CXXIII.光から身を守る盾を。
この世界に於ける爆雷の特徴はざっと挙げて以下の通り。
一つ目、目標深度が比較的低い。
二つ目、比較的威力が高い。
三つ目、投射する段階にまではまだ至らず、艦尾から落とす形式。
四つ目、形状はドラム缶型。
一つ目は以前も述べた通り、この世界の潜水艦が未熟であり、潜航可能深度がせいぜい数十メートルである事に起因する。
メーヴェの爆雷は大体水深十メートルから八十メートルぐらいの範囲で信管を調停可能な様だ。
二つ目はこの世界の重要な防御手段である、シールドの存在が原因である。
水上艦艇と同様、潜水艦もシールドジェネレーターを搭載している。
民間船ですら載せる程にこの世界ではありふれた存在なのだから当然であろう。
潜水艦といえば古今東西スペースが足りなくて四苦八苦しているイメージだが、この世界に於いても同様である。
水上艦艇ですら「シールド発生機はスペースをとり過ぎる」と皆口を揃えて不満を述べるというのに、況んや潜水艦をや。
潜水艦は普通、乗員が衣食住にすら困る程に艦内が狭い。
どれくらい狭いかというと、トイレが一つしかなくてそこら中の通路の脇にベッドが折り畳み式で備え付けられていて、魚雷の隣で寝るのも当たり前で、通路に食べ物が敷いてあったり天井からぶら下がったり、館内を移動するだけでもアスレチック状態であるとか、そういう事を言えばご理解頂けるのだろうか。
兎に角、狭い。
当然、大型のシールド発生機など搭載出来る訳もなく、申し訳程度の小型のものしか無いのだが、それでもそれは潜水艦にとって大きな魅力たり得る。
というのも、潜水艦という艦種は根本的に「見つからない」事こそが前提であり、装甲など無きに等しいのが基本であるからだ。
そんな潜水艦にとって、シールドの存在というのは水上艦艇にとってのそれよりも遥かに大きい。
ステータスを隠密スキルに極振りしている彼の艦首からすれば、必要最低限の防御力とは何とも魅力的に映る事であろう。
少なくとも、ちょっと攻撃が掠るだけでお陀仏となっていた元いた世界での状況に比べれば。
また、少々話が逸れるが、私は潜水艦のシールドについてまた別の可能性を感じている。
即ち、潜航可能深度への寄与である。
「潜水艦の潜れる深さ」とは即ち「潜水艦が水圧に耐えられる深さ」と同義である。
この世界の潜水艦が数十メートルしか潜れないのは純粋にその深さ以上の水圧に耐えられないからに他ならない。(もしくは、空気や電源等の関係もあるのかもしれないが)
この耐えられる水圧というものをシールドは飛躍的に向上させ得ると私は考えている。
水上艦艇に於いては既に物理的な装甲以上の防御手段として人権を得ており、やり様によってはこの世界の技術レベルとしてはあり得ない程の水深にまで潜航する事も実現し得る。
──より深く潜れ、より防御力のある潜水艦。
…素晴らしい。
一方で対潜技術は低い。
上手くいけばWWII初期のウーボートの如き無双をかませるかもしれない。…うん、亡命先で試してみたいものだな。
さて、話を元に戻して三つ目。これに関しては元の世界の初期の爆雷と同様。
爆雷を投射機で遠くに向けて吹っ飛ばすようになる前までは“爆雷投下軌条”なるものを使ってそのまま艦尾から真下に投下していた。
“爆雷投下軌条”などと聴くと大層な名前に思えるが、実際にはどうという事はなく、ドラム缶をゴロゴロ転がすためのただのレールである。
四つ目。
大砲の弾が元々まん丸だった事と似ている。以上。
さて、このうち今回重要になってくる要素は先に挙げた二つ。
つまり「浅めの海中で、より強力な爆雷が爆発する」という点である。
これが水柱を作る上で非常に大きな役割を果たす事となる。
それは一体どの様なものなのか。
先ず第一に、爆発の影響は周囲に等しく行き渡る訳ではない。
海中では水圧がかかるが、これは一定ではなく、上方からかかる水圧の方が他の向きからかかる水圧よりも比較的小さい。
そのため、水中での爆発の威力は鉛直上向きへと向かう傾向がある。
喩えるならば、ガラスのコップの中で火薬を爆発させる様なものであろう。
例えガラスが割れるとしても、ガラスの存在する周囲よりもぽっかり空いた上方に火薬の威力が向かうのは理解に容易い。
銃弾だってそういう仕組みで筒から飛び出すのだから。
これが、大きな水柱の上がる理由である。
次に、これは当然の様にも思えるが、ある程度の水深以上であるならば爆発する深さが浅ければ浅い程水柱も高くなる。
もしも爆発が同規模ならば水深百メートルで起こったものと五百メートルで起こったものでは海上から見て大違いなのは言わずもがなであろう。
ここまで言えばお分かりかと思うが、つまり、メーヴェの爆雷は水柱を作る上でなかなかに適したものだったのである。
これは逆に本来なら「エネルギーが無駄に海上に逃げてしまっている」と否定的に捉えられない事もないのだが、今回ばかりは良い方に転んだ。
しかも同時にいくつも密集させて投下しているものだから、爆発と爆発が合わさって増幅されていく。
先に述べた通り、海中での爆発はガラスのコップの中で爆発する様なものなのだ。
即ち、爆発と爆発の衝撃は互いに打ち消し合う様な事もなく上へ上へと逃げていく。
結果的に干渉し合い、より大きな水柱を生んでいた。
──そう、目の前で。
「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」
圧巻の光景に、随所から呻きとも悲鳴とも歓声とも取れぬ声が湧き上がる。
ただただ圧巻であった。
正直、予想もしていなかった程に爆発と爆発は混じり合い、増幅して、海中を大きく掻き乱し──そして持ち上げた。
ドラム缶型の爆雷は沈降速度がバラバラになるという特徴が本来ならば存在するのだが、それは今回には当てはまらない。
浮きを付けてゆっくり沈めた事が影響してか、ぴったりと同時に爆発が起こった。
ズドン、と遠くからでも良く聴こえる鈍い爆発音から数秒遅れて、海が持ち上がる。
コナーの攻撃による水柱とも遜色ない──否、明らかにそれ以上の巨大な水柱。
それが重ね合わされて一つの大きな水の壁となる。
核爆雷ならば、投下後の水柱の高さは三桁どころか四桁にすら達するという。
それには当然及ばぬものの、目の前の水の壁も十分に高かった。
目測で、二桁に届くかどうか。
本来ならば煙幕に遮られて見えないはずのそれが煙を上に貫き、こちらからでも確認出来る事がその高さを物語っている。
「お、おおお…オガナ君…これはそなたの仕組んだものか…?」
女王は狼狽し、きょろきょろと周囲を見回した末に皆が皆彼女に似た状況である事を確認し、最後の最後に私にそう訊ねる。
「ええ」
小さく頷き肯んずる私を見て、彼女は感心した様に何度も頷く。
「ふふ、やるではないか。流石は私が見込んだ男なだけはある。…で、アレはどういう目的でやっている事なのだ?」
ふふ、やるではないか。流石は私が見限った女なだけはある。
女王よ、やはり何も解ってはおらんのだな。
「水の壁で敵の攻撃を防ぐのですよ。あれは我々にとっての盾です」
「ほ、ほう…?」
うん、やっぱり理解出来ないよなぁ。
そりゃ普通に考えてあれだけの威力のものを海水で防げるだなんて夢にも思わないだろう。
「陛下、敵のあの攻撃ですが…あれが海中に突っ込んでいった後、どうなるか分かりますか?」
「質問の意味がいまいち良く分からんのだが?」
「ごほん、えー、例の光学兵器によるレーザーは我々に命中しようがしまいが最終的に海にボチャンしますよね?」
「ああ、そうだな」
「ボチャンした後もそのままアレは海中を進んでいく訳ですが、最終的にどうなるのでしょうね?」
何を知れた事を、と彼女は予想通りの台詞を吐いた後に、予想通りの誤った回答を叩き出す。
曰く、
「海底にぶつかる」
うん、阿呆だ。
「仮にも世界一の海軍国家たるメーヴェの女王がツァーレの深さもご存知ないとは呆れますね。どれだけ深いと思っていらっしゃるんですか。海底に達する前に減衰して消えてしまいますよ」
ツァーレ海は大陸棚の様なものも無く、沖に出るなりいきなり海底が深くなる。
少なくとも減衰するに十分なだけの深さはあるはずだ。
「結局、減衰とは何だ?」
え、そこから?
「海に潜った事はありますか?深く潜った事は?ほんの少し潜るだけでも随分と暗くなるでしょう?あれも減衰しているんですよ」
「そうなのか?」
いや、そうなんですよ?
「敵の攻撃が海中に突っ込んでいった後、暫くすると水柱が上がりますよね?あれは水中で光のエネルギーが水に吸収されて水が気化し、急激に体積が増える事によって起こっているのだと思われます。減衰の結果、ああなっているんですよ」
実際には見ていないから言い切れないが、エネルギー保存則的に考えればそうであろう。
光学兵器のエネルギーの割に水柱が比較的小さい(それでも十分大きい)のも、爆雷とは少しだけ原理が違うためエネルギーが上向きに指向されにくいのだろうか?
「つまり、どの程度の厚みがあれが可能なのかは不明ではありますが、少なくとも海水によってエネルギーを減らす事自体は可能なのです。実際に海中で起こっている事を海上でも再現しようと試みているに過ぎないのです。まあ、水だけでは心許ないので煙幕だとか何だで補うのですが」
解った様な解っていない様な、何とも言えぬ表情で女王は首を傾げつつ、一番重要な事を訊ねてくる。
「で、上手くいきそうなのか?」
情趣も何もあったもんじゃない、不躾な質問である。
「──上手くいくことを願っていて下さい」
このタイミングで、時間です、と言うまでもなくローザが目配せしてくる。
「煙幕と水の壁、その効果の方は如何程でしょうかね」
言い終わらぬうちに発光。
知覚出来ぬ刹那、目に見える世界の色彩が一瞬だけ鮮やかに変わり、目の前の白い煙のフィルターに大穴が穿たれる。
我々が見る事が出来るのはその猛威の通り過ぎた跡のみである。
「被害確認!」
煙幕に穴が空いている様子が確認出来るという事は煙幕よりもこちら側に攻撃が届いたという事。
煙幕の外であれば被害確認は容易だ。
遅れてやって来る音と水柱。
心なしか水柱は小さい様にも思う。
「駆逐艦、一隻轟沈を確認」
「駆逐艦か…」
どれだけ手を打とうが駆逐艦の貧弱なシールドでは力不足なのは分かり切っている。
どちらにせよ一発で沈むのだから、これでは効果があったのか不明である。
「普通なら一発命中しただけで沈む軽巡が耐えました!」とかならば目に見えて効果があるのだが。
「大丈夫だ、この状態を維持しろ」
煙幕と水柱による減衰効果に目隠し効果。
その上でFLAX弾を使って間合いを詰めさせないように牽制、あわよくば攻撃の遅延を試みる。
これで無理ならもう何をしても無理だ。諦めろ、としか言い様が無い。
神よ、と心の中で顔も知らぬ神に祈るだけの余裕はあった。
──待ち望んでいた成果が転がり込んできたのは、それから数分後の事である。