XVIII.いざ美少女と顔合わせ。
※注釈
・昨夜はお楽しみ
女の子と宿屋に泊まるからには、絶対に避けられない(?)現象。
相手が姫だろうが村娘だろうがこれは必然。
・ナディア
この名前を見て、肌が黒い元気な女の子をイメージした方は何人いるのやら…
1990年ですからね…
あ、いえ、すいません独り言です。
アラブとスラブに共通して存在するお名前だそうです。
・U12
UNDER12。
十二歳未満の事。
ちなみに、研究者曰く、あなたが大人で、十四歳以下の女児が好きならば確実にロリコンだそうです。
あなたが十五歳以下ならば、女児が好きでも問題無いのだそう。
え…?
・マジノ線
日本が戦艦大和建造に勤しむ間、フランスはこれを頑張ってつくりました。
最強の防衛線。これがあればナチ公など恐るるに足らず!
ただし、迂回可能…
・米墨国境の壁
「メキシコに費用を払わせる!」との話でしたが、結局アメリカが自費で賄いました。
壁と言いつつただの柵。
これも迂回可能…
更に迂回せずとも乗り越える事が可能…
今の時代、最低でも五十メートルだよね〜
〜父殺害後十四日目〜
「陛下、お喜び下さい」
昨夜はお楽しみだった(キスのみだけど)せいで眠れなかったため寝不足でうとうとしていた私だが、エレーナ副メイド長の珍しく嬉しそうな顔を見てぴんっと姿勢を正す。
彼女がここまで笑顔という事は、世界の終焉が到来したか本当に吉報が舞い込んで来たかの何れかであろう。
後者である事を願うばかりだが。
「どうした?」
「縁談が決まりました。昨日の夜会で話を取り付ける事に成功致しました」
彼女は先程までの弛んだ顔を普段の真顔に戻すと、そう報告する。
こういう切り替えが早いのは優秀だな。
私も上に立つ者として見習いたいものだ。
「おお、真か!」
流石、仕事が早い。
彼女は性格が最悪である事を除けば非常に優秀な侍女。
これくらいはお茶の子さいさいらしい。
本来、何百人もいるメイドの中でNo.2の座──それこそが副メイド長であり、簡単になれるものではない。
彼女の若さで副メイド長になった例は過去にも無かったらしく、彼女の優秀さを物語っている。
嗚呼、この性格さえ何とかなればなあ…
「今夜、直ぐにでも顔合わせといきましょう。向こうも乗り気ですから」
少し急ぎ過ぎな気もするが、善は急げと言うではないか。
これぐらいなら許容範囲。
「よし。お相手はどんな女性なのだ?」
「非常に可愛らしい方です。性格も悪くないし、身分もそれなりに高く、申し分ありません」
「乗り気、とは両親の事か?それとも本人もか?」
「両親も本人も、更には一族郎党に及ぶまで、陛下との結婚を望んでおられます。更に──親戚や両親は兎も角──本人は邪な理由ではなく、純粋に陛下へ好意を示してらっしゃいます」
それが本当ならば結婚確定だがな。
「きっと陛下ならばご満足頂けるかと」
そして副メイド長のお墨付き。
これは期待大だ。
結婚まで秒読みかな?
「素晴らしい。楽しみにしておこう」
ただ、問題はナーシャだ。
彼女が縁談に乱入してきて邪魔をする可能性もある。
「ナーシャの事は任せたぞ。この縁談の邪魔だけはさせてはならない」
「勿論です。それに関しても抜かりありません」
こんな事なら、最初から副メイド長に任せておけば良かったなあ。
✳︎
「こんばんは」
指定された部屋に向かうと、もう既にそこには男が座っていた。
「こんばんは。陛下、お久し振りです」
彼は如何にもジェントルマン、といった風貌で丁寧にお辞儀する。
「すまんが、どなたかな?」
「おっと、これは失礼。いえ、一度陛下を拝見させて頂いた事があったのですが、その時はまだ陛下は一歳にもなっておられませんでしたね」
「それならば覚えていなくても仕方が無いな。今日は宜しく頼む」
ぐっと互いに握手をする。
「いえ、こちらこそ。陛下にお会い出来て光栄です。私、ゲオルギー・ペトロヴィチ・オレドンブルクスキーと申します」
この人が、私のお義父さんになる人物か。
うん、悪くない。
「名は小耳に挟んだ事がある。卿がオレドンブルクスキー大公なのだな。ところで、娘さんは?」
「申し訳ありません、準備に手間取っている様でして」
「ああ、それなら問題無い。レディーには色々と準備が必要だろうからな」
私は席に着くと、彼と他愛も無い雑談に興じる。
雑談、とは言えども主に彼の娘の事になるのだが。
話していると、彼の人格がよく分かる。
娘さんもこの分なら期待出来そうだ。
模範とも言うべき紳士。
ご息女の教育の方も大層しっかりなさっているに違いない。
…
「おや、お待たせしました。やっと来た様です」
暫く会話を楽しんでいると、遂にお相手が登場。
彼女は、母親と共に部屋に入って来る。
うん、確かに可愛らしい見た目。
ナーシャにも劣らない様な美少女。
父親を見るに、性格も問題無さそう。
身分も十分だ。
更に父親も乗り気だし、本人も見た感じだとこの縁談に乗り気。
確かに、事前に聞いていた通りだ。
「大公…?こちらが娘さん…?」
「ええ。私の自慢の娘です。陛下にご挨拶なさい」
「はい!わたくし、ネイディーンともうします。ナディアとおよびくださいませ」
彼女はぴょこんとお辞儀をする。
「ああ、確かに可愛らしい娘さんだ。行儀も良いし」
「そうでしょう?」
「それに、動作の一つ一つが可愛らし過ぎる」
「勿論ですとも」
「髪も綺麗にしてあるんですね」
「ええ。今伸ばしている最中なのです」
「お洒落なドレスですね」
「ついナディアが張り切ってしまって」
「妹のナーシャとは似ても似つかぬ程に理知的な瞳だ」
「いえいえ、殿下には敵いますまい」
「一人娘なのだろう?」
「ええ。可愛いもので、ついつい甘やかしてしまうのです」
彼女の第一印象を簡潔に言い表すと、
「…思わずなでなでしたくなるくらいの可愛らしさ、だな」
「同感です。恥ずかしい事に、私も娘が可愛くて可愛くて仕方がありませんでな」
ただし、一つ問題がある。
この、今言った全ての利点を台無しにするぐらいの大きな問題が。
例えそれ以外の要素が全て合格だとしても。
エレーナ副メイド長め…
何が、“きっと陛下ならご満足頂けるかと”だ。
彼女から見た私はそんな風に見えているのか?
だって…
「ただ…少し幼過ぎる気がするのだが…?」
──そう、ナディアはほぼ完璧と言って良い程の可憐な美少女。
もし、あと最低でも十年早く生まれてくれていれば…!
マイベストワイフ、マイラブリーハニーとなっていたはずなのにっ…!
だが、幼過ぎる。
どう見てもU12。
もしかすると、年齢も一桁台なのでは…?
対して私は二十代。
流石にこれはちょっと…
これは歳が開き過ぎていて、最早犯罪レベルである。
下手すれば父と子ぐらいに年齢が大きく離れているのだ。
「確かにまだまだ子供ですが、あと十年もすれば立派な娘に成長するでしょう」
いや、確かにそれは否定しない。
ただし、十年後だろう…?
私は今直ぐに結婚したいのに、十年間も待ってられるか!
「ちなみに…娘さんはおいくつですか?」
「ナディア、何歳かな?」
「七さいです!」
彼女は自信満々といった様子で胸を張る。
そうですか、よく出来ましたねー、偉いねー。
うん、大体私と十五歳差か。
姉とトルストイ伯も年の差婚だが、それでも十歳差ぐらいだぞ?
十五!?
ナディアがナーシャぐらいの年齢になる頃には、私は完全に三十代ではないか!?
それは不味い。
私としても不味いし、何よりもこの娘が可哀想。
おっさんと結婚させられるのなんて嫌だろうに。
いや、三十代前半はぎりぎりおっさんではない様な気もするが、若者からすれば十分おっさんだろう。
互いの幸せのためにも、ナディアは駄目。
取り敢えず副メイド長には後でクレームを入れてやる。
私をロリコン扱いするとは…許せぬ。
「娘さんが十年分育てば、私も十年分老いるのです。やはり無茶ですよ」
「いえ、ナディアもそれぐらいは問題無いと言っております」
いやいや!七歳の少女に何が分かると言うのだ?!
彼女に年齢の概念が十分理解出来ているとは思えない。
「へーか…」
へーか?
え、もしかして“陛下”と言おうとしたの?
ちゃんと言えてない…あらやだ、可愛い…
「ん?何かな?」
「へーかは、ナディアとけっこんしたくないの…?」
うるうると少し濡れた瞳で見つめてくる。
止めて!そんな目で見ないで!
そんな穢れの無い目で、私を見つめるんじゃない!
「そんな事はないぞ」
「ナディアかわいくない?」
いや、可愛い!
物凄く可愛いです!
ただし、異性愛的意味ではない!
「ナディアは十分可愛いよ。でも、その…歳が離れ過ぎているから…」
「年齢差如きの事、愛があれば乗り越えられますよ!」
お義父…いや、お父さん、ちょっと黙ってて下さい…
「君にはもっと相応しい人がいっぱいいるはずだ。少なくとも私ではない」
「そんなことはないです。へーかよりもふさわしいひとはいません。だって、へーかはいちばんえらいひとなんでしょ?」
うん、確かに地位的にはね…
でも、私が言ってるのはそういう事ではないのだよ…
私が言っているのはね、年齢という名の越えられない壁の事なのだよ。
愛を以ってしても、十五年という年月を越えるのは難しいのだ。
マジノ線や米墨国境の壁の様に迂回する事も出来なければ、ベルリンの壁の様に崩壊したりもしない。
それはもう強固な壁なのだから。
一生ネチネチ付いてまわるんだよ、年齢ってのは。
「やはり、まだ君は幼過ぎる」
「でも、ナディアもすぐにおっきくなるもんっ」
それなら私は直ぐにおっさんになるもんっ。
取り敢えず、ここは一旦退避して断り文句を考えよう。
「おっと失礼。…実は大事な用を思い出してな。少し席を外しても宜しいかな?」
「ええ、どうぞ」
「すまんな、直ぐに戻る」
部屋から出ると、案の定エレーナ副メイド長がいた。
「おい、あれはどういう事だ?結婚相手を見つけたのではなかったのか?」
「ネイディーン様の事ですか?良い結婚相手ではありませんか」
「どこがだ…?十五歳差は流石に歳が離れ過ぎだ」
「しかし、残念ながら陛下の結婚相手候補はそういう年齢の女性しか残っていないのです」
「何故だ?幾らでも未婚の女性ならいるだろう?」
意味が分からん。
何故私の嫁はロリ限定なのだ?
「実は…一定以上の年齢の女性は皆、殿下に脅されておりまして…」
「脅す、とは?」
「つまり、“陛下に手を出したら一族郎党皆殺し”と」
「今まで私がモテなかったのも?」
「…殿下のせいです」
「真か?」
「嘘偽りはございません」
これは妹に後で問いたださねば…
流石にこれに関しては許さん。
「それで、ナディアは七歳だからまだ脅されてなかった、と?」
「ええ。概ね十歳以上の方は皆脅されている様で、殿下ならば本当にやりかねない、と皆様揃ってお見合いの申し出を辞退なされました」
「つまり、十歳以上の女性とは結婚出来ないのだな?妹のせいで」
「殿下に脅すのを止めて頂けない限り、永遠にそうです」
これは早急に対処せねば。
「では、ナーシャの所へ乗り込んで…」
「いえ、それは後回しです。先ずはネイディーン様の件を優先しましょう」
「ああ、そうだな。どう断れば良い?」
「断らないで下さい。必ず婚約にまで持ち込んで下さい」
「は?何故?」
ナディアには諦めてもらい、ナーシャに脅しを撤回させ、その後適正年齢の女性とお見合いすれば良いのでは?
ここでナディアと婚約する必要性は無い。
「殿下に脅しを撤回するように言って、素直に言う事を聞くとでも?取り敢えず婚約を成立させ、それを破棄する事を条件に脅しを撤回するのです」
成る程、ナーシャがよく使う手口を今度はこちらから持ち掛けると。
交換条件として利用するために婚約し、その後直ぐに破棄するのか。
「ぬか喜びさせてしまう分大公とナディアへのフォローは必要だが、それさえ何とかすれば名案だな」
「ではネイディーン様とのご婚約、宜しくお願い申し上げます」
「相分かった!」
こうして、私は七歳女児に婚約を申し込むべく勇み足で部屋へと駆け戻るのだった。
決して私はロリコンではない。
神に誓ってロリコンではない。
ただ、幼女を騙して婚約するだけの事である。