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CXLIII.連邦哨戒機の日常。

メーヴェのエマヌエル自由国への宣戦布告から三ヶ月。

ツァーレ海戦と、その混乱を突いたメーヴェ本土大空襲の犯人として自由国を槍玉に上げたメーヴェであったが、明確な根拠は提示出来ず、自由国も公式的に否定し続けていた。

そしてツァーレ海沿岸各国はメーヴェに追従し、一斉に自由国に対して非難声明を出したものの、それはメーヴェへの義理程度のものであった。

メーヴェの再三の要請にも拘らず、自由国への宣戦布告に至る国家はメーヴェの他、依然皆無。

当てが外れたメーヴェは、強大な兵力を備える自由国相手に強気には出られず、開戦から三ヶ月が経過しても両国間の軍事的衝突は、メーヴェの一方的な挑発行為に留まっていた。

メーヴェ王立海軍は空襲によって重要拠点の殆どを破壊され、戦争遂行能力が麻痺、そしてそれに助太刀する国も無し。両国の衝突は、このまま有耶無耶のうちに終焉を迎えるかと思われた。

しかし、この予想を立てる上で世間が想定していなかったものが一つある。

──プラトーク・フォーアツァイト・メーヴェの秘密同盟である。


プラトークとフォーアツァイトは敢えて動かなかった。

 〜十二月七日 エクテラミュジーク= セドゥイゾント連邦、プラトーク帝国国境付近〜


 《もうそろそろ無線の範囲だ。エール(Ailes)3、コールせよ》


「こちらエール3、了解」


 国境地帯から最も近い位置にある、アルピニスム(Alpinisme)通信基地に通信を行える距離にまでやっと近付いた。

 フライト開始から既に一時間。

 いつもの事とはいえ、もう少し近ければ良かったのに、と毎回思ってしまう。


 今日も朝から国境地帯の哨戒任務。

 天気は快晴。


 風は普段より少し強い程度で、北から。

 つまり、北に向かう我々からすれば向かい風。

 気分少し強めにスロットルを操作する。


 そのせいで到着時刻がほんの少し予定より早い。

 だが、この程度なら誤差の範囲だろう。

 第一、そんな事は誰も気にしないし、気にする必要も無い。


 要するに今日もエクテラミュジーク= セドゥイゾント連邦とプラトーク帝国間の国境線は平和そのもの。

 南のフォーアツァイト帝国とは対照的に、北のプラトーク帝国は随分と大人しい。


 俺がここに来るより遥か昔、2つ上の世代の頃ぐらいまではプラトークも戦争ばかりしていたらしいが、貿易港を手に入れてからというものの、戦争よりも貿易の方が儲けられるという事にやっと気付いた様で、それ以降は全く戦争を仕掛けていない。


 フォーアツァイトもそろそろ北の帝国を見習って、暴力以外で稼ぐ事を学習すれば良いのに。

 まあ、折角港があるのにロクに有効活用出来ない様な奴等には土台無理な話なのかもしれないが。


 フォーアツァイト帝国が西に進出を始めてからというものの、元からフォーアツァイトと仲の悪かった我々、連邦も国境付近に多数の兵力を集結させ、奴等を牽制。

 更にはフォーアツァイトが軍事行動を起こした場合は奴等を横から攻撃する事によって、フォーアツァイト包囲網の一角──というよりも我々が包囲網で最大の国家だ──を形成しているのだ。


 帝国の南西部では自由都市国家群、シュロス公国、ヴェルグラ国が同盟を組み、それをアウグーリ共和国が支援し、四か国が一丸となって帝国に対抗してはいるが、国力の差を考えれば普通なら耐えられるものではない。


 それでも彼らが耐えられる理由。

 それは我々の存在故だ。

 我々、連邦が横から睨みを効かせる事によってようやく何とか帝国を押さえ付けている状況なのだ。


 今、この六つの国は絶妙な軍事的バランスによって成り立っている。

 逆に言えば、帝国軍が近代化して強力になったり、包囲網がどこか一つでも崩れたりすれば、一瞬にして今の体制は崩れ得る。

 それを防ぐべく、我々包囲網形成側は日々軍事技術の研究を絶やさず行い、常に帝国に対して質的優位を保てるように努力している。


 それ故に、連邦も同盟三国程ではないにせよ、かなり技術的に先進国だ。

 実際、俺達四機はただの哨戒任務にも関わらず、全機単葉。

 世の中ではまだまだ複葉機も少なくないというのに、のである。

 無論、連邦が航空戦力に重点を置いているのもあるが。


 複葉機にはほぼ一方的に勝てるし、単葉機相手でも並みのものよりは高性能だ。

 同盟三国の中で最も軍事的に進んでいるらしいヴェルグラ国では、これよりも高性能な航空機を運用しているらしいが…

 まあ、彼らは生き残りを賭けて必死な訳だし、当然といえば当然ではある。


 少なくとも歩兵中心のプラトーク帝国は我々より完全に旧式の軍隊で、フォーアツァイト程ではないにせよ機械化も進んでいない。


 陸上では兎も角、空中を舞う俺の様な航空機では全く何の危険性も無い任務。

 緊張感の無い任務。


 …結果的にダレる。


 どうせ何も起こらないのに毎日ご丁寧に哨戒任務をしていると思うと、嫌になってくる。

 実際、連邦軍の大半は南に回されて北はスカスカなのも、上層部の人間が俺と同じ様に考えているからだろう。


 こんな風に航空機でいちいち哨戒しているのも、歩兵だけでは国境線をカバー出来ない程に陸上戦力が少ないからだ。

 平和な北に残しておくよりは南に送ろうという判断。

 攻められたら南からまた戻して来れば良いんだし、こんなもんだろう。

 北の帝国は対外遠征では、補給物資の輸送の大部分を馬車に頼るので、必然的に進軍スピードもそれに縛られる事になる。つまり、どんなに急いでも馬の並足以上には速く侵攻出来ない。

 要は、国境付近で敵軍に気付ければ、それから遅ればせに対応しても充分に間に合うのである。

 我が軍の快足な航空戦力と地上の機甲部隊を以てすれば、国土南端からでも直ぐに急行する事が可能だ。

 …そのせいで俺が毎日酷使されている事を除けば、悪くはない判断だと思う。


 哨戒班で最も新人で、先輩方に頭が上がらない俺、エール3ことアラン・エリは今回も基地との交信を請け負う。


 しかしまあ、毎回の事なのでもうとっくに慣れてはいるが、面倒な事に、偉大なる先輩方は後輩である俺に交信を常に任せてくる。

 年功序列というやつだから、仕方がない。

 わざとらしく喜んでみせて、愛する祖国、連邦のために職務を全うするのみだ。


 航空機に積んでいる無線機は小型のものであり、こちらから通信を行うには最低でも目視──遠くに豆粒程度に見えるくらい──出来るぐらいには近付かなければならない。

 基地に備え付けている様な巨大なものならばかなり遠くまで電波を飛ばせるのだろうが、航空機にそんなものが積める訳がないし、積めたとしても、機動性が命の航空機にとってはとんだお荷物だ。


 もう既に基地側はこちらを確認しているはずだ。

 さっさと済ませてしまおう。


「こちらエール3、こちらエール3、アルピニスム通信基地、応答されたい」


 無線を投げると、待ってましたと言わんばかりに直ぐに返ってくる。

 随分と仕事熱心な事だ。


 《こちらアルピニスム通信基地。エール3、作戦コード及び部隊番号を告げられたし》


「了解。通常定期哨戒任務WS-0079、部隊番号FS-0162、確認されたい」


 《…確認した、認証完了。任務を続行されたし》


「エール3、了解。オーバー」


 お仕事完了。

 短いやり取りをするだけではあるが、片道だけでもこれと同じ会話を十回以上繰り返さなければならない。


 国内には驚くほど綿密に通信網が張られており、航空機だとちょっと飛ぶだけでまた次の通信基地にぶちあたる。

 そしてそれが帰りにもあるし、毎日続くのだ。

 簡潔に言って、非常に面倒だ。


 しかしもうそれは仕方がないので、今はただ淡々とこれを繰り返すのみだ。

 先程のアルピニスム通信基地は国境地帯到着前に経由する最後の基地。

 もう一度ここまでと同じ回数繰り返せば良い。


 そしてそれはつまりここからが哨戒任務の本格開始だという事を意味する。

 我々が哨戒なぞに四機も飛んでいるのは、途中で二手に分かれるからだ。


 下っ端の俺は、エール1、つまり隊長殿と一緒に飛ぶ事となる。

 別れた後も大して変わりは無い。

 プラトークの領空に入らない様に気を付けて、北をひたすら眺めるだけの簡単なお仕事。

 はじめてのおつかいの方が遥かに難しい程だ。


 隊長殿の後ろにくっついて飛んでおけば、誤って国境を超えてしまう様な事もない。

 国境は川なので、滅多な事が無い限り間違う事も無いだろうが。


 まあ、領空侵犯してしまったとしても特に問題無いだろう。

 何故って、それを咎めるべき帝国軍が、こっちが心配するぐらいに大雑把だからだ。

 そもそも我々を監視しようという意識があちらには無いし、仮に現場を目撃されても、その程度の事は何も言われないか、笑って許してくれるだろう。

 どちらかというと、帝国よりも隊長殿に叱られる方が怖い。


 《エール2、既定のポイントまで向かう》


 《こちらエール4。付いて行く、オーバー》


 どうやらここら辺りで分かれる様だ。

 さあ、この後は楽しい楽しいsight seeingのお時間である。


 朝方だから眩しくもないし、暖かい色に照らされた帝国の森と黒っぽい土を見るには最適の時間帯。

 ひたすら続く針葉樹林と、所々森が途切れて土が晒されているのが見えるだけだ。

 殺人者が死体を棄てるくらいにしか活用方法が思い付けない素敵な森。


 ──要するに何も無い。


 国境を形成する川も、昨日の雨のせいで茶色く濁っていて、見ていて美しいなどというものではない。

 遠くの方に帝国軍の小さな駐屯基地が見えるが、それ以外に特に怪しいところもナシ。


 今日も北部戦線は異常なし。平和…というか平凡というか…

 戦争の「せ」の字すら感じられない。


 そもそも、仮にも国境だというのに、帝国側は大隊規模の駐屯地(それもボロボロの建物)を置くのみ。

 勿論そんな事しない(はず)だが、連邦がちょっと本気になれば、たちまち侵略完了だろう。


 そうすれば簡単にこの森が手に入る。

 何の活用法も無いこの針葉樹林が。…要らないからこそ平和なのだが。


 しかし、お気楽な帝国側に対して連邦は真面目過ぎる様にすら感じてしまう。

 大隊程度の歩兵を置くのみの帝国に対して、こちらは小さいながらもちゃんとした国境警備隊を配置。

 更には航空機を使ってまで毎日ご丁寧に哨戒だ。

 慎重なのは良いが、これは流石にやり過ぎだろう。


 隕石が落ちてくるのを常に警戒する人がいるというのか?

 そんな心配をするぐらいなら宝くじが当たるかどうかを気にすべきだ。

 財布を取り出す度にチラチラと確認すれば良いのだ。

 そして最後には悟り切った顔でゴミ箱に捨てるがいい。


 これが俗に言う杞憂というやつ以外の何だと言うのか?


 こんな戦力の無駄遣いをしている暇があれば、もう少しばかり南に送れば良いのに。

 そうすれば野蛮な方の帝国が大歓迎してくれるだろうよ。

 北の、こちらに興味が無いと思しき帝国君にいつまでも片思いしてる場合ではないと思うのだが。


 せめて、哨戒任務を二日に一回程度にまで減らして頂きたいものだ。

 航空機を四機飛ばすのもタダではあるまいし、俺のゴロゴロタイムも削られる。

 百害あって一利なしとはこの事。

 いい加減自意識過剰だと気付くべきである。


 しかし、上の命令なのだから致し方あるまい。

 隊長殿ですらおっかないのに、もっと偉い人が命令してきたのだ。

 きっと隊長殿とは比べ物にならないくらい怖いおっさんに違いない。

 軍隊式愛のビンタとかで俺を教育しようと企んでいるに違いなく、何としてもそれだけは回避しなければならない。


 だから文句ひとつたれずに、入学したての小学一年生の如く従順に、大きな声でお返事をするのだ。

 命令されれば馬鹿げたお歌も歌ってやろうではないか。

 そうすれば少なくとも懇談で親にマズい事を暴露される様な事はない。

 それどころか少し褒められて、帰りにお菓子も買ってくれるやもしれん。

 これが正しい生き方というヤツだ。


 触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったもの。

 わざわざ分かっているのに茨の道を進む必要も無いのだから、楽な道を選んで生きていけば良い。

 そこで茨の道を選択するドM及び精神異常者は放っておけば問題無いのだ。

 故に、イヤイヤ参加ながらも、俺はこの馬鹿げた哨戒任務について不平不満を口にした事はない。


 だからどうか、さっさと昇進させてもらいたいものだ。

 お利巧さんにはご褒美があって然るべきだ。

 勿論二階級特進を除いて、だが。


 俺と隊長殿は右に逸れて行く。

 つまり、我々は東側へと向かう。


 歩兵隊の展開する辺りまで行き、到着すればそのままUターン。

 またもやここまで戻って来て、エール2、4と合流。

 そして元来た道を辿って帰還、というスケジュール。


 昼飯前には戻って来れるが、逆に言えば午前中は潰れる。

 兵隊なんてタダ飯食って金貰える最高の職業じゃないか!と喜び勇んで志願したものの、やはり現実は厳しい。

 一日中働いたり、東に送られるよりはマシかもしれないが、俺は半日だろうが反日だろうが働きたくないのだ。


 半日の休みではなく、完全なる休日が欲しい。

 働きたくないでござる、とは言い得て妙。

 まさにそれが今の俺の心情だ。


 でも金が無ければ週に一度の楽しみである娼館にも行けない。

 お気に入りの娼婦のフェイスちゃんにも会えない。

 フェイスちゃんの巨乳とおさらばするのだけは御免被りたいので、働くのだ。


 巨乳のためとあらば、こんな風に隊長殿のケツに噛り付いて殺風景なお隣さんを覗き見するのも我慢出来よう。

 汚い隊長殿のケツでも、道標としては非常に有効なのだから。

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