CXVIII.水上機サイコー!
〜メーヴェ・オデッサ・カスティーリャ・パスタ連合オガナ艦隊〜
「照明弾、投下を確認」
報告を受けるまでもなく、皆がそれをその目で目の当たりにしていた。
海上に浮かぶ小さな太陽。その出現を。
パスタ共和国海軍のヨーネリンダ級三隻から飛んでいった計十二機の水上機は索敵のために艦隊前方遥か先まで散らばり、敵だけを単独で発見した場合は何もせずこっそり逃げる、敵と友軍艦隊を同時に発見した場合はこの様に照明弾を投下する事となっていた。
まさか水上機を戦闘で使う目的があったとは思わないが、パスタの水上機には腹に懸架装置が取り付けてあり、航空爆弾を懸架可能であった。
足の遅い水上機では観測や偵察には使えても凡そ敵艦に攻撃する様な用途には耐えられない。
急降下しようにも機体が持たないだろうし、フロートの空気抵抗で思うようにスピードも乗らない。
不用意に敵艦に近付こうものなら対空砲火に晒されて簡単に墜ちるだろう事も想像に難くない。
況してや某島国の様に水上機での本格的な対空戦闘など想定するのもなかなかに無謀だ。
それでも、未だ水上機の利用が模索段階にあるだろうパスタ共和国海軍に於いて既にその様な発想に至っているらしき証拠を発見し、私としては感心するばかりだ。
これからの発展の可能性を感じられるのだ。
もしメーヴェからおさらばするなら次はパスタで細々と暮らしていくのも悪くはないとすら思える。
そしてその未来への可能性の詰まった懸架装置に私の提案で少しその場しのぎの改造を加え、照明弾を吊り下げられるようにした。
また、弾の方でも信管を調停し、高空から落とした際に適切なタイミングで燃焼し始めるように設定してある。
斯くして、今に至る。
まるで古代の狼煙の様で古典的ではあるが、夜の海上に於いて照明弾の光は無線の有効距離よりも遥か遠くから確認出来る。下手な技術よりもこういう手段の方が確実であろう。
昔、ロシアだかアメリカだかがロケット打ち上げに最新のコンピューターではなく敢えて古めかしいオンボロコンピューターを使っていたというのは有名な話で、古いものには古いものなりの利点があるものなのだ。
この照明弾の投下が意味するところは、敵と友軍艦隊を共に発見したという事。
照明弾は我々にそれを報せると同時に友軍艦隊に援軍の来援を伝える事にも繋がる。まさに一石二鳥。
そしてこんな事を可能にしてくれた水上機サイコー!…と海上に於ける航空機の有用性をさり気なくアピールしておく。
さて、敵と味方の大体の位置は分かった。
あとは現在どの様な状況であるか確認するのみだ。
折角ここまで来たは良いものの、何も分からぬままに合流しようとしても余計な混乱を招くだけだ。
戦闘中に急な味方の援軍がやって来るというのは、喩えるなら入浴中に近所のおばちゃんが余り物のおかずを持ってきてくれる様なものだ。
つまり、有り難迷惑である。
有り難い。だが迷惑。
それを理解している私としては、先ずは何よりも情報収集及びそれに伴う状況把握、そして味方との意思疎通を図る。
当然ながら我々よりもあちらの方がよっぽど事情を把握しているだろう。
場合によっては我々の行動に関してあちらに指示をを仰ぐ必要性も出てくる。
故に、兎にも角にも最優先は水上機を接近させ、互いに意思疎通を図る事。
水上機諸君には恋のキューピッドさながらに我々の仲を取り持ってもらおう。
後の行動はそれ次第。求められる様に動くのみだ。
そういう意味では非常に楽でもある。
スムーズな情報交換を可能とするため、十二機をフル活用する。
無線の有効範囲は高が知れているから、水上機を早馬の様に使って互いにメッセージを交換せねばならない。
しかし、それではあまりにも遅過ぎる。
何度も述べた様に水上機は足が遅いし、彼我の距離も随分と離れている。
ちまちまとやっていてはいつまで経っても時候の挨拶ぐらいしか出来まい。
そこで、バケツリレーの要領で言伝を運ばせる。
我が艦隊と友軍艦隊を十二機の水上機が繋ぎ、順に送らせるのだ。
それによって最小限の遅延で情報伝達が可能という訳である。
敢えて言おう、水上機サイコー!
そしてその結果、驚くべき事が判明した。
それは即ち…
「うぎゃあああああっ!何っだとお!?ひと足遅かったかっ!嗚呼、そこの頭の固い男を説得する時間があるならもっと早く急行すべきだったのだ…!ほら言わんこっちゃない、やはり私は常に正しいという事が証明されたな。もしこれで最初の計画通りに行動していたら明らかに全滅を招いていただろうな!この罪、どう償ってくれようか?!」
五月蝿く喚く女王の声。
これだけでもうある程度察しがつくというもの。
入ってきた情報によれば…
ヴァルト艦隊壊滅。
フォーアツァイト艦隊壊滅。
プラトーク艦隊全滅寸前。
大体そもそもからして、一番弱く一番地位が低いはずのプラトーク艦隊がメインで戦っているというこの状況は何であろうか。
何故プラトークの司令官が代表者面で出張ってくるのか、と問えば、ヴァルト艦隊の上級指揮官は全員戦死確定で統率する人間が存在しない、フォーアツァイト艦隊についても散り散りになってしまって命令を下すべき人間がどこにいるのか、そもそも生きているのかすら分からないらしい。
酷い。何とも酷い。
何がどうなったらここまでタコ殴りにされるのか、と思う程に負けている。
敗北の二文字が非常に似合う現状である。
正直、今更我々が加わったところで犠牲が増えるだけで大して変わりないのではなかろうか…とさえ思ってしまう。
結果的に女王の予想(というよりも女の勘に近い)が当たっていたというのは、まあ…負けを認めるとするが、それでも結局我々の行動がプラスに働くかと問われれば正直疑問だ。
それどころか、犠牲が増えてマイナスにすらなり得る。
どうしてこうも綺麗にしてやられているのかは不明だが、芳しくない状況である事にはまず間違いない。
ヴァルト艦隊は既にかなりの痛手を負っている様で、我々の当初の目的であった「ヴァルト艦の損害を食い止める」というものも最早果たせないだろう。
逃げたい。
正直逃げたくなってきた。
そこへ、そちらの規模は?…とプラトーク艦隊からの質問が入る。
我々はお迎え役というだけでなくその後の殿軍も仰せつかっているので、オデッサ・カスティーリャ・パスタの三か国で約百七十隻、メーヴェで約五十隻程、合わせて二百隻超の大艦隊だ。
本来ならば十分過ぎる程に十分な戦力のはずなのだが…
そのうちフラックス弾を使用可能なのはメーヴェ艦約三十隻のみ。
オデッサとカスティーリャは砲規格がメーヴェと同じなので弾さえあればどうにかなるのだが、海上で分けてやる訳にもいかない。
パスタに関しては、根本的に規格が違うので駄目。そこはフォーアツァイトと事情が似ている。
ヴァルト艦が健在ならば状況も違っただろうが、ヴァルト艦隊が壊滅した現状ではこの数は心許ない。
元々ヴァルト・フォーアツァイト・プラトーク艦隊は多数の大型艦を抱えていたからこそ十分な戦力足り得たのであって、いくら数が多かろうと貧弱な我が艦隊では不安が残る。
この艦隊は同盟国艦を戦力の中心と位置付けている事もあってメーヴェ艦三十隻は小型艦ばかり。
そもそも旗艦が小型艦中心の艦隊で旗艦としての能力を発揮する事を主目的として設計されたロールストン級重巡洋艦という時点でお察しである。
本来殿を務めるはずだったというのはつまるところ、ちょっとした囮要員だったという事。
戦力として然程期待出来るはずもない。
しかし残念ながら…と言うべきか、この様な細かな事情は相手には伝えられない。
伝言ゲームの要領で意思疎通を行なっている以上、相手に伝えられるのは簡潔な内容のみだ。
だから、私のプラトーク艦隊への返答は「二百超、但シ過度ナ期待ハスルナカレ」のみ。
いや、本気で過度な期待はせんで欲しいのだ。
我々とて比較的戦力として価値が低いとはいえ、あちら様はもっと低い。
出来るならばこのままトンズラして無用な損害を被るのは控えたいところである。
私のこの何とも言えぬ気持ちが伝わっているのかは怪しいが、どちらにせよ味方を見捨てる訳にもいかない。
結果的にやるべき事は決まっている。
合流だ。
合流する事だ。
プラトーク艦隊から合流の許可が下りた。
否、これは許可などではなく義務であり命令である。
合流せよ、と。
盟主たるメーヴェの軍人に、いや、盟主たるからこそメーヴェの軍人に拒否権は無いのだ。
だがしかし、合流するとはそのまま我々も渦中に飛び込む事に相違無い。
その様な当然過ぎる程に当然な事を私が敢えて気にするのには勿論理由がある。
忘れてはならないのは、我が艦隊が今、特殊な状況下にある事。
即ち、女王だ。
またお前か。
いや、結局お前だ。
つーか全部お前だ。
正直半ば諦め始めたぐらい何でもかんでも女王のせいだ。
全ての面倒は女王に通ず、とかそういうことわざがあっても良いぐらいに。
ちなみに今こうしている間にも、敢えて思考からカットしているだけで実際にはバックグラウンドで彼女は喚き散らしている。
姦しい事この上無い。
上流階級…と云うか王族なのだが、あの人には品位とか求めるだけ無駄なのだろうか。
「陛下、我々はこれより戦闘に入ります。今ならぎりぎり間に合いますので、避難するなら今のうちですよ?」
無駄と知りつつ言わずにはいられないという哀しみ。
「黙れ!無駄口を叩く暇があったらさっさと肉薄してゼロ距離射撃でもしてみせんか!」
…そして案の定無駄だという哀しみ。
肉薄したら逆に不利になるんだけど、この人理解してるのかな…?
肉薄したら確実に死ぬんだけど、この人理解してるのかな…?
「えー、取り敢えずですね、これ以上プラトーク艦隊に被害を被られると困るのでこちらに敵を誘導しましょう。さもないと合流する以前に彼らが全滅しかねませんから。数少ない生き残りのヴァルト艦にまで沈まれたらいけませんしね」
「どうやって?」
「そりゃあ目立つしかないでしょうよ。プラトーク艦隊よりも目立てば、こっちに寄って来てくれるかもしれません。多少は水上機の皆様にもお手伝い願いましょう。水上機サイコー!…ですね」
「何でも良い、このままでは我が国の面目丸潰れだ!どうにかしてこちらに気を逸らさせろ!」
最大の問題は「こちらに気を逸らさせたその後」なのだが、それについては色々と試行錯誤してどうにかするなり、なる様になるのに任せるなりその場の機転で対処するしかない。
「折角異世界に来たってのに貧乏クジ引いてばかりだな…」
小声で呟きつつも、私には希望があった。
勝利とまではいかずとも、生き延びるための希望が。