CXXV.合流。
〜四か国連合親征オガナ艦隊 数時間後〜
「我が忠臣達よ、聞け!先行させた魚雷艇のうち半分が帰投。そのうち一艘が本隊との連絡に成功した。十一時の方向、水平線の直ぐ向こう!大量の味方艦がここまで迎えに来ておるぞ!勝ち鬨を上げよ!…まあ、まだ勝ってなどいないがな、任務成功には違いない!えいえいおう!」
女王の全艦に向けた通信を側から聴きつつ、相変わらず良い性格してやがるぜ、と私は諦めと呆れすらもう既に消え去った無感情さらさらぴんの心持ちでいた。
「おい、そこなる艦隊司令官!そなたからも何か言う事は無いのか?!」
すかさず私も巻き込もうとする女王。
本当に勘弁してくれ。
「おめでとうございます、陛下。私としましても陛下から賜りました無よ…ゴホン…有用な助言の数々には幾度となく邪魔…じゃなかった…えー、窮地を救われ、感謝の念に耐えません。もしもあの数々の才知に満ちたお言葉が無ければ今頃もう少しマシ…あー…更に酷い事態となっていたでしょう事は想像に容易いですな、ええ。また恐れ多くも私のみならず一介の将兵に対しても慈愛に満ち満ちたお言葉を向けられ、士気も大いに鼓舞され、最終的な勝利に貢献した事は先ず間違いないでしょう。将兵も陛下のためを想えばこそ一丸となって敵と相対する事が出来ました。高らかな砲声はいと貴きお方への讃美歌、煙幕の雲海はいと高きお方の偉大な軌跡、爆雷の水柱はいと美しきお方のための回廊柱でございます。嗚呼、何を以て陛下の素晴らしさを喩えられましょうか…私めにはとてもとても──ま、つまりですね、今日のヒーローは女王陛下でしょう。自分で自分に虚し…けほっ…えっと…当然の事として叙勲なさってはいかがでしょうか。よっ、勲一等!イヤア、メーヴェは何て幸せなのだ、この様な偉大な君主を戴けて。陛下の御代はは末永く安泰ですな…エトセトラエトセトラ」
──オエッ…
とんだ茶番だ…
将兵が耳を傾ける中、滅多な事も言えるはずもなく…
心にも無い世辞をゲロの山の如く吐かねばならない。
それが解っていて私を巻き込む性格の悪さよ。呪いたくなる。
さて、女王陛下の仰せの通りである。
激闘の末、陛下御自ら指揮を執られ、私オガナ中将が補佐する(…という風に世間的には発表するつもりらしい)我が精鋭艦隊は遂に味方主力艦隊を発見せり。
勝利を更に確実とすべく、我が精鋭達は味方と合流し敵を必ずや撃滅せしめんという熱い決意を固めるのであった。(プロパガンダ映画風)
「ではオガナ君、この後の予定は?」
「味方艦隊と合流後、指揮権移譲を受ける事となります。本来我が艦隊の主任務は味方主力の後方で囮役を務める事でしたが、ご覧の通り現在は友軍艦隊の肩代わりをした事が祟って大幅に戦力を損耗しております。それに加え、陛下がおわすにも拘らず囮などという危険な役割を務めるなど言語道断ですので、我々は合流後艦隊の先頭付近に配置される事となるでしょう。陛下にはそこで艦隊の指揮を執って頂きます」
勿論、形だけの指揮権移譲である。
ただし、現在我々が行っている爆雷と煙幕による防御をあちらの主力艦隊の指揮官が拒んだ場合には最悪、女王の権力を借りる事にもなるかもしれない。
何も知らないあちらからすれば、我々の戦術は明らかに奇異に映るだろう。十分あり得る話だ。
その時には人命のためだ、致し方ない。
「あー、そこでローザ、面倒臭いそこらの細々とした調整はお前に任せる。私は戦闘後の諸々の確認だとか何だで忙しいので代理としてお前だ」
もうこれ以上は耐えかねる。逃げよう。うん。
隣のローザに一任する。
「え?忙しそうには見えないのですが?公園のベンチに座ってるおっさんと見間違えるくらい暇そうに見えますけど?」
うん、当たってる。実際、数時間座ってるだけだもん。今の私に出来る事ってそれぐらいだもん。
斯くなる上は…
「グッ…!古傷が痛む…!!」
渾身の演技で顔をしかめ、腹を押さえてみる。
うーん…どちらかと言えば古傷というよりも下痢でお腹がピーピーいってる人みたいな見た目になってしまったが。
「古傷なんて存在しませんよね?強いて言うならこの前階段で転けて二段分くらいの高さから膝を強打したぐらいでは?」
「それも立派な古傷だと私は思うな。だって考えてもみてくれ、私の全体重が膝という一点に集中したのだぞ?──いや、それよりも…何故その事を知っているのだお前は?!」
「残念ですが艦長…既に艦隊中に知れ渡っています。オガナ氏へっぽこ裏話シリーズのパート21です」
それと同時に、周囲のクルーからご愁傷様です的視線が私に殺到してくる。
「ふふふふふ…ふふふふふふふ…」
なんとも言えぬ悲しい感情を胸に抱え、私は半笑いでその場を去るのであった。
✳︎
〜数十分後〜
「作戦は成功したと言って良いでしょう、間違いなく。最終的な損害は他国の艦も合算で七十六隻──艦隊の三分の一に当たります。全滅覚悟の状況であった事を思えば我ながら上々の──」
《いや、そんな事はこの際どうでも良いのだ。…どうでも良くはないが、それ以上に重要な事があるな?解っているとは思うが》
「女王ですか?」
《そう、女王陛下だ》
通信の音声越しでも相手がこの事を何よりも問題視しているのは嫌という程分かる。
そりゃそうだ、彼にとって女王は君主であり上司である。
無事味方と合流を果たした我が艦隊は、予想通り艦隊先頭付近中央に組み込まれるや否や容疑者への事情聴取にも似た詰問を受けていた。…そう、私が。
何故麗しの女王陛下ご本人に訊ねず私に訊くのかなぁ…
いや、立場上女王に厳しく問い詰める事も出来ず、結果的に私の方に向かうのは理解出来るのだけど。
《今“全滅覚悟”だとか不吉な事を言ったな?それはどういう事かな?言葉の綾か何かか?》
「いえ、そのままの意味ですけど」
平静を装いつつも私の心中では警報音が響き渡る。
冷や汗ダラダラである。
《陛下がおわすにも拘らず全滅の覚悟??…全滅?正気かね?》
「勿論正気ですとも。それだけ危ない状況だったという事ですよ」
《では何故その“危ない状況”に自ら飛び込んでいったのかな?何故不用意に危険に足を突っ込んだ?陛下の御身の安全を慮れば当然許容出来ないだろうに…それとも君が陛下の存在をそれ程軽視しているという事の証左だろうか?》
「それはそもそも女王が言い出した事で──」
《──命令されたら従うのか?時には君主を諌めるのも臣下の務めだと思うが?》
女王にうだつが上がらないくせしてどの口が言う。
「…上の命令は絶対、というのがモットーでして」
《なら私に対しても素直になってもらいたいものだな》
喧しいわクソ上司。
「私としても陛下を危険に晒す羽目になった事は非常に心苦しい限りですが、何分陛下たってのご要望でございましたから。友軍を救いたいという陛下の素晴らしき御心に私めも感化されてしまいまして、ええ。それもこれも全ては陛下のあまりにも偉大なお考えに感銘を受けたからこそ。当然私如きの愚者には陛下が為されようとする偉業を止める事など出来ようはずもなく──ま、最終的に陛下もご無事ですし結果オーライという事で」
《なぁにが結果オーライだ。艦隊の三分の一を失う様な戦闘に陛下を巻き込んでおいて結果オーライなどと言えるはずがないだろうよ。命拾いしたな、これでもし陛下の玉体に傷の一つでも付いていたら死罪だったぞ》
いやいや、女王の身体はとうの昔に汚れ腐り切っておりますよ、ご心配なく。
ついでに番組終了後三十分以内のお電話で、腐卵臭のする穢れた精神もセットでお付けして一万九千八百円!…ぐらいの価値ですから。
「でも玉体には傷の一つも付いていませんね、結果的に。…という事でお咎め無しでお願いしますね。では私はここらでお暇──」
《──ほう、お暇出来るとでも?この後も指揮官集っての作戦会議があるのだぞ?勿論私も君も参加だ。…解るね?もっと沢山楽しい会話を楽しもうじゃないか、なあ?》
Oh…
✳︎
〜一方その頃のプラトーク艦隊〜
「どぉおいう事だねマセリン?!見よ、ここで煙が途絶えているっ!!」
《どういう事って…見ての通り煙幕が途絶えているだけですよ。それが何か?》
「君の主張に渋々従って大回りに迂回したらこのザマだ!煙幕が途絶えている…もしかすると友軍は全滅したのやも…!」
《阿呆ですか。煙幕だっていつまでも持ちませんよ。確かメーヴェの発煙装置って特殊な液体と船の燃料である竜石を使って煙を出すんですよ。竜石の方は枯渇の心配はせずとも良いですが、前者は備えに限りがあるでしょうし。純粋に煙幕が切れただけでしょう》
「だが何れにせよ追いつけなかったではないか!煙幕が切れて、友軍はさぞ苦戦しているに違いない…」
《それはそうですね。今までずっと追い風でしたからこの煙も相当流されているはずです。それを加味すれば随分前に彼らの煙幕は使い果たされてしまっている事でしょう》
「冷静に分析している場合か!味方がピンチなのだぞ?!」
《しかし予定通りならばメーヴェ本隊も近くまで辿り着いているはず…下手をすれば我々よりもそちらと先に合流する可能性もあります》
「何か問題があってここに来るのが遅れていたとすれば?」
《だとすればもう誰にもどうしようもありません。本隊の援護無しでは我々が加わろうが加わるまいが彼らは全滅の憂き目に遭うでしょうね。しかし彼らは本来の計画とは異なる動きをしていました。本来我々の元にメーヴェから支隊だろうが何だろうが援軍を寄越す事など全く計画に無かったはずです。…思うに、彼らの独断ではないでしょうか》
「だったら何だと言うのだね?」
《であるならば、不確定要素が増え過ぎる。…つまり、手元に情報が何も入ってこない現状で採れる判断など高が知れているという事です》
「ならば最悪を想定して動くべきではないかね?」
《最悪…ねえ…》
押し黙った事こそが、マセリンの答えであった。