CXLII.戦争のプロローグ。
第七章、ツァーレ海編後編の続きからです。
約半年ぶりとなりますので、一応第七章のあらすじを簡単にやっておきますね。
※これまでのあらすじ
私立聖ボンボニル学院──日本でも随一のお嬢様学校である。
男達の夢、女子校で教師として働く事になった数学教師ニコライだったが、現実はそう甘くなかった。
「ニコライ先生ってェ、なんかサァ、おっさん臭いよネェ」
「つーか何だよあのお腹。中年太りとかマジありえないんですけどぉー」
「冗談は顔だけにしてくれよって感じよねー?」
「「「ねー!」」」
女子生徒達の陰口を偶然耳にしてしまったニコライ。
彼はこの学院で上手くやっていく事が出来るのか?
※これまで(第七章まで)の本当あらすじ
ツァーレ海上に突如現れた謎の空飛ぶ敵。空を飛ぶし、レーザー撃ってくるし、対空砲火を避けまくるチート野郎だ!
メーヴェ女王の提案によって集まった有志各国海軍は、これを囮艦隊で誘い出し、主力艦隊とメーヴェ防衛空軍航空機の共同で撃破せんと試みる。
…が、囮艦隊は囮どころか奇襲を受けて壊滅。フォーアツァイト帝国海軍艦とヴァルト王国海軍艦はほぼ壊滅。無傷で残ったのは沿岸警備隊レベルのクソ雑魚海軍…そう、我らがプラトーク帝国海軍艦であった!
無傷で残ったまでは良いものの、やっぱりというか必然というか、オンボロ艦隊の割にはプラトーク艦隊も善戦したが、敵の執拗な追撃に遭い、力及ばず全滅の憂き目に遭いかけた。
しかしそこに、メーヴェ及びマイナー国家海軍艦によって構成される別働隊が、プラトーク艦隊を救いの手を差し伸べた!…具体的に言うと、プラトーク艦隊から敵をなすり付けられた!ちなみにこの別働隊、旗艦にはメーヴェ女王が乗ってるぞ?!
しかし何だかんだでプラトーク艦隊は全滅せずに済み、何とか最初の囮作戦も達成されたのでした。めでたしめでたし。
…と、思ったら今度はメーヴェ防衛空軍がやらかした!…具体的に言うと、作戦開始前に作戦中止命令を下したのだ!
おいおい空サン、約束は守ってもらわねェと…いやいや、空軍サンはそれどころでもなさそうですよ…?
「青い空、青い海──青天蒼海の霹靂にございますぞ!」
上手くも何ともないポエミーな科白を喚きながら、とある海軍中将が女王の寝室に駆け込んできた。
軍艦の一室とはいえ、女王が使うのは本来は艦長用の部屋であり、そこそこ内装も豪華である。
ふかふかのベッドの上で寝っ転がっていた女王陛下は、その声を聴くなり落胆を隠そうともしない。
「何だ、卿か。オガナ君が若気の至りで夜這いにでも来たのかと思ったら禿で三段腹の中年とはいやはや…ちなみに一応言っておくと、今は青天でも蒼海でも何でもないぞ?ちゃんとお外を見たか?ほら、まだ暗いぞ、真っ暗だ。そなたの目には妄想フィルターでもかかっておるのか?悪い事は言わんから医者にかかってはどうだ?」
これだけの嫌味をスラスラと何て事はない様に述べた女王は、ごろんと寝返りを打つと、大きな欠伸を一つ。
「まさか本当に夜這いではあるまいな?流石に卿はストライクゾーンから外れ過ぎておるぞ」
痛快な嫌味に打ちのめされていた彼は、当初の目的を思い出して首をぶんぶんと横に振った。
「至急お伝えせねばならぬ事がありまして、非礼を承知でこうして参った次第です」
「良いニュースか?」
「悪いニュースがいくつか」
チッ…と小さく舌打ちすると、女王は更にころころと転がった。
「…じゃあ聞きとうない」
「陛下にもご承知頂かねばならぬ案件です。何せ今回の作戦の成否に大きく関わる事柄にございます故」
女王はのそのそと起き上がると、ベッドの上に立った。
「…ならば仕方あるまい。悪い報せならば覚悟を持って聞いてやろう。…で、何なのだ?」
「防衛空軍が作戦中止を申し入れてきました。それと同時に本土防空プランCの実行許可を首相に求めている様です」
「本土防空プランC…?」
いくつか存在する防空プランの中でも、最も望ましくない状況下で発令されるのが本土防空プランCである。即ち、本土上空での迎撃機各機会敵次第の邀撃戦。
他国の航空機が襲来した場合には、海上で食い止める事を前提として防備を整えているメーヴェとしては、本土上空での戦闘など論外…だったはずだ。
「それはつまり、敵機の領空侵犯を許してしまった、という事か?」
「ええ。南部より敵機大編隊が飛来し、現在本土上空を北上中との事です」
「北ならまだしも、南から?意味が分からぬ」
仮想敵国である連邦が攻撃してきたなら、素直に北からやってくるはずだ。
わざわざ南から遠回りしてくる必要性が無い。
「対コナー戦で北東部に航空機を集めさせておいて、南から奇襲かける目的か?…謎だな」
中将は溜め息をつく。
「確認できた限りでは、少なくとも連邦の航空機などではありません。別の国です」
「じゃあ何処なんだ?」
「不明です、現状では所属不明機としか…」
無能め、と女王は悪態を吐く。
「夜間で機体の識別が難しい事と、塗装等を偽装されているから──」
「──つまらん弁解などするな…兎も角、何処かは知らぬが身の程知らずな国が喧嘩をふっかけてきている事だけは確かだ。…コナーと関係していると思うか?」
「タイミングだけで考えるならば何らかの関与があってもおかしくはないでしょうが、ただの便乗の可能性もありますので断言は難しいかと」
ふむ…と女王は暫し思案する。
「で、敵は南部を空爆したのか?敵のターゲットが判れば目的が判る。目的が判れば犯人が判る。…そうだろう?」
「敵の空爆目標は軍事関連施設のみです。それも、我が海軍の」
「成る程、海軍が狙いか」
他にも爆撃しようと思えばいくらでも獲物は存在するはずなのに、わざわざ王立海軍の施設ばかりを狙うとは。些か露骨にも思える。
「防衛空軍の基地すら無傷か?」
「はい」
ここまであからさまとは、王立海軍も随分と嫌われているらしい。
敵が航空機で攻撃を仕掛けてくるからには、連中にとっての最大の脅威は防衛空軍による迎撃であるはず。
それなのに空軍には脇目も振らぬとは。
「敵の目的は我が海軍の無力化か…?」
この空爆に何らかの意味があるとすれば、それだろう。
軍港を破壊されてしまえば、いくら軍艦が揃っていようと無力だ。
「コナーが各国の軍艦を狙って沈めていた事からも、同一犯の可能性が高まったな」
「しかしそうやってミスリードを誘う目的の可能性も…」
「それを言い出したら何もかも罠に見えてしまう。今は仮説でも何でも良いから、敵を絞り込んでおく必要がある。そうだろう?」
「絞り込もうにも、私には見当が付きません。連邦以外にこれだけの事を仕出かせる国など知りません」
女王はその言葉を聞くなり、心底うんざりとした顔を向けた。
「私は殆ど確信しておるぞ。政治的利害に於いても、軍事的にも、国家規模に於いても、全てに於いて理想の犯人像に当てはまる国が存在するとも」
「でも、仮説に過ぎないのでしょう?」
女王は、本日何度目とも知れぬ溜め息を吐いた。
「証拠は無いが、証拠なぞこれから用意すれば良いのだ。最初から犯人と決め付けて探れば、勝手にボロが出てくるものだ。特に、これだけの事を仕出かしたのだからな」
メーヴェだけでなく、同盟国であるヴァルト王国の軍艦をも多数沈め、ついでに──その時点では非友好国であったが──秘密裏に同盟関係にあるフォーアツァイト帝国の海軍をも壊滅させた。
おまけにそれだけでは飽き足らずメーヴェ本土に航空攻撃を仕掛け、よりにもよって女王子飼いの王立海軍を襲うとは。赦すまじ。
しかし、これだけの事をして何処にも証拠を残さぬなど不可能。縦しんば無くとも偽造してやる。…と女王は企んでニヤリと笑う。
「コナーに関しては私にもさっぱりだが、少なくとも現在起こっている空襲に関してはいくらでも証拠が得られる。敵機にもパイロットとして人間が乗っていて、おまけに鉄の塊を大量に運んでくれているのだぞ?証拠品が自分からのこのこやって来た様なものではないか」
残念ながら、コナーは取り逃してしまった。コナーに関する情報は全く得られない。
しかし代わりに普通の航空機の編隊が自らやって来てくれた。これは僥倖。
パイロットを尋問すれば情報が得られるのは言うまでもないし、機体からも得られる情報は多い。ネジ一本の規格だけでも何処の国で製造されたかは判る。
「…寧ろ、敵も隠す気は無いのやもしれませぬな」
「大いにあり得る。我々の初動を鈍らせる程度の効果しか狙ってはおらぬのかもな。いくら何でも隠し通せる規模の攻撃ではない」
戦争は金食い虫だ。
軍を動かすには金がかかるし、金がかかるからには関わる人間も多い。
勿論、それが大規模なものになればなる程隠し通すには無理がある。
「取り敢えず、敵機大編隊迎撃に関しては空軍に任せておこう。都市を中心に市民の避難も恙無く行わせよ、無能な政府にもこういう時ばかりは働いてもらわねばな。…その間に、我々王立海軍は開戦準備だ。全艦直ぐにでも敵国沿岸に派遣出来るように手配しておけ」
女王の言葉に、中将は跳び上がる。
「お、お待ちを…!開戦とは一体──」
「──馬鹿め、様子見する暇など与えてもらえるとでも思うたか?私の読み通りなら、直ぐにでも次の手を仕掛けてくるぞ。そのために軍港を破壊したのだとすれば合点が行く」
「…つまり?」
察しの悪いやつだ、と女王は呟く。
「軍艦を無力化するために軍港を破壊したのだとすれば、次に敵がする事は何だ?」
「…あちらも軍艦を送って寄越すと…?」
信じられない、とでも言いたげに中将は目を見張った。
「これだけの大編隊を寄越して、いくら弱体化しているとはいえ王立海軍に楯突こうと思える相手など私の知る限り一国だけだ。私は仮説などとは思っていない。確信している」
経済力と工業力と軍事力と…これだけの事が出来るだけの能力を有する国など、女王の知る限り一国のみ。
縦え敵が連合を組んだ数カ国であったとしても、そのうちの一国にあの国が含まれるのは間違いない。
「しかし、航空機の航続距離だけが問題だな。何処から飛ばしてきたのやら…本国からでは流石に往復の燃料が持つまい。協力関係にある国から飛ばしているのか、それとも──ふふ…オガナが喜びそうな話だ」
中将は首を横に大きく振った。
「陛下が何処の国を犯人に仕立て上げようとしているか流石の私にも分かってしまいましたよ。…ですが、ご存知の通り、燃料が持ちませぬ。他国領土から飛ばすにしても、それならその国に忍ばせている我が国の諜報員がそれ程の大きな動きを見逃すとも思えません。つまり、あり得ません。あの国は無実です」
「いや、一つ私に考えがあるのだ。オガナが喜びそう、というのはその事でな」
「…と言いますと?」
勿体ぶった様に彼女はひと呼吸おいて、口を開いた。
「なぁに。イマヌエルの阿呆どもならば、メーヴェを襲うためだけに航空母艦とやらをこっそり建造していてもおかしくないな、と思ったまでだ。…そう、イマヌエルの連中は阿呆だからな。まあ何でも良い、イマヌエル自由国に三日以内に宣戦布告出来るだけの準備をせよ。連中が我々を見くびっているならば、それだけで優位に立てる」
「…本当にイマヌエル自由国の仕業だと決め付けてしまうのですか…?」
「間違っていたら、ごめんなさい、で許してもらおうじゃないか」
豪快に笑いつつ、この時の女王は既に胸の中で闘志を燃やしていた。
──メーヴェが実際にイマヌエル自由国に宣戦布告したのは、この四日後であった。