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CXXI.今のところ逆効果。

※注釈

・クノッソスの迷宮

ギリシャのクレタ島に昔あった王宮の事。

あの有名なミノタウロス氏が住んでいる場所です。

彼はお客様をもてなすのが大好きで、斧をブンブン振り回しながら追ってくるけど頑張って脱出してね!

「さて、試してみるか」


 私の作戦は敵の攻撃を減衰、あわよくば屈折させる事によって艦隊を守るというもの。

 そしてその手段とは、原始的ながら水と煙である。


「先ずは煙幕だ。ありったけの煙幕を焚け」


 すかさず反論をかましてくる女王。


「しかしそれだとこちらの視界まで奪われてしまうではないか」


 馬鹿め、と言ってやりたい。


「その分敵からもこちらが見えなくなるなら御の字でしょうが」


 発煙装置を備えた艦は多く、小型の艦艇なら大半は逃走用に備えている。

 この大艦隊全部をカバー出来るだけの数はある。


「搭載全艦、発煙装置起動!」


 通信士が私の代わりに艦隊全体に無線を飛ばす。

 これ程の数百隻規模の大艦隊となると普通は無線の有効範囲以上に艦隊が広がっているか伸びている事が多く、末端にまで命令を行き届かせるには携帯会社の基地局と同じ要領で伝達していかねばならない。


 しかし今は作戦の性質上、全艦をかなり密集させている。

 密集隊形には主に指揮や協働面での利点があるものの、戦闘中には一気に攻撃を受けやすくなったり衝突の原因になったり、それを恐れて回避の邪魔になったり…と、あまり良い事がないため普通は好まれない。

 好まれないが、それは普通の対艦戦闘での話であって今はまた別なのだ。


 これから行う作戦は各艦の連携が鍵を握るから伝言ゲームなんてしている暇は無いし、煙幕を出来るだけ厚くしたいし、密集すればする程屈折の期待が高まる。

 どう考えても密集こそが最適解。

 但し唯一の懸念として、敵に肉薄された場合言葉で言い表せないぐらいに悲惨な状況になるという事だけが心配だが。

 うん、唯一にして最大の懸念だな。煙幕の中で何も出来ずに沈むバッドエンドしか思い浮かばないぜ。


「煙幕、展開開始しました」


 報告ご苦労。


 確かに艦隊の各所から白っぽい煙がモクモクと出現している。

 うーん、残念ながらこれだけであのレーザーを防げるとは微塵も思わないが。


 だが、先ずは試しに煙幕だけでどこまでやれるか調べてみる。

 減衰の具合を調べるというよりかは、煙幕によって目視が困難な状態で、コナーの射撃性能がどれ程のものなのかが知りたい。

 これでもしコナーが外しでもすれば大喜びだが、この密集具合からして目を瞑っていても半々の確率で命中する。あまり期待は出来ない。


「消灯だ」


「全艦、完全消灯」


 こうなったら出来る限り命中率を下げるべく、探照灯のみならず艦内照明までをも徹底して消灯。

 どうせ見えないのだから探照灯なぞまさに昼行灯。覆いを被せておく。

 フラックス弾の射撃は続けるのであまり意味の無い様な気もするが、しないよりはマシといったところか。


「そろそろきますよ」


 ここで直前の攻撃から十五秒丁度。

 ローザの警告からほんの少し間を開けて──光った。


 煙幕全体ががまるで蛍光灯の様に輝く。

 少なくとも、煙幕で光が拡散しているのは確かだ。

 微々たるものではあろうが減衰はしているだろう。


「被害確認急げ!」


 遅れて、海面が持ち上がる独特の音が小さく聴こえる。

 どうやら少し離れた場所に攻撃は飛んできた様だ。


「煙幕を張っているせいで確認がかなり困難です。恐らくは艦隊後方の真ん中付近に着弾したと思われますが」


 レーダーは分解能が低いせいでこうも密集してはあてにならない。

 故に目視に頼らざるを得ないが、視界も塞がれている。

 こうなると無線でそれぞれの船が無事を報告し合い、被害艦の有無を確認、存在するならば艦の特定、その被害の程度も把握する必要がある。

 目視に比べて時間がかかるのは当たり前だ。


「軍の艦艇は全艦無事を確認。被害を受けたとすれば民間からの参加船かと」


 やはり民間船の方がこういう時に迅速さに欠ける。

 まあ、盲目状態にも拘らずメーヴェの軍人達の動きがテキパキし過ぎなのも大きいが。


「艦長」


 ローザが目配せしてくる。

 ──時間か。


 刹那、世界が真っ白に輝いた。


 反射的に周囲を見回す。

 みんな何ともない。


 煙幕の中だと、光の反射のせいで全方向から光が飛んでくる。

 そのせいでまるで自分が光の中にいるかの様な──撃たれたかの様な錯覚に陥る。

 気付いたら自分は死んでいて、ここはあの世なのではなかろうか、などと考えてしまう。

 …いや、私は既に一度死んでいるのだったか。そういう意味ではここはあの世だ。


「さっきのも被害確認だ。不味いなぁ…情報が処理し切れぬうちに次がきては余計に錯綜しそうだ」


 改めて情報の偉大さを感じさせられる。

 指揮を執る者にとって迅速かつ正確な情報は万金に値する。


「一撃目、やはり民間船に被害がありました!轟沈です。そして二撃目、現在鋭意確認中。また艦隊後方付近に着弾した模様」


 敵の現在の高度はそこそこだが、彼我の距離も相当あるため敵はこちらを水平に近い角度で見ている形だ。

 そのため、必然的に狙いやすい艦隊後方に集中する訳だ。

 あるいは我々の大まかな位置しか分からず一番当てやすい艦隊後方に攻撃を集中せざるを得ないのか。


「オウケイ…まあ、少なくとも民間船を一発轟沈せしめるだけの威力はある事は確認出来た。当然だな、煙幕如きで弱まる威力じゃない」


 だが、次はどうかな?


「爆雷、ありったけ海に投げ込め!」


「後方全艦爆雷投射始めっ!」


 号令一下、艦隊後方の艦がめいめいに爆雷を海に落とし始める。

 メーヴェ爆雷は例によって原始的な艦尾からその場にぽちゃんと落とすタイプ。

 だから、厳密には“投射”ではないのだがそこはツッコンではいけない。


 普通、爆雷は直ぐに目標深度まで沈んでいって一定の水圧がかかると爆発する仕組みだ。

 この“目標深度”とやらが随分と浅いため、案外直ぐに爆発する。

 だから全力航行中にお尻からポイっと置き土産に落としていって爆発に巻き込まれるのを防ぐのだ。


 即ち、当然ながら後ろに味方艦がいるのに爆雷を落とそうものなら後続の艦に被害が及ぶ。

 その懸念を抱いた様で、女王は(すべか)らく茶々(チャチャ)を入れてくる。


「オガナ君、正気か?それともやけくそになって仲間割れでも始めたのか?」


「良い質問ですね、正気ですよ」


 日頃の恨みの腹いせに、タネは教えずに黙っておこう。


「おい、どういう事なのだ?聞いているか?おーい?もしもーし?しもしもー?」


 ガン無視。ざまあ、である。


 実際にはこれのタネは非常に簡単。

 直ぐに沈んでいって直ぐに爆発しちゃうなら直ぐに沈まないようにすれば良いじゃないですかやだー、という理屈である。

 爆雷に浮きを括り付け、ゆ〜っくり沈んでいくようにしてあるのだ。

 それももう「浮かんでると思ったらギリギリ沈んでる?」ぐらいになるように調整してあるので爆発するまでにはかなりの時間を要する。

 斯くして後続艦が過ぎ去った後に爆発する仕組みなのだ。

 海に投げ込んだ際にある程度勢いのままに少し深くまで一気に沈み、その後ゆっくり沈んでいくという仕様のため、後続艦の航行の邪魔になる事もない。

 まあ真下に爆雷があると分かっていてその上を通る後続艦にとってはおっかないだろうけど。


 そして何故そんな都合の良い浮きが存在しているのかと問われれば、私が用意させたからに他ならない。


 コナーが水中に潜ってしまった場合、爆雷を用いての戦闘をせざるを得ない。

 だが、既存の爆雷では単艦なら兎も角大艦隊での使用はご法度。

 しかしそれでは水中に潜られた瞬間負けが確定することとなってしまう。

 当然その様な事は看過出来ない。


 ではでは新たな爆雷を開発すれば…なんて余裕は勿論無い。

 時間の余裕も予算の余裕も。

 つまり、殆ど時間も金も人手もかけずに既存の爆雷をそのまま大艦隊でも使えるように、尚且つ本来の用途でも使い続けられるようにする必要があった。


 そんな無茶な要求に見事応える方法こそが、私発案(結局自分で全部考えた)の「爆雷用信管作動時間調停装置」、別名「ただの浮き」!

 使い方は簡単、用途に応じて爆雷に浮きを括り付けるだけ!

 何と、起爆タイミング調整のために三種類ご用意しております!


 この浮き、当然ながら軍事用などではなく民間のもの。

 非常事態という事で製造会社から格安で譲って頂きました!

 いやぁ、まさに国家総動員!(全く総動員してないけど)


 片やそんな事はちっとも知らない女王。

 最初こそとんでもない事になるのではなかろうかと不安顔だったものの、一向に爆発しない爆雷に今やハテナを量産中。

 ふははは、砲弾に時限信管があるのだから爆雷にあってもおかしくはなかろうに!…ま、信管じゃなくてただの浮きだけどね!


 大体からしてこのタイミングで爆雷を使用する意図も汲み取れていない様で、疑問が疑問を呼び、迷宮入りしかけている。

 どうせならそのままクノッソスの迷宮(ラビリンス)を彷徨い続けて頂きたい。


「何故爆発しないのだ?」


「ご聡明であられる陛下ならば、すこぉしだけ頭をひねれば簡単にお分かり頂けるかと。ええ、陛下は随分とお頭がお賢うございますから。まさか分からないなどという事はあるはずもありませんよね?万に一つも。ねえ?さしもの私も陛下の深謀遠慮には毎度毎度感心させられてしまう程でございますから、陛下が私如きの卑しき下郎の浅薄な知恵に屈する事などあろうはずがございません。私めのつまらぬ猿知恵程度、簡単に看破なさる事でしょう」


「は?何を──え、あ、ん、まあ…うん、まあ…そうだな…うん…」


 何か自分に言い聞かせるかの様な独り言を一頻り終えた後、彼女はさも全てを理解したかの様な顔でこちらを見据える。

 そして、声を張る。


「うむ、オガナ君!君の作戦は素晴らしいな!まさか爆雷を落とすフリをして実は違うものを投げ込んでいただなんて!いやー凄いなぁ、私もそれは思いつかなかった!爆雷のフリして()()だものなぁ、()()。この後()()が大活躍し、我が艦隊に麗しの勝利をもたらしてくれるという訳だ!うん、そのまま続け給え。全面的に支持するぞ!」


 開き直ってとんでもない適当な事を言い出した。

 いや、アレって何ですか?海に落としているのは普通の爆雷ですよ、爆雷?


 何が何でも知ったかぶりを貫くつもりらしい女王。

 その隣では事情を知るローザが必死に笑いを堪えている。


 私は真顔を保ちながら、腹筋に力を入れて腹の奥底から湧き上がりそうな高笑いを抑える。

 そして誤魔化す様に恭しく一礼してみせる。


「陛下も応援して下さる様ですし、次の準備に取り掛かるとしましょう。…コナー君に見下されたままでいるのも癪ですし、彼には目線を同じ高さに合わせてもらいましょうか」

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