XIV.本日もミリタリー日和ですね!
※注釈
・砲艦
小さい軍艦、と言うと駆逐艦のイメージですが、実際にはもっと小さな船がいっぱいあります。
その一つが砲艦です。
全長はどれも大体五十メートルぐらい。
新幹線のN700系が一両二十五メートルですから、新幹線二両分程度の長さです。
まあ、小さめのお船、ただそれだけの事です。
・騎兵
馬に乗る兵士達。
しかし、特筆すべきはここが異世界だという事。
馬、とは言っても現実とはちょっと品種とかが違います。
この作品に登場する馬は、どれも現実よりも丈夫で最高速度も速いです。
ですから、「おい、こんな馬いる訳ねえだろ!」とかツッこんではいけません。
・銃
残念ながら、この世界の銃は火薬を使って弾丸を発射しておりません。
代わりに魔法的なエネルギーを使って弾を飛ばしております。
そのため、「連射不可」、「やけに射程が長い」、「音が静か」、「煙がほぼ出ない」、「反動が小さい」、「命中精度がすこぶる悪い」.etc…と現実とはかけ離れた代物となっております。
特に、命中精度の悪さと連射不可、という特徴故に遠距離から当たればラッキー程度に撃つもの、それがこの世界の銃です。
そのせいでこの世界では未だに近距離では刀剣を使ったチャンバラを繰り広げます。
剣と魔法プラス銃!?夢の様じゃないか!
ただし、砲の命中精度は高い、という謎。不思議ですね〜
・冬宮
宮殿にも色々あるのです。
特に、夏と冬では気候が違うので、それぞれに適した宮殿に住まいました。
冬宮はその名の通り、冬用の宮殿。
厳しい寒さに耐えるための宮殿です。
〜父殺害後十二日目〜
コンコン、というノック音で目覚める。
侍女が様子を見に来たらしい。
自分にへばり付いている姉を急いで引き剥がし、どうぞ、と返事する。
「失礼します。伯爵夫人は──ここにいらっしゃったのですね」
ドアを開け、入って来たのは…昨日の可愛い侍女だった。
彼女は少し引き気味に、朝食の準備はできております、とだけ言うと、逃げる様に去って行く。
だって、姉が私の隣で寝ているのだ。
それも下着姿で。
ちょっと勘違いしてしまうのも仕方が無い。
見る人が見れば私と姉は夜通し良からぬ事をしていた様にも見えてしまうのだろう。
「姉上、起きて下さい」
肩を揺さぶると、彼女は唸りながらべったりと抱きついてくる。
「姉上のせいで侍女に勘違いされたではありませんか!姉上、聞いてます?」
「聞いてる、聞いてる。侍女に勘違い?良かったねえ」
彼女はそう言うと、更にぎゅーっと私を抱きしめつつ、ずずず、と布団の中へと沈んで行く。
「良くないです!起きるのまで遅いと変な勘繰りをされてしまいますよ!」
ばっと布団を剥ぐと、彼女は恨めしげにこっちを睨む。
うわっ、本当に布面積が…!
昨夜彼女が言っていた通り、彼女の下着は確実に布が足りない。
「変な勘繰りって?」
「自分の格好を見て下さいよ、そんな格好で男の寝室に侵入したんですよ?」
「ああ、夜通し大人の夜遊びって?」
「そういう事です」
彼女は、仕方ないな、と部屋を出て行く。
「え、ちょっと!姉上!」
「ん?何?」
「その格好で部屋を出るんですか!?」
「うん。だって、来る時もこの格好だったし」
平気でそう言うと、彼女は堂々と廊下を歩いて行く。
廊下を通り過ぎる侍女達がびっくりした顔で見ているが、彼女は全く気にしない。
嗚呼、あの姉は…仮にも既婚の身なのだし、もう少し恥じらいだとか…
うーん…
無理かなぁ…
✳︎
朝食の席に着くと、暫くしてヴィートゲンシュテインもやって来る。
彼は朝からきちっと身なりを整えており、如何にもエリートなオーラをプンプンさせている。
一方の我々はまだ髪もきちんと整えていないので、どちらが皇族か分かったものではない。
彼の方がよっぽど威厳がある。
「お早うございます」
「ああ、お早う」
彼と雑談しながら朝食をむしゃむしゃと食べる。
「ほお、美味いな。この朝食なら宮殿のものと大差無いぞ」
内容は朝食であるという事を忘れさせる程の豪華なもの。
それでいて、朝からがっつり食べる訳にもいかないし、きちんと朝食向けに考えられている。
「お褒めに与り光栄です。これを調理した者にも伝えておきます」
「しかし突然の来訪にも拘らず、よくもこの様な豪華なものが用意できるなぁ。無理をさせてしまったのではないか?」
数日前に私は姉に無理させられた側の人間であるから、そういう事にも少し気が行く。
「いえいえ、その様な事はありませんよ。いつも通りにしているだけですから」
いつも通り…?
これが?
「毎朝この様なものを?」
「ええ。食にはうるさい質でして」
ヴィートゲンシュテインがグルメねぇ…
意外であった。
「ところで、卿のご両親は留守にしておられるのか?挨拶でもしておきたいのだが」
「両親は…幼い頃に事故で亡くなりまして」
「そうなの…では、責任者君がこの家の当主なの?」
「はい。本当はここも別荘だったのですが、資金繰りに困り、本邸は売り払ってしまって…」
成る程、そういう事か。
彼も苦労してきたらしい。
「それは大変だったな。私も卿の働きぶりは評価しているし、出世は約束しよう」
「はっ。有り難うございます」
あ、でも今の時点で軍の最高責任者なのにこれ以上の出世って…?
超総司令官、とか新しい役職を作っちゃう?
などと考えていると、使用人が駆け込んで来る。
「騒がしいな。どうした?」
「お許しを。しかし早期の対処が必要でして。…宮殿が、包囲されております!」
何!?
「誰に包囲されておるのだ!?もしや、社会主義者の連中か?」
ヴィートゲンシュテインの表情が変わる。
仕事人の顔である。
「いえ、どこかの貴族の私兵かと」
プラトーク帝国では元々は諸侯が私兵を持つ事を禁じていたのだが、軍の弱体化のせいで必要に駆られ、次第に各々が兵を囲う様になっていった。
特に国境付近を基盤とする貴族はその傾向が顕著で、多数の兵力を有している。
「規模は今のところ五万程度との事。しかしこれだけとは思えませんし、どこかに隠しているのやもしれません」
五万でも現状の腑抜けた我が帝国にとっては十分多いが、一国の首都に攻め入って来るからには他にも兵を隠していると思われる。
いくらなんでも五万の軍だけで首都が陥せる程甘くもない。
流石にそれだけの戦力では無謀過ぎる。
「防衛側の兵力は?今は誰が防衛の指揮を執っているのだ?」
「こちらは近衛師団と衛兵が協力して対処を行っております。指揮は現場が独自の判断で行っているとの事」
「まるで私が遠出する時を狙っていたかの様だな」
「実際にそうなのでしょう。偶然とは思えません」
私の外出時を狙った計画的なクーデターか。
「衛兵も近衛師団もろくな武装をしていません。そう長くは保たないかと」
衛兵は軽武装に槍装備。ライフルさえ背負っていない。
近衛師団は殆ど儀仗兵として式典に出席するために存在する様なもので、こちらも衛兵よりはマシなものの、同じく無力だ。
宮殿の周りに設置してある防御用の兵器が無ければロクに戦えないだろう。
「救援に向かうべきだな」
「しかし、歩兵ですらまだ装備の置換が完了しておりません。現状では救援どころか返り討ちです」
「何か他に戦力になりそうなものは?」
彼は、うーん、と唸り、暫く考え込むが、やはり何も思い当たらないないらしい。
「旧式の軍で勝つには奇襲以外に方法がありませんが、それはあちらとて分かっているでしょう。何らかの対策をしているでしょうし、罠にかけられるかもしれません」
「つまり、有用な陸上戦力は存在しないのね?」
「ええ、全く。駒が無くては策の一つも立てられませんからね…」
いや、待てよ…それは逆に言えば…
「では、有用な海上戦力は存在するのだな?」
「海上戦力はその通りですが…陛下、失礼ながら、船は海で使うものですよ?」
「そんな事は当然分かっている。だが、陸で使えぬものでもない。帝都まで運んで来れば良いではないか。まだどの軍艦も陸上に揚げたままなのだろう?」
冬の間、帝国の海は凍るため、軍艦も冬季は陸上に揚げてある。
そのため、そのまま運ぶ事も出来ない訳ではない。
「艦砲を陸で使う、と?」
「そうだ。駆逐艦ぐらいなら車両で引っ張って来れるのではないか?」
姉は、やれやれと溜め息を吐く。
「コーリャ…駆逐艦の全長がどれくらいか知ってる?」
「さあ」
「百メートルはあるのよ?運べる訳がないでしょう?」
「ならば砲艦だ。砲艦ならばどうだ?」
「砲艦でもその半分…五十メートルはあるわよ?幅も十メートル程あるし」
彼女はそう私の案を一蹴すると、弟の馬鹿さ加減にも困ったものだわ、と呆れてみせる。
「いえ、案外いけるかもしれません」
「何がだ?」
「砲艦を運ぶ案です。駆逐艦は兎も角、砲艦ならば不可能ではありません」
「まさか、本当に帝都まで運んで来るつもり?最寄りの軍港からでも結構距離があるのよ?」
「確かに、時間はかかるでしょうが…逆に言えば、時間さえあれば可能です。車輪を付け、何台もの車両で牽けば…」
「無理ね。運び終わる頃にはとっくに勝負は決しているでしょうよ」
無茶なのは分かっている。
しかし、これ以外に方法が無い以上、やるしかない。
「ならば旧式の軍隊とやらで時間稼ぎすれば良い。勝つ事は出来ずとも、それぐらいなら可能だろう?」
「他に手段も無さそうですし、この案に賭けるしかなさそうですね…砲艦でも12センチ砲を搭載していますから、最寄りの軍港の全ての砲艦を運んで来れば火力は十分かと。敵は我々に気付かれないように帝都まで侵入して来たのですからそれ程長射程の砲は持っていないでしょうし、上手くいけばアウトレンジから一方的に叩けます」
彼はそう言うと席を立つ。
「陛下、お願いがあります」
「何だ?」
「本来ならば私がしたいところではありますが、それも叶いそうにありません。時間稼ぎを陛下にお頼みしたいのです」
彼は深々と頭を下げる。
「それはつまり…私に軍を指揮せよ、と?」
「はい。私が砲艦を運んで来るまで、何としても宮殿の守備兵には耐えてもらわねばなりません。そのためには、危険は承知で陛下に軍を率いて頂くしかありません。他に適した人間がいないのです」
「他にも士官はいるだろう?彼等に任せるのでは駄目か?」
「駄目です」
「もし私が断ったら?」
暫しの沈黙。
そして彼は顔を上げると、ゆっくりと告げる。
「宮殿が敵の手に落ちます」
私はふうっと深呼吸すると、彼の目を見る。
真剣な眼差し。
「どれだけ持ち堪えさせれば良い?」
「二日…いえ、一日待って下さい。必ずや一日で運んでみせます」
一日か。
長いのやら短いのやら。
「分かった、やろう。宮殿にはナーシャもいるのだ。妹は守ってやらないとな」
そして勿論ソフィア医師だって。
「まさか、コーリャのとんでもない作戦に頼る事になるとはね…」
「便宜上作戦名が必要なのですが、良いアイデアはございますか?」
「じゃあ、そうだな…『陸のマーメイド作戦』とでも名付けるか」
「必ずや、人魚を連れて、陛下の下へと馳せ参じます」
「ああ、頼むぞ」
私と彼はぐっと力強く握手をする。
男同士のお約束、だ。
✳︎
「陛下、こちらが現在集められるだけの兵力です。他にもこちらに向かっている部隊もありますが、到着にはもう暫くかかるかと」
軍人の男が、ずらりと並ぶ兵の前で私にそう報告する。
ここは最寄りの駐屯地。
そこかしこから集めてきた兵がここに集っている。
歩兵六万、騎兵一万、翼騎兵五千、砲兵五千。
そこに非戦闘員一万を加え、純戦闘員合計約八万、総勢九万の大軍勢だ。
流石に帝都周辺には兵力を集中させていたらしく、ほんの少し待つだけでこれ程の数が集まった。
ただし、これ以上の戦力は今直ぐには期待出来ない様だ。
更に、歩兵の銃はあまりにも旧式過ぎて使い物にならず、騎兵も翼騎兵も時代遅れの代物。
砲兵に関しては砲があまりにも前時代的過ぎて、砲兵としてではなく、ただの歩兵として戦う事になった。
つまり実質砲兵無しの、歩兵は六万五千。
銃の精度はまだまだ低く、連射能力も低いため、遠距離からの牽制用としてしか使われてはおらず、近距離での刀剣による戦闘が未だに重要とは言え、最初から銃という選択肢は無しでサーベル片手に突撃とは…中世か何かか、と思ってしまう。
これでは弓でも持った方が良いのではないか、と真面目に検討したくなるレベルだ。
ロングボウの使用でも検討するか…?
「遠距離ではあちらが銃の性能の分、圧倒的に有利です。ですから、まともな戦闘に持ち込むためには敵に近付くしかありません」
「しかし、我々の目的は時間稼ぎだ。それなのに敵の懐に飛び込むとなると無駄な兵の消耗に繋がる」
「ですが、敵に近付かねばその時間稼ぎすらも出来ないのです」
困ったな…
現状では我々は数だけ揃った中世の軍隊だ。
そんなもので、きちんと武装した敵相手にどう戦えと?
「騎兵と翼騎兵ならば直ぐに距離を詰めれるだろう?先ず彼等で攻撃し、その隙に歩兵を接近させるのは?」
「そんなものは当たり前です。失礼ながら、誰だってそれぐらい思い付きますよ。問題は、それでは犠牲が大きくなり過ぎる事と、先に騎兵と翼騎兵を撃破され、次に歩兵…と、各個撃破される可能性が高く、かと言って騎兵と翼騎兵を歩兵と一緒に動かすのでは歩兵と変わらない、というジレンマにあります。更に、最大の懸念は敵の伏兵の存在でしょう。ほぼ間違い無く奇襲を警戒して敵は伏兵を市街地に配置していると思われます。下手に突っ込めば挟み撃ちになり、退路を断たれて全滅です」
「では、先に伏兵をどうにか出来ないのかしら?」
「無理でしょう。巧妙に住民の中に紛れ込んでいるでしょうね。一人一人確認する訳にもいかないですし」
犠牲者を抑える策、か。
現状でそんなものがあるのかは疑わしいが…
少なくとも、敵の伏兵をどうにかしなければマトモに攻撃すら仕掛けられないのは確かだろう。
伏兵を無力化するか、何とかして見つけ出すか、それともおびき出すか。
どれも方法が思いつかない。
更に、もし仮に伏兵をどうにか出来たとしても、正面からぶつかっては犠牲者が増え過ぎる、という問題が残る。
…
…いや、犠牲を最小限に抑える方法が一つある。
「宮殿を包囲している連中は騎兵と翼騎兵だけで攻撃しよう。その間、歩兵で伏兵を抑えるのだ」
「陛下、本気でそう仰っておられるのですか?それでは騎兵と翼騎兵が無駄に全滅するだけです」
男は露骨に顔をしかめる。
「少し語弊があったな。正しくは、馬とワイバーンで攻撃するのだ」
「つまり…どういう事でしょう?」
「馬とワイバーンに爆薬を括り付け、敵に突撃させるのだ。勿論、人間は乗せずにな。要は、一万五千の砲弾を撃ち込む様なものだ。流石に高速で接近する一万五千の獣を全て撃ち殺す事は出来まい。もし仮に辿り着く前に半数が倒れても、残り半分が敵陣に届けば大打撃を与えられる。一兵たりとも失わずにな。伏兵に関しては歩兵を市街地に分散させておけば手出しは出来んだろう。もし仮に仕掛けてきても、市街地での乱戦ならばこちらの望むところだ。敵を剣の錆にしてやれば良い」
「しかし、馬やワイバーンもタダではないのですよ?」
「どうせ半年以内に騎兵も翼騎兵もお役御免になるのだ。それならばここで有効活用した方が良かろう。騎兵と翼騎兵は今から歩兵にジョブチェンジだ。爆薬については…そうだな、砲弾を流用出来んか?どうせ新型砲を採用すれば今ある砲弾も全て用済みだ。ここで出来る限り使ってしまおうではないか」
くくく、と込み上げて来るものを抑え切れず、男は笑い出す。
「陛下は只者ではありませんな。砲艦を運んで来る、というのも陛下の発案なのでしょう?この作戦も常人にはとても思いつけない代物ですな」
「当然だ、私を誰だと思っておる?仮にも次期皇帝だぞ?それに、馬鹿と天才は紙一重と言うではないか。馬鹿とは案外賢いものなのだよ」
「違いありませぬな。では、早速準備にかかります。ありったけの砲弾を敵さんにデリバリーしてやりましょう」
「おいおい、あまり調子に乗って届け過ぎると奴等の郵便受けがパンクするぞ?」
「ご安心下さい。ならばお家に直接放り込んでやるまでです」
その後、騎兵と翼騎兵はそれぞれの相棒に別れを告げつつ、砲兵と共に爆薬を積む作業に入る。
その間、残りの歩兵六万は進軍を開始。
どうせこの数では奇襲など不可能なので、白昼堂々と行進。
目指すは敵に包囲されている冬宮とその周辺市街地。
どうせ使い物にならない銃は捨て、歩兵は皆サーベルを腰に下げるのみ。
更に近接戦闘だけを想定し、ちょっとした鎧まで着けている。
こんなほぼ中世と変わらない装備だが、どの兵の目にも勝利に燃える光が宿っていた。
ここに、プラトーク帝国軍による『陸のマーメイド作戦』の幕が上がったのだ。