CXXII.数撃っても当たりませんよーに。
※注釈
・罐
ボイラーの古めかしい呼び方。
極論「缶」表記でも良いらしい。缶!
…でも罐の方が格好が付くじゃないですか。
火の無い処に煙は立たぬ。煙突の下には罐があるのです。
・我が亡き後に洪水よ来れ
自分が死んだ後なら宇宙人が攻めてこようが隕石が落ちてこようがどうでも良い、という意味。
でも自分が死んだ後に良い事が起こるのはいけ好かない…
嗚呼、筆者も出来ればあと3000年程未来に生まれたかったものです。
・マーフィーの法則
試行を繰り返せば、少しでも起こり得る事象はいつか起こる。
数撃ちゃ当たる、犬も歩けば棒に当たる…という事です。
ほら、またあなたが渡ろうとしたその目の前で信号が赤になりましたよ!
いっつも目の前で赤に変わりますよね。
…というのもマーフィーの法則です。
「後方全艦、上げ二!前方全艦、上げ三!」
…
「全艦、下げ二!」
…
「全艦、下げ二!」
…
「全艦、下げ二!」
…
敢えて敵より少し上方でフラックス弾を炸裂させ、それを少しずつ下に下げていく事で思惑通りコナーを低高度にまで誘導する事に成功。
煙幕のせいで目視では確認出来ないが、レーダーである程度の大まかな高度ぐらいなら分かる。
すんなりと上手くいってしまったのは少々意外だが。
その間にも敵の攻撃は何度も艦隊に襲い掛かってきていた。
少しずつ、だが着実に削られていく戦力。
期待された煙幕の目くらまし効果は限定的で、敵の攻撃による被害が無かったのはたったの一度きり。
それどころか煙幕のせいでこちらが被る諸々のマイナス要素の方が目立つ。
やはり煙幕だけでは何の足しにもならぬらしい。
…まあ、それを見越して爆雷を投下し続けているのだが。
今回の討伐大同盟の作戦参加艦は戦訓を踏まえていくつかのものを通常より多く積んでいる。
例えば、対空用の機銃弾やフラックス弾などの対コナー戦に於ける有効な弾薬。
その次点が、爆雷である。
コナーに水中に潜られた場合、有効な攻撃方法は爆雷に限られているため持ってこざるを得なかったのだ。
そのおかげで爆雷の残量を心配する必要も無い。
有り余る程にあるのだから。
今使わずしていつ使うのか。
「…そろそろ良いかな」
コナーの高度を下げさせたのにはいくつか理由があるが、一つには爆雷が理由として密接に絡み、また一つには煙幕が絡んでいる。
後者は、それこそ今の話だ。
「前方の艦の煙幕を止めさせろ。もう後ろだけで十分だ」
高度が下がれば敵は艦隊前方まで見通す事が出来なくなり、それ即ち前方の煙幕は必要無くなる。
前方だけでも煙幕を焚かずに済めば指揮が随分と楽になるのは言うまでもなかろう。
また、この煙幕は「空気より重く、水に溶けにくい」という性質を有している。
つまり、海上では暫くの間水上に雲の様に残るのだ。
上空から見たならば、我々の航跡を示す様に白い煙がモクモクと見えるに違いない。
青い海をバックに白い煙幕。
きっとそれは空軍の連中がいつも見ているという雲海の光景に似ているのであろう。
まあ今は夜だから青くもなく白くもなく真っ暗なのだが、それは言わぬが花であろう。
我々の後を追うコナーにとって、高度を下げるとは即ちこの雲海に潜る事に他ならない。
つまり、コナーから我々までの間には長い長い煙幕のフィルターが存在している事になる。
目隠し効果については言わずもがな、敵の攻撃を減衰するという目的でもこれ以上のものは考えられない。
最早高度を下げさせる事は必須であった。
これにて、事前準備はほぼ完了したと言って良い。
後は爆雷の効果の程を確認するだけだ。
厚い煙幕と敵の低高度飛行によるレーダーの使用不可によりコナーの動きがこちらからは殆ど掴めないのが唯一の懸念事項だが…
それを補って余りある効果が期待出来る。
いや、逆にこれで効果が見込めなければ打つ手が無い。
──そして、思考を中断させる声。
「時間です」
一閃。
「被害確認急げッ」
最早お決まりとなった台詞が繰り返される。
「そろそろ心配になってきたのだが…この調子で大丈夫なのか?」
ガラにもなくネガティブ思考に陥っているらしい女王はその様な事を言い出す。
不安とイライラのハーフアンドハーフを楽しんでいらっしゃるご様子。
まあ、与えられるべき情報を与えられずに放置されているのだからそれも致し方あるまい。
これぞまさしく放置プレイ。
意地悪な私は、簡潔に返事を返す。
「ご安心下さいませ。目下事に対処中でございます」
それを聞くなり彼女は不機嫌を隠そうともせず私を睨みつける。
「煙幕を張っただけの様に見えるが?」
「爆雷をお忘れ頂いては困ります」
「爆発しない爆雷か?」
「ええ。爆発しない爆雷です」
私が耐え切れず、にんまり笑うと彼女の表情はそれに比例して不機嫌さを増していく。
「何を隠している?」
「ご自分でお確かめになっては如何でしょう?」
「生憎と全方向真っ白でな、確かめようにも確かめ様が無いのだよ。確かめたいのだがな、そなたの煙幕のせいでそれすらも叶わん」
皮肉満面に外を顎でしゃくる女王。
それを見て、私は更に下衆な笑みを浮かべずにはいられない。
「そうですか。じゃあそろそろ晴れるのでご自分でお外でもご覧になって大人しくなさっていて下さい」
私がそう言うや否や、バッと煙幕が晴れて見慣れた青い空と海が視界一面に飛び込んでくる。
前方の艦が止めたので、やっとこさ煙幕の中から抜け出せたのだ。
「どうぞ、晴れましたよ?双眼鏡でも覗いて太陽を直視するのとかオススメですよ」
「国王の視力を低下させた罪で打首獄門になりたければそのまま“オススメ”する事を勧めるが?」
「殿、ご乱心でござる!ローザ、営倉にご案内して差し上げなさい」
「お断りします」
ええい、儘ならぬものよな社内での人間関係。
不遜上司に生意気部下、兎角に中間管理職は住みにくい。
──などと茶番を演じている間にも刻々と流れる貴重な時間。
「時間です」
ローザがそう呟くと同時に煙幕のスクリーンが輝く。
いや、それと同時に懐かしい空気中でのあの光をも見た。
即ち、レーザーが煙幕を貫通する瞬間を。
レーザーが光が通過したと思しき経路に存在していた煙幕が無くなり、代わりに煙にぽっかりと大穴が開いている。
向こう側まで見通す事が出来る、大きく長いトンネルが。
成る程、通過経路の煙幕はこうして全て蒸発してしまう訳か。
…大穴の先、一瞬だけ何かが横切った様な気がした。
「ほう、煙幕の穴を見ればどの角度からどこに飛んできたか一目瞭然だな」
今までは気付いていなかったが、毎回敵の攻撃が通る度にその経路上の煙幕は蒸発して消えていた様である。
前方の煙幕を止めた現状では、それを上手く利用して敵の位置を把握出来る。
穴は時間と共に直ぐに埋まってしまうし問題無い。
また、無論の事こちらの攻撃はただ単に砲弾を物理的に飛ばしているだけなので、経路上の煙幕が消える様な事はほぼ無い。
「先程の攻撃は…被害報告、巡洋艦一隻が軽微な損傷!」
「ああ、巡洋艦ってアレだろう?」
例の如く水柱が上がるその隣、何だか煙突の欠けた歪な船があった。
ぎりぎり艦隊の中央寄りに位置するので、何とか煙幕に紛れずにこちらからでも確認出来る。
「煙突に…掠ったのか?」
「その様です。確認出来る限りでは、恐らく直撃はしなかったものの弾道経路の直ぐ側を航行していた影響で第三煙突が融けた、と」
あの船の煙突は三本。
そのうちの一番後ろ、三番目が融けたらしい。
そら恐ろしい話である。
「三番罐はもう使えないか?」
「ええ、完全に筒が塞がってしまっています。このまま使用すれば最悪爆発の危険性がありますので…」
煙突は煙や蒸気を吐き出すためにある。
それはつまり、煙突が詰まるとそれらの逃げ場が無くなるという事。
逃げ場が無くなったそれらはどこに行くか?
答えは簡単。船の中に逆流するか、もしくは圧力に耐え切れず爆発するか、だ。
「穴を開ければ良いのではないか?」
これ以上恥を晒すな女王よ。口出ししてくるんじゃない。
「何です、鋼でできた煙突に錐で穴でも開けるんですか?それともいっそ爆発させて船体に通気口でも開けますか?」
「ぐぬぬぬぬ…」
ふっ…雑魚め。
「続報です。第三ボイラーが使えない影響で航行に支障あり、との事。速力低下は免れず、随伴不可能であると」
「おいおい…弱ったなぁ…」
見るに、あれはフラックス弾を使用可能な艦だ。
戦力としては失いたくはない。
攻撃が命中せず掠るだけで済んだのは良かった。煙幕様様であろう。
しかし艦が沈もうが沈むまいがそりゃ戦力の喪失という点では同じだ。
「じゃあ無理にでも穴を開ければ良いではないか。どうせ置いてけぼりを食らうくらいなら、機銃で撃つなり何なりすれば良かろう。船体に穴が開くよりはましであろう?」
ンな無茶な…とも言っていられない。
こればかりは女王の主張にも一理ある。
…それを認めるのは気に食わないが。
「甲板上の人員を直ぐに退去させてくれ。隣の船の機銃なり何なりで煙突を吹っ飛ばして無理矢理穴を開けるぞ」
「当たりどころが悪ければ最悪死人が出ますが…」
「知らん、どうとでもなれ!やっちまえ!」
我が亡き後に洪水よ来れ!
責任を追及される様な羽目になるとしてもその頃にはトンズラしてやる。
半ばどころか殆どヤケクソで命令を下す。
限られた時間で十分な大きさの穴を蜂の巣の如く開けるには、急いで弾をボカスカぶち込まねばならない。
そうすると絶対に一発毎の精度は落ちる。
数撃ちゃ当たる理論は偉大で、やっぱり数撃ちゃ当たるのだ、うん、悪い意味で。
数撃ちゃ当たって欲しくない所にも当たる。
何でいっつも当たって欲しくない所に当たるんだよ!byマーフィーの法則。
だがそれを恐れていては何も出来ない。
機を見てせざるは勇無きなり、兄ちゃん玉付いとんかゴラ!…と孔子も言っていた気がする!!
「では、並走している艦にさせます。…良いですね?」
「許可」
「了解しました。該当艦、甲板上からの船員退避命令、射撃準備命令」
遠くからでも、豆粒ぐらいの大きさの人間が煙突の周りに集って何やら作業をしているのが見える。
命令を下して暫くすると、その船員達も一目散にわーっと船の中に入っていく。
「退避完了を確認」
少しだけ、二の足を踏んだ。
まさか射程数キロもあるか無いかの小口径の機銃なぞで仮にも巡洋艦が吹っ飛ぶとは思えないが…
問題は、的が煙突だという事。
つまり下にはボイラーがある。
それだけがどうしても懸念材料として拭い切れないのだ。
だが、覚悟を決めねば──
「──艦長、時間です」
一閃。
今度は艦隊のかなり後ろの方を狙われた様で煙幕に隠れて確認出来ない。
「ええい、この忙しい時に…!被害確認は裏でやらせておけ!先にこっちを処理だ!」
一息入れて、告げる。
「射撃許可。適度に撃たせろ」
「了解。射撃許可、計三十発!」
普通、機銃というと一秒間に平気で何発も連射出来るイメージだが、この世界ではそうではない。
無論火砲や小銃などと比べれば極めて連射速度は速いのだが。
故に、たったの三十発如きでも十五秒以上かかる。
即ち、こちらに気を取られているうちにまた敵の攻撃が飛んでくる。
先程の攻撃の被害確認も済んでいないのに、である。
不幸にも射撃担当に選ばれてしまった一隻の船が十数メートル程の近距離から同じ速度で並走しつつ射撃のタイミングを窺う。
そして不意に信号灯を点滅させる。
射撃開始の合図だ。
そしてまた点滅。
発砲炎だ。
遅れて小さなズダダダダダ、と発射音が聴こえてくる。
断続的なズドンズドンという主砲の発射音の中、その音は殊更に目立つ。
艦隊の目という目がそちらに向けられる中、また十五秒が経過して煙幕が明るく輝く。
また後方が攻撃を受けた様だ。
「射撃停止、射撃停止を確認!」
「どうだ?」
射撃を行った艦に探照灯で照らされ、明るく照らされる半壊の煙突。
上部が更に崩れてぽっかりと穴が開いている様に見える。
何とか他の部分にまで被弾せず済んだ様で不幸中の幸いだ。
「使えるか試してみるそうです」
予め構えていたのか、件の煙幕から直ぐに立ち昇る黒煙。
「──異常無し。変な所に穴を開けたせいで甲板上が煤だらけになってしまうでしょうが、取り敢えずは…どうやら成功の様です」
無言で、だが皆してホッと胸を撫で下ろす。
「で、艦長。被害確認の方ですが、またもや情報が錯綜しておりまして…もう少しお待ちを」
「あ、あと──」
「──まだあるのか?」
「はい、時間です。…爆雷の」
ニカッと笑みを浮かべるローザ。
「…そうか、時間か」
釣られて私も口の端を上げた。