CXL.奈落の底は巨人の国。
主にレーザーの減衰に関してトンデモ科学が展開されていますが、ご容赦願います。
「よし、着いたな。ここにはこの基地の研究のメインとも言って良いくらい大事なものが置いてある」
視界が開ける。やはり敵影無し。
そこにあったのは巨大な人型の何か。
緑のボディーを基調とし、所々に赤や黒、白のパーツが組み合わさっている。
両手で大きい銃器らしきものを持ち、右肩辺りには(機体の割には)小さな盾を据え付けてある。
そしてそれが恐らく何百体と直立不動で規則正しく並べられている。
明るかった第1格納庫とは異なり、広さに対して足りていない照明のせいで不気味な薄暗さの中、
それは地獄からこちらを睨む悪魔の様にそびえ立っていた。
「まるで悪魔だ…」
無意識にヨハンはそう呟いていた。
「実際に悪魔だ」
父の乾いた返事でヨハンは目の前のものが深い意味を持つのであろう事を察した。
「これは…?」
「二足歩行型自走砲…って名目だ」
「二足歩行…?何故?」
「ああ。二足歩行にはいくつか利点があるからな。二足歩行ならばキャタピラーなんて目じゃねえ程にどんな地形にも展開可能だ。それに、自走砲っていう名目上、射程は広い方が良い。二足歩行にして砲の位置を出来る限り上にした方が良いって訳だ。全長15メートルだからな。大抵の障害物は気にならない」
「利点ばかりじゃないんでしょ?」
「勿論だ。普通ならあんなデカブツは動く的でしかねえ。誘導兵器があれば即バイバイだ。直立二足歩行させるのも、姿勢制御やら何やら大変だしな。だが、誘導兵器もまともに使えるレーダーもねえ現状では問題無いらしいな。あとは、悪路ならばいいが、舗装された道だと車輌に速度で負けてしまう事だな」
父は皮肉る様に、一気にそう語った。
しかし、ヨハンには分からない。
何が父をそうさせているのか、と。
目の前の兵器は確かに凄い。
こんな巨大な二足歩行の兵器は今までに存在した事はないだろう。
しかし、それだけだ。
戦略的価値がそれ程あるとは思えない。
父の言う様に、それは動く的でしかないし、単純に二足歩行であるというだけのただの自走砲だ。
それでは何故父はこれ程までにこの目前に立ち並ぶ兵器を恐れるのだろうか?
何故だ?
ヨハンはガラス越しにじっとその巨躯を見つめる。
しかしそれで何かが分かる訳でもない。
ただそこには鉄の塊が居並ぶのみだ。
「ねえ」
「…ん?」
呟く様に言葉を紡ぎ出したヨハンに、父はある種の覚悟を感じ取った。
「それだけじゃないんでしょ?こいつには…何が秘められているんだ?」
沈黙。
父は押し黙ったまま。
しかし、やがてヨハンに気落とされる様にして口を開く。
「こいつらの手元を見てみろ」
「銃の事?口径を見るに、威力は低そうだね。これでは碌な火力は期待出来そうにないね。普通の自走砲の方がよっぽど良さそうだけど?」
「その通り、銃だ。だがな…ただの銃じゃねえ。この前言った事を覚えてるか?」
「もしかして…」
ヨハンには思い当たるものがあった。
「ああ、お前の想像で正解だ。光学兵器だよ。この基地の大穴を開ける時に使われたヤツの小型版だ。ちっこいクセにそこらの砲とは比べ物にならん威力だ。この小ささで戦艦の主砲並みの威力…って言えば信じられるか?」
「戦艦並み?そんな馬鹿な…」
「ああ、狂ってるな。こんなもんが大量生産されれば、帝国が世界の覇権を握るのに10年もかからんな」
「光学兵器ってそんなに強いの?」
父はヨハンに詳しく説明した。
光学兵器の利点とは、主にその射程、弾速、威力にあるらしい。
弾速に関しては光学兵器に勝るものは無い。
何せ光速だ。これ以上に速いものなど存在しないのだ。
そしてこの弾速故に偏差射撃の必要性は無くなる。
射撃時にはただ真っ直ぐに敵に向かって撃てば良い。
それだけで当たる。
それ故に命中率も飛躍的に向上する。
命中率は非常に重要な要素だ。
どれ程威力が高かろうとも、それは当たってこそのもの。
故にこの命中率の向上というものは、字面以上の大きな意味を持つ。
そして射程。
これはエネルギーの減衰率に関わり、決して射程だけでなく、威力にも関係する事だ。
一般的な砲は、実体弾を飛ばして物理的に攻撃する。
それはつまり距離に比例して空気抵抗を受けるという事だ。
これによって、実弾兵器は遠距離から攻撃する程、威力が減衰する。
どんなに凄まじい初速度を加えようとも、命中する時にはかなり速度が落ち、威力はゼロ距離射撃とは比べ物にならない。
砲弾は、主に激突時の衝撃及びその後の爆発によって目標に被害を与える事を目的としている。
衝突後の爆発の威力は命中時の速度の影響は受けないものの、徹甲弾の場合、その貫通力によって敵の装甲を貫き、装甲の内側で爆発して内部を攻撃する事を目標としている。
故に徹甲弾は後の爆発よりも最初の貫通力が肝心だ。
つまり、この速度の減衰というものは徹甲弾にとっては最大の敵なのだ。
そして速度が落ちる事は即ち射程距離を短くしてしまう事でもある。
射程距離は、重力によって地面に落ちるまでにどれだけ水平方向に進めるかによって決まる。
射程を延ばそうと砲を大型にすればその分空気抵抗を受け、かと言って小型でもやはり射程は短い。
純粋に1発の砲撃時に与えるエネルギー量を増やせば射程は延びる。
しかしそれはエネルギー効率的に考えれば愚策だ。
技術者達は常にその様なジレンマに頭を悩ます事となる。
空気抵抗というと、大した事は無い様に思えるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
何故新幹線や航空機といった高速で移動するものは流線形をしているのか?
エンジンなど無かった昔、帆船はどうやって進んでいたのだろうか?
全て、空気の流れによる力に関係しているだろう。
砲弾はそこまで大きくはなく、先端が小さく次第に大きくなっていく形をしているため空気抵抗もそこまでではない。
それでも凄まじい速度で撃ち出される砲弾には目標命中までの間いくつもの空気にぶつかり続ける。
それは無視出来ない結果を砲弾にもたらすのだ。
それに対して光学兵器はどうだろうか?
勿論光学兵器も距離に応じて減衰する。
しかしそれは実弾兵器と比べれば微々たるものだ。
固体という最も密度の高い状態で空気とぶつかる実弾兵器とは違い、光学兵器の場合は波だ。
ぶつかったとしても、固体の様には抵抗を受けないのだ。
これが光と物体の違いだ。
これは光学兵器と実体弾にも同様。
同じ距離を進んだとしても、両者は決定的に減衰率が違う。
空気という名の気体の他に、光は空気中に舞う砂塵といった物体にぶつかって反射することもある。
これによっても光は拡散し、ある程度減衰するが、やはり実体弾の受ける空気抵抗と比べれば、大した事はないのだ。
ちなみに、光は真っ直ぐに飛んでいる様で、実は重力の影響を受けている。
光は重力によって屈折する。
つまり、仮に地球が永遠に続く平坦な大地だった場合、いずれは重力によって地面に引っ張られ、地面にぶつかってしまう。
つまり、光学兵器にだって実弾兵器と同じ意味での射程というものが存在する。
しかし、普通の惑星程度の重力では、それは殆ど関係が無いと言っても良い。
普通の惑星の重力では殆ど屈折などせず、真っ直ぐに飛んでいると考えて差し支えない。
重力による光の屈折などというものが考慮されるのは、ブラックホールの様なとんでもない重力の場合だけだ。
そう、つまり普通の惑星上、地球上では重力は考慮する必要が無い。
拡散による減衰でしか威力を削げない光学兵器の射程は、惑星が球でなければ何千、何万キロ、下手をすればそれ以上にも及び得る。
基本的に球である惑星上では水平に撃ったとしても重力を受けない光学兵器はいずれ空へと向かって行く事となる。
それこそが光学兵器にとっての事実上の射程なのだ。
故に光学兵器を扱うに於いて、砲の位置、正しくは高さ、というものは単純に射程距離に直結するのだ。
父はこう言った。
「攻撃ってのはな、要は手元のエネルギーを弾という形で相手にぶつける事だ。仮に手元に100のエネルギーがあるとしよう。普通の砲弾だと、これで遠くの方にいる敵さんのお宅まで配達すると、その時には100だったのが10にまで減っちまう。それに対して光学兵器ならば、敵さんに届けるまでに殆どエネルギーを減衰させない。敵さんのお宅に着いても99ぐらいにしか減ってねえんだ。それぐらいに違うんだ、光学兵器ってヤツは」
故に光学兵器は強い。
敵からは手を出せない遠距離から一方的に回避不能の強力な攻撃を叩き込めるのだ。
ちなみに、光学兵器による攻撃は、命中時に於いても非常に効率的だ。
例えば徹甲弾の場合、貫通、そして炸裂は別々のものとして行われる。
つまり、貫通出来なければその後の炸裂は無駄となり、貫通出来てもその後の炸裂が効果的でなければ無意味なのだ。
しかし、光学兵器には貫通や炸裂といったプロセスは存在しない。
ただ命中した対象に自らのエネルギーを注ぎ込むだけなのだ。
つまり、命中対象自体を爆発させるのだ。
合理的。ただそれだけの事。
故に強い。
「でもな、ずっと小型化は成功していなかった。量産するのも難しい。だからこそ帝国は光学兵器を奥の手として取っておく事しか出来なかった。だが、それが可能になってしまった…悪魔の兵器が…完成してしまった…!強力な火力をお手軽に大量に供給する…そんな事を可能にするのが目の前の兵器だ。コイツらに弾薬など要らん…!補給無しで何日間も撃ち続けられる…!コイツの前にはどんな壁も無力だ。穴を掘ろうとも、周りの土ごと消し飛ぶ。俺が生み出した悪魔だ」
小型・量産化が成功した後も、曲がらないという光学兵器の性質故に従来の使用法では折角の射程の長さが活かせなかった。
車両に載っけただけでは水平射撃しか出来ず、使用する意義はほぼ皆無。
一時は航空機への搭載も考えられたが、小型化したとはいえ、未だに航空機にとっては大きくて重く、更に航空機の貧弱な魔力生成機ではエネルギーのチャージにも手間取り、連射速度は最悪。
そもそも重量比的にも光学兵器を積むぐらいなら投下用の爆弾をいくらか代わりに積んだ方がよっぽどマシで、対地戦では爆弾の代わりにはなりきれず、対空戦では交戦距離が短いため光学兵器である必要など無い。
そうして光学兵器は小型・量産化の成功にも関わらず、当初の予定通りに拠点防御の火力として秘蔵されるという事となった。
だが、しかし。
そう結論付けて終わろうとした会議で、ある1人の研究者が意見を具申した。
二足歩行兵器を使おう、と。
この二足歩行兵器の研究は、正式なものではなく、父の個人的な研究…要するに趣味の様なものだったらしい。
研究をしていた当の本人すら動けば上出来程度に考えていた代物で、実戦投入どころか動作試験すらもするつもりは無かった。
父としては大きな人形で遊ぶ様なものだったのだ。
動きも鈍く、姿勢制御もぎこちなく、もし仮にそれらが改善されたとしても戦場ではただの動く的。
父だけでなく、誰もが実戦投入など想像する事などなかった大きな玩具だった。
しかし、その二足歩行兵器の欠点を全て補ってしまうのが光学兵器というものだった。
勿論父は反対したものの、二足歩行兵器に光学兵器を載せるというプランは採用され、遂にはこの悪魔の兵器が完成してしまったのだ。
莫大な火力を持ちながらも、長らく防御用にしか使えなかったために封印されてきた強力な兵器が、自ら攻撃するために敵地に赴ける様になったのだ。
そしてそうなれば誰も帝国を止められない。
この世界の全てを焼き尽くす戦争が始まるだろう。
しかしそんな事を気に懸けているのは父のみだった。
「元々二足歩行兵器を作ってたのは俺だ。つまり、元凶は俺なんだ。だから…止めなければならないと思った…誰もことの重大さに気付いてなかった…俺以外、誰もが!俺がやるしかなかった…!例え自らの手で何人も殺す事になろうとも…!」
「俺が!俺がやらねえで誰がやるってんだ?!ここには優秀な研究者が大勢いた…そしてみんな殺してやった…俺が殺した…優秀な人材を大量に失った帝国は立ち直るのに何十年も掛かるだろう。時間稼ぎにはなった…」
「だから殺した?研究ごと人間も闇に葬ったって訳だ」
「ああ…そうだ…」
ガクンと少し床が揺れて、エレベーターは遂に止まった。
ガラスのドアがゆっくりと両側に開き、巨人達の下へと道を示す。
小さなヒビ1つ無い綺麗なコンクリートの床がほんのり光を反射してぬめった輝きを放つ。
巨人達は衛兵の様に堂々と立ち並んでいた。
下から見ると、上から見るよりも大きく感じる。
ヨハンは人間の世界に迷い込んだ小人の様な気分だった。