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CXXVI.コイツら一体何やってるんだろう。

 〜メーヴェ艦隊、とある艦内会議室にて〜


「諸君もご存知の通りだが、本来の計画からかなり大きな変更が各所で生じている。そのため、今後の作戦について改めて変更点を述べさせてもらいたい。──宜しいですね、陛下?」


「許す」


 突如乱入してきただけの迷惑千万な存在のくせして偉そうに上座で腕を組む女王に艦隊司令長官──メーヴェ王立海軍の実質的トップにあたる人物である──は一々許しを請うと、ちょこんと座る我々の方に向き直った。


「先ずは状況を整理しよう。元々の案ではヴァルト王国艦隊を中心とした戦力が敵を誘導し、それを我々が引き継ぎ、本土近くで決戦となるはずであった。しかし──詳しい事はまだ明らかになっていないが、ヴァルト艦隊は敵の奇襲を受けて壊滅したと見え、その結果プラトーク帝国艦隊を中心とした少数の残存艦が全滅寸前の目に遭いながらも任務を続行。すんでのところで陛下のご英断によって彼らは救われるも、当初陽動役を担う手筈であったヴァルト艦隊は跡形も無く、プラトーク並びにフォーアツァイトの艦も同様である。また、幸いな事に陛下の御身こそご無事であったものの、陛下の指揮しておられた艦隊も相応の深手を負ってしまった。陛下の率いられた艦隊は本来この艦隊後方で殿軍を務めるはずであったが、そういう訳で今は特別に艦隊先頭付近に配置してある。多少想定外こそあったものの、結果的には概ね対処可能な範囲内であると言えよう。予定通りこの後は本土に向かい、決戦に入る。…ここまでは良いかな?」


 すると、一人の男が口を開く。


「お訊ねしたい、そのプラトーク艦隊は結局どうなったのか。陛下に命を拾われたとかいうその艦隊は」


 艦隊司令長官はこちらに目配せ。

 応じて私は答えた。


「不明です。恐らくは健在でしょうがそもそもがハナから戦力としては期待出来ぬ寡兵です。忘れた方が宜しいかと」


 ふむ、と彼は神妙な面持ちで髭をごしごし擦る。


「もう一つ、良いだろうか?」


「何でしょう?」


「あの煙幕と爆雷を用いた防御は本当に効果があるのか?騙されたつもりで行っているが…この規模の艦隊となると艦隊指揮のために必然的に密集し過ぎていて煙幕の目眩し効果があるかどうか疑わしい。敵情把握の妨げとなってマイナスにしかならない様に思うが。爆雷を水柱を生むために使うというのも抵抗がある──たかが海水で攻撃が防げるのだろうか?」


 まあ、当然の主張か。


「煙幕は決して目眩し目的で張っている訳ではありません。本来は減衰目的でやっている事ですから、むしろ目眩しは副次的な効果でして…最終的には損よりは利の方が多いはずですからご理解を。それと、海水だろうが煙だろうが、ある程度の厚みがあるなら十二分に防御として機能します。レーザーなんて要は光なのですから、光を妨げ得るものは全て有効なのです。自然界で海中や曇天が暗いのですから、人工的に作ったって同じ事でしょう」


 極論、鉛板と水さえあれば大体の放射線やら光線やらは防げるのだ。

 元の世界に於ける二十世紀前半から中盤と同程度の技術レベルから考えて、この世界に於いてもこれくらいの初歩的な知識であればあってもおかしくはないと思うのだが…買い被り過ぎだったか?


 そもそもの話として、我々異世界人の物差しで異世界の文明を測れるのかという事について個人的な主張を述べておきたい。


 環境が同じであれば恐らくパラレルワールドに於いても人類は同じ目的を抱き、同じ答えに辿り着き、同じ経路を進む。

 多少の誤差はあって然るべきでも、最終的にはほぼ同じ発展を遂げるはずなのだ。

 極端に言えば、人間が二足歩行をする限り靴が発明されない世界は(基本的には)あり得ないし、人間が人間である限り住みやすい環境は変わらぬはずで、世界は違っても地形が同じなら同じ大河沿いに同じ様な文明が発達するはずである。

 地形が同じなら恐らくパラレルワールドに於いてもギリシアには多数のポリスが形成されるだろう。何故ならば、彼らの集住はギリシアの山がちな地形故に生じたものなのだから。

 同様に、文明がほぼ同じ場所に出現するならば文化も(文化は風土に規定されるので)殆ど変わらぬはずで、発展の仕方も必然的に似通うはずだ。


 もし地形が異なるのだとしても、人間が人間である限り人間であるという事に規定される需要は変わらない。

 つまり、文明の毛色は変わるにせよ発展の方向は変化しない。

 イギリスという国が存在しなければ産業革命は起こらなかったか?

 マルクスが存在しなければ共産主義の思想は存在し得なかったか?

 ライト兄弟が存在しなければ飛行機は存在しなかったか?

 チャーチルが存在しなければ戦車は存在しなかったか?

 全て否、である。


 必要は発明の母であり、必要は人間の生むものである限り、何も変わりはしないのだ。

 その意味で、元の世界と環境的に大差無く人間が私の知る人間である(亜人も存在するが)この世界は(エネルギー源が全く異なるという点を差し引いても)同じ発展を遂げるはずで、私の価値観で測れるはずだ、文明の発展具合を。


 一見異質に思えるものがあったとしてもそれは手段が異なるだけで目的は同じである事が多いはずであり、完全に異質なものがあるならそれは我々が彼らに後れを取っているだけであり、我々には当たり前のものが彼らには存在しないとすればそれはまだその分野で未発達なだけであると考えられる。


 この様な少々無理のあるかもしれない身勝手な考えに則れば、少なくとも我々の世界の十九世紀までの人々が知り得る知識は彼らも知っていて何ら不思議は無いのだ。


「成る程」


 彼は納得した様に頷くが、本当に解っているのかどうかは不明だ。

 この世界についてもっと知っておくべきかもしれないな、と心のメモ帳に課題を記しておく。


「ところで、現在の計画だと空軍に全て委ねる様なものですが、空軍は本当にしっかりと働いてくれるのでしょうか?…それに、これだけの戦力が既に揃っているのですから我々だけでも十分だと思うのですが?」


 ある将校の質問の体を装った愚痴に、艦隊司令長官は苦い顔をする。


「はあ…その事についてはもう十分に議論したはずだ、今更蒸し返すな。空軍も参加した方が成功率は上がるし、恐らく最終的な被害も少ない。馬鹿げたプライドに固執するよりは助けを借りた方が良いだろうよ。それに連中には秘策があるらしいからな、精々期待しておけば良いのだ。…連中がしくじればその時はその時で我々の出番だ、完全に任せる訳でもない」


 利用するだけ利用すれば良かろう、と彼は悪徳代官の様ないやらしい笑みを浮かべた。

 釣られて、おほほほほ…と笑う将校達の様子を見れば、軍人というよりはせこい公家か何かの方がお似合いである。


 女王がトップに立ち、メーヴェの貴族も幾分か混ざっているだけあって、王侯貴族のいやらしさがメーヴェ王立海軍という組織全体を支配しているらしい。

 基本的にのほほんとしていた、謂わば陽気な海の男達の巣窟であった元職場──ヴァルト王国海軍──と比べると随分と陰湿な輩が多い。

 海軍一つとっても国ごとに全く気質が違うのだから面白い。

 面白い──のだが…それは外から見ればの話で、それに現在関わっている当事者としては上司や同僚が斯くも素晴らしい性格をしてらっしゃるというのは頭痛の種でしかない。


「──他に意見、質問、異議申し立て等は無いか?」


 無反応な皆を二巡眺め回し、艦隊司令長官は鷹揚に頷く。


「宜しい、では小官からは以上だ。次は貴官らからそれぞれの受け持つ艦隊の現状について報告してもらいたい。何か有用そうな気付き等あれば是非とも共有したい」


 そんな名目で始まった現状報告タイムは、まさに地獄であった。

 何故なら、現状報告とは名ばかりで、実際には暴露合戦となったからである。


「我が艦隊に関しては特に問題無い。…しかし敢えて一つだけ問題を挙げるならば──少将、貴官だ。聞き及ぶところによれば貴官はクロップ社の株で随分と儲けたそうではないか。…インサイダー取引で、な」


 トップバッターが突然そんな事を口にした瞬間から嫌な予感しかしなかった。


 槍玉に挙げられた将校は咄嗟に否定する。


「──な?!身に覚えが無いぞ!」


「惚けるな、見苦しいぞ」


「そういう貴様こそ植民地で悪どい商売をして小遣い稼ぎに精を出しておる様ではないか!他人の事が言えた口か!」


「法には触れていない。それに今はそれは関係無い、そうだな?」


「いや、こうなったらお前の悪行の数々、全て陛下の前で詳らかにしてやる!」


 いや待て、どうしてそうなった。

 自分の艦隊の現状報告をするために設けられた時間に何故個人的な不正の暴露大会になった?


 戸惑いながら周囲を見回せば、どいつもこいつもやる気だ。

 目をぎらぎら光らせて、他人の悪行を嬉しそうに声高々に述べる。


「此奴の不正は明らかですぞ、ほら、ここに証拠が!」


 おい待ち給え、何故あなたは証拠品なぞをこの場に持ってきてるんだ?!


「濡れ衣だっ!!」


「貴様ももうお終いだな、ハッ、いい気味だ。帰って領地の畑でも耕しているが良い。それで満足出来ぬなら領民と兵隊ごっこでもしているのだな」


「…という事で、陛下。この馬鹿をどうぞクビにしてやって下さいませ」


「いや、それはちょっと可哀想だ。減給が関の山かな。もっと楽しい話題は無いのか?」


 女王がこのカオス空間に更に火に油を注ぐ様な真似をする。

 笑顔で、もっと蹴落とし合え、と咎めるどころか寧ろ頻りに催促する。


 ああ成る程、分かったよ。

 どうしていきなりこんな事をやり始めたのか。


 要は全部女王が悪いんだな。

 こいつらは邪魔な人間の弱みを予め探っておいて、女王の御前でそれを暴露し合うのが一種の恒例行事な訳だ。

 女王の楽しそうな顔を見てりゃ分かる、これは女王の娯楽兼貴族や高級将校の不正摘発を一石二鳥に行う楽しいお祭りだ。

 将校連中からすれば気になるあの子をこの気に一掃セール、女王からすれば他人が言い争っている様を娯楽として楽しめて(とんだ趣味の悪い娯楽だが)、ついでに不正が自動的に明らかになるという素晴らしい仕様である。


 どうやらこいつらは女王がいると毎度毎度こういう感じらしく、平民出身の若手将校がうんざりした様に溜め息を吐く。


 うん、分かるよ。

 戦闘中に何やってるんだろうな、コイツら。


 こっそりお隣の若人に耳打ちする。


「いつもこの様な事をしているのですか?」


「ええ、小官の様な貧しい身の上の者には関係の無い事ですが、貴族出身の方は利権争いを海軍内にまで持ってくるので…」


 縁故採用でいきなり士官スタートの貴族は大抵高級将校にまで達するので、必然的に上層部は貴族率が高くなる。

 そうするとまた必然的にお家の事情を抱えた貴族同士で上層部がバチバチし出す、と。

 トップの女王がそれを面白がって止めようともしないので永遠にそんな調子である、と。


 メーヴェ王立海軍…これに巻き込まれぬうちに辞めよう、と厚く誓う私であった。

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