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CXXVII.ヘインダース基地第三飛行中隊の出撃。

※注釈

・迎撃戦闘機「メイストーム」

メーヴェ防衛空軍の本土防衛用迎撃戦闘機。使用目的の関係上、連邦に近いメーヴェ北部の基地に集中配備されている。長い胴体と尖った機首が特徴的。高馬力の水冷式エンジンによる高い上昇性能と高空での運動性能、重武装を誇るが、その分航続距離は短く低空での運動性能は劣悪、大型機への突撃時の銃座からの射撃に耐える得る事を目指して前面装甲は比較的厚いが側面や背面の装甲はほぼ皆無、シールドは一応備えているがこれも突撃時に全面からの攻撃を防ぐ目的のものなので全面にしか展開出来ない。(ただし、その分小型な割に強力である)そして速度・機動力に於いて連邦の主力戦闘機シヤンに圧倒的に劣る。つまり、ドッグファイトには全く向かない。そのため基本的には巴戦は避け、大型機キラーとしての運用を想定。対シヤン戦闘では高空からの一撃離脱をパイロットに徹底させる。

…ちなみにメイストームとは五月頃に北海道で起こる暴風雨の事。イギリスの戦闘機「タイフーン」とシューティングゲーム「レイストーム」にあやかってこの名前にしました。


・汎用戦闘機「フェアリー」

メーヴェ防衛空軍の汎用戦闘機。元から連邦のシヤンに対抗する目的で開発されたのでシヤン同様小型で軽快な運動性能が特徴。特にロール性能に関しては他の追随を許さない。しかし結局はシヤンの二番煎じに過ぎず、殆どの部分でシヤンの劣化コピーの様相を呈している。唯一シヤンに優っているのはそのロール性能と防御力(シールドは備えていないが装甲はシヤンよりかはある)くらいなものである。特にこれといった特徴の無い本機だが、その最大の長所は何らかの突出した性能ではなくむしろその平凡さにあると言える。凡庸な性能はその汎用性と拡張性の高さを実現するためのものであり、小規模の換装及び改造によって容易に様々な任務に対応出来る。テンプレートとしては基本のA型、重武装のB型、対地支援用のC型、偵察用のD型、夜間戦闘用のE型の五つであり、それら全てが同じ工場で造られ、容易に切り替わる事が可能であり、また、テンプレートの他にも状況に応じて改造が可能なように余裕を持った設計となっている。このフェアリーの便利さ故にメーヴェ防衛空軍は他国には存在する他の機種をも本機で代替し、製造機種数を他国に類を見ない程に少なく絞る事に成功。それは同時に製造コストの削減を意味し、結果的にメーヴェ防衛空軍の戦闘機数の増加に繋がった。つまり、最終的にはフェアリーの最大の強みは高い汎用性によって可能となった低コストとそれによって生まれた数の優位にこそあるのだ。逆に言えば、一機毎の性能は器用貧乏としか言い様が無く、数の優位か奇襲の優位のどちらも得られなければ本機に勝ち目は無い。

フェアリーは妖精さんの事ではなく空中でホバリングして花の蜜を吸うちょっと変わった鳥、「ハチドリ」の事。必死に羽を動かして滞空し蜜を吸ってる姿が凄く可愛い小鳥さんです。

昔々のその昔、イギリスには同名の自動車メーカーがあって飛行機も造ってた様な…造ってなかった様な…いや、アメリカ企業だった様な気もする…いや、そもそもそんな会社存在したっけ…?といううろ覚えの記憶が命名の由来。


・フラップ

前方方向への運動エネルギーを上方向に変換してくれる…とか言うと何だか難しげになってしまうのですが、つまりは翼面積を大きくするために使う折り畳み式の、翼を補助するヤツ。飛行機で窓側の席に座るとたまに窓から見えたりするかもしれませんね!


・エルロン

飛行機がロールする時にパカッと持ち上がる翼。ウィキで調べたら、日本語では「補助翼」と呼ぶらしい。要は翼。飛行機が曲がる時に窓から翼を見たら何かパカパカしてるヤツがありますよね?それがエルロンです。こいつを使えば飛行機をロールさせる事が出来ます。曲がるにも錐揉みをするにもエルロンを使わねばなりません。(頑張ればエルロン無しでも曲がれなくはないですが)…何、分からない?…エースコンバットでもしときなさいっ!!

 〜メーヴェ北東部、ヘインダース飛行場〜


「トーマス!急いでタキシングしてくれ!先行した連中がミスったせいで随分と遅れが出てる!」


 このままじゃ置いてかれちまう、と俺が必死に主張するも、整備員で同僚のトーマスは呑気なもんでちっとも急ぐ気配が無い。


「ジェームズ、初めての実戦で逸る気持ちも解らんでもないがね、落ち着いた方が良いぜ。どうせ飛行中隊毎に離陸してるんだ、急いだって変わりゃしないさ」


 彼はそう言って胸ポケットからマッチと煙草を慣れた手付きで取り出し、紫煙を(くゆ)らせる。


「大体、まだお天道様も顔を出してないじゃないか。ただ飛ぶだけでも気を付けないと、方向感覚失って地面にゴツンが関の山だぜ?」


 夜間の飛行はそれ専用の用意が無ければ非常に難しい。

 夜の闇の中ではちょっと宙返りするだけでも直ぐに方向感覚を失ってどっちが上でどっちが下だか分からなくなる。

 …そしてその先に待ち受けているのは墜落だ。


「今日は月が出てるから大丈夫さ」


「月なんぞアテになるかよ、直ぐに雲で隠れちまう」


 確かに、今日は雲が少し多い。


「問題無い、どうせ飛行の大半は雲の上だからな。あっちに着く頃にはとっくに払暁だろう」


 各飛行場から順次出立した部隊は定められた空中集合地点にて全機合流の後海軍の主力艦隊の元へと救援に駆け付ける手筈となっている。

 本来ならば夜間飛行の予定は無く、太陽が出てから作戦開始となるはずだったが、何かしらあっちもあっちであったのか随分と早くに緊急発進の要請が各飛行場に届いた。


 鈍重な機体から優先的に離陸させ、後からでも追いつける機体は後に回された。

 そのため、俺の乗る迎撃戦闘機、メイストームの順番は丁度真ん中だ。

 メイストームはエンジンこそ強力だが重武装が祟って鈍いのである。


 メイストーム計十二機から成る我が中隊は、誘導役の夜間戦闘向けに改造されたフェアリー戦闘機タイプDを一機加え、十三機でヘインダース航空基地を発つ事になる。

 途中、各飛行場から出発した部隊と合流していき、最終的には空中集合地点に設定されている海上にて全機が集う。

 本作戦参加機はメーヴェ防衛空軍の保有機のうちの殆どであり、そこに僅かながら防衛陸軍所属機も加わるため、とんでもない大編隊となるのは間違いない。

 それに勿論俺の様な一兵卒に全ての情報が与えられる訳もなく、もしかするとまだ知り得ぬ何かがあるかもしれない。


 少々戦力的に過剰に過ぎやしないか、とも思わないでもないが手こずる可能性を考慮するなら妥当な数であるとも言える。

 軍艦と違って我々航空機はずっと当該地に留まっておく事は出来ない。

 燃料も理由の一つではあるが、それ以上に弾薬の問題である。


 残念ながら我々は何十分も何時間も戦闘を繰り広げる事は叶わない。

 爆撃機の積める爆弾はせいぜい十数個が限界であるし、爆装可能なフェアリーCタイプにしても両翼に小型のものをそれぞれ一つずつ、あるいは増槽の代わりに中型のものを一つが限度だ。

 機銃弾だって同じで、例え百数十発積んでも一秒間に数発、という高レートで撃つから実際には撃ちっぱなしにすれば数十秒しか持たない。(無論、ドッグファイトに於いてはそれだけあれば十分なのだが)


 そのため、空中集合地点にて全機が集結したら、その後直ぐに機種毎にまたいくつかのグループに別れる事となる。

 足の速い航空機は一足先に向かって戦闘をし、彼らの攻撃が成功すればそれで良し、失敗すれば弾薬補給のためにそれぞれ充てがわれた補給基地に向かい、補給を受けたらまたそこで別命あるまで待機。

 その間にまた別のグループが攻撃を敢行し…と繰り返すのである。


 この様にわざわざ波状攻撃を行うのは言うまでもない事だが、航空機が多過ぎても邪魔なだけで、戦闘に支障が出るばかりでなく最悪衝突事故の可能性もあるからだ。

 船舶ですら今回の討伐大同盟に於いては数が多過ぎて衝突しないように細心の注意を払っているのだ、常に動き続けていて更に衝突の危険性が高い航空機ならば小分けにして行動させるのも当然である。

 ちなみに全機が集う空中集合地点も、“地点”とは呼称しているものの実際には“地域”…否、“空域”と呼ぶ方が正しいであろう広い範囲が指定されていて万に一つもぶつからない様に気を遣っている。


「そろそろだな、運ぶぜ」


 他の整備員達が動き始めるのをちらりと見て、トーマスは重い腰を上げてまるで少し大きなゴーカートの様な見た目をした専用のトラクターのワイヤーをメイストームの機首下部──プロペラの直ぐ後ろ──に引っ掛けて、どっこいしょ、とトラクターの座席に跨った。


 やはりゴーカートの喩えは間違いだった。

 ゴーカートなんぞより遥かに遅いノロノロスピードでトラクターはゆっくりと動き始めると滑走路まで機体を引っ張っていく。

 農業用トラクターの方がよっぽど速いのではなかろうか。

 そのくせエンジン音だけはやけに大きいし、竜石消費時に出てくる煙の量は凄まじい。

 この煙はそのまま燃費の悪さを示している。


「このポンコツ、さっさと新しいのに変えたらどうだ?いつのヤツだコレ?」


 エンジン音に掻き消されないよう心持ち大きめに声を張る。


「知らねえよ、俺がここに来た時からあったんだから。この前定年退職したエイブのおっさんが、少なくとも二十年前にはあったって言ってたけどな」


 いくら戦闘に関係無いところだからといってもそれは流石に古過ぎやしないか…


「明らかに燃費が悪いし効率が悪い。飛行機と比べりゃ安いもんなんだからさっさと新しいのに変えちまえよ」


「俺じゃなく上に言ってくれ」


 彼はフンと鼻を鳴らすと、口から煙を吐き出した。


 トラクターの横に付いて歩いていると鈍過ぎて苛立ってくるので、じゃあお先、とトーマスに嫌味ったらしく手を振って先に滑走路に駆けていく。

 するとそこでは自分と同じ様に機体が運ばれてくるのを待つパイロットの面々が揃っていた。


 平静を装ってはいるが、実戦経験が殆ど無いせいもあってかどいつもこいつも浮き足立っているのが丸分かりだ。

 アスファルトの上に転がった大量の吸い殻を見れば一目で分かる。


「テメエらいつからそんなにお利口になったんだ?いつもは煙草の火の後始末なんてしないくせに今日はヤケに吸い殻踏み躙ってるじゃねえか。火災防止月間か何かか?」


 俺がちょっとしたジョークと共に近付いてくるのを視界に入れると、すかさずジョークが返ってくる。


「おうジェームズ、良いとこに来たな。丁度お前の悪口言い合いながらモクの吸い殻を踏み躙ってたところさ。ほら、お前の顔面みたくぐちゃぐちゃになってるだろ?」


「成る程、確かにテメエの顔面みたいに汚ねえな」


 半ば義務となっている貶し合いを一通り繰り広げたら、俺もつまらんお喋りに加わる。


「…今回の敵は空飛ぶ人間だろ?どうやってドッグファイトするんだ?」


「勿論ドッグファイトにならねえよ。阿呆みたいに機銃乱射して突っ込むだけの簡単なお仕事さ、誰もメイストームにドッグファイトなんて求めてないんだからな」


「初陣がトリガーを引くだけのお仕事とはいやはや…」


「そんなので勝てるのか?」


「機種毎に戦闘方法は違うらしい。つまりまあ、色々試行錯誤してみようっちゅうこっちゃな」


 で、その結果メイストームは機銃を乱射しながら突っ込むというあるべき姿になったと。


「そうなると他の連中がどう戦うのか気になるところだな」


「敵の攻撃の威力は凄まじいそうだが、メイストームのシールドで持つかな?」


「馬鹿か、巡洋艦が一発で沈むんだぜ?航空機のシールドで敵うものかよ」


「じゃあせいぜい頑張って避ける事にしよう」


「まあ、どうせ急降下しながらの一撃離脱だから戦闘自体は一瞬だ。そう気負う事もあるまいよ。スリル満点ジェットコースターってところだ」


「そりゃ楽しみだ…遊園地で行列に三時間並んででも乗りたいよ」


 そうこうしているうちにやっと各々の乗機がのろのろとやって来る。


「お客さん方、お待たせしやした。皆様の新鮮な愛機を超特急でお届けに参りましたよ」


「おお、いつも早くて助かるよ。鮮度の良いピチピチのメイストームだ、間違いない」


「後でアンケートには星5を付けといてやるよ」


「迎撃戦闘機がこうも迅速に上がれるならメーヴェの空は安泰だな」


「いや、冗談じゃないぞ。そろそろ本気で上に改善を求めた方が──」


「ああ、気が向いたらな」


「駄目だ…こりゃ改善の兆し無しだぞ…」


 皆口々に言いたい事をぶつくさ言いつつ愛機に乗り込んでいく。


「安心しな、整備は万全だぜ?」


「ああ良かった、俺の操縦桿は錆びてなかった。後は肝心のエンジンがイカれてない事を祈るばかりだな」


「お前のヤツのエンジンは俺が丹精込めて整備してある。大船に乗った気持ちでいれば良いさ」


「よりにもよってお前かよ…そりゃむしろ不安要素だぞ…」


 まだ触れずに置いておいた方がマシだった、と彼は嘆く。

 勿論これも本気ではなくジョークである。


 全員が乗り込んだら、未だに名称不明の謎の棒を整備員連中はプロペラの先っぽに差し込んでぐるんと回す。

 自動車のエンジンと一緒で、航空エンジンもかかりにくい。

 二回、三回と悪戦苦闘しながらエンジンをかけていく。


「ほら、もう行くならさっさと行け。後がつっかえてんだ」


 トーマスはしっしとわざとらしくジェスチャーする。


「あいよ、じゃあまた後で」


「この戦いが終わったら結婚するんだろ?生きて帰ってくるんだぞ」


「勝手に死亡フラグを立てるな、結婚どころか恋人もいねえよ」


 エンジンが温まってきて、時々ぽすんぽすんと気の抜けた音を立てながらもどんどんプロペラの回るスピードが速くなっていく。

 もう、飛べる。


 フェアリーを先頭に十三機が一列に並んでいる。

 他の機も問題無く飛べそうだ。


「行くぞ」


 先頭から順番に順次滑走。

 俺は前から四番目だ。


 目の前のメイストームが十分に離れたタイミングを見計らって俺もタイヤのブレーキを解除する。

 するとプロペラに引っ張られて、ふわっと妙な感覚と共に機体と俺の身体が前に進んでいく。


 帽子を振って見送ってくれる整備員達に向けて、開けっ放しの風防から機外に少し乗り出して手を振り返す。

 一頻り気が済むまで振ったら、シートに戻って風防を閉めてシートベルトを固く締める。


 計器を見れば、もう十分な速度が出ている。

 飛行機が飛びたがっているのが分かる。


 フラップを下げると、ぐっと内臓を持ち上げる様な浮遊感が全身を包み込む。

 さっきまでのタイヤから伝わる振動や騒音が嘘の様に消え、静かに滑らかにアスファルトの上を滑っていた。

 風防ガラス越しに聴こえるプロペラ音がやけに心地好い。


 操縦桿を片手でグッと握り、ゆっくりと手前に引いていく。

 視界の端に映っていたアスファルトや雑草、コンクリートの建造物が目の前からフェードアウトし、代わりに月影に照らされて少し青っぽい夜空と星とそして雲。

 この離陸の瞬間程に心が躍る時は無い。

 いつもと違って空は青黒く染まっているが、何て事はない、俺の空だ。


 エルロンを左右交互に動かして、翼をちょこちょこと小さく揺らす。

 見送る人々への「行ってきます」の合図だ。


 こうして、我がヘインダース基地第三飛行中隊は夜空へと飛び立つのであった。

 友軍艦隊の待つツァーレ海(涙の海)に向けて。

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