CXIX.このタイミングで呑気に考察ですか。
※注釈
・シュレディンガーのお猫様
箱の中のお猫様がご存命でいらっしゃるかどうかは箱を開けるまでは不明であり、箱を開ける前の時点ではその箱の中にはピンピンお猫様とコロリお猫様がある確率で共存していらっしゃるという事。
何を言っているかよく分からないかと思いますが、筆者自身も自分が何を書いているのやら意味不明なのでまあそういうもんなんですよ。
良いんです、それで。
シュレディンガーのお猫様が何であろうが思考実験だろうが屁理屈だろうがどうでも良いんです!
ただ単に子供にでも分かる様な事を偉そうに改めて難しく言ってるだけの事ですから!鳩の巣原理みたいなものですから!
このシュレディンガーのお猫様の本来の意義とは、解りにく〜い原子の崩壊という現象の発生のランダム性を解りやすい例として示す事にあるのです。
つまり、アインシュタ──べろべろおじさんの言うところの「神はサイコロを振らない」の真逆の考えが蔓延しているのが原子物理学の世界であり、「神がサイコロを振ってみた」の一例がこのお猫様なのでございます。
原子は何故崩壊するか。それは今我々がその原子を観察しているからです。
観察したからその原子は崩壊したのです。
うーん、やっぱり解らない?…うん。
〜とある水兵の手記より〜
去っていった。
悪夢が、去っていった。
だがそれは本来望ましい事でも何でもなかった。
敵は去ったのではなく、新しい獲物の方へと向かっただけなのだから。
命を賭して味方の身代わりとなる事が我々の本来の使命だというなら、我々は今それを果たせていない。
それでも心の何処かでほっと胸を撫で下ろす自分がいるのは、やはり自分が人間であるという証明であろうか。
否、生物である証明であろうか。
何れにせよ、我々は一時の安全を手に入れた。
課題を先延ばし、敵を味方になすり付けて。
だが誰も我々を非難など出来ないであろう。
非難する側もまた人間である限り。
✳︎
〜オガナ艦隊〜
成功した。
クソ野郎、成功してしまった。
水上機の半数を失うという大きな損失を被りながらも、我々は敵の気を完全にこちらに向ける事に成功した。
“成功”という言葉から何の嬉しさも喜びも湧かない。
ただただ貧乏クジを引いてしまった事に対する無念が募るばかりである。
だが、やるしかない。
女王がそれを望んでいる。
私はそれに応えねばならない。
それに、あのろくでもない女王だけが理由の全てという訳でもない。
少なくともこの世界の他の人間よりも私が当事者となる方が最終的な犠牲を抑えられる可能性が高い、というのも理由の一つ。
哀しい哉、この状況でも周囲の人間のため身を投げ打つこの献身さ。
どこまでもお人好しな私。
但しどこまで行ってもそれが可能性に過ぎないという点には留意すべきだ。
やってみるまでは結局何も分からない。
シュレディンガーのお猫様から我々人類がご教授頂いた事を忘れてはならない。
遠くの空を見遣れば、回避機動を取りながらこちらへと向かってくる水上機が数機。
速度を上げるために高度を落としたのか、空というよりは海面すれすれだが。
そしてその向こうには辛うじて見える黒い影。
あれが、敵だ。
探照灯で照らさなければこの距離では気付けやしない生身の人間サイズの死神。
悪夢と絶望がぎゅっと詰まったお徳用である。
さて、私はヤツを相手取って何とか被害を最小限に食い止めねばならない。
どうするべきか。
理知的にいこうじゃないか、理知的に。
これはゲームなどではないのだ、システムの制限など無い。
やろうと思えば何でも出来てしまう。
先ず、そのためにも何か手がかりは無いか考察していこうではないか。
初めに、私がコナーに関して長らく感じていた違和感について。
否、コナーにではなく、その武器についてだ。
あの武器を皆して「光学兵器だ!」と叫んでいるが、果たしてあれは本当にそうなのかという事である。
光学兵器とは即ち言ってみればレーザーだ。
案外元の世界でもありふれたものである。
実際、軍事利用もされていた。
だが、それとこれでは色々と違い過ぎる。
要素一つ目、「光」。
そのまんまの意味だ。光だ。
コナーの攻撃は光る。
眩しい程に光る。
しかしそれは本来あり得ないものだ。
レーザーポインターを横から見て光の筋が見える事なんて殆ど無いし、あったとしてもかなり特殊だ。
単純な様で案外言われないと分からないものだが、人間が光を見られるのは光が目に入ってきた時のみ。
逆に言えば、そこを光が通ったとしてもその光が自分の眼球にまで来なければ見る事は不可能なのだ。
普段我々が見ているつもりのものは本来の光線というよりは反射の末にたまたま目に入ってきたはぐれ光線と呼ぶべきものである。
ここまで言えばお分かりかと思うが、コナーの光学兵器が光を発するのはおかしい。
普通は見えないはずの光が見えるというのは。
この点で、私は仮説としてアレが光学兵器ではない可能性も考えに入れている。
無論、仮説に過ぎないという事は強調しておくが。
何かしらの理由でそうなっている事も考えられるのだから。
私はよく似ていて、尚且つ光るビーム兵器を知っている。
例えばエヴァ◯ゲリオンに出てくる陽電子砲とか。つまり、粒子砲だ。
粒子砲ならば肉眼で確認出来たとしても辻褄が合う。
但しこの仮説の問題点は、陽電子砲の実現の困難さ。
あんな小銃程度の大きさの加速器があって堪るか、という点である。
しかし異世界だから何があるか分からないし、この仮説も否定し切れない。
もし仮に例えばアレが陽電子砲だったとすれば、話は単純だ。
陽電子なら電場だったか磁場だったかでは曲がる。
それを巧く使えば対策出来る可能性はある。
まあ、どうやってそれ程の強力な電場を生むのかというツッコミは置いておくとして。
要素二つ目、「射程」だ。
元の世界での軍事用レーザーの射程は良くて数キロメートルであった。
何故なら、光はその性質上大気中ではどうしても屈折や回折によって次第に威力が低下せざるを得ないからである。
ブラウンフォーヴァー…だったっけ?多分そんな感じの名前のおっさんだった。
まあ、兎に角昔の偉いおっさんが太陽から地球に届く光でもその途中で微妙に光が吸収されてしまっている事を発見している。
彼曰く、地球と太陽の間には大量のヘリウムやら水素やらが存在しているのだとか。
そいつらのせいで、実は微妙に太陽光は弱まってから地球に届いているらしい。
宇宙空間ですらそうなのだ、大気中に於いてはどうであるかなど言うべくもない。
また、回折の影響もそこそこ大きい。
レーザーは一点に光を集中させることによって威力を発揮している。
しかし、光は回折する。
距離を進めば進む程に拡がっていってしまうのだ。
点から面に変われば、その分だけ威力が下がるのは免れない。
この様に光は大気中で減衰してしまい、回折もするため必然的に射程が縮む。
しかしコナーの攻撃はあたかも射程など存在しないかの様に遠距離から飛んでくる。
この差は何だろうか。
…まあ、私の考え得る限りでこれに関して説明を与えるとすれば、この射程に関する問題を説明するのは簡単だ。
単純な話、元のエネルギーが大きければ良い。
元のエネルギーが減衰など気にせずに済む程大きければ問題無いのである。
そうなると今度はその莫大なエネルギーはどこからきているのかという問題が発生するのだが。
要素三つ目、「威力」。
これは至ってシンプルな話だが、威力がデカ過ぎる。
元の世界でのレーザー兵器は、せいぜいがゴムボートやらドローンを燃やす程度の威力であった。それも、近距離で。
しかしコナーの攻撃ときたら、今更言うまでもないだろうが凄まじい。
凄まじいったら凄まじい。
しかしこれもまた前回と同じ様に説明は付けられる。
即ち、エネルギーだ。
エネルギーが桁違いに大きければ説明可能だ。
ただ、それがどこから湧いてきているのかという一点だけが非常に気になるだけで。
要素四つ目、「エネルギー源」
ここまでで散々言ってきたエネルギーというワード。
結論から述べれば、このエネルギーに関する課題さえクリア出来るなら理論的には不可能ではない。
ではでは、そのエネルギー源とは?
…不明。
最大にして最も重要なファクターであるにも拘らず、これがどうにも分からない。
あれだけの小さなサイズの銃でどうして十分なエネルギーが生み出せるのか。
この世界で私は竜石以外にそれらしきエネルギー源を確認した事がない。
そして、竜石では明らかに力不足であろう。
だから端的に「不明」とする他ない。
さて。
纏めると、敵の武器は光が見えるという一点を除けば存在し得るものであるというのが結論だ。
但し、それを実現出来るだけのエネルギーをどうやって生んでいるのかという事だけが謎として残るが。
粒子砲である可能性は、捨て切れないが可能性としては低いだろう。
先ずはやはり光学兵器として考えるべきだ。
アレがレーザーであるという前提を基に対策を講じるならば、どの様なものが考えられるだろうか。
うーん…
要は、避けるなり減衰させるなり跳ね返すなり曲げるなりすれば良い訳だが…
先ず、避ける方法を考えてみる。
…って早速無理だな。
アレが粒子砲だったならばまだ可能性はあった。
粒子を加速器を使って光速に限りなく近付ける事は原理的には不可能ではないが、加速器次第で粒子は遅くも速くもなるのだから。
だが、光を避けるとなれば違う。
地球を一秒間に三周半するくらいの速さでないと避けられない。
アインシュタインのおっさんも相対性理論を通じて私にどう足掻いたって無駄だと教えてくれている。
よって避けるのはハナから諦める。
お次は減衰させる方法。
これはかなり現実味がある。
光が減衰しそうなものを考えてみる。
一番は水だろう。次点で煙かな。
何と幸いな事に、水も煙もここにはある。
具体的には、ここは海上だから水は腐る程あるし、一応駆逐艦や巡洋艦には逃走用の発煙装置を備えるものもある。
…という事でこの二つはお手軽に揃う。
よって減衰路線は試してみる価値がありそうだ。
次、跳ね返す方法を考えてみよう。
光を跳ね返すものといえば…鏡しか思い浮かばないのだが…
船員の私物の手鏡程度ならありそうだが、高出力のレーザーを跳ね返す程のものは流石に存在しなさそうだ。無念。
よってミラージュ路線もナシ。
はい次!曲げる方法を考える。
光の屈折…うーん…
これも水とかで曲がるイメージだな。
でも、レーザービームが水如きで曲がってくれるのだろうか?
減衰させる事が可能なら、ある程度曲げる事も出来そうなものである。
但し、ある程度。
あまり期待すべきではなさそうだ。
大体、狙った方向に曲げるなんて絶対無理カタツムリ。
曲げに曲げた末にこっちに向かって曲がってきたらどうするんでい。
…てな訳でグネグネ路線は出来たら良いな程度の認識で。
総括すると、メインとしては減衰を狙っていく方針で、可能であれば屈折による攻撃の完全無効化も狙いたい。
とまれこうまれ、やってみるっきゃないのだが。
方針が決まったら、後は方法だ。
いくら何でも煙幕だけで防げる程に減衰してくれるはずもなし。
水で壁を作ろうにもモーセの様にざっばーんと勝手に動いてくれる訳でもなし。
ここからが腕の見せ所である。