CXXIV.更に尽くせる人事はあれども…
「我が艦隊の後方軽巡洋艦に敵弾命中を確認。…被弾すれど、依然シールド健在であるとの事です!」
待ちに待った吉報。
軽巡が、敵の攻撃に耐えた。
「本当に確かか?煙幕の中では確認のしようが無いが…」
「被弾したその当事者達からの報告です。例え煙幕の中でも間違えるまい…とは思いますが、どうでしょうね」
「──いや、信じるしかないな。信じるしか、な」
ようやく見えてきた希望。
唯一の縋れるもの。
我々にはもう、信じる他に選択肢が存在しないのだ。
「陛下、この調子なら何とか全滅は免れそうですよ。依然として予断を許さぬ状況ではありますが」
シールドが敵の攻撃に耐え得る、というのは長期戦が想定される現状では非常に大きな意味を持つ。
何故なら、この世界の軍艦にとって長期戦とは即ちシールド回復の時間的猶予を持ち得る事だからである。
物理的装甲であれば、一度破壊されてしまえば戦闘中の復旧は難しい。
一時的な応急処置が関の山であろう。
しかし、シールドならば例え被弾したとしても再び戦闘に復帰する事は容易だ。
シールド展開中に被弾した場合、シールド発生機自体に負荷はかかれども物理的な損害は基本的に皆無。
発生機の冷却が済めば再び何事も無かったかの様に元通り。
もし仮にシールド機能が停止したとしてもそれはシールド発生機が過負荷に耐え切れず自動的に冷却モードに切り替わったというだけの話であり、シールドが張られていない状態で攻撃を受けない限りはそれすらも最終的には問題の無い事なのだ。
※ここら辺に関しては「設定資料」参照
「それと、もう気付いておいでかと思いますが、敵の攻撃間隔に高頻度で遅延が生じています。盲目撃ちでも数さえ揃えばどうとでもなるという事でしょうね」
「つまり、生き残れるという事か?」
「上手くいけば、ですが」
希望が見え始めると、それに応じて否定的に物事を考えてしまうのは指揮官の哀しい性か。
「この状況がおじゃんになり得る懸念事項はいくらでもあります。確実に起こるものだけで言えば、いくら大量に積んだとはいえ爆雷も有限である事でしょうか。いつまでも盾が存在するとは思わないで下さい、味方と合流するまでに必ず尽きますから。ついでに言えば、煙幕も、です。フラックスについては捨てる程あるのでご心配無く」
「あー…盾も隠れ蓑も無くて、大丈夫なのか?」
「いや、だから懸念事項であると申しているのです」
丸裸になった艦隊は、敵から見れば獲物でしかない。
依然そこが問題だ。
「ま、逆に言えば今は大丈夫だという事ですよ。他には接近を許してしまう事も心配ですが、空中にはフラックス弾の雨あられ。海中は爆雷で封鎖していますから恐らくは心配無用でしょう」
些かフラグの体を成している様な気がせんでもないが、そうとでも言うしかないではないか。
大体からして、あちらもこちらもお互いに見えていないのだ。
互いに状況も分からぬまま滅多撃ちしているだけである。
予測するだけの情報も無いのだから。
「爆雷や煙幕は節約すれば良いのではないか?」
「そんな余裕があれば良かったんですけどね」
言外に、これでいっぱいいっぱいだ、と滲ませながら皮肉に満ちた笑みを浮かべる。
その笑顔に、女王はにんまりとお得意の不敵な笑みを返す。
「あとどれくらいで我が本隊と合流出来るのだ?」
「不明です。長ければ半日、短ければその半分…といったところでしょうか。いえ、幸運が重なればもっと早い可能性も。──流石に半日は言い過ぎたかもしれませんね、合流に関して言えばまだ救い様がありますね。我々が合流の約束をブッチしたせいで足止めされていなければ良いのですが…」
最悪の予想である半日となると、耐え切れるか不明だ。
何もこちらの戦力はお行儀良く失われていく訳ではない。
ある程度まで数が減ると現状を維持する事が困難になり、敵に隙を晒して一気にやられかねない。
そう考えると、我々は決して楽観的に物を考えられる様な状況などには至っていないのである。
しかし、それでも楽観的にならざるを得ない程に希望が持ててしまう。
最悪で半日、などとは言ったが、実際にはもっと早くに合流出来る可能性が高いと私は見ているからだ。
我々は友軍艦を含んでいるという性質上、メーヴェにとっても無視出来ない存在だ。
約束通りに合流しなかった事で先に捜索隊をこちらに派遣していると思われるし、本隊も急いで駆け付けて来ているはずだ。
半日どころかその半分、あるいはまたその半分…の時間で合流する事もひょっとすればあり得るのではなかろうか。
──希望を、希望のままで終わらせない。
心の中でそう誓うも、出来る事もまた少ない。
結局、変に気負わずにいつも通りでいるのが一番なのではなかろうか。
そう結論付けた私は、青空のその先に目を向けて呟く。
「神にでも祈っていて下さい。人事は尽くしました、後は天命を待つのみです」
✳︎
〜一方、プラトーク艦隊〜
「煙幕…?」
遥か遠方からでも視認出来る、海上を這う様に立ち込める白い靄。
煙幕を焚く事自体は不思議な事でも何でもないが、これ程盛大にやるとなると前代未聞だ。
水上艦対水上艦の戦闘ではおよそ起こり得ないし、対コナー戦ならではか。
友軍艦隊に救ってもらった──敵を擦りつけてしまったプラトーク艦隊は、味方のご厚意に甘えて急遽その場で出来るだけの人員配置整理、修復、砲身交換等を行い、友軍艦隊を後ろから追いかける形で再び艦隊行動を開始。
出来る事は少ないだろうが、救われたままという訳にもいかない。友軍援護のため、追いつこうと最大船速で一直線に駆け抜けていた矢先。
前方に見える巨大な煙幕の雲。
時々チカチカと心なし点滅している様にも見えるのは気のせいではなかろう。
「あの中か向こうか…何れにせよこの先で戦闘中なのは確かな様だ。突っ切るか?」
音声だけの通信越しにフルシチョフはマセリンに訊ねる。
《煙幕の中で接敵する様な事になれば絶望的です。私としてはとてもお勧め出来ない判断ですね。恐らく速度ではこちらの方が少しだけ優れているでしょう、迂回しても最終的には追いつくかと思いますが?》
「追いついた頃にまだ全滅していなければ良いがな」
《まさか、勝算も無いのに自ら囮を請け負う様な事をするでしょうか?私ならば絶対にしませんね。つまり、彼らには単独でも耐え得るというそれなりの勝算があったはずです。我々の手助けなど無くとも、です。それならば我々がわざわざ危険に目を瞑ってまで急行する意義はあると思いますか?何のために助けられたと思っておられるのですか?何のために彼らは敵を代わりに引き受けてくれたと?》
「だが、彼らの想定通りに事が運ぶという確証も無い。我々が現にそうではないか。本来ならこの様な絶体絶命の危機に陥る様な事もあり得ないはずだった」
《だから無意味に仲間を危険に晒すと?どうせ的になるくらいしか出来る事もないのに?》
「ほんの数隻とはいえ、フラックス弾を撃てる船も我が艦隊には含まれている。支援戦力としては上々だと思うが?」
《その大事な戦力があなたのせいで一瞬にして海のモズクと化す訳ですが何か反論は?》
「もっと貴重な戦力を有するであろう友軍艦隊が海の藻屑と化すよりかは随分とましであろう」
《ですから、味方が援護を求めているかも不明なのですよ?》
「…っ!分かった、分かったよ。じゃあ様子見しつつ迂回ルートを取ろう。煙幕の境界すれすれを」
《却下。境界すれすれを通るのでは迂回の意味が全くありません。結局至近距離での接敵の危険性がある点で変わりがない》
「だからと言って大回りでは話にならんではないか!間に合わなくなるぞ?!」
《じゃあそもそも友軍援護なんて諦めれば良いんです》
「受けた恩を忘れるとは何たる事だ…」
《知らん》
…
この二人の喧嘩まがいの議論は、結局この後永遠と続いたそうな。