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CXLV.奇襲

 左に機体を回転させ、背面飛行。

 こうする事で下を飛ぶ敵機がよく見えるし、そのままターン出来るという利点もある。


 敵機の上を通り過ぎる。

 その瞬間、背後から短くダダダと機銃の音。


 後部機銃だ。


 互いに逆方向に進んでいるので、相対速度的にはかなりの速度で離れている。当たらない。


 機首を上に向け、スロットルを絞り、エンジン停止。敵機が少ないからこそ使える、危険な技だ。

 先程まで勢い良く回っていたプロペラの勢いが削がれ、ホワイトノイズの様な残像が見えるようになる。


 そのまま下へとダイブ。

 そして操縦棍を手前にぐっと引き、上下を反転させる。


 コックピットから見える景色が薄汚れた大地から、蒼く澄んだ天空へと変わる。

 Gがかかり、腹に力を入れて耐える。


 目の前には敵機。

 あちらはまだターンの最中で、半ばに差し掛かった辺り。

 ──ギリギリ狩れるかどうか。


 スロットルを再び全開にし、まっすぐ目の前の敵に向かって行く。

 高度を落としながらターンしたので、プロペラを止めていたにも拘らず、速度は出ていた。


 敵はインメルマンターンで速度を削ぎながらターン。

 上を取られてしまう。


 しかしこの程度、どうって事はない。

 中途半端にこちらを向いているせいで敵機の後部銃座はこちらから隠れている。

 正面の機銃もこちらにまだ向けられていない。

 チャンスだ。


 ラダーペダルを踏み、機首を左にスライドさせる。

 操縦棍の一番上の赤いボタンを右手の親指でグッと押し込む。


 それと同時に両翼についた2つの機銃が火を吹き、機体が細かく震える。

 勢い良く両翼から飛び出した閃光が敵機の背に吸い込まれる様に飛んで行く。


 ポンと軽い音を立てて敵機の右翼エンジンから火の手が上がり、そのまま黒い煙を引いて落ちる。

 二秒にも満たない内に親指から力を抜いた。


 一瞬の出来事だ。


 背後で爆発音。

 金属のぶつかり合うけたたましい音が微かに聴こえる。


 敵機がシールドを装備しているとはいえども、これだけの量の弾丸にはやはり耐えられないらしい。

 四つ目の曳光弾が飛んで行く頃には敵機のシールドが冷却モードに入っていた。


 航空機のシールドは未だに充分な性能を発揮しているとは言い難い代物だ。

 というか非力だ。

 まあ、シールドなんて無いシヤンに比べれば、積んでるだけマシだろうが。


「一機撃墜…!」


 《初めてでこれとは…凄えな》


 確かに自分でも驚く程に上出来だ。

 一機墜とせるなんて、思ってもいなかった。

 シヤンの機動力が実に有り難い。


「やはり敵はかなりノロマですね。上手く敵の機銃の死角に潜り込めば勝てます。ただ、守りの方は案外しっかりしてますね…至近距離からしっかり当てないと中々決定的な損害を与えられないかもしれません」


 《そうか。でもまあ腹を空かせたガキ共もあと三匹だ。奴等にも銃弾を食わせてやるぞ》


 そう言うと隊長殿が滑る様にして敵に横から近付き、機銃を食らわせた。


 今度は相手もヘマをしなかった。

 敵は直ぐに回避し、後部銃座からの銃撃。


 隊長殿も攻撃を切り止め、下へと離脱して行く。

 敵機のシールドは辛うじて保たれている。


 《クソ、仕留め損なった!》


 不利を悟ったか、敵機は距離をとろうとこちらに背を向け始める。

 普通なら悪手だが、奴等には後部銃座があるので問題無い。


 一発の被弾すらも致命的なシヤンならば、普通なら突っ込めないだろう。

 ──普通なら。


 俺は背を向ける敵にここぞとばかりに機首を向ける。

 エルロンでクルクルと回転しながら、エレベーターを開き、螺旋の様な軌道を描く。

 エレベーターを適度にいじるだけで、相手から見れば次の軌道は予測不能。


 しかし敵も負けてはいない。

 必死に後部機銃から迎撃しようと弾が飛んで来る。


 今のところ、かなりの数が回避出来ている。

 しかしこのままでは被弾するのは時間の問題だ。


 敵機は旋回性能は低いが、馬力は相当のもので、最高速度もかなり速い。

 故に、全速力で追いかけても、なかなか追い付けない。

 …焦れったい。


 一か八かの策に出る事にした。


 操縦桿を思いっ切り下に引く。

 グン、と今までの軌道を無視して機体が瞬時に数十メートル上昇。


 急な軌道に着いてこれず、遅れて敵機の機銃が追いかけて来る。

 速度がかなり落ちるが、失速する程の角度ではない。


 気にせずそのままぐんぐん上昇。

 雲よりも上まで。

 シヤンの上昇性能の低さも、今は気にならない。


 そうだ…簡単な事だ。

 俺が乗ってるのは飛行機だろ?

 つまり今の俺は鳥だ。

 ならば自由に飛んでやる。


 そして次は機首を斜め下に向け、一気に降下。

 揚力が無くなり、重力が俺を地面へと引きずり降ろそうとする。


 エレベーターで、下を向きそうになる機首をグッと押さえ付ける。

 機首の指す先は、敵の予想地点。

 みるみるスピードが上がって行き、機体が前後左右に激しく揺られる。


 薄い雲を抜け…

 ビンゴ!


 目の前に敵機の大きな背中。

 こちらに気付いてすらいない。


 当然か。

 雲の向こうの敵など、いくら警戒していても把握出来ないはずだ。


 放たれたダーツの矢の様に、一点に向かってまっしぐらに落ちて行く。

 やっと気付いた敵機が回避しようと翼を振る。


 だが遅い。


 後部銃座の敵兵と一瞬目が合う。

 恐怖に怯えた目をしていた…気がする。


 機銃の音、振動。


 敵機が火を噴く。


 そのまま目の前で凄まじい爆発音。


 いくらか破片が機体に降り注ぐ。

 いや、降り注ぐというか、俺が降って来た側なのだが。


 フロントガラスにも小さな敵機の残骸がパチパチと音を立てながらぶつかる。

 幸い大きなものは全て下方向に落ちて行った様で、被害は無い。


「二つ目…!」


 《…!!》


 声にならない隊長殿の歓声が上がる。

 少し照れ臭い。


 しかし照れている場合ではない。

 この間にも、残りの敵機二機が尻尾を巻いて逃げて行くのが遠くの方に見える。


「追いかけます!」


 殲滅だ。


 《いや、待て!》


「ここで仕留めておくべきでは?」


 《それはまずい…そうなると国境を越えて敵国の領空に深入りする事となる。最悪、包囲されかねない》


「その前に仕留めれば──」


 《──駄目だ。本部に連絡するのが先だ。もし帝国が本気で攻めて来るつもりなら、ここだけとは思えない。しかし本部がこの事態に気付いていない可能性も高い。そうなれば取り返しのつかない状況になる前に報告に戻る方が良い》


 大局が見えた冷静な判断だ。流石だ。

 こういう時こそ経験が物を言うのだろう。


「分かりました…しかし、残りの二人は?先輩達と合流しないと」


 《この調子では、もう墜とされてるか逃げてるかのどちらかだろう。どちらにせよ、報告を優先すべきだ。俺達はお前のおかげで四機相手に勝てたが…正直、お前じゃなきゃ出来ねえ芸当だ。戦って勝てる相手じゃない、普通ならな》


「了解です…」


 俺と隊長殿は最寄りの通信基地へと進路を変更する。

 清々しい天気の中、俺の気分は最悪だった。



 *



 〜エクテラミュジーク= セドゥイゾント連邦陸軍総司令部〜


 《CP!CP!こちら作戦エリアD3に展開中の臨編第627歩兵大隊!作戦エリアD3に敵機甲部隊!現有兵力では対処不能!撤退の許可を!!》


 横の男がスイッチを入れると、そんな悲痛な叫びがスピーカーから流れ込んで来る。


「落ち着け!数は?」


 そう言いつつ彼自身、本当は落ち着いてなどいなかった。

 エリアD3に機甲部隊、という事は敵はその先の工業地帯を狙っている。

 その工業地帯は何としても失えない連邦の生命線だった。


 しかし、その目と鼻の先にまでプラトークの魔の手は迫っていた。


 《確認出来るだけで…戦車五十、後続に歩兵がわんさか詰め込まれた装甲車両がそれ以上!奴等、どこにそんなものを隠してやがったんだ!!くそッ!》


「DエリアCP、エリアD3付近の残存部隊は?」


 彼は隣の男に尋ねる。

 どうか偶然近くに大部隊がいてくれますように、と願って。


「エリアD8に歩兵が中隊規模で二個…市街地防衛を想定した装備で、エリアB4に向かっていたものなら…」


 中隊如きで雄々しい鉄の獣の群れをどうせよと言うのか。

 彼の表情が険しいものとなる。


「エリアCには?」


 後ろに座る女性に振り返って尋ねる。

 彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。

 駄目か。


「Eは!?」


 最後の希望を前列に座るまだ若い男に向ける。


「エリアE4になら対戦車装備で出撃出来る部隊が。第88大隊です」


「よし!出撃だ!」


 エリアE4なら急げばギリギリ間に合うかもしれない。

 先程の二個中隊で歩兵に対処し、二個大隊で戦車を足止めする。

 連邦の機甲部隊は全て南に送られており、歩兵で対処するしかない。

 何とか時間稼ぎにはなる。


「司令…残念なニュースが…」


 また別の男が冷や汗をかきながら口を開く。


「エリアGの戦闘ですが…もう既に防衛側の損耗率が…撤退すべきかと思うのですが…」


「エリアGには、なけなしの主力部隊を注ぎ込んでいたはずだが?」


「敵があまりにも多く、処理しきれないのです…それにマニュアルの想定よりも敵の装備が高性能でして──」


 聞きたくない。

 しかし聞かねばならない。彼は最高司令官なのだから。


「──損耗率は…?」


 震えそうになる声をなんとか抑えて出来るだけ平静を装って尋ねる。


「八十…一斉攻撃で一瞬にしてほぼ全滅です。エリアGに援軍を差し向けないと…首都圏が…最早エリアGの地上戦力は組織的機能を消失しています…!」


 援軍。そう言いつつどこにもそんな余裕など無い事は誰もが理解していた。


 滅びる。国が滅びる。


「航空隊…は…?」


「未だ制空権は握れていません。戦闘自体は有利に進んでいるものの、敵機の絶対数が多く、このままではジリ貧です。攻撃どころか続々と現れる敵機を通さぬよう防衛するのに手一杯で、とてもではありませんが攻撃など…」


 気が付くと、彼は笑っていた。

 自分でも知らぬうちに笑っていた。


 この笑みは、決して望ましいものではない。

 そしてそれは周りの者達も理解している様で、緊張がその場に走った。


「制空権?そんなものはどうでも良い。縦え何機墜ちようが知った事か。それに国の存亡が関わるというのなら、それは──」


 そこで詰まった。

 この先は本当に言っても良いのか躊躇われたのだ。

 しかし直ぐにそれを部下が代弁する。


「──いくら犠牲を払おうとも、敵に航空機による攻撃を行うと…そういう事ですか…?」


「…その通りだ」


 ──もう後には退けなかった。

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