表情で聞き返してくる。


 む?大公はまだ妹のヤンデレをご存知ないのかな?


「実は妹は私の結婚に反対しておるものでな。婚約を破棄させるために乗り込んで来るやもしれん」


 というか、ほぼ確実に。


「そうなのですか。それは知りませんでした。殿下にも認めて頂けるようにならなければいけませんな」


「おとーさま、でんかにみとめてもらえるようにナディアもがんばります!」


「そうだな。ナディアが良い子でいれば、きっと殿下も認めて下さるだろう」


「はい!」


 そしてニコニコと親子の微笑ましい会話がまたもや目の前で繰り広げられる…

 止めろォォ…汚い大人にその様な目に悪いものを見せるんじゃないっ。


 残念ながら、一生彼女が認めてもらえる日は来ないのだ…

 現実とは斯くも皮肉なものなのか。

 この幼子の努力が実る事は一生ないのだから。


 そこに、コンコンとノック音。


 誰だろう?

 ナーシャならばドアを蹴破ってでも入って来るだろうし、妹ではあるまい。

 きっと使用人だろう。


 どうぞ、と返事をすると、部屋に現れたのは…


 妹だった。


 にこにこと不気味な笑顔を顔に貼り付かせ、失礼します、と妙に丁寧に私に礼をする。


 目が笑っていない。

 この笑顔は偽物…


 完全に油断していて心の準備がまだだったため、私はうっかり咳き込む。

 うっ…ゴホゴホ…


「おお、殿下!これは丁度…」


「大公っ!離れよ!」


 すかさず立ち上がり妹に近寄ろうとするオレドンブルクスキー大公を制し、ナディアの元へと駆け寄る。


 ナーシャの最優先目標は確実にナディア。

 今のところ、両手には何も持っていないが、何を隠しているか分かったもんじゃない。

 昔から、女はポケットが多いのよ、と言うではないか!

 主に不二子ちゃんとかが!


 ナーシャは私には攻撃出来ないはずなので、私自ら盾となり、ナディアを守るしかない。


「へーか?どうしました?」


 不思議そうな顔をする彼女を抱き上げ、じりじりと後退する。


 ナディアは、へーかがだっこしてくださいました!などと呑気に喜んでいるが、それどころではない。

 この少女は今、人生最大の危機に遭遇しているのだから。


「兄上、何をそんなに警戒しておられるのです?」


 知れた事を…

 この、何でも無い風を装うスキルに関しては感心するレベルだな。


「ナーシャ、それ以上近付くな。あと一歩でも進んだら、衛兵を呼ぶぞ」


「衛兵?何故その様な事を仰るのです?」


「とぼけるな」


「とぼけてなどいません。何か勘違いされているのでは…?」


 彼女は表情を変えぬまま、小首を傾げる。


 そしてジリジリと足を滑らせて少しずつこちらに近付いて来る。


「おい、近寄るな!」


「一歩が駄目なら、歩かずに近付こうと思って。何を勘違いされておられるのかはよく分かりませんが、取り敢えず話し合いませんか?」


「その手には乗らんぞ。諦めて…ってうわあああ!」


 ナーシャはお得意の瞬発力で私との間合いを一気に詰め、私の目の前に飛び込んで来る。


 不味いっ!


「えいへっ…うっ…!」


 衛兵を呼ぼうとするも、途中で妹に口を押さえられる。

 口を押さえるというか…正確には口に半ば手を突っ込まれる様な形だが。


 ナディアを抱っこしたのは失敗だった。

 両手が塞がり、無抵抗になってしまった。


「まあ、落ち着いて下さい」


 落ち着け…!?

 懐に飛び込んで来て、私の口を押さえながら言う事か?


「ああ、この子が兄上の婚約相手の方ですね?確か、七歳だと聞きましたが?」


 ナーシャから数センチしか離れていない以上、ナディアはもう既に死んだも同然。

 妹の機嫌をちょっとでも損ねれば命は無い。

 彼女の命は風前の灯である。


 しかしそんな事を知らないナディアは、小姑に認めてもらおうと私の腕の中からではあるが丁寧に挨拶する。


「ネイディーンともうします。ナディアとおよびください」


「ええ。宜しくね、ナディア」


 ナーシャはナディアの頭を撫で、ナディアは認められたと思ったのか嬉しそうに笑う。


 もしこれで我が妹の笑顔が本物だったら和む光景なのだが、実際にはこれは獲物に脚を乗っける狼みたいなものだ。

 いつでも殺れるぞ、と誇示しているに過ぎないのだ。

 あるいは鼠を殺さずに弄ぶ猫の様なものなのかもしれぬ。

 どちらにせよピンチである事には変わりないが。


「でんかは、へーかのいもうとなのですか?」


「そうよ。兄上と婚約したからには、これから私とも接する機会が増えるでしょうね」


 これから?


 よくそんな事が言えたものだ、直ぐにでも殺そうとしてるくせに!


「兄弟はいないの?一人っ子?」


「はい!ナディアと、おとーさまとおかーさま、そしておじーさまだけです!」


「へー、そうなの。お祖父さんとも一緒に暮らしているのね」


 それを聞いてどうすると言うのだ…?!

 まさか、一族郎党皆殺しというのは本気なのか…?


「あの…でんか…」


「何?」


「ナディア、ずっとおねーちゃんがほしかったんです…おねーさまとおよびしてもいいですか?」


 ナディア、それは不味い!

 相手が悪過ぎる…


ナディアさんっアカンよそれはっ!

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