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CXXXI.デートと呼ぶにはあまりにもアレがアレであろうと思う。

※注釈

・モノクル

レンズがひとつだけの眼鏡。

要は怪盗アルセーヌルパン氏が着けてるヤツ。

ちなみに作中でニコライが着せられた服もルパンそっくりのものです。

 ヴァルトの兵士達を騙し、まんまと監視役の元から逃げ出した我々四人は、たまたま通りがかった洒落た店にて一旦休憩中であった。

 ちょっとした食事処の様で、ランチメニューなんてのも用意されている。

 折角寄ったのだから…と、少し早めの昼食を取る事となった。

 逃げ出しておいてこうも呑気に観光を続けていて良いのか、とも思うが、人を隠すなら人の中という理屈でこうも堂々としているらしい。…ナーシャ曰く。


「こういう店を何と言うのだったかな…コーヒーハウス…いや、カッフェか?」


「兄上、どちらの呼び方も古めかしいですよ。普通にカフェです」


「カッフェでもカフェでも同じであろう?」


「いえ、違います。半世紀分は違います」


「じゃあコーヒーハウスは?」


「それに関してはもっと古いです…」


 …らしい。

 私には良く分からん。

 まあ、我が妹はそういう細かい事に拘るお年頃だから仕方ない。


「では早速コーヒーを──」


「──ちょ、兄上?!」


 何気なくコーヒーを注文しようとした私を、ナーシャは驚愕の目で見つめる。

 その様な反応をされてはむしろこちらが驚きなのだが…


「な、何か問題でも…?」


「今、コーヒーを頼もうとしましたか?」


「…ああ」


 思いの外真剣な様子で彼女は訊ねてくる。


「兄上は…てっきり紅茶至上主義者なのかと思っていましたのに…普段紅茶しかお召し上がりにならないので」


 特に拘り等は無いのだが、言われてみれば確かに普段は紅茶ばかりだ。


「別にどちらでも構わん。カフェインが摂れるならばどちらでもな」


 そうですか、と彼女はまた何とも言えぬ表情のままだ。


「あともう一つ…食事の前にコーヒーというのは如何なものでしょうか」


「何か問題でも?」


「コーヒーのせいで食事の味が変わってしまいませんか?」


 いや、これまでも紅茶だろうがコーヒーだろうが気にせず食前に飲んできたのだが…味が変わるだとかそういう事が気になった試しは無いな…


「──変わらないから問題無い」


 そうですか、と更に深刻に思い悩む風に彼女は頭を抱える。

 多分、味覚がおかしいとかそういった類のけしからん事を考えているのだろう。


「私もまだまだ兄上に関して知らない事だらけですね…」


 知らなくて良いぞ、妹よ。


 結局コーヒーはランチメニューを頼めばセットで食後に自動的に出てくるそうなので、ここは大人しくそれに従っておいた。

 私は日替わりランチを注文し、妹も私の真似をして同じものを注文した。


 食事は然程待つ事もなく、他愛の無い会話を交わしているうちにやって来た。

 本日の日替わりランチは魚のフライ。

 メニューには小洒落た長ったらしい名前が書かれていてオシャレを装っているが、結局は魚のフライである。

 衣に砂糖かコーンを混ぜてあるらしく、少し甘い匂いが漂ってくる。

 その上にかかっているのはトマトベースのソースであろう。


 魚のフライ、と私が呼んだら、案の定妹は正式名称で呼べと主張したが。


「どうやら追っ手は完全に撒けた様です」


 食事の済んだ頃合を見計らって、二名の兵士達が帰ってきた。

 彼らの片方には見張りという名目で店の外に立ってもらい、もう片方には周辺の見回りをしてもらっていたのだ。


「皇太子殿下、このまま王宮にお戻りになりますか?それとも、万全を期して応援を呼び、それからになさいますか?」


 どちらにしても困る事には違いは無い。

 宮殿に戻るとは即ち楽しい観光の終了を意味するし、応援を呼んで更に事を大袈裟にするなど以ての外であろう。

 大体、兵士を騙して監視の目から逃げ出して、どの様な顔をしてぬけぬけと戻れると言うのか。


「待ち伏せに遭う可能性もある──いや、私が追う側ならそうするだろう。故に前者は論外だ。後者も不味い、敵との内通者がどこに存在するとも限らぬのだからな。大人数を動かすには時間がかかる…その前に敵にこちらの位置が漏れて刺客が送り込まれるやもしれん」


 無論、前者であろうが後者であろうが可能性はゼロだ。

 待ち伏せはあるかもしれないが、それは私とナーシャを害そうと探す者ではなく保護しようとする者であり、内通者なんているはずもないし、送られてくるとすればそれは刺客などではなくお迎えの使者だ。


 しかしここまで来たからには私も退くに退けない。

 誠に遺憾ながらナーシャの尻馬に乗ってやるしかないのだ。


「では…如何致しましょう?」


 兵士の問いかけを、私は(ナーシャ)に受け流した。

 視界の端で妹が、ちょっと気に入らない笑みを浮かべるのが見えた。


「では…ショッピングにでも行きましょうか」


「はい??」


 ショッピング…?

 さっきまでも大量に色々と買い漁っていたのに…?


「いえいえ兄上、先程の市場でのお買い物は私の言う“ショッピング”とは全く別物ですよ」


 私の疑問は最初から想定範囲内だったのか、彼女は我が脳内の疑念に対する答えを補足した。

 本当に心を読まれていたとしても不思議ではない。

 いや、これは読まれている。(確信)


「まあ、ナーシャが違うと言うのなら違うのだろうが…何故このタイミングでショッピングなどと言い出した…?」


 私個人としては、女性のショッピングなどに延々付き合わされるのは少々辛い。

 出来れば観光名所をぐるっと回る方が社会見学としてはベターだし、そっちの方が楽で好い。


「兄上…近代国家の基盤は経済活動です。それも、我が国の様な国家主導の経済ではなく、民による自由な経済活動によって形成されるのです。ヴァルト王国だろうがメーヴェだろうが──勿論、連邦も──栄えている国はどこも共通して民間の経済活動が盛んなのです。無論対外貿易に於いては国家が絡んでいる事も多いのでしょうが、そういった国々は大抵国内では国家が関与する事なく経済を回しています。そして国内経済の発展に必要なのは豊かな消費者──即ち、一般市民です。市場にいる商人連ではなく、平凡な小市民達です。それを見るには我々も実際にショッピングしてみるべきです、市場などではなく、ウィンドーショッピングで」


 いきなり熱く語り始めたが、目が笑っているので分かる。

 …これは本気で言っているのではない。

 要はただの口実作りだ。


「殿下…恐れながらも申し上げさせて頂きますが、ショッピングに興じている場合ではございません──お命を狙われておられるのですよ?!」


 うん、至極真っ当な意見だと思う。

 残念ながらその主張の根拠たる情報が誤っている事だけが悔やまれるが。


「どこにいたって狙われるのだからカフェも街中も同じでしょう?」


「まだここの方が守れる可能性が高いのです。街中では奇襲を受けるやもしれません」


「なら私が返り討ちにしてくれるわ」


「殿下、それは無謀と云うものです…」


 すまんな兵士君、それがな、なんとびっくり、無謀ではないのだよ…


「ショッピングついでに服を着替え、髪型を変え…巧く変装すればむしろより安全になると思うのだけれど?」


「しかし、変装するため向かう最中や向かった先に敵がいないとも限らないではありませんか」


「ならば、こうやって無駄な議論を重ねる間に敵が来ないとも限らない訳ね?」


 むむむ…と兵士は唸る。

 ナーシャの達者な口にかかれば、生真面目そうなこの御仁でも堪らない様だ。


 これはもうチェックメイトだな、と私が確信する頃には、彼は項垂れてしまっていた。


「──御心のままに…」


 可哀想に…



 ✳︎



 ショッピング…などとナーシャは言っていたが、要は服が買いたいらしい。

 先程の市場では見張りの者が大勢いたので、大量にセレブ買いしても彼らが自動的に回収してくれ、我々は手ぶらで悠々と買い物が出来た。

 しかし今はその回収要員が二名しかいない。

 それ故に…


「ナーシャ!だから買い占めるのは止めろと言っておろうが!」


「兄上、止めないで下さい!ここで退いては女が(すた)ります…!!」


 高級ブティック入店一軒目にして妹はセレブ買いを敢行しようと試み、私はそれを必死に止めていた。

 流行の最先端(店員談)らしい服を見るなり彼女は目を血走らせ、この店の商品ぜーんぶ頂戴、とか禁句を口にしたのである。

 これを止めない兄などいようものか。


「お前はいつから資本主義の申し子になったのだ…?!」


「資本主義の豚なり何なりとお好きなだけ罵って下さって結構です!ですがこの購買意欲だけは、縦い兄上とても止められるものではありませんよ!」



 こういう時ほど、本当にソフィア医師やルイーゼの存在の有り難みが分かる時は無い。

 残念ながら兄たるはずの私にはもう暴走した妹を抑える力など微塵も存在しないのである。


「せめて…せめて十着──いや、二十着までにしろっ!あと、買ったものは後で宮殿に届けてもらえるように手配しておこう、なっ?!」


「しかし兄上!ここで大量に買ってプラトークに持ち帰れば、ヴァルトの最新ファッションを我が国に持ち込む事が出来ます!例えコピーであろうとも、我が国でも最先端のファッションを流行らせる事が出来るやも──」


「──目を覚ませナーシャ!大義を思い出せナーシャ!目的を忘れるなナーシャ!!」


 …


 …という大騒ぎをした結果、結局二十着で妥協した。

 何が違うのかよく分からんが、ナーシャ曰く違うらしい二十着で。


 さてさて、買い物が済んだら今度は本命の、変装用の服に着替える。

 私は無難にヴァルトで流行り(らしい)ボタンだらけの紳士服。セットでステッキにシルクハット、モノクルまで付いてきた。

 私にはちっともお洒落には見えないのだが、ヴァルトで流行っているのならばそれこそが正義だ、と主張するナーシャに押し切られ、渋々従った形である。


「私にはファッションの最先端どころか時代遅れ(オールドファッション)の極みの様に思えるのだが…この服装は…」


「それは違います。時代遅れも一周回れば最新に変わり得るものなのですよ」


 ヴァルトに入りてはヴァルトに従え。ナーシャの前ではナーシャに従え。

 …という教訓が染み付いている私としては、それ以上何も言えなかった。

 それに実際、ニーゼルレーゲンの街中で似た様な格好を稀に目撃していた。

 流行っている、というのはあながち嘘でもないのだろう。


 ただ、問題はその後だった。


 古今東西女性の服選びというのはやけに時間を食うものだ。

 今までナーシャの買い物が非常にスピーディーだったのは選ぶまでもなく買い占めていたからに過ぎない。

 そして今回、遂に「ナーシャが今日着る服」──無論、一着に絞らねばなるまい──を選ばねばならなくなった。

 …さあ、覚悟を決めよう。

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