CXX.「オペレーション・イエヤス」とかいうとんでもないネーミングセンス。
「さぁて、始めますかね」
意味も無く腕まくりし、意味も無く不敵な笑みを浮かべ、意味も無く独り言ちてみる。
私が呑気に構えているうちに、残っていた数機の水上機も三機を残して全て墜とされてしまった。
どうやら敵からすれば空を飛ぶ航空機は気になって仕方ない存在らしく、船と比べれば小さいわすばしっこいわで面倒なはずの水上機を優先的に狙ってくる。
後々の事を考えれば便利な水上機は温存しておきたいのだが、そうもいかぬのが現実だ。
水上機を回収するには、母艦を停止させてクレーンでモタモタと回収しなければならない。
作業には最低でも分単位で時間がかかる。
この状況で停止して回収している余裕などあるものか、という話である。
それに、無理にでも回収を強行した場合最悪母艦ごとボカンとなる可能性も考えられる。いや、ええ、はい…
「パスタ艦隊に連絡、水上機を横に退かせろ。このまま射線に入ったままだと対空砲火の餌食だぞ」
そろそろフラックス弾の有効射程にまで敵が入ってくる。
しかし水上機が邪魔で撃つに撃てない。
元々フラックス弾が航空機に対する攻撃手段として考案されたものであるからには、民間機をちょっと改造しただけの水上機を墜とす程度造作もない事。
マジで危ないから退いて欲しい。
こうしてパスタ艦隊に退けるように要請したものの、返ってきた返事は何とまあ…
「パイロットがパニックに陥っていて無理…だそうです」
何じゃそりゃ。
…あんなのに追われているのだ、解らんでもないけどね。
仕方がない。
こうなったら最終手段だ。
名付けて、オペレーション・イエヤス!!
「じゃあ味方機に当てないように気を付けながら撃つか。警告の意味も込めて」
「えええ〜…心証悪くなりますよ?」
すかさずそう口にするのは頼れる副艦長(笑)ことローザ。
まだ解らんか。悲しいけど戦争なのよね、これ。
「非常事態だ、構わない。時限信管を早めに調停しておけば当たる事はあるまい。あっちもそれで気付いてくれるだろう」
「そういう事ならまあ大丈夫でしょう、了解です。どれくらい撃たせますか?」
「全門だ、全門。練習も兼ねて、全門撃たせる」
全門とは言っても、正しくは「フラックス弾使用可能な砲を全門」なので、高が知れている。
「では、フラックス弾全門一斉射で」
警告と練習と観測射も兼ねて一斉射。
一石二鳥どころか一石三鳥だ。
「対空戦闘!目標、正面敵性飛行物…コナーのクソったれ!」
…と声を張り上げる。
「測距・測的共に既に完了しています」
するとそんな報告が。
まあそりゃそうだよな。
だって敵アイツしかいないんだもん。普通なら予めアイツを狙っとくよね。
「全艦、FLAX観測一斉射、信管調停マイナス五!打ちィ方始めっ!!」
「射撃よぉーい…撃て!」
ドカンッと心地好い砲撃音と共に、船が微かに震える。
空気が震えているのが分かる。
そしてこれは長い長い試練の始まりの音である。
砲撃から数秒して、夜の空が光る。
また一機、水上機が墜とされる。
“墜とされる”と言うより“消される”と言うべきか。
コナーの攻撃間隔は十五秒である。
これは今までの戦いで確実に実証されている事。
というか私が確認したのだから間違いない。
だから、長らくこの十五秒という数字は絶対的なものと見做されてきた。
つまり、一分間に確実に四回攻撃が飛んでくるという前提だった訳だ。
しかしこれはプラトーク艦隊によって否定される。
彼らは敵の攻撃タイミングに合わせてフラックス弾を斉射する事で攻撃間隔を数秒伸ばす事に成功した。
その原理は至って単純、敵が攻撃しようという時に回避を強要する事でその分だけ攻撃を後らせる事が出来るというだけの事だ。
しかし単純な様でいて、この事が示すものは存外に重要であった。
何故ならこれは、やり様によっては「撃たせない事が可能」だという事を意味するからだ。
そしてそれに加えて現在。
今まではコナーとの戦闘は全て水上艦艇のみによって行われていたが、今回は水上機という初の航空機の参加である。
それにより、図らずもまた大きな発見があった。(個人的には予想していた事ではあったのだが)
その発見というものも今まで海上でしか戦ってこなかったせいで気付けなかっただけで、そうでなければ直ぐに分かる事なのだが、発見は発見だ。
即ち「対コナー戦闘に於ける航空機の有用性」である。
但し、囮としての有用性だが。
水上艦艇に対する時と比べ、航空機に対しての攻撃は圧倒的に攻撃間隔が長い。
圧倒的とはどれくらいかというと、平均して二倍。つまり三十秒近く。
回避機動を取る航空機に対してはなかなか照準が定まらないのか何なのか、不明だが事実には違いない。
いくら複葉の水上機が遅いとは言っても、それは航空機という枠組みの中での相対的評価である。
せいぜいが数十ノットの船と比べれば比べるまでもなく速い。
降下中は勿論の事、水平飛行中でも上昇中でも明らかに船より速い。
加えて、航空機の動きは立体的なものである。
上に右に左に下にそして斜めに。上がったと思ったら下がって、ロールしたり木の葉落としみたいにひらひら揺れたり。
かと思えば急降下したり。
平面的にしか動けない船と比べれば狙いにくい事は間違いない。
私個人の仮説に過ぎないが、それが理由で攻撃間隔が大幅に伸びたのではなかろうか。
だって、いくらコナーが規格外の敵だとはいえ「狙って、撃つ」という動作が必要な事には何ら我々と変わりない。
レーザーはテキトーに撃ったら勝手に敵に向かっていく誘導兵器の類ではないのだから。
いやホント、フィクションだとレーザーが曲がって敵を追いかけたりするけど、アレってどうやってるんでしょうね??
粒子砲なら辛うじて可能なのかもしれないけど。
…と、まあそういった具合に航空機の有用性は証明された。
何てったって、一機で二隻分の囮効果。
コスパで考えれば最高ではないか。
各国海軍が空母に完全に無関心なのが悔やまれる。
マザーテレサが昔、「愛の反対は無関心です」と仰ったが、もしその通りならこの世界に於けるエアクラフトキャリアー諸君はとんでもなく哀れな子である。だって一隻も存在しないんだもんね。
代わりに戦艦が神の様に崇められているっていうね。
はい、そんな事を考えているうちにまたピカッと一閃。
また一機が消えて無くなる。南無。
もう残るはラスト一機のみ。
やっぱりフレンドリーファイアなんてそこまで心配する必要無かったな、と思う。今更だが。
「艦長、そろそろです」
ローザに指摘されるまでもなく、自分でもちゃんと時間を計っていた。
そこは抜かりない。
ライトで照らされた遠くの水平線の先に、小さな靄の様なものが同時にいくつも現れる。
本来フラックス弾は炸裂時に小さい打ち上げ花火の様なポンッという可愛らしい音を立てるのだが、あまりに距離が離れ過ぎて聴こえるはずもなく。
…もし仮に聴こえたとして、音速の関係上かなり遅れて聴こえるのだが。
そのせいか戦闘中という実感が湧かない。
殺すべき敵がよく見えない、というのは近代戦争の悪いところだ。
「着弾範囲…は広過ぎますね。とても一点を狙って撃ったとは思えません」
結局、弾はかなりの広い範囲に散らばっていた。
炸裂時点での弾と弾の間隔も広く、とても火力集中などというものが可能な域にはない。
それも、時限信管を早めに調停してこれなのだからそのまま有効射程ぎりぎりで炸裂させていればもっと拡散していただろう事は明らか。
基本的に砲弾は着弾範囲が狭い程命中しやすい、という常識に則れば、正直言って不良品だ。
それでもフラックス弾が重宝されるのは、フラックス弾が弾本来の性質上加害範囲が広く、ある程度の命中精度の低さは許容され得るからに他ならない。
「まあ、こんなものだな。射程限界近い距離としては妥当なところだろう。ほら、ポジティブに考えれば面制圧に向くって事だし」
「面制圧を目的とするなら最初からばらばらに撃てば良いでしょうが。それに、こうランダムに散らばられてはちゃんと面制圧にならないですし」
うん、ご尤も。
ランダムにあらぬ方向に飛んでいく砲弾とかマジであり得んよね。
「さて、観測射も終わった事だし効力射に移ろうか」
気分を取り直して、次、行ってみよう!
どうせ効力射に移る頃には水上機も墜とされてしまう事であろうし、FFを気にせず撃てる。
ちなみに、水上機はやはり我々の警告に対して反応ナシ。
うん、だってもう砲弾なんかより危険なのが背後にいる訳だからね。
ヤケに呑気だって?
だって、誰も死なないんだもの。
水上機のパイロット達だってああ見えてちゃんと心得ている。
最初の二機を除き、現在までに墜とされた九機のパイロットは皆撃たれる前にパラシュートで脱出している。
というか、かなり低空飛行で下は海だからパラシュートも正直要らない。
プールに飛び込みダイブする様な感覚である。
ちゃんとした風防も無い野晒し…じゃないな、風晒し(?)の水上機だという特徴が幸いしてか、簡単に好きなタイミングで脱出出来るのだ。
複座機だから、未だ我が艦隊の犠牲者は四名に過ぎぬ訳だ。
だからきっとあの水上機のパイロット二名も上手い事脱出してくれるに違いない。
…その二十名のパイロットには回収までの十数時間海の上で頑張って耐えてもらわねばならないが。死なないように頑張って浮いててね。
何だかんだ、冷たい海水に浸かったままでいるというのは体力が奪われる。彼らにはハードな十数時間が待っている事であろう。
だが死ぬよりは断然ましには違いない。
我々船乗りは海に飛び込んだところでかなり早い段階でないと船の爆発やら何やらに巻き込まれるので大抵助からないし、第一、甲板のベストなポジションにでもいない限り案外簡単には飛び込めないものなのだ。
正直言って羨ましい。
「プラトーク艦隊の真似をして適切なタイミングに弾を撃ち込みたいところだが…無理だな」
いまいち敵の攻撃タイミングが読めない。
それに加えてこの距離だ、敵に到達するまでの時間差が非常に大きいのも問題だ。
更に弾が命中してくれるかどうかも運任せときた。
タイミングをはかる事など不可能に近い。
こうなったら連べ打ち…というか撃てるものから順次撃っていくしかない。
まさか結局運任せとはな。酷い有り様だと言わざるを得ない。
「オガナ君、それで大丈夫なのか?下手をすれば全滅に陥るのではないか?」
女王ですらちょっと不安じみた表情をこちらに向けてくる。
しかし、心配には及ばない。
何故なら、プラトーク艦隊の方針が「敵に攻撃させない」というものだったのに対して私の方針は「敵の攻撃を無効化する」というものであり、今この時点での闇雲撃ちには敵への嫌がらせぐらいの効果しか期待していないからだ。
故に、私は胸を張って言う。
「心配ご無用」
それでも女王は怪訝な顔のまま。
あ、絶対信じてないな。